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『夕暮れに棲むひと 』
齶田 米衛門aa1482)&メグルaa0657hero001

 ざわざわと雑多な喧騒が場を支配する中、その人の声は凛としてよく響いた。

「楽しんでますか?」

 そう言われて、はた、とまばたきする。
 どうやら、しばらくの間呆けていたらしい。耳馴染みする声に誘われて意識を取り戻して、無意識に浅くなっていた息をふぅと吐き出した。

 視線を巡らせて声の主を覗えば、とっくりを2本持ったともがらの姿。
 薄く、苦笑にも見える笑みを浮かべるその人を、数瞬だけ呆けた顔で迎えて。

「モチロンっスよ」

 そうして、齶田 米衛門(aa1482)は常の彼らしく、ニカッと笑うのだった。



 騒がしいのは好きだ。
 正確には、楽しく騒いでいる人たちを眺めるのが好きだ。

「どうぞ一献」
「おっ、どうもどうも」

 けれど、こうやって気の置けない同輩と静かに盃を傾けることも、米衛門は好ましく思っている。

 とっぷりと注がれた酒を、ためらうことなく煽る。
 一杯目はそうやって飲むのが好きだ。酒精が喉奥へ一気に流れ込み、胃の腑へと滑り落ち、吐き出した呼気が甘く香る。やはり、いい酒だ。

「美味い!」
「それはよかった」

 隣で楽しそうに飲むその人の、頬がほんのりと朱に染まっているのがどうにも新鮮に思える。
 酒気を帯びているのか、吐く息がどこかもったりとしている。どうやらそれなりに飲んだらしい。はて、この御方は酒に酔うのかと思っていれば、彼の人が元いた席に転がっているのは「英雄御用達」の酒類。

 なるほど、この御仁にも酔いたいときがあるらしい。

「やっぱり、日本酒はいいっスな」

 2杯目はちびりちびりと舐めるように。手酌で注いで、同じく早々に杯を空にしたともがらの盃にも。
 もともと、酒はそれほど飲まない。飲んでも酔わぬため、こういった集まりでもないと口にしないのだ。味と香りは好きなため、飲みもしないのに酒瓶を集めて部屋に飾り置き、同居人に「邪魔だ」と怒られるのが常である。こうした場に提供しているのだから許してほしいとも思っていたりする。

「燗にすると酔いが早くて困りますがね」
「酔うんスか?」
「雰囲気に」

 なるほど、雰囲気。
 それは自分もよぅく酔う、などと思いながら盃を傾ければ、ふふ、と軽やかに笑う声がする。

「冗談ですよ」

 ……なるほど、冗談。

「メグルさんに冗談言われる日が来るとは、去年の今頃だと考えてもなかったっスなぁ」

 思わず、口をついて出たその言葉に、メグル(aa0657hero001)はきょと、と目を瞬かせた。
 最近見慣れてきたはずのその反応が、なんだか酷く新鮮に思えてしまって、米衛門は眉を垂れ下げてへにゃりと笑う。

「そう、ですか……?」

 もちもちと自分のほっぺたを揉んで首を傾げるメグルが、とても、まぶしい。

「そうっスよ」

 とぷ、と酒が鳴る。
 透明な酒を、淡い橙色の照明がやわらかに染めていた。

「顔をしかめてお酒飲んでたのが嘘みたいっス」

 そう言って笑ったら、メグルが疑問符を頭上に浮かべ始めて、また笑う。
 よく笑うようになった。よく喋るようになった。他者と一線を引いて接していたのが、他者を攻撃するように棘をまとっていたのが、いつの間にか柔和になった。

 挙げていけばキリがないその変化を、米衛門はずっと、見てきたのだ。

「今のメグルさん、とっても素敵っス!」

 願わくは、その笑顔が二度と陰りませんように。

 お互い、別れを知る身だ。大切なものを失った人間は、雰囲気でわかる。
 それでも笑えることの尊さを、米衛門は知っている。せっかく乗り越えたその傷が、再び開くことの無いよう、祈っている。

「そう言うヨネさんは、変わりませんね」

 その言葉に、動きが止まった。

「……そうっスかぁ? オイも結構変わったと思うんスけど」

 努めて何事もないかのように振る舞う。
 別段、何かやましいことがあるわけではない。ただ、その言葉が少し、刺さった。

 変わる気は、ない。
 変われる気も、しない。
 けれど、それを、メグルに指摘されることが、少しだけ、心のやわい部分を刺激する。
 それほどに、彼の人は変わった。米衛門は改めてそう思う。

 盃の底に薄く張った酒をゆるく回して、唇を湿らせる。

「ううん、何て言えばいいんでしょう。こう、行動とか外面的なものではなくて、内面的なもの……? 芯がブレないというかなんというか」

 額に指を当てて左手の人差し指をクルクル回し、眉間にしわを寄せて悩むメグル。考えていることが尽く口に出ているのは酔いのためだろうか。

「あ、悪い意味ではないのですよ? モチロン。なんというか、ブレなくて安心する、みたいな」

 ウンウン唸るメグルの姿は、最近彼の契約者に似てきたと、米衛門は思う。お互いにいい影響を与えられる、素晴らしいパートナー同士だなぁ、なんて、思っていてもまだまだ素直じゃないこの人には言えないのだけれど。

 チラ、と視線をやれば、件の彼女がなんだか微笑ましそうな笑顔でメグルを見ている。
 彼女も変わったなぁ、と、思う。
 いいことだ。
 だからとても酒がウマい。



 そう、思えば初めて会ったときから、ずっと印象の変わらない人だったと、メグルは思う。

 まるで影のない笑顔と、ハツラツとした言動、戦いになるととてもアツくなるところ。表裏がなく、人の懐まで容易に入ってくるのに、超えてほしくない一線は絶対に超えない慎重さ。
 新たに知った部分はたくさんある。見えなかった一面が見えたこともある。

 けれど、ずっと、どこか掴みどころのない部分だけは変わらなくて。

 ちらり、と、隣で楽しげに酒を飲む米衛門を見遣る。少し離れたところでジュースを飲みながら笑っている自分の契約者と同じような笑顔。そのはずなのに、受ける印象がどうしてこうも違うのか、メグルにはわからない。

「ハハ、メグルさん、眉間にシワ寄ってるっスよ。渓谷みたいっス」
「む」

 わからないけれど、自分の眉間のシワの深さに笑うその表情は、心の底からの笑顔だと思うから。
 今はそれでいいかなぁ、とも、思うのだ。

「誰のせいだと」
「へ?! まさかワシのせいっスか!?」
「さぁ? どうでしょう」

 いつか、あなたの抱えているものの話を聞いてみたい、だなんて。
 面と向かって言うことなんてできないけれど。

「ええええ。なんスかそれぇ」

 大袈裟なほどに情けない顔をする米衛門。最近よく見るようになった表情だ。彼も彼で、自身の英雄との付き合い方を掴みあぐねているらしい。
 たまに話してくれる「笑い話」が、全く笑えない苦労話にならないことを祈る。

「まぁ、細かいことは気にしないのが健康の秘訣と言いますし。ほらほら、もっと飲みましょう」

 カラになっていた盃に追加の酒を傾ければ、何のためらいもなく差し出される手がうれしい。かなりハイペースに飲んでいるが、米衛門が酒に強いのは知っているため気にしない。
 この人はどちらかと言うと雰囲気に酔うタイプだ。
 まぁ、自分もなのだが。

「おいしいですねぇ」
「そうっスなぁ」

 ほけほけと笑いながら酒を飲む。
 みんな楽しそうに飲んで食べて笑いあって、それを見る自分も楽しくて。
 去年はそんな風に思わなかったのになぁ、と、ふと気がついて。
 言われてみれば確かに、自分も変わったんですかねぇ、なんて思った。

 自覚すれば、それは嫌なものでは決してなくて。
 メグルは今の自分を誇らしく思う。そして、去年の自分はもったいないことをしていたなぁ、と思うのだ。

「よし、じゃんじゃん飲みますよ!」
「おっ、その意気っス!! とことん付き合うっスよ!!」

 まぁ、その分今を楽しめばいいのだ。
 当たり前のように米衛門が抱えていた一升瓶を取り上げて、天井に突き上げる。
 熱燗もいいが、いい日本酒は冷がうまい。英雄であるメグルが普通のお酒で酔うことはないのだが、そこはまぁ、気分だ、気分。

 テンションの上がった米衛門が、周囲にいる人々に一升瓶ごと酒を振る舞い始めたのを横目に笑いながら、ああ、しあわせだなぁと、自然に思えた。

 もしかしたら今自分は、過去最高に穏やかな日々を過ごしているのかもしれない。
 従魔や愚神との戦いは激化する一方で、日々傷つき倒れる仲間たちがいる。勝つか負けるか、生きるか死ぬかに近い戦いを続ける中で、こんなことを思うのは不謹慎なのかもしれない。

 それでも、メグルは今、とてもとても満ち足りている。

「ああ、おいしい」
「ほんとっスなぁ」

 自分はずっと、終わった物語をなぞっているのだと思っていた。
 映画が終わった後に流れる黒い画面と白い文字のエンドロール。物語に携わった人々が記されたそれを眺めて、終わった物語を懐かしんでいるのだと。

 けれど、エンドロールはいつか終わり、観客は新たな物語を求めて席を立つ。
 メグルもやっと、観客席から立ち上がることができたのだ。

「……いつか、ヨネさんの話、聞かせてくださいね」
「ん? 何か言ったっスか?」

 自分は新たな物語を描き始めた。
 でも、彼は? 彼は、どうなんだろうか。

 そんな気持ちで小さく零した言葉は、離れた場所で酒瓶を傾けている米衛門には届かない。伝える気がないのだから当然なのだが、メグルはどうしてか、米衛門が全部聞こえた上で、聞こえないふりをしていたような気がした。

「なんでもありませんよ」
「? そうっスか?」

 終わらない物語はない。
 明けない夜はない。

 けれど、物語の幕が降りる前に。夕闇が世界を支配する前に、時を止めてしまったのだとしたら。終わりすら迎えず、佇んでいるのだとしたら。

 なんて、妄想。
 本当かどうかなど、今はどうでもいいのだ。



 太陽のように笑う人。
 僕はいつか、あなたの物語を聞いてみたい。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0657hero001/メグル/?/22/ソフィスビショップ】
【aa1482/齶田 米衛門/男性/21/アイアンパンク】
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2017年02月02日

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