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『君の居場所は、ここにある 』
木霊・C・リュカaa0068)&木陰 黎夜aa0061)&アーテル・V・ノクスaa0061hero001)&オリヴィエ・オドランaa0068hero001)&紫 征四郎aa0076)&ガルー・A・Aaa0076hero001)&清原凪子aa0088)&虎噛 千颯aa0123)&白虎丸aa0123hero001)&会津 灯影aa0273)&aa0273hero001)&天城 稜aa0314)&泉興京 桜子aa0936)&ベルベット・ボア・ジィaa0936hero001)&クリスaa4165)&aa4165hero001)&レイラ クロスロードaa4236)&ブラッドaa4236hero001

●人と妖怪と
 今日は、満月。
 綺麗なまん丸お月様。

 レイラ クロスロード(aa4236)は、外出から帰ってきたブラッド(aa4236hero001)を迎えた。
 ブラッドは吸血鬼だが、レイラにとっては実の父親のような人である。
「その人が、お客さん?」
 レイラの視線の先には、黒髪の綺麗な男の人だ。
 右目が髪に覆われており、両目見られないのが勿体無い位。
「町に用があるらしいが、森を抜ける最中で道に迷ったようだ」
 ブラッドとレイラが住む館は森に囲まれており、人里離れている。
 若干引きこもり気味のブラッドの館周辺に人が立ち入る時は大体が森の中で迷った時で、ブラッドは道案内や夜遅い場合は一晩貸したりする。今日は後者だ。
「街道を使わずに里へ行こうとしていたようだが、何か不都合でもあったのか?」
「……不都合、というか」
 青年はブラッドの問いに対し、その理由を述べた。
「街道に盗賊が出るらしいのですが、その盗賊を狙った奪衣婆が出るそうで、俺としては巻き込まれたくないというか……」
 あっ。
 レイラとブラッドは、この青年が街道を回避した理由が凄くよく解った。
 彼が目指そうとしていた町には、奪衣婆がいる。
 婆と言っても、妖怪としての種とでも言おうか、婆だが青年である。それも長身のイケメン。ただし、自身の全裸に命懸けであり、悪を脱がし、善もうっかり脱がすテヘペロ妖怪、それが虎噛 千颯(aa0123)だ。
 里で千颯のそれは恒例行事というか、もうそういうものだと思っているので粛清待ちであるが、普通は警戒するだろう。
「賢明な判断だ」
「でも、どうして里に? 妖怪と人、共存はしてるけど、不干渉が多いって話だよね」
 ブラッドに続いてレイラが問いを投げかける。
 幼い頃に両親によって森に捨てられたレイラはブラッドが実の娘のように育てており、基本的にレイラはブラッドの傍にいる。
「……詳しいな。『また』里へ1人で行ったのか」
「い、今はそういう時じゃないよね」
 自分の目を盗んで館の外に出て、しかも町まで遠出してたのか。
 ブラッドの問いにレイラが慌てつつも、青年に答えを促すように顔を向けた。
「確かにその通りですが、神が複数いる里なら、俺の答えも見つかるのではと……」
 そう答えた青年は、自分の事情について語り始めた。

 青年の名は、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)。
 山向こうの大きな都市で勉学に日々励んでいるらしい。
 その昔、先祖に鬼がいたような話も残る古い家の生まれで、貧困に喘ぐような家ではないようだ。
 鬼がいたような話が現実味を帯びてきたのは、アーテルの右目に由来する。

「俺はこの通り、右目はこの色で」

 髪をかき上げ、眼帯を外したアーテルの右目は血のように赤い。
 先祖にいたかもしれない鬼の伝承とアーテルの目の色が一致するらしく、先祖返りなのではと家族はその右目を忌み嫌い、アーテルも右目は見せないようにしており、そのお陰で家の外では友人もそこそこいるとか。

「ただ、俺の中に距離があって」

 家族のことがあるから本当のことが言えない。
 アーテルは苦悩の結果、本当に先祖返りなのかどうか調べていく内、妖怪に深い興味を持ち、この里の存在を知り、更に神が複数住まうということも知った。
 もしかしたら、自分は人間ではないのかもしれない。
 ここでなら、何か判るかもしれない。
 そう思い、この先の里を目指していたのだと言う。

「答えがそこにあるとは限らないが、明日送ろう。街道の奪衣婆を回避する案内は必要だ」
「ありがとうございます」
 アーテルが感謝を伝えると、レイラが「おとうさん」と声を掛ける。
「意外に大きい町し、人も少数でもいない訳じゃないし、町を一通り案内したらどうかな。たくさん知ったほうがいいと思うし」
「……レイラが俺より詳しいかどうか確認するからそのつもりでな」
「そっ、そろそろ、夕食の時間だよね! 今日の夕食は何?」
 ブラッドの言葉にぎくりとした様子のレイラはまた話題を変え、食事をする広間へ向かう。
 アーテルがレイラとブラッドを見比べているので、ブラッドは事も無げに返した。
「俺は吸血鬼だが、レイラは違う。実の両親によって森へ捨てられた娘だ。……言っておくが、俺はたまに数滴血を飲めればいい程度しか血に固執していない。が、レイラは吸血鬼になろうと俺の真似を毎日している。……困った娘だ」
 レイラを見る眼差しは、父親のそれで。
 アーテルは自身を見る父親の眼差しを思い出すが、ブラッドのような眼差しはひとつとして存在しなかった。
 心の中で吐息を零していると、ブラッドが「早くしないとレイラがうるさい」と促してきたので、アーテルも彼に続くように歩いていく。

●さて、その頃
「奪衣婆の騒ぎはここまで聞こえてくるとは凄いものだ」
 窓の外を見る楓(aa0273hero001)は、ある種の感心を込めてそう言った。
 どうやら街道に盗賊が出ているようだが、奪衣婆こと千颯が金を置けと人を脅すならお前らは服を置けと脱がせにかかっているらしい。
 そして、千颯はチャラ口調に反して、無駄に戦闘力高い体育会系である。
 結果、盗賊は服を守る為に逃げる、襲われた人間も服を守る為に逃げる。
 千颯は服を脱がせる為に全裸で追う。
 里にまで聞こえる騒ぎになるのだ。
「そろそろ来るだろうな」
 楓が呟き、それから、指名の客が来たとお呼びが掛かったので立ち上がった。
 背後にする窓の向こうでは───

「この痴れ者が、そんなつまらんものを見せびらかすなど……妖怪の恥でござるにゃん! 服を着るでござるにゃん!」
「痛い痛い痛い白虎ちゃん爪エエエエ」
「爪を仕舞ったままでは上手く着せられないでござるにゃん!」

「ところで外、騒がしくない?」
「また千颯ちゃんだろ」
「だろうねぇ」
 木霊・C・リュカ(aa0068)が杯傾けつつ外の騒ぎに言及すると、ガルー・A・A(aa0076hero001)がまるで食事をするのは当然だ位のレベルでさらりと返す。
 それで、だろうねでリュカが納得する辺りにこの里の地味な訓練具合が伺える。
「いつものことを口にしたとて仕方ないだろう。それより、保護者はどうしたのだ?」
 指名されていた楓は狐火と共にひとさし舞い終え、彼らの中央へ腰を下ろす。
 楓は女装して高級芸者をしているが、それはタダ酒の為である。
 今日は楓が男と知る懇意の彼らが指名してくれているが、だからと言って、酒をたからない理由にはならない。
「どうかなぁ、気づかれるかなぁ」
「……まさか無許可なんじゃ」
「だって、お兄さん神様だけど、楓ちゃんの舞久し振りに見たかったし」
 保護者についてはスルーしたリュカは楓の座敷には普通に呼ばれる会津 灯影(aa0273)のツッコミを物ともせず、杯を傾ける。
「リーヴィは、来ると思うぞ」
 ガルーがぼそっと呟いた時には、遠くから乱暴な足音が聞こえてくる。
 続けて、「そこじゃないわよ。もっと奥! 楓ちゃんは高いんだから」という馴染みの声がアドバイスして、更に足音が近づいてきた。

 スパァンッ

 景気のいい音と共に襖全開。
 物凄い不機嫌そうなオーラ漂わせた狛猫オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)である。
 その背後にはオリヴィエによって強制的に援軍にされたらしいベルベット・ボア・ジィ(aa0936hero001)の姿があった。
「主……。今日は、私室で瞑想すると言った筈ですが?」
「お兄さん、雑念が多くて」
「帰るぞ」
 足早に近づいたオリヴィエがリュカの奥襟ガッシリ掴む。
「まぁ、そう言うな、リーヴィ。楓の舞は見る価値のあるもんだぜ。あんまリュカを責めんな。それとも、リーヴィは楓に嫉妬するかい?」
「……これは異なことを仰る。白澤『様』」
 ガルーに対し、オリヴィエが冷めた目でそう言った。
 自分より位が高いガルーに対しては丁寧な対応だが、自分をからかうことも少なくないガルーへの対応は時として万年雪を思わせる。ガルーの方ではなく、白澤の名で呼ぶ時は大体万年雪対応だが。
「主が偽りを口にするのはどうかという話をしています。それと───」
 オリヴィエの言葉と同時にベルベットのもふもふの狐の尻尾の後ろから凛とした眼差しの少女が飛び出し、ガルーをビシッと見た。
「ガルー! また夜遊びなのですね!」
「ごめんねぇ、ガルーちゃん」
 ベルベットが悪いと思ってなさそうな笑みで謝罪しているのを見る辺り、夜遊びに気づいたのはオリヴィエだけでなく、ガルーの家の居候、紫 征四郎(aa0076)も同じだったのだろう。
 が、彼らの見た目は妖怪だろうが人の子だろうが子供は子供だ。
 この店のルールで単独で入店が出来ないことより、ベルベットの所へ駆け込んだら、同時だったらしく、ベルベットは2人の援軍(強制)でこの店にやってきたらしい。
「でも、悪く思わないでね。桜子が力になってやってくれって言うんだもの」
 ベルベットの強制的な援軍の背景には、泉興京 桜子(aa0936)のお願いがあるようだ。
 桜子は彼岸桜の付喪神で、見目は幼女だがもう1000年は軽く生きており(ロリババアと言うと怒るが事実だ)、神格の差はあれど同じ神であるリュカとも仲が良く、その繋がりからオリヴィエ、征四郎とも懇意である。
「それは断れないだろうな」
 灯影は、納得顔だ。
 ベルベットは桜子が宿る彼岸桜の隣にある神社を護るお稲荷さんで300歳は生きているが、その彼も桜子の前ではオリヴィエ、征四郎同様に小さな子供のようなもので、お兄ちゃんは弟や妹を助けるものだぞなどと言って送り出したと言う。尚、この発言に関するオリヴィエの感想はため息しかなかったことも付け加えておく。
「帰りますよ、主」
「あ、ごめん、楓ちゃん。今日はこの辺で。あ、これはお代。またねぇ」
「征四郎達も帰るのですよ」
「……リュカちゃん、今度は許可取ってくれないと俺様も巻き添えじゃんよぅ」
 オリヴィエ、征四郎がそれぞれ強制連行を執行し、座敷は静かになった。
 が、静か過ぎて、我に返った灯影は『そのこと』に気づいて楓を見る。
 楓はとても素敵な笑みを浮かべて仰った。
「今日は、誰の金で呑もうか」
「俺しかいないだろうが。無理無理無理。見習いの陰陽師には支払えない! あと俺酒弱い!」
 この後の攻防戦の決着は不明だが、灯影は楓と共に帰る際、「座敷にはもう行かない」と叶えるのが厳しい望みを呟いていたから、そういうことなのだと思う。

 そんなこんなで、町の夜は更けていく。

●賑わう昼の里
「今日はまた、凄いですね……」
「……昨日は場所が悪かったみたいでね」
 穏やかな日差しが入る茶屋の一角、とてもイケメン(棒)になった千颯を見、天城 稜(aa0314)はそうした感想を漏らした。
 千颯の全裸はこの町の日常茶飯事だが、超絶天然うっかり五得猫白虎丸(aa0123hero001)の服着せは着せ難いという理由で服着せ(物理)である為、千颯の生傷は絶えない。
「流石に今回はガルーちゃんに塗って貰った」
「お兄さん達に怒られますしね」
 いつもは清原凪子(aa0088)の世話になり、彼女に薬を塗って貰うが、今回は太股の裏側と女の子に塗らせていい場所ではない場所に傷を負った為、嫌そうなガルーをガン無視して薬を塗って貰ったそうだ。
 特に凪子は3人兄妹の末っ子で、可愛がられている。
 そんな場所に触れさせたら、後が怖い。白虎丸の天然攻撃もあるだろう。自分としても女の子にはやらせたら駄目だと思うし。
 で、昼寝したかったガルーに苦行を負わせた千颯は、稜が働く茶屋で休憩中という訳だ。
 お茶が凄く好きとかそういうことではなく、この茶屋の奥まった一角は日差しが心地よく、盗賊達の服をどう奪うか構想するのに向いている為で、稜はその目的に気づいていたが、女装する自分へ悪戯する連中より格段にマシ(基本善人には奪衣しないから)である為、彼の話し相手になることで避難することが多い。
「そういえば、山向こうの人が住む大都市からの来訪があったみたいで、外れの森に住んでるブラッドさん、レイラさんが案内してましたね」
 稜が吸血鬼だけあり日差しを回避する装いで目立っていたブラッドがレイラ以外の見慣れぬ青年と一緒であったことを口にする。
 声を掛けて多少話をしたという稜によると、今は町中を案内しているようだ。
「ここも最初は妖怪が多かったけど、人も増えたしね。ガルーちゃんなんかは双方適度な距離を置いて共存した方がいいって考えみたいだけど」
「人とは異なる見目や力を超えたとしても、寿命ばかりはどうにも出来ないですからね」
「あー、ガルーちゃん長生きだしね。その辺はありそう」
 そんな会話をしていると、案内の一行が茶屋の隣のお店に姿を現した。

「い、いらっしゃい、ませ……!」
 クリス(aa4165)は、見慣れない青年がいた為に緊張の面持ちで客を迎えた。
 ここは油揚げ専門店「キツネめし」───狐には良さが解ると自負するクリスが看板娘のお店だ。
 お持ち帰り主体であるが、食べる場所も小規模ながら存在しており、出来立てをそこで食べることも出来る。
「せ、先客が、います、けど……どうぞ」
 クリスが促した先には、見た目はまだ幼いと言っていい要旨の少年のような少女のような子が座っている。
「……あんた誰」
 ぶっきらぼうな物言いの先には、ブラッドとレイラが案内していたアーテルがいる。
 アーテルが自己紹介すると、烏天狗は「うちの店じゃないからな。だが近づくな」とぶっきらぼうに答えて、部屋の隅へ移動した。
「……あの子は?」
「木陰 黎夜(aa0061)君! とっても可愛い私の女の子の友達」
「……うちの何が可愛いんだか」
 アーテルへ答えたレイラに黎夜がぼそっと呟く。
 黎夜も髪の毛で片目を覆っているが、この里が妖怪の里であるなら自分のように瞳の色が異なることで忌避の眼差しを投げられることはないだろうし、物言いも考えると、隻眼か目の付近に傷があるかのどちらかだろうと判断した。
「あなたは、人か妖怪ですか?」
「何に見える?」
 アーテルの問いに対して、黎夜は機嫌が悪そうだ。
 初対面だが、何かしてしまったのだろうか。
 困惑を隠せないでいると、クリスが「あのっ」と声を掛けてくる。
「お、お勧めは……稲荷寿司です。他に油揚げのお刺身や、『さんどうぃっち』なんかも……どう、ですか? 『さんどうぃっち』は油揚げと油揚げにお野菜を挟んだ料理で……美味しいんです、よ?」
「では、それを」
 クリスが流れをどうにかしようと勇気を出したのは明白なので、アーテルは邪険にせずクリスへ注文をすると、クリスが店の奥へ向かう。
 調理場と飲食スペースを区切る暖簾を上げた拍子に油揚げを揚げる大柄な男の姿が見えた。
 ひたすら油揚げを揚げているその男の顔はでかい嘴の鳥の仮面で覆われており、どのような顔の持ち主か判らないし、人なのか妖怪なのかも解らない。
 ただ、見たことがないような服装をしていて、ピンと伸ばした背筋で油揚げを揚げている姿は目を引く。
「鴇(aa4165hero001)の手並みは相変わらず無駄がない」
 ブラッドがアーテルの視線の先に気づき、口を挟む。
 鴇は謎も多いが、この里の住人であり、専門店で油揚げをひたすら揚げているので有名らしい。
 持ち帰りの接客も行うそうだが、品物を渡す際に口元が僅かに綻ぶのと、胸元に油揚げの偽物が飾られているからか、女子供への人気が高いそうだ。
「家族なんですか?」
「住み込みで働いているとかでもなく、臨時でずーっと雇われてるんだよ」
 アーテルへレイラが答えてから、あっという顔をした。
 ブラッドが「詳しいな」と呟いたからである。

 黎夜が距離を取りながらお稲荷さんを食べていると、凪子が店に入ってきた。
「お疲れ様。昼か?」
「ええ、お昼です」
 黎夜がアーテルの対応とは全く異なる対応をし、凪子を自身の隣へ勧める。
 凪子も礼を言って黎夜の隣に腰掛け、クリスへお稲荷さんを頼んだ。
「話題の人ですね」
「らしいな」
 幼少から隻眼の原因だったり翼を毟られた経緯から男は大嫌いの黎夜にとっては遭遇などしたくなかったのだが、してしまったからにはクリスにも迷惑を掛けられないので、せめて距離をという所なのだ。
 凪子もその経緯を知っているから何も言わない。自分も見慣れない男の人は緊張するし。
「森で遭難した原因は千颯さんの奪衣騒動の噂らしいですが、元々は街道で盗賊が出るからですしね……」
「里には近づかねーらしいけどな」
 経緯が経緯であるからか盗賊のような輩は特に警戒している黎夜が凪子にそう言うと、「怖いから来てほしくないなぁ」とぶるりと身体を震わせる。
「早く、捕まると……いいです、よね」
「それには早くオレちゃんが脱がせないと」
 稲荷寿司を持ってきたクリスが会話に加わると、更に茶屋のひと時を終えた千颯が会話に加わり、決めてくるが、黎夜は「騒動大きくするな」と極寒対応。
 そんな中、茶屋のお昼休憩になった稜が
「あ、お持ち帰りで五目の稲荷寿司お願いします」
 4本の漆黒の狐の尾を振り振りした稜が稲荷寿司のお持ち帰りを注文中。
 茶屋で仕事をしている時は下ろしているが、休憩時間の今は後ろで尻尾のように束ねていて、やや女性顔とは言えど、服装もあり、男だと確実に判る。
「今日は追加をいただきましたからね。奮発です」
 千颯の注文を受けた際に尻尾もふりの悪戯を仕掛けてきた相手の手首掴んで追加料金をせしめたのが五目稲荷になった理由らしい。
「……おまけです」
 鴇が差し出す五目稲荷、いつもより1個多いと稜が首を傾げていると、鴇がそう付け足す。
「ありがとうございます。残り時間も頑張れます」
 稜が受け取ると、鴇の口元が僅かに綻んだ。

「ありがとう、ございました……!」
 クリスに送られる形で、皆それぞれの場所へ帰っていく。

●神様会議
「ま、それが1番いいだろうな」
「平和に済めばそれに越したことがないしね」
 桜子とリュカが言葉を交わすのを、ガルーは黙って見ていた。
 この場には桜子とリュカの他、神獣としての名も持つガルーしかいない。
 他は、桜子を親代わりに育ったベルベットですら、部屋の外から声を掛けるのが許される程度だ。
「終わった?」
「ああ」
 そのベルベットが部屋の向こうから声を掛けてきたので、ガルーは短く返した。
 直後、襖が開けられる。
「いいこにして待っておったか、べるべっとよ」
 桜子がベルベットに振り返り、夜から桜に変わるその髪より幻の桜の花びらを舞わせる。
 見た目だけであるなら、ベルベットが年上で桜子が年下なのだが、「わしが植わっておる場所に後から神社が出来てのぉ」という訳で逆なのだ。
「皆が見ております。おやめください!」
「ここではべるべっとが最年少ゆえ、問題はない」
 頭を撫でてやると手招きする桜子へベルベットがついつい昔の口調で反論するが、桜子は気にしない。
 実際、ここにいるリュカとガルーはベルベットよりも遙かに年上である。
「ベルベットちゃんも大きくなったよね。お兄さんも嬉しいよ、ホロリ」
「リュカちゃん、めっさわざとらしい演技だと思うぞ」
 桜子同様『ちんまい頃』のベルベットについては、リュカとガルーも多少知っている。
 里の先輩は桜子であるが、里に流れ流れて来たリュカとガルーも永くここに住んでいるのだ。
「それより、来訪者はどうだ」
「本当に自分がそうなのかって知りたいってだけみたいよ?」
 ガルーの問いにベルベットは軽く肩を竦めた。
 リュカと桜子はそれらについては疑っていないらしく、特に驚いた様子はない。
「わしらとて全てを解明してないこの土地に何かあると思って動く者もおるからな」
「灯影ちゃん、お寺ごとだったもんね。お寺ごと神隠しで転移っていうのも中々ないよね」
「それでなくとも征四郎やれいらのような場合もある」
 リュカがこの里では珍しい人間の灯影がここへ来た日を思い浮かべて言うと、桜子は征四郎とレイラが住まう理由に触れ、嘆かわしいと首を軽く振る。
 その拍子に舞う幻の桜は、先程のような量はなく、桜子が本心から嘆いていると推察出来た。
「人は人の側に戻さないと駄目だろ」
「しかし、征四郎とれいらはまだひとりで身は立てられんだろうな。灯影の寺に楓が気に入って居候しておるし、すぐには無理だな。そもそもあの寺をどうするかという問題もある」
 ガルーが口を挟むと、桜子もその辺を全く考えていない訳ではないらしく、自分の意見を述べる。
 ベルベットを育ててきた桜子だからこそ、ここに住む人間の行く末も気にしているのだ。
「俺様達とは時間の流れが違うんだ。俺様達の時間の感覚で物事を考えない方がいい」
「解っておる。……来たようだな」
 軽快な足音がし、桜子は話の終了を告げた。
 そのすぐ後に征四郎が部屋へ入ってくる。
「お話し終わったのです?」
「終わったよ。お使いありがとう」
 征四郎へリュカが微笑むと、征四郎は判り易く頬を染める。
 初めて出会ったその瞬間に一目惚れをした征四郎は今よりもお近づきになりたいと思っているが、薬屋の看板娘としても忙しいし、ガルーの世話にも忙しいし、あとオリヴィエが露骨に妨害してくるし、中々叶わない。ガルーのお使いが至福に感じる位に。
 今日は、神様同士の話し合いがある間、「キツネめし」でお稲荷さんを買ってきてほしいと頼まれていた為、征四郎は「キツネめし」までお買い物に行き、クリスと軽く世間話をして戻ってきたのだ。
 ご所望のお稲荷さんを手渡したその瞬間にリュカの体温低い手が触れて、征四郎は胸が高鳴ったが、後から来たオリヴィエが「主、そのようなものを」と眉間に深い皺を寄せて立っている。
「いいじゃない。ここ、美味しいし。一緒に食べよう」
 征四郎はリュカから手渡され、嬉しそうにはにかむ。
 オリヴィエの眉間の皺はますます刻まれた。
「リヴィー、狛猫でも馬に蹴られるぞ」
「意味知ってて言ってるか」
 ガルーが近寄ろうとしたオリヴィエを彼らに気づかれない声で止めた。
 振り返るオリヴィエは機嫌悪そうに言うが、ガルーはこちらを見ず感情の見えない顔で彼らを見ている。
「素直じゃないのねぇ。辛いことになるのが心配ならそう言えばいいのに」
「してない。征四郎はただの人間だ」
「ああ。わしらより確実に早く老い、死んでいく」
 オリヴィエの言葉に桜子が言うと、オリヴィエのほぼ動かない表情筋が歪む方向に仕事をした。
「ガルーの言うように人に戻すのが最善なのだろうが、そうすると、征四郎は2度捨てられる。自分の身を立てられぬ子供が2度捨てられる意味を考えた方がいい」
「だが……」
「ダメって言われてどうにかなるんだったら、社を護るのに専念出来ると思うけど」
 ベルベットの指摘に答えられないオリヴィエ。
 ガルーは「お前さんの負けだな」と言って笑うが、やはり2人を見るだけでオリヴィエのことは見ない。
 それが、何故かちくりと胸が痛んだ。

●大忙しに頑張って
「いらっしゃい、ませ!」
 征四郎を送り出したクリスが迎えたのは、灯影だ。
 陰陽師見習いの灯影は日々修行だが、こちら方面の才能は独学もあり、捗々しくもないらしい。
「お稲荷さん頂戴。ここのお稲荷さん食べると、他の食べられない気がする」
「キツネのお店……ですから」
 順応する灯影の人柄もあって、クリスは微笑んでこの店を自慢する。
 そうした会話を聞いて鴇も小さく口元を綻ばせるが、客は灯影しかおらずお持ち帰りに立ち寄る者もいなかった為、その笑みを見た者はいない。
「楓が話し込んでて長引きそうだし、先にな」
 灯影は茶屋で稜と熱心に話し込む楓を指し示す。
 何を熱心に話しているのだろうとクリスは疑問に首を傾げる。
「尻尾のお手入れの方法で盛り上がってる。俺尻尾はないからその辺流石に解らないと言うか」
「尻尾の、お手入れ……?」
 クリスが聞き捨てならないと振り返る。
 気づいていない灯影は頷き、話を続ける。
「お日様に当たるといいとか、黄楊の櫛がいいとか、その櫛の手入れがどうとかって話で……」
「黄楊の櫛、高い、ですよね……」
 クリスの尻尾がしゅんとなるのを見て、クリスも狐さんだったと灯影は思い出す。
 楓や稜も気を遣っているだろうが、やはりクリスもお洒落をしたい年頃だろうし、気になるのだろう。
「そうなのか?」
「椿油でお手入れも、必要で……」
 しゅーんとなってしまい、灯影が申し訳なく思っていると、調理場で物音がした。
「休憩……」
「あ、お昼忙しかったです、よね。遅くなって……ごめんなさい……」
 顔を出した鴇はクリスの謝罪に問題ないと手を軽く振り、外へ出て行く。
 休憩時間はどのようにして過ごしているのか判らないが、休憩時間何を過ごしているか詮索していたら鴇も休んだ気分にならないだろうから、休憩時間超過しない限りは問題なしと口出しはしていないそうだ。
「髪の毛とはまた違うもんな」
「ええ。実は……それが、手入れの大事さなんです」
 クリスは頷き、髪の毛と同じように苦労することを語って聞かせた。
 だから、休憩時間中鴇が何をしていたか知る術はない。

 凪子がお使いで里の通りを歩いていると、鴇が店先で何かを物色していることに気づいた。
「どうかしたんです? あ、櫛を見ていたんですね」
 鴇が指し示した先には女の子らしい櫛が並んでいて、クリスへの贈り物かなと思う。
「黄楊の櫛が尾の手入れにいいと聞いたのですが」
「そうですね。私もおばあちゃんから譲り受けたものを使ってるんですが、使い心地いいですよ」
 凪子が自らの尻尾を軽く揺らしてみせる。
「丁寧に梳くのも大事ですから、装飾よりクリスちゃんの尻尾に合った櫛の方がいいと思いますよ」
 お手伝いしますと凪子が鴇の隣に立つと、小さく感謝が告げられる。
 凪子としては鴇がいつも頑張っているクリスへ尻尾の手入れにいいという黄楊の櫛を贈ろうと考えてくれていることがとても嬉しいし、役に立ちたい。
「あ、あと、手が赤くなってます」
 凪子に指摘され、鴇は手の甲を見る。
 先程跳ねた油で手の甲を軽く火傷していたのだが、範囲もそう広い訳ではなかったので気にしていなかったし、クリスへの櫛の方を優先させていた。
 荷をごそごそとした凪子が塗り薬を取り出し、鴇の手の甲に塗ってくれる。
 あまり認識はしていなかったが、手の甲が楽になる気がした。
「これなんかいいかもしれないですね。クリスちゃんの尻尾にも合いますし、装飾も可愛いですし」
 凪子推薦の黄楊の櫛を購入した鴇は、凪子に感謝を告げて雑踏へ消えていく。
 後日、凪子は鴇から贈られたという黄楊の櫛をクリスから見せて貰うことになるが、それは別の話。
 見送った凪子は白虎丸がきょろきょろ見回して歩いていることに気づいた。
「何か探しているんです?」
「探しているのは何だったか探しているでござるにゃん」
 凪子が声を掛けると、白虎丸は不思議そうな顔で探し物を言った。
 普通だったら、思い出してから探せというツッコミが入るのだが、凪子も天然に連なっているので、「大変ですね」と親身に相談に乗り出す。
「探しているのは何か判らないなら、推理しましょう」
 どうしてそうなったというレベルで凪子が提案した。
 が、相手は白虎丸なので、「名案でござるにゃん」と大迷走。
「俺が通りに来たのは、里で1番人通りがあるからでござるにゃん」
「ここが1番活気がありますよね」
「ちょうどそこで、来訪者殿にお会いしてご挨拶をしていたでござるにゃん」
「挨拶は大事ですよね。何事も基本だと思うんです」
 本人達的には大変まともに話し合いが進んでいく。
「その後、神社の方に足を運んで、それから寺に滞在出来ないか確認するという話で、事情あって里に来訪したらしい話を聞き、人間も色々な事情があるでござるにゃん、と思っていたら、盗賊になる者もいる話を聞き、そこで千颯が……俺は千颯を捜したでござるにゃあああああん」
 遅っ。
 普通だったらそうなるのだが、ここにはツッコミがいない。
「姿が見えぬということは、もしや街道に行ったかもしれないでござるにゃん。捜しに行くでござるにゃん」
「怪我をされてたら大変ですし、塗り薬は持ってますからご一緒します!」
 そんなこんなで、2人は街道へ歩いていく。

「……?」
 黎夜は白虎丸と凪子が連れ立って里の外れの方に歩いていく姿を目撃した。
 珍しいと言えば珍しいし、珍しくないと言えば珍しくない取り合わせである。
 自分の記憶が確かなら、白虎丸はさっきまで「千颯どこでござるにゃーん」と通りを捜し回っていたような気がするのだが。
(でも、何で凪子が一緒なんだ?)
 黎夜は千颯を捜すのに凪子の助力がいるのだろうかと眉を寄せる。
「あ、黎夜ちゃん」
 背後から、声を掛けられ、黎夜は振り返る。
 そこには、他ならぬ千颯の姿があった。
「何で、ここに」
 男嫌いであるが、今はそっちよりもそのことが聞きたい。
 千颯は「へ?」と間抜けな声を上げたが、茶屋で茶を楽しんでからリュカと桜子に街道の様子を話した後、「キツネめし」で昼食を取り、それから里の子供達と遊んでいたという。
「オレちゃんは子供相手には脱がないし脱がせないからね」
 子供が好きらしい千颯はドヤ決めて笑う。
 が、黎夜は拙いのではと思い、千颯へ先程の様子を語って聞かせる。
「ちょっと待って。その2人なの、よりによって」
「だから、うち拙いと思って」
 千颯も意味に気づいて顔色を変える。
 思案した後、「リュカちゃんとこ行ってくる」と身を翻す。
「うちは桜子連れてく」
 黎夜は千颯の意を理解して、千颯とは別方向の神社へ走っていく。

 稜と楓は互いの尻尾の手入れについてすっかり話し込んでいた。
「ベルベットさんの尻尾もかなり手入れされてありますよね」
「我程見事な尻尾などこの世には存在しないが、桜の愛ぐし子だけのことはある」
 周囲の尻尾の見事さ加減まで話が及んでおり、ディープである。
「そういえば、あの狛猫は手入れしていなさそうだが、見事だな」
「ガルーさんが手入れしてそうな気もしますが」
「人間の子である征四郎の世話と言い、母親気質だな」
「本人の前で言わない方がいいですよ」
 狐以外の尻尾持ちにまで話が及んでおり、尻尾の手入れ者そのものの評価にまで波及し始めている。
 と、ここで千颯が茶屋の前を突っ走っていった。
「着衣のまま疾走するなど珍しい」
「以前聞いた話では真の力は解放されないと言ってましたが、あのままでも速いですね」
「逃げ慣れているということだろうな。が、着衣のまま疾走は珍しいだけではないかもしれない。方向的にも」
 楓が走っていった方向は千颯の住居である古びた屋敷ではない。そこに何があるのかを察し言うと、稜もまた頷く。
「今日はこれで終わりのようなので助かりました」
 女給の格好のまま、紐で髪を結う稜は尻尾を最後にもふろうとした不届き者の手を叩いた後、笑顔を向ける。
「勤務時間外です」
 身を翻し、楓と共にリュカの元へ急ぐ。

●気づかないで動かないのと気づいて動くのと
「ここにいれば、千颯の奪衣が防げるでござるにゃんとは、親切な人間もいたでござるにゃん」
「良かったですね」
 白虎丸と凪子は馬車に揺られながら、のんびり会話を交わしていた。
 街道で千颯を捜索していた2人は親切な人間の人達に声を掛けられ、馬車を勧められたのだ。
「そういえば、千颯はどこでござるにゃん」
「この先にいて、待ってますよ。着てますよ」
「きっと、待ちわびてますね」
 のほほんとした会話が飛び交うが、親切な人間の人が「ところで」と切り出してきた。
「この先には何があるのでしょう?」
「里でござるにゃん」
「ええ。とっても綺麗な里ですよ」
「そうなんです? 私達この周辺も知っていますが、そんな場所あるのでしょうか」
 この時点で普通は怪しむのだが、何しろこの2人なので。
 最初は白虎丸の後ろでおどおどしていたけど、親切な人だったので慣れないながらも何とかなっている。
「お兄ちゃん達なら知ってたかもしれないですが、ごめんなさい」
「俺も詳しくないでござるにゃん」
 しゅん、となっている2人、自分ら盗賊に誘拐されてるってまだ気づいてない。

 たまたま居合わせた為に同席することになったアーテルは、下座でそれを見ていた。
「あの、これは?」
「里の中でも有力な妖怪が集まっているのですよ」
 やはりガルーと居合わせていた為に下座にて話を聞いて良いことになった征四郎がアーテルへ教える。
「この所土地が不安定で、灯影君のように神隠しでここに来る人もいるからか、里を変に付け狙う人間もいるんだって」
「寺ごとってのは通常はありえないっていうんで、他の妖怪の里からも目をつけられてるらしくてな」
 レイラの説明を補足するのは、当事者枠として呼ばれた灯影だ。
 アーテルは日常が普通に流れていると驚いたものだが、そういうのもやはりあるのか。
「ここにいる黎夜が目撃したように、白虎丸と凪子が里の外へ歩いていったそうだ」
 その時点で皆が凍り付いている辺り、彼らの天然度の高さが垣間見える。
「千颯ちゃんを捜してたって話だし、罷り間違って街道に行っちゃったみたいでね。ガルーちゃんに様子見に行って貰ったんだけど、当たりだった」
 ということで、奪還の作戦会議しないとね。
 リュカがにっこり笑って、皆を見渡す。
「まず誘拐されていることを認識させないと厳しいと思うんですが」
 稜が軽く手を挙げて意見を述べる。
 奪還するにしてもご本人達がその自覚ないと奪還の難易度が上がる。
 が、その自覚をさせるにはどうするかが難易度高い。
「はっきり……教えるのはどう、ですか?」
 クリスが意見をおっかなびっくりで出す。
 アーテルは見た目で判断しがちで意外だったが、クリスも料理方面に有力な妖怪だそうで、話し合いに参加するらしい。
「白虎丸だけならそれが早いが、凪子がいるとなると、それを考慮した方がいいだろうな。灯影のように我を追っ祓おうと無駄な努力を繰り返した末に学習するには時間がない」
「唐突に俺貶めるのは止めてくれ。揶揄って遊んでたくせに」
「学習するのに時間は掛かったが、適応は早かった点は褒めてやらないこともないがな」
 地味に抉られた灯影へ楓はさらっと返す。
 話が判らないアーテルへ征四郎が来た当初そうしたやり取りがあったものの今は同じ寺で暮らし、灯影も寺の息子としての仕事や買い物などをしつつ、一応陰陽師の修行もしていることを教えてくれた。
「注意を引いてる間に別働隊が馬車に乗り込んで安全を確保、それから追い払うのが1番現実的だろうな」
 話し合いには里に住んでいないのを理由に滅多に参加しないブラッドも居合わせた為に今回は参加し、発言している。
 凪子の見た目がレイラと近いこともあり、意見を出したようだ。
「それが1番現実的だろうね」
「その線で行くか」
 リュカと桜子の意見の一致が作戦の決定である。
「人間の男なんて信じるから……」
「黎夜」
 ベルベットがするりと声を挟んだ。
「来訪者は男性よ。配慮なさい」
「……」
「だが、一理あるだろう」
 黙る黎夜に口添えしたのは、オリヴィエだった。
「人が欲目に眩んで手出しをしてきたのは事実だ」
「が、個を見て種全体を見るのは危険だ。リーヴィ、いずれの種が尽きるまでの戦でも仕掛けるつもりか? その戦が終わる頃に荒れ果てる土地になるだろうが、そんなの見たいか?」
「口が過ぎました」
 先のことまで見通す言い方にオリヴィエもこの時ばかりは位の違いを見て黙る。
 まだ若い妖怪の素直さにガルーは可愛く映るが、表には出さない。
 敬語じゃなくてもいいのよ、とも思うが、今はそれを口にしている場合でもなく、事の推移を見守る姿勢だ。
「ガルーは、本当は優しいのですよ」
 一連に緊張しているだろうと察した征四郎はアーテルにこそりと教えた。
 だから、口減らしで追いやられて以後、ここで妖怪になる為に頑張っているのだ、と。
(武家の子なら珍しくはないか)
 どこもかしこも苦しいから盗賊なんてものはいるし、盗賊にならなくても口減らしされる。
 それを考えれば自分は恵まれているのだろうと思う。
「黎夜、わしは黎夜を信じておる。案ずるな。わしらがいる。───さて、行くか」
 黎夜を元気付けるように背を叩いた桜子は、沈黙守る千颯の背をバシンと叩いた。
「期待しておる」
「ああ。狙っていくぜ?」
 桜子の言う意味を理解し、千颯はにやりと笑った。

 黎夜は背中を叩かれても尚動けないでいた。
 隻眼の、翼を毟られた烏天狗。
 修行中の身で、今回は情報提供者として一緒に行けるが、自分には何が出来るのか。
 凪子は自分にとっても友達で、帰りを待っているだけなんて嫌だからそんな申し出もしたくない。
「黎夜、もう片方の目よ」
 ベルベットが、その人間の男を連れてきた。
 アーテルという名前だったかと思っていると、アーテルは前髪を上げ、眼帯を取る。
 右の目は、左の目と違い赤かった。
「行きますよ。友達を助けたいのでしょう? 微力でも俺が力になりますよ」
 男への嫌悪は、消えない。
 だが、それ以上に凪子を助けたい。
 絶対気づいていないだろうけど、凪子には自分と同じ目に遭ってなど欲しくない。
「遅れるな」
 黎夜はそれだけ言うと、振り返らず歩き出す。
 近過ぎず遠過ぎない距離をアーテルがついてきて、それが何故か心強かった。
 この背には、もう片方の目がある。

「良い采配だな」
 やり取りを見ていた桜子はベルベットを見上げた。
 手招きされ、ベルベットは周囲を見回してから、桜子の前で膝を着く。
「わしが育てたべるべっとは本当に可愛いな。ちんまい頃も可愛かったが、今も変わらず可愛い」
 誰もいない空間、子狐のように頭を撫でてくれる桜子の手は、恥ずかしくて言えないけど、自分には何物にも変え難い優しい手。
 ベルベットは、心地良さそうに目を細めた。

●触らぬ神に何とやら
 白虎丸と凪子が乗る場所は、里の方へ向かって進んでいた。
 そこへ、少女が2人よろよろとやってくる。
「助けてください!」
 実は盗賊である男達は少女達がやってきたのが里の方向とあり、何か知ってると頬を緩める。
 確保しようと近づいたその瞬間、馬車の上の白虎丸が「里がどうかしたでござるにゃんか?」と2人の姿を見て声を掛けた。
 知り合いか、と一瞬見比べたその瞬間、少女達、征四郎とレイラの口元に笑みが浮かんだ。
「お届け物です」
 その言葉と同時に2人の影が急速に伸びると、稜と楓が姿を現す。
「影潜めるんだもんなぁ」
 そんなぼやきを言いつつ、灯影が印を切ると、低級の式神が馬の手綱を握る男の顔面まで飛んで張り付いた。
 強力な式神は呼べない為、灯影が出来るのはこの程度だったが、それでも稜と楓には十分である。
「申し訳ございませんが、お渡し出来ませんので」
「返して貰おうか」
 稜と楓が馬車の上に乗り、2人を守るように動く。
 この時には周囲の盗賊が動き出していた。
「呼ばれていない客人には帰っていただいています」
「里は、邪な心を持った者は人間妖怪問わず入れないな」
 しかし、鴇とブラッドが既に動いており、彼らが武器を構えるより早く武器を奪っていく。
「矢だ、矢で馬車の上のチビ狙……!?」
 ごう、と風が鳴ると、黎夜が弓を手にした男に手を向けている。
 修行中の自分の身では突風しか起こせないが、ただの人間には十分なもの。
「もしかして、悪い人間だったでござるにゃんか!?」
「騙すなんて酷いです!」
(寧ろこの人相でよく信じたよな)
 白虎丸と凪子がやっと気づいたが、黎夜は盗賊の人相がどう見ても悪人顔だったので、ツッコミたくて仕方なかった。
「後ろ! 投石狙ってますよ、油断しない!」
 アーテルの声で我に返った黎夜はすぐに風で盗賊の1人を転倒させる。
 盗賊の動揺を見るにアーテルの反応が早かったようだ。
(鬼の先祖返りの可能性、か……)
 人間であることに変わりはなさそうだが、通常よりも鬼の血が濃く出ているのは確かだろう。
 黎夜は人にも妖怪にもなれないアーテルに複雑なものを覚えながらも今は考えずにその力を振るっていく。
「こうなったら、銃だ、銃を出せ!」
 誰かがそう叫んだ、その時だ。

「おっと、駄目だぜ。この土地にそんなものを持ち込んだら」

 明るい調子なのに声が笑っていない声がした。

「……それについては同意だ」

 続いて、幼いが酷く冷静な声。

「流石に俺様も止められないなぁ」
 いつの間にか、馬車の進行方向にガルーが立っている。
 ひゅっという空気が裂かれる音と共にガルーの脇を何かが疾走した。
「里でも根っからの武闘派を本気にしちまったんだから、仕方ないよな」
 ガルーがそう言った時には銃を持ち出した男はオリヴィエの身体の芯まで響きそうな蹴りを喰らって昏倒しており、身を翻して逃げようとした盗賊の進路を跳躍した千颯が塞ぐ。
「オレちゃんの真の力……見るといいぜ」
 身内に手出ししたからには容赦不要。
「衣類って、必要かな?」
 その言葉を発した時には、彼らは全裸だった。
 そして、本人も全裸だった。
 途中まで漢らしくて格好良かったけど、奪衣婆だから途中からダメだった。
 白虎丸はそのドヤ顔を見て、無性にぶん殴りたくなったが、状況は別の方向に動いている。
「我らが里に手出し出来ると思わない方がいいわ」
 ガルーの隣まで歩いてきたベルベットが桜子と話すそれとは全く異なる声音でそう言う。
 ガルーとベルベットが道を開けるように二手に割れると、先導するように歩いてきたクリスがいて、看板娘とは異なる顔で「二神の里の長はお怒りです」と告げると、背後にいる長へ道を明け渡し、膝を着く。
(盗賊達の目には、どう映っているのだろうな)
 アーテルはぼんやりと思う。
 口は笑っているが、赤い目は全く笑っていないリュカが音もなく、足跡が地に付くこともなく滑るように歩いている。
「お兄さん、皆と楽しく遊んでいたいのに、楽しくない遊びをされちゃうのはちょっと困るな」
 それを聞いたガルーは死に掛けを救われて以後仕えている狛猫が後で説教すると直感したが、表情の下に全て留めておく。
 もう1人は夜桜の美しさを体現していたかのような夜から桜のグラデーションの髪は今や荒れ狂う桜を示すかのように桜一色になっていた。髪だけでない、その瞳も桜色で、彼女が本気を出していると判る。
「わしらが笑っている内に手出しを止めろ。わしは2人程優しくはないぞ」
 ガルーをちゃっかり含めて言っている辺りが桜子クオリティ。
 幻の桜の花びらが荒れ狂うように周囲を舞ってるから、そのちゃっかりに気づいているのも少数だろうし。
 盗賊達が一斉に逃げ出すが、すれ違いざまに千颯が全員奪衣したんで、全裸で逃げていった。
「ありがとうございます、黎夜ちゃん」
 凪子がすぐさま黎夜に駆け寄り、掌の傷口に薬を塗る。
 機を逃したら、凪子が危ないと緊張のあまり握り締めて作っていたのだろうと思うと、黎夜の不器用な優しさが凪子には嬉しかった。
「うちだけじゃ、ダメだったから」
 そう言った黎夜は、アーテルに感謝の意を示して頭を下げる。
 その直後だった。
「キエエエエエエエ!!!!!」
「何でエエエエエ!?」
 白虎丸にぶん殴られた千颯が黎夜の背後で景気良く吹っ飛んだ(しかも全裸)
「帰りましょう。今日はお稲荷さん、食べ放題、です……」
「そうですね」
 クリスの提案に鴇は緩やかに頷いた。
 後々を考える必要はあるだろうが、今は帰ろう。

●別れ、そして
 アーテルの姿が、森の向こうに消えていく。
「これで……良かった、のでしょうか?」
「解りません。ただ、彼はこちら側ではありませんから、ここに留まっても不幸になるでしょう」
「こちらとあちらの時間はあまりにも違い過ぎます。自分だけが時を重ねる苦しみは、残酷過ぎるでしょう」
 見送るクリスは疑問を投げるが、稜は静かにそう言うと、鴇もアーテルが去る肯定を示した。

 翌日、アーテルは妖怪ではなくあくまでも人間であるという見解を伝えられ、帰るべき場所へ帰るよう伝えられた。
 征四郎やクリスは口減らし要員として捨てられただけあり、どんなに言おうとまだ子供、独りで生きてはいけない。
 けれど、アーテルは忌避されようとも追い出されない家があり、本当のことを告げられずとも友人がいる。
 帰る場所があるのだから、人としてそこで暮らした方が幸せだろう。
「でも、本当の自分をずっと隠したまま、家で独りぼっちなんて……おとうさん、本当にダメだったの?」
「そんなの、悲し過ぎるのですよ……」
 残ることが出来る立場のレイラと征四郎はアーテルが何も言わず、ただ受け入れた時の表情を思い出したのか涙を流す。
 いずれ自分達もそうなるのではないか。
 そんな不安が彼女達にもあるのだろうと言うのは説明されずとも解る。
「そういう意味じゃ俺もいつああいう風に去るか判らないんだよな。寺ごと、だから、まずどこが帰る場所なのか探さないといけないけど」
「その割には陰陽師としての修行は捗々しくないな」
「放っておけよ」
 楓の言葉に灯影は拗ねるが、双方見つかった時が別れの時であることには気づいている。
「そうは言うが、帰る場所にいる人からしたらどう思う?」
「ずっと、待っているかもしれないな。あいつは、やり直せる」
 ブラッドが宥めると、ガルーも征四郎を宥めに掛かる。
 けれど、その言葉に反応したのは、黎夜だった。
「本当の自分を認められない、その恐怖とずっと戦えって言うのか」
 本当の自分を知っている家族は忌避した。
 知らない友人は受け入れてくれているが、知ったらどうなるか判らない。
 アーテルの場所はあるようで、ない。
 進んだ先に未来はあるかもしれないが、絶対ではないのだ。
「人にも妖怪にもなれないなら、どこに行けと言うのか」
「……わたしも、このままは悲しいです。折角、お友達になれたのに」
 凪子が何とかならないかと皆を見る。
「俺の探し物が見つかれば或いは何とかなるかもしれないでござるにゃんが……どこにあるのか」
「白虎ちゃん、今そういう場合じゃないでしょ。五徳は頭の上に……」
 白虎丸にツッコミ仕掛けた千颯は、ぴたりと止まった。
「こ れ だ」
 千颯は、白虎丸の頭上にある五徳を指し示した。
「これ使えば、何とかなるんじゃないの?」
「おい、待て。勝手に決めるな」
 オリヴィエがすかさず口を出す。
「勝手にたって……2人共何とかなんない?」
「頼むな! 人は人なら、住み難くとも人の世で暮らすべきだ」
「あら、あたしは賛成よ?」
 千颯を止めようとしていたオリヴィエは、ベルベットの発言にぎょっとなった。
 いつになく真面目な表情をしたベルベットが桜子へ向き直る。
「人と妖怪の世、どちらも日常が恙無く続いていくには架け橋となる者が必要でしょう。アーテルは人であり、人の時の長さで老いて死んでいく者ですが、我ら側の血を濃く持ち、我らの友たる存在に相応しい心を持っているかと思います。人と妖怪の架け橋として、彼をどちらの世も生きる計らいをしてはいかがでしょうか」
 ガルーは沈黙を守るリュカと桜子を見た。
「答え、もう決まってるだろ。俺様からじゃなく、2人から言わないと意味がないぜ、二神の里の長」
 文句はないよな、とガルーがオリヴィエを見る中、桜子がベルベットに膝をつかせ、頭を撫でた。
「あのちんまいベルベットが成長して、わしは嬉しい!」
「反対する理由はないよ。黎夜、彼に伝えておいで」
 黎夜はリュカの言葉を最後まで聞く前にアーテルの後を追った。
 人間は嫌い。
 男は嫌い。
 だから、人間の男なんて嫌いの最たるものでも、アーテルは───
「アーテル!」
 アーテルは空から轟いた声に足を止めた。
 ゆらりと舞い降りた黎夜が、アーテルを見上げる。
「黎夜……?」
「うちの片方の目が簡単にいなくなるな」
 睨むその先のアーテルは既に眼帯を着け、髪で隠している。
 その覆われた先を見るように言った。
「せっかく朝焼けみたいな色なんだから、隠すのは止めろ。場所は、うちらが作る。だから、アーテルも努力しろ」
 人と妖怪が共に何でもない日常を暮らしていける世の中を作る為の力になってくれ。
 頭を下げた黎夜は、アーテルが声を上げて笑うのを聞いた。
「やっと、俺は自分が生きる場所を見つけた気がしますよ」
 その為に五つの徳がある。

 後に、烏天狗の目、朝焼けの眼の架け橋と呼ばれるアーテルは、書物にこう記している。
 世の狭間に位置する二神の里に邪なる者は近づくことは出来ない。
 人の世と妖怪の世の何気ない日常を願う者だけが至ることが出来るだろう。
 双つの世に平和を。

「黎夜、また、その本を読んでいるの?」
「あぁ、うちの片目が書いたからな。さ、長が待っている。架け橋になるんだろう? アーテル」

●綴り手曰く
「夏のホラーにはちょっとならなかったかな」
 リュカはそう言って、苦笑した。
 重度の弱視であるリュカが夏の怪談として音声認識ソフトを駆使して仕上げた作品は、完成して形となっている。
「……悪くないと思うが」
「そう? なら、いいや」
 オリヴィエがぽそっと言うと、リュカは満足そうに笑って、白杖と共に立ち上がった。
「さぁ、出来上がった物語を語りに行こうか」
 この物語もまた、読まれる瞬間を待っている。
(本当はね、結末は違ったんだ)
 リュカは心の中で呟く。
 本当は別れてそれで終わり、妖怪かもしれない淡い期待は現実と共に打ち砕かれただけだった。
 けれど、物語を見つけに行く誓約を交わした自分が綴るのに、新しい物語を終わりの後も見つけられないような結末など楽しくないと思い、物語の結末を変えた。
 かつては物語も見つけに行くことが出来なかった自分に対するリュカなりのメッセージ。

 僕は、必ず見つけに行くよ。

 作品の名前は、『君の居場所は、ここにある』。
 物語が終わっても、物語の世界ではきっと常に新しい物語が生まれているだろう。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【木霊・C・リュカ(aa0068)/男/28/白蛇の神】
【オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)/男/10/白蛇の社守る狛猫】
【木陰 黎夜(aa0061)/?/13/修行中の烏天狗】
【アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)/男/22/先祖返りの夢見る学生】
【紫 征四郎(aa0076)/女/7/見習い鎌鼬】
【ガルー・A・A(aa0076hero001)/男/31/時を超える白澤】
【清原凪子(aa0088)/女/14/鎌鼬三兄妹末妹】
【虎噛 千颯(aa0123)/男/23/脱衣婆……婆?】
【白虎丸(aa0123hero001)/男/45/超絶天然うっかり五徳猫】
【会津 灯影(aa0273)/男/22/案外逞しい陰陽師見習い】
【楓(aa0273hero001)/?/23/夜に舞いタダ酒呑む九尾狐】
【天城 稜(aa0314)/男/19/女給♂な黒狐】
【泉興京 桜子(aa0936)/女/7/彼岸桜のロリバb……不喪神】
【ベルベット・ボア・ジィ(aa0936hero001)/男/26/付喪神に育てられたお稲荷さん】
【クリス(aa4165)/女/12/油揚げ専門店「キツネめし」看板娘】
【鴇(aa4165hero001)/男/35/油揚げ専門店「キツネめし」非正規従業員(略してバイト)】
【レイラ クロスロード(aa4236)/女/13/お父さんは吸血鬼】
【ブラッド(aa4236hero001)/男/27/育ての娘は捨てられた娘】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
パロディということと設定以外はほぼお任せであるため、自由に書かせていただきました。
主発注者様の発注文を優先させていただいております為、一部ご希望に副えていない箇所もございますが、ご容赦くださいませ。また、口調については指定いただいた場合はそちらを、指定ない場合はマイページのデータを基本にし、一部いただいた設定に合うよう普段平仮名で話される方もこちらでは漢字が多い等の変更があります。パラレルの中での話ですので、この点も重ねてご了承ください。
オチは夏らしさ、そして、主発注者がリュカさんであることより、注文をいただいた時からこちらにしようと考案させていただきました。
お気に召していただけたら幸いです。
colorパーティノベル -
真名木風由 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年10月31日

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