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『兄はいずこの空の下 』
アーシュ・カメリアリアjc2425


 アーシュ・カメリアリア(jc2425)には双子の兄がいる。
 キラキラと輝く金色の髪に、サファイアの瞳。
 いつも優しく妹想いで、どんな時でも笑顔を絶やさなかった、自慢の半身。

 しかし、兄妹がまだ十歳にも満たなかったある日、彼は突然アーシュの世界からいなくなってしまった。
 そんな幼い子供が自ら望んで家族と決別するはずもない。
 恐らく何かの事故に巻き込まれたか、或いは誘拐されたか……いずれにしても、その行方は未だ不明だった。

 やがて天界内での天使同士の争いが激化し、残された妹アーシュの身にも危険が及ぶ可能性が出て来た。
 それを案じた両親は、娘をひとり人間界へと逃れさせたのであるが――

 当の本人は、そんな深刻な背景など全くあずかり知らぬ様子で、のほほんとこの地上に堕ちて来た。
 そして今、久遠ヶ原学園の……学園の、中にいることは間違いない、と思う、はず、だけれど。

「あらあら、ここはどこですの?」
 
 アーシュは迷っていた。
 この超巨大学園の中で、進むべき道もわからぬままに立ち尽くしていた。
 将来の進路的な比喩ではなく、文字通りの意味で。
 いや、普通なら立ち尽くしているところなのだろうが、彼女の場合はそんな状況でも委細構わず、ぽわぽわと弾む足取りで歩いていた。
 まるで歩き慣れた道であるかのように躊躇なく、目だけは好奇心に溢れた様子でクルクルと動かしながら。

「この学園は広いと聞いていましたけれど、まさかお屋敷よりも広いとは思いませんでしたわ」
 天界にいた頃、アーシュは家の敷地から一歩も外に出たことがないという筋金入りの箱入り娘だった。
 もっとも、その「敷地」には屋敷と庭はもちろん、周辺に広がる森や川も含まれていたのだから、箱入りという表現は適当ではないかもしれない。
 幼い頃はそこで兄と二人、自由に駆け回り、冒険をし、時には危険な目に遭いながら、逞しく成長してきたのだ――主に兄が。
 ここは、その思い出の場所よりも遙かに広い。
 そして複雑だった。

「お庭の迷路よりも入り組んでいますのね」
 おまけに行き交う人々のなんと多彩なことか。
 人の形をしている者、そうでないもの、なんだかよくわからないもの。
 自分と似たような姿をした者達も、中身は人間だったり天魔だったり、そのハーフだったりミックスだったり……性別までもがハーフやミックス、果ては行方不明になっていたり。
 ここは幼い頃に読んだ、人間界から伝わったという絵本のような世界だと、アーシュは思った。
 そこでは、主人公の少女はウサギに導かれ、ネコやイモムシ、タマゴなどと普通にお喋りをしていた。
「ここもきっと、そのような世界なのですわ」
 アーシュは何を囲っているのか見当も付かない塀の一角に歩み寄り、その上で昼寝をしていた野良猫に話しかけてみる。

「こんにちは、良いお天気ですわね」
 猫はうるさそうに片目を薄く開け、興味がなさそうに再び閉じた。
「あの、お休みのところ申し訳ないとは思いますの。けれど、教えていただけないかしら……ここはいったい、どこですの?」
 返事はない。
 自分の訊き方が悪かったのだろうか。
 まだこの世界に慣れていないため、知らないうちに何か失礼なことをしていたのだろうか。
「あの……?」
 と、猫はその声を払いのけるようにぶるっと頭を振ると、むくりと起き上がり、ぐーんと伸びをした。
 そのままアーシュを顧みることもせずに、さっさと塀の上を歩いて行ってしまう。
 つまり、逃げたわけなのだが。
「まあ、付いて来いとおっしゃるのですわね! ご親切に、どうもありがとう!」
 盛大に勘違いしたアーシュはよいしょと塀によじ登り、猫の後を追って歩き出す――なお、この世界ではまだ、翼は上手く扱えないようだ。
 悠々と歩いていた猫はその気配に振り返り、「げっΣ」とでも言いそうな顔をしたかと思うと、一目散に駆け出した。
 隣の塀に身軽に飛び移り、木を伝って地面に降りて、草むらを駆けて崩れた壁の隙間からどこかの建物に潜り込み――

「……見失ってしまいましたの」
 アーシュはしょんぼりと肩を落とす。
「せっかく道案内をしてくれましたのに、わたくしの運動神経が未発達なせいで……申し訳ないことをしましたわ」
 それはそうと、ここはどこ?
 ますます迷子の度が増して、もはや一歩も歩けないんですけど?

 しかし物語ではこんな時、頼んでもいない助っ人が現れるものと相場が決まっているのだ――ほら来た。
「お嬢さん、何かお困りですか?」
 案内役、村人A。
 この巨大学園では、恐らくもう二度と再び会うことはないであろう、会ったとしても特徴がなさすぎて記憶に残っておらず、絶対に「初めまして」と言ってしまうに違いない人。
 つまりモブだが、今のアーシュにとっては後光が差すほどに眩しく見える救世主。
「はい、とてもお困りですの!」

 事情を話すと、村人Aは快く案内を引き受けてくれた。
 ああ、なんて良い人でしょう。
 何の特徴もないモブ顔で、名前も聞いた傍から忘れてしまうような平凡の極みだけれど!

「そうですか、行方不明のお兄さんを探してこの学園に……」
「ええ、そうなんですの」
 色々な「ひと」が暮らしているこの人間界、とりわけこの学園になら、その手がかりがあるかもしれないと考えて。
「とても素敵な、自慢の兄ですのよ。このリボンも、お兄さまにいただいたものですの」
 贈られて以来ずっと、肌身離さず身に着けているそれは、もうアーシュの印象とは切り離せない身体の一部となっている。
「とても似合うと言ってくださって……ですから、お兄さまもこれを見れば、わたくしが妹のアーシュであることをわかってくださるのではないかと思いますの」
 成長して、多少は印象も変わっているかもしれない。
 でも、このリボンだけはずっと変わらないから。
「わたくしは、お兄さまの姿がどんなに変わっていたとしても、一目で見分ける自信がありますけれど」
 ころころと笑って、アーシュは幼い頃の兄との思い出を語り始めた。

「昔、森で何かの虫の巣を拾ったことがありましたの」
 人間界の生き物で言えばハチに近い生き物のそれは、やはりハチの巣に似ている。
 ただしそれは全体が真っ白で、陽の光を浴びると水晶のようにキラキラと輝いて見えた。
「とても綺麗だったので、わたくしお屋敷に持って帰りましたの。そうしたら……」
 落とし主である虫が、怒りの猛攻を仕掛けてきたのだ――その時、巣を手に持っていた兄に向かって。
 なお厳密に言えば、その巣は落ちていたのではない。
 その種族は地上に巣を作る性質があるのだ。更に言えば、その巣は風や何かで飛ばされないように、しっかりと地面に固定されていたはず、なのだけれど。
「そうそう、伝え聞いた人間界の『釣り』というものの真似をして、川で魚を釣ろうとしたこともありましたわ」
 その時は竿(という名の木の枝)に糸(に見立てた太いロープ)を結んで、その先に餌(つまり生贄)として兄を括り付けてみたのだけれど。
「あの時は何故か、とても大きなお魚がお兄さまを追いかけてきて……」
 その時の光景を思い出したのか、アーシュは自分の肩を抱え込むようにして小さく身を震わせた。
「お兄さまはとてもお強いので、そのお魚も見事に退治してくださったのですけれど……でもあの時は本当に、心臓が止まるかと思いましたわ」
 心臓が止まると言えば、高い木の上から真っ逆さまに落ちた時もそうだった。
「わたくし、翼を使わずに木に登ろうとしたことがありましたの」
 運動神経には自信があるからと、身軽にどんどん登っていったは良いけれど――
「何事も油断大敵と申しますものね。わたくし見事に足を滑らせて……でもその時も、お兄さまはわたくしをしっかりと受け止めてくださいましたわ」
 正確には「下敷きになって潰れた」と表現すべきところなのだろう。
 しかしアーシュの主観フィルタにかかると、全ては兄を美化し賛美する方向に自動修正されてしまうらしい。
「お兄さまはどんな時でもわたくしの傍にいて、危ない時は身を挺して守ってくださって……いつも傷だらけで」
 それでも、何が起きても、兄は「大丈夫だ」と微笑んでくれた。
「優しくて頑丈で頼れる大好きな兄ですの……」

 ……頑丈。
 それが人に対する褒め言葉として使われるのは、あまり聞いたことがない気がするけれど。

 そんな話をしながら歩くうちに、周囲の景色が見覚えのあるものに変わり始める。
「ああ、ここは知っていますわ。わたくし帰って来たのですわね!」
「もう迷わないように、これを持っておくといいですよ」
 村人Aは近くの案内板に備え付けてあった校内マップを取って、アーシュに手渡した。
「まあ、こんな便利なものが……わたくし気が付きませんでしたわ。ご親切に、どうもありがとうございます」
「どういたしまして。……お兄さん、会えるといいですね」
「ええ、きっと」
 アーシュは貰った地図を胸に抱きしめ、ふわりと微笑む。
「友人が、可能性がある限り積み重ねればきっと会えると言ってくださったの。私もそれを信じますわ」

 その言葉に満足げに頷くと、親切な学生(多分)は颯爽と夕日の中へ去って行った。

 ありがとう、あなたのことは決して忘れない。
 優しく親切で、とても頼り甲斐のある……村人Aさん。

 多分きっと、もう二度と会えないし、会ってもわからないと思うけれど――!



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc2425/アーシュ・カメリアリア/女性/外見年齢15歳/兄をたずねて三千里】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

お嬢さんの人界知識に関する勝手な考察をオマケにまとめてみましたので、そちらも併せてご覧いただければと思います。

お楽しみいただければ幸いです。
何か問題がありましたら、リテイクはご遠慮なくどうぞ。
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エリュシオン
2016年10月31日

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