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『平和の国(2) 』
水嶋・琴美8036


 装甲車の内部である。
 当然、銃をぶっ放すのに適した広さがあるわけではない。
 同士討ちを恐れないなら小銃の乱射も出来るだろうが、この男たちはまだ、そこまで追い詰められているわけではなかった。
 まだ3人いる。運転席と助手席にも1人ずつ、計5人。
 皆、人数を恃んでいる。
 うち1人が、拳銃を構えるべきか、ナイフを抜くべきか、迷っていた。
 拳銃を突きつけて言う事を聞かせるべきか、ナイフで脅しながら衣服を切り刻むべきか、迷っている。
 ほんの一瞬の迷い、ではある。
 その一瞬の間に、水嶋琴美はクナイを一閃させていた。白兵戦用の、大型クナイ。
 それが、男の首筋を切り裂いていた。
 鮮血がしぶいた。狭い装甲車の内部が一瞬、真紅の霧で満たされた。
 その霧の中で、琴美の肢体がゆらりと翻る。
 艶やかな黒髪が、鮮血の霧を振り払うように舞う。
 形良く豊かな胸の膨らみが、黒のインナーと着物状の衣服に閉じ込められたまま猛然と揺れる。
 それと同時に、光が飛んだ。
 しなやかな細腕が超高速で弧を描き、瑞々しく膨らみ締まった太股からは閃光が奔り出していた。
 正確には、太股に巻き付けられた鞘付きのベルトからだ。
 投擲用の、小型のクナイ。
 何本かのそれらが、男2人を襲い穿つ。
 1人は、ほぼ即死であった。顔面に埋まったクナイの切っ先が、頭蓋の奥まで達している。
 もう1人は生きている。死にきれていない。右の二の腕に、小型クナイが深々と突き刺さっている。
 もはや動かなくなった右手で、むなしく拳銃を握ったまま、男は悲鳴を漏らした。
「ひ……いぃ……っ、ま、待て……」
「待てとおっしゃる? なら待ちますわ。貴方が、そのまま出血多量でお亡くなりになるまで……気長に、ね」
 琴美は、微笑みかけた。
「私ども自衛隊に、決定的に不足しているもの。それが実戦のノウハウである事はね、別に貴方がたが得意げに主張なさるまでもなく周知の事実……ですが実戦経験など、積まずに済むならそれが最良だと私は思いますの」
 微笑みながら、男に白兵戦用クナイを突きつける。
「実戦などしたら、殺されてしまいますのよ? こんなふうに」
「待て……待ってくれぇ……」
 男は、小便を漏らしていた。
「わ、わかった悪かった、俺たちが悪かったよ……って、俺たちゃまだ何も悪い事してねえぞ!」
「何かなさってからでは遅いでしょう?」
 言いつつ琴美は、男の胸ぐらを掴んだ。
 たおやかに見えて強靭に鍛え込まれた細腕が、大の男1人を物のように引きずり起こす。
 半ば振り回すようにして琴美は、男の身体を楯にした。
 装甲車の運転席、及び助手席に、1人ずつ座っている。
 助手席の方の男が、振り返りながら、こちらに拳銃を向けてきたところである。
 動くな、手を上げろ、などとは言わず、いきなり撃ってきた。
 楯にされた男が、額に銃撃を食らって激しく反り返る。負傷していた右腕が、拳銃を握ったまま跳ね上がる。
 仲間に撃たれ、絶命しながら、男は引き金を引いていた。
 自分を射殺した相手に報復せんとする、せめてもの闘志か。あるいは、破壊された脳が身体に誤動作を起こさせたのか。早くも、死後硬直が始まっているのか。
 とにかく、死体の右手に握られた拳銃が火を吹き、フルオートで弾丸をぶちまける。
 琴美は、死せる男の首根っこを掴み、身体の向きを変えた。
 助手席の男が、射殺した仲間の報復を受けて蜂の巣と化した。
 残る1人。運転席の男に、琴美は背後からクナイを突きつけ、耳元に囁きかけた。
「お仲間の仇討ち……なさるのでしたら、お相手いたしますわよ?」
「……やめておく。殺されて当然の事ばかり、やらかしてきた連中だ」
 装甲車のハンドルを握ったまま、男は自嘲した。
「俺も含めて、だがな」
「中東やアフリカで、随分と派手に御活躍なさったそうですわね」
「あの辺りはな、一般人と武装勢力の区別がつかん。どいつもこいつも皆殺しにしないと、こっちが死ぬ……だから、殺しまくっただけさ」
「逆に殺される御覚悟は当然、出来ていらっしゃる?」
「殺れよ」
 男は即答した。
「自衛隊にいたんじゃ出来ない……戦争ってもんをな、大いに堪能させてもらった。思い残す事はねえよ」
「日本でもう一花、咲かせるおつもりでしたのね」
 自衛隊の実戦経験不足を補って余りある、大量破壊兵器。
 それを開発するための研究施設が、某県の山中に存在していて国が極秘に金を注ぎ込んでいる。
 そんな情報を流した結果、この男たちが、こうして引っかかってくれた。
 研究施設を襲撃し、開発中の何かを奪うつもりであったのか。あるいは研究施設そのものを占拠しようとしていたのか。自分たちの拠点として活用するために。
「何にいたしましても……貴方のお命、いただくわけにはまいりませんわ。最低お1人は生かしておくよう、指令をいただいておりますので」
「……何だ、法の裁きでも受けさせようってのか?」
「中東某国から日本政府に、要請が来ておりますの。貴方がたのお身柄を、引き渡すようにと」
 その国で、この男たちは、相当な事をしてきたのだろう。
「それにしちゃあ随分と、容赦なく皆殺しにしてくれたな。俺以外にもう1人2人、生かしとくべきじゃねえのかい」
「銃をお持ちの方々に、手加減など出来ませんわ」
 その言葉には何も応えず、男は装甲車を止めた。
 いや違う、止められたのだ。車内にはいない、何者かに。
 外部からの振動を、琴美は全身で感じた。
「何……!」
 息を呑みながら、男はグシャリと原型を失った。運転席そのものが叩き潰されていた。


 木々をへし折りながら走っていた装甲車が、まるで紙箱の如く引き裂かれてゆく。
 毛むくじゃらの、巨大な豪腕によってだ。
 メキメキと引き裂かれてゆく装甲の裂け目から、しなやかな人影が猫の如く転がり出る。
 水嶋琴美。
 牝豹を思わせる細身が、山林の草むらで素早く起き上がってクナイを構える。
 装甲車を叩き潰し引き裂いているのは、生物である事には違いないであろう何かだ。
 一見すると熊、あるいはゴリラ。
 筋肉を隆起させつつ獣毛を生やした巨体は、人間の体型をしているようでもある。
 熊のような、毛むくじゃらの大男。
 その全身を覆う獣毛の、所々から硬く鋭利なものが突き出ている。巨体の何ヶ所かで、外皮が甲殻化しているようであった。
 顔面は、タテガミに囲まれた頭蓋骨だ。
 頭蓋骨が、厳つい仮面の如く異形化して禍々しく迫り出し、牙を剥いている。
 そんな怪物が、重機のような素手で装甲車を引き裂いている光景。
 琴美は、見入るしかなかった。
「……そういう事、ですのね」
 この怪物が何者であるのかは、考えるまでもない。
 偽の情報ではなかった。ただ、それだけの事だ。
「自衛隊の実戦経験不足を補ってなお余る、最強の破壊兵器……なるほど、これが」
「自衛隊の切り札は」
 どこからか声が聞こえた。
 いくらか不穏な気配が、山林のあちこちから確かに感じられる。
 周囲の木陰に、身を潜めている者たちがいる。
「君たち特務統合機動課だけではない、という事さ」
「海外で大いに人殺しをした……それだけで実戦に練達したような気になっている愚か者たちが、我々の研究施設を狙っていると聞いたものでね」
「先手を打たせてもらった、つもりだが……特務統合機動課に、先を越されてしまったようだ」
 この者たちの正体はともかく、少なくとも今のところ戦う理由はない、と琴美は思った。
 中東某国に引き渡すべき男を死なせてしまったが、それは琴美自身の迂闊さが招いた結果だ。
「任務失敗……と、そういう事ですのね」
 琴美は溜め息をついた。
「私、今とっても八つ当たりをしたい気分……お相手、して下さいません?」
「やめておこう。その実験体は我々の自信作だが……君に勝てるかどうかは、まだわからないのでね」
 実験体、と呼ばれた怪物が、琴美の方を向いた。
 眼窩の中で、鬼火が燃えている。
 琴美がそう感じた時には、怪物はすでに姿を消していた。
 山林の奥へと、駆け去ったのか、跳躍したのか。
 何にせよ怪力だけではない、まさに野生動物そのものの敏捷性である。
 山林のあちこちに潜む何者かの気配も、1つまた1つと消えてゆく。
 目に見えない者たちを見送りながら、琴美は呟いた。
「あのような怪物……この国を守るために造り上げた、とでも?」
 そうだとしたら、自分たち特務統合機動課と同じである。
 国の平和を、国民の安全を、守るために生み出された怪物。
 嘲る資格など自分にはない、と琴美は思った。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年12月02日

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