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『長い夜の終わり、巡る季節の先はふたりで 』
辰川 幸輔ja0318)&朽木颯哉ja0046

●side 幸輔
 年末年始の慌ただしさが過ぎ去って、娘の冬休みも終わって。忘れかけていた『いつも通り』が戻ってくる。
 辰川 幸輔はカレンダーへ目をやり、ふっと逸らす。
 今年の正月は娘と二人で過ごした。
 大みそかのバラエティ番組を見て、いつの間にか眠りに落ちて、雑煮を食べて初詣。
 それが毎年の慣わしであったかのように、何事もなく平穏に終わった。
(前は――……)
 家族ぐるみの約束をしていたものの、子供たちが寝てしまったり大人の中に子供一人は嫌だと言ったり、そんな流れで二人で過ごした。
 過ごした相手――朽木颯哉の姿を脳裏に浮かべ、幸輔は過剰なほどに首を横に振る。
(元気にしているだろうか)

 颯哉は、幸輔にとって恩人だ。気を許せる年下の友人でもある。
 しかし颯哉は違った。
 彼が幸輔へ友情以上の感情を抱いていると知ったのは、三年以上も前のこと。


『……お前のせいだよ、辰』


 あの夜の颯哉の声は、振り払おうとしても振り払おうとしても耳の奥にこびりついている。
 戸惑い、それでも縁を切ることを選びきれない幸輔へ、颯哉はその都度言うのだ。
 いくらでも時間を掛けて考えてくれ、と。
「……さんねん」
 その月日の長さ。待つことの重さ。音にして、幸輔は身震いをする。
 時の流れとは、かくも恐ろしいものであったか。

 幸輔は自室に置いてある小箱を取り出した。飾り気のないシンプルなリングケース。颯哉から贈られたものだ。
(簡単に受け流せるなら、ここまで悩んじゃいない……)
 きっと、それが答えなのだろうと思う。
 どれだけ先延ばしにしても先延ばしにしても、あの人の姿が意識から完全に消えることなんてなかったし、あの人のいない『未来』も想像できなかった。
 何をどうするのかという具体的なイメージが浮かばないし考えたくない点は変わらないが、天秤にかけたとて答えは自明。
 ならば。
「……覚悟、決めねぇと」



●side 颯哉
 端的に言うと、颯哉は忙殺されていた。
 これまで『家』に代理を置いて久遠ヶ原で生活をしていたが、『当主である颯哉で無ければ』という案件が増えて来たのだ。
 年末年始も、そういうわけで『家』の付き合いで潰された。
「やることがあるのは、いいンだけどよ……」
 久方ぶりに久遠ヶ原へ戻ってきた颯哉は、自宅のドアを開けて一度閉める。
「大掃除の時期は終わッたよな?」
 あんの馬鹿息子、普段どういう生活をして……
 散らかり放題のリビングを前に、颯哉は『やること』の多さに眩暈を覚えた。

 約二カ月ぶりの父子の再会だというのに、息子は冷たく『ともだちとご飯食べるから』の連絡一本。
「グレるぞ、しまいにゃ」
 これからしばらくは久遠ヶ原にいると伝えてあるからこその気安さだろうけれど。
 もしかして、父の愛は息子へ伝わっていないのだろうか。
(……まさか、そんなことは)
 気持ちを伝えることの難しさについては、他方面でも悩み中の颯哉である。
 かといって、他方面の当人へ相談できるわけもなく。
「とりあえず、晩飯か……。飲みに行くか」
 行きつけのバーからも、足が遠のいて久しい。
 一人飲みとは寂しいが、良いだろう。誘ってたところで、意中の相手が乗ってくれるとも限らない。
 待つことに慣れてしまった――とも、違うけれど。
 夕日の差し込むリビングに、コーヒーの香りが広がる。
 砂糖とミルクを落としてスプーンでかき混ぜる。
 胸の奥がジンワリと暖まるのを感じていたら、不意にスマートフォンが鳴動した。
「辰!? どうした、何かあったのか?」
『何かなくっちゃ、連絡したらいけませんか』
 意外すぎる相手からの連絡に声を震わせて対応すると、向こうはその勢いに思わず笑ったようだった。


 ――今日の夜、会えませんか?

 幸輔からの誘いは、意外の更に斜め上を行った。
 飲み屋や食事なら、なんとなく理解できる。どうとでも誤魔化しができる。
(公園、つーのは……)
 ゆっくりと陽が沈んでゆく。コーヒーはとうに冷めた。代わりに灰皿へ押し付けられた煙草の量ばかり増えてゆく。
 辰――幸輔が、自分の感情を自分の言葉で伝えられる時まで待つと言ったのは自分だ。
「――……クソッ」
 静寂に響く、ライターを鳴らす音。らしくなく焦っている。
 厭な想像ばかりが浮かんでは、煙草の煙で追いやるような悪循環。
(だって……辰だぞ)
 長い付き合いだ。彼が何を嫌っているか知っている。知っていながら思いを告げたのは自分だ。
 それでも、縁を断ちたくないと、考えたいのだと幸輔は言ってくれていたが……
(三年と少しか……耐えてくれたよな)
 最悪の答えを想像し、それを受け止めるだけのシミュレーションを済ませる。

 最後の煙草は随分と長く感じられた。
 吸い終えると、颯哉はようやっと重い腰を上げて指定された公園へと向かった。



●たいせつなもの
 月が明るい夜。
 広い公園の時計塔の下にラフなスーツ姿の男が一人。
 遠くからでも目立つ、スッとした立ち姿は昔から変わらない。
「……待たせて、すいませんでした」
「時間には余裕があるぜ、辰。優等生だ」
「誘っておいて遅刻は……カッコ悪いんでしょう?」
 いつぞやの会話をなぞれば、颯哉がフッと目を細めた。対する幸輔は、苦しそうに笑うのが精いっぱい。
「話したい、ことが……ありまして」
「あァ」
「俺のことなんで、その、うまく言えるかわからないんですが」
「構わねェよ、辰の言葉ならそれが全部だ」
 答えを伝えに来たのだ。そこは、颯哉も理解しているようだ。
「……正直、今から話す事が本当に俺の気持ちなのか分かりません。また颯哉さんを、傷つけてしまうかもしれない」
「言ってみな。怒るか泣くか笑うか、それは俺が聞いてから俺が決める」
「は、はい」
 見るからに落ち着きのない幸輔へ、ところどころで助け舟を出しながら颯哉は続きを促した。
(こんな時まで助けられて……)
 甘い。颯哉は幸輔へ甘すぎる。
 そこに別種の感情があると知ってから、幸輔は無性にむず痒く感じてしまう。
「俺は……俺が男を好きになるだとか、考えたこともなかった。俺をそういう対象で見る相手の気持ちもわからなかった」
 それには、幸輔が過去に受けたとある出来事が起因している。トラウマと呼んでも良い。 
 颯哉も事情を知っているが、今一度改めて伝えておかねばいけないと思った。
 そうしなければ、自分の『本当の気持ち』は伝わらないだろうから。
 薄闇の中でも颯哉の表情が曇る様子を感じ取りながらも幸輔は言葉を続けた。
「……でも、そんな不安とか、嫌な思い出とかより、颯哉さんと離れるほうが嫌だって……思って」
「………………は」
「何つうか……颯哉さんの事、自然と考えてる俺もいて……」
「え は? 辰、なんて……」
「だからっ……よ、よろしくお願いします!!」
 動揺が折り重なって上手くリアクションできずにいる颯哉をそのままに、幸輔は勢いよく頭を下げた。



●しあわせをねがう
 欲しいと思うものは、天より遠い。
 夜空に煌めく星を撃ち落とすかのような行為には、大きな代償も付いてくると覚悟していた。
 それなのに、手を伸ばさずにはいられなかった。
 迷う姿を見ては、希望を探さずにはいられなかった。
 優しい男が、はっきりと離別を口にするのは辛いに違いないだろうと、己へ幾度も言い聞かせてこの場所に来た。

 が。

「これからも……颯哉さんと一緒にいさせてもらえませんか」

 なんの夢だろうか。
 片思いを拗らせすぎたか。
 颯哉は、破裂しそうな自身の心臓を掴み、下げられたままの幸輔の後ろ頭をじっと見ている。
 清潔感のある短い髪から続く力強いうなじが、星明りによって無防備にさらけ出されていた。
 肩が震えているのは寒さを越えた位置にある緊張によるもので、ひっかけた程度のコートの裾からは力一杯に握った拳が――
「……辰、そのリング」
 いつか、颯哉から幸輔へと贈ったペアリング。互いの指を揃えて見せなければ『そう』とはわからないデザイン。
 互いに左手には永遠の指定席があるから着けるならば右手で、一つは今も颯哉の右薬指に輝いていて。
 では、それは――幸輔の、右手の……

『後はお前の気持ちが決まったら、それを着けてくれりゃいいさ』

 あの時、確かに颯哉は言った。

『……着けられないかもしれませんよ?』

 幸輔の言葉は、決して冗談ではなかったはずだ。

 切れない環。誓いの証。気持の答え。
 無理だと思った。それでも淡い希望を捨てきれなかった。
 思いを伝えて、三年。

「いや、あの……何つか……、はー…………」
「ぐ、具合悪いんすか!?」

 理解した。
 全てを正しく理解して、実感を得ると同時に颯哉の足から力が抜けてしゃがみ込む。
 その様子に吃驚した幸輔が、的外れな心配と共に駆けつけて背に腕を回した。
「……お前は、ほんとーに…………」
 今の今まで緊張やら何やらで震えていたくせに、颯哉に異変があると知るや否や、こうだ。
「!? 颯哉さ……」
 しゃがみ込んだまま、颯哉は幸輔の腕を引いて強く抱き寄せた。
「お前なんか、こうしてやる」
「わっ、わわわ!!?」
 じゃれ合いの延長のようでまるで色気が無いけれど、伝わる体温に嘘はない。
 あたたかい。あたたかい。今は、それで充分以上だ。




 夜空へ浮かぶ星のように、煌めくような感情ひとつ。
 星を結ぶ銀色の鎖は、今日も今日とて千切れることなく誰かによって繋げられる。
 時に迷いながら、時間を掛けながら。
 いくつもの季節を巡り、その先も共にあるようにと願いをかけて。




【長い夜の終わり、巡る季節の先はふたりで 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0318/ 辰川 幸輔 / 男 / 42歳 / 阿修羅】
【ja0046/ 朽木颯哉 / 男 / 32歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
長い長い思いへの『答え』のお話、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年02月14日

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