▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『忌縁 』
イアル・ミラール7523)&響・カスミ(NPCA026)
「多数決取るよ! 文句言ったら殴るから!」
 昼下がりの音楽室に、歌声ならぬ怒声が跳ねた。
「――ということで、うちのクラスはメイド喫茶やります。細かい係とかは後で決めるけど、メイドやりたい人は放課後集合。服見に行くからね」
 話を取りまとめた委員長は振り向き、深くおじぎをして。
「響先生ありがとうございます。すごく助かりました!」
「え? あ、うん。気にしないで」
 窓の外に向けていた視線を無理矢理に引き戻し、響・カスミは委員長へ笑んでみせた。
 ――音楽の時間を使わせてもらいたい。授業が始まる直前、委員長はカスミにそう切り出した。文化祭でやるクラスの出し物が決まっておらず、なんとか今日中に決めてしまいたいからとのことだった。
 生徒会に届け出をする期限は今日いっぱい。遅れれば、そのクラスは問答無用で『この学校の歴史の展示会』を割り振られることになる。それはさすがにかわいそうだったし、なによりもカスミ自身が授業に集中できる心情ではなかった。
 友であり、家族であるイアル・ミラールが姿を消してすでに数ヶ月。新たな家族となった少女を通じ、イアルが魔女結社なる組織に捕らわれていることは知っているのだが。魔女結社と関係を持つメイド――少女に仕えていた魔女で、今は少女とカスミたちを間接的に支援している存在――から、行動を控えるよう言い含められていた。
 ――私にはなんの力もないから。助けに行っても逆に捕まって、いいようにされるだけ。
 喉の奥から迫り上がる情動を奥歯で噛み殺し、カスミは必死で平静を保つ。
 だから気づかなかったのだ。
「じゃあ響先生、放課後いっしょについてきてもらうってことで」
 自分が自動的にうなずいていて、そのせいでコスプレ衣装の調達に行く女子生徒たちの監督役を課せられてしまったことに。


「先生がいっしょじゃないと領収書もらえないって、誰が決めたんだろね」
「だからほかのクラス、ほとんど自腹だってさ」
「メイドコス自腹はムリ!」
 わやわや言い合いながら、女子生徒たちが街を行く。
 後ろからついていくカスミは、すぐ前にいた委員長に確認をとった。
「どのお店に行くかは決めているの?」
「あ、はい。コスプレ衣装の専門店で、ユーズドも置いてるとこがあるみたいなんで」
 その店は大通りから一本奥に入った雑居ビルの三階にあった。
「いらっしゃいませどうぞー」
 ハロウィン間近ということもあってか、店員は汚し加工を施したナース服でお出迎え。
「あの、ユーズドのメイド服ってありますか?」
「んー、時期的に売れ筋ですから、数は少ないですねー」
 委員長へ答えた店員がここで「あ」と口を開け。
「昨日入荷した訳あり品でしたら! 訳ありって言ってもようは倒産企業の放出品ですしー、縫製はしっかりしてますから」
 店員が抱えてきたのは、ずいぶんと高そうなミニスカメイド服だった。
「やばい! かわいい!」
「でも、なんか本格的っぽくて着にくそう?」
「いえいえー。コス衣装なので脱いだり着たりは簡単なんですよー。で、みなさん全員分お買い上げいただけるようでしたら、学割価格でご提供しますけどー?」
 提示された金額はなかなかのロープライスだったが、それでも予算よりはかなり高い。
「もうひと声、というわけには、いかないですよね……」
「うーん、じゃあ、お店をちょっとだけお手伝いいただけたら、このくらいでー」
 価格が一気に引き下げられた。これなら文化祭準備予算にそこそこの額を返金できる。
 カスミはすでに自分の衣装の選別に入っている女子生徒たちを見やり、「じゃあ、その条件でお会計を」と店員に切り出した。
「割引き条件が全員分ですのでー、お客様にもお買い上げいただきますけどー?」
「え?」
「サイズ合わせしていただかないといけませんので、ご試着どうぞー」
「ええっ!?」

 15分後。女子生徒たちとカスミが、そろいのメイド服で再集合した。
「先生似合う!」
「お店で働ける感じ?」
「スマホスマホ! みんなで撮ろ!」
「うう」
 女子生徒に囲まれ、赤い顔をうつむけるカスミ。
 そんな一群へ、店員は「サイズは大丈夫みたいですねー」とうなずきかけ。
「じゃ、さっそくお手伝いをお願いしますねー」
 ぶつり。
 唐突にカスミの意識が切断され、ブラックアウトした。


 同じビルの二階に、三階のショップが運営するメイド喫茶がある。
 安っぽいメイドさんたちが、冷凍食品とドリンクサーバーによる飲み物を提供するありがちな店――のはずだったが。
 この店にはビップルームが存在するのだ。
 ただし、店からそこへ行くことはできない。出入りするには、三階のコスプレショップの奥に隠されたらせん階段を使う必要がある。
「新人入りますー」
 店員の声に続き、急な階段をゆっくりとメイドたちが降りてきた。
 一様に目を潤ませ、なにかをこらえているかのように切なげな表情をした彼女たちは、先ほどまではコスプレショップの客であったはずの女子生徒、そしてカスミである。
「ご主人様でいらっしゃいますか――?」
 委員長が息を弾ませ、暗がりへ向けて跪く。
 そこには革張りのソファが置かれ、イタリア製のスーツに身を包んだ壮年の男が座していた。
「そうだ。が、作業にかかってもらう前に確認しておこうか。君の仕事はなんだ?」
 委員長は胸の前に組み合わせた両手をもどかしく揉み絞り、早口で唱える。
「ご奉仕です! なんでもいたしますのでどうか――早くご命令を!」
 男は口の端を吊り上げ、彼女を呼びつけた。
「君がするべきことをし、僕を満足させろ」
 唇をなめた委員長が、膝をついたまま男へにじり寄り、そして、“するべきこと”を開始した。

 その後、女子生徒たちとカスミはそれぞれ別のソファに呼ばれ、奉仕を行った。
 奉仕とはその体を使い、男を悦ばせること。
 それを成すだけの経験と技術を持ち合わせていない彼女たちだったが、必要なことはすべてメイド服が……メイド服から発せられる“情報”が導いた。
 暗がりのあちらこちらから聞こえる女子生徒たちの高い声を聞きながら、カスミは男――和装の初老紳士にそのやわらかな体をすりつける。より多く楽しませ、より早く満足させられるよう、紳士の顔を上目で確かめつつ、懸命に。
 彼女の唇と舌とが熱い唾液を引きながら蠢き、紳士が低いうめき声をあげた。

「じゃー命令どおりに休みの届け出して、明日からこっちのメイド喫茶に出勤してねー」
 白く汚れたメイド服を回収しつつ、店員が言った。
 カスミと女子生徒たちは呆とした顔でうなずき、らせん階段を上がっていく。
 それを見送った店員はノートパソコンを開き、メールを打ち始めた。
 彼女は魔女結社に所属する魔女であり、新商品開発に携わる研究者である。
 今回、メイド服として製作した試作品は、催眠魔法を繊維に織り込み、“呪いの服”として機能させるもの。……簡単に言ってしまえば「女をゾンビ化させる服」だった。
 野生化のように複雑なプロセスを必要としない代わり、ゾンビに与えられる命令には限りがある。「魔女に絶対服従」と「最大の喜びである男への奉仕を積極的に行う」、これだけでいっぱいいっぱいだ。
 どうしても他方面から情報を加えてやる必要があることから、今回の試作品は店員のパソコンと魔力で“線”を繋げてある。奉仕のしかたなどはデータベースから適時引き出せるようになっているし、服を脱いだ後の行動は、店員自身が催眠を重ねがけすることで制御できるようにしている。
「将来的には服だけで完結できるように調整してかないとねー。あとは、普通に洗濯できるようにしないと」
 報告書を送信し終えた店員は顔をしかめて汚れたメイド服の山を見やり、ため息をついた。
 服に織り込んだ催眠魔法は、洗濯によってたやすくズレてしまう。売り出すためには改良と調整が必要なのだが。
「ゾンビは一定数確保できてるし、ゆっくりやろうかー」
 彼女の上司――モノクルをふたつ繋げた眼鏡をかけている魔女はイアルにつきっきり。こちらに顔を出す余裕はないだろう。だから時間はたっぷりとある。
「メイド服が仕上がったら、次はバニーガールと、それこそナース。衣装によって女の精神をその職業に最適化して、しかもいやらしくする。……男の欲は単純だー」


 体調不良を学園に告げたカスミと女子生徒たちは、操られるままにコスプレショップの階下で営業するメイド喫茶へ通う。
 もちろん家人は、娘が学校を休んでいるとは知らない。彼女たちは普通に朝出かけ、普通に夕方帰宅する。その間になにをしているかを告げぬまま。そしてそれはカスミも同様である。
「はいおはようー。今日も全員そろってるねー。あ、昨日ふたり減ったけどねー」
 カスミたち以外にもメイドは多数いる。しかし魔法と魔薬で試される「調整と改良」の中で何人もが心身を壊し、数を減らしていた。
「次の新人さんが入るまで、あなたたちにはフルタイムで働いてもらうからー。って、辛いどころかうれしいかー」
 調整と改良は、先に入ったメイドから順に試される。客である男たちは飽きやすく、古顔相手には金を落としたがらないからだ。
 いずれは自分たちがたどり着く末路を考えもせず、カスミたちは喜びと情欲に顔を輝かせて奉仕にかかる。


「ただいま」
 夕方、カスミはいつもどおりに帰宅した。
「おかえりなさい」
 出迎えるのは新たな家族となった少女である。
「今日はどうだった?」
「いつもどおりよ。そういえば、受け持ちのクラスの子が合唱で音を外して笑われていたわね」
 平らかな声で応えるカスミに少女が眉をひそめた。
「……それ昨日も言ってた」
 少女はさらに鼻をひくつかせ。
「あと、なんだか臭い。最近ずっと思ってたけど、今日は特に」
 メイドの数が減ったことで、奉仕する相手が増えた。そのせいでカスミの体――特に髪には、たやすく洗い流せない男の臭いがこびりついていた。
「そう。じゃあ、お風呂に入るわ」
 おぼつかない足取りで風呂場へ向かうカスミの背を、少女は不安な目で見送るばかりであった。


 時間どおりにベッドへ横たわったカスミは、催眠の効力ですぐ眠りに落ちた。強制的に睡眠を取らせることで肌つやを保たせようというわけだ。
 魔法の眠りに夢はない。翌日の奉仕に支障をきたさないよう、最適な休息をとらされるだけ。
 そのはずだった。
『やっと繋がった……かように穢れた縁をたどることになるなんて、世も末だわ』
 眠っているはずのカスミの目に、ひとりの女の姿が映った。
 ――イアル?
 見間違えるはずもない。それはカスミがもっとも大切に思う人、イアル・ミラールだ。
 ――イアル、無事なの? イアル!
『あなたはこれほどまでに強くイアルを思うのね……』
 カスミの波動を心地よさげに浴びながら、イアルはさらに言葉を重ねた。
『イアルは今、魔女に捕らわれている。そしてあなたもまた魔女の手に落ちた――自覚はないのでしょう。でもこの力があれば、あなたは魔手を振り切り、自由を取り戻せる』
『わたしをあなたに托す。その導きのままに行きなさい。そしてわたしの元へ来て』
 カスミに触れたイアルの手から閃光がほとばしり、その内へと染み入っていく。
 ――!!
 声もあげられないほどの強烈な衝撃と快楽に、カスミは激しく身悶えた。
『目覚めなさい。鏡幻龍は今、あなたとともに在る』
 未だカスミは知らない。
 イアル、そして彼女と同じように堕とされたカスミの間にひとつの宿縁が結ばれたことを。
 そしてその縁をたどり、イアルの内に在った鏡幻龍が彼女を訪れたのだということを。

 かくしてカスミは目を覚ます。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年10月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.