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『はじめての抱き枕 』
上野定吉jc1230)&真白 マヤカjc1401

「私、わがままかもしれないわ。熊さんが他の誰かの抱き枕になるかもと考えたら、胸がぎゅっとするの」

 ある日、真白 マヤカ(jc1401)がそう言った。ボンヤリと上の空を眺めたまま。

「なら、わしがマヤカどのの専属抱き枕になるのじゃ!」

 それに、上野定吉(jc1230)が答えたのは直後の出来事だった――。



 ――上野定吉は熊である。
 正しく表現するならば、熊に育てられ、熊のきぐるみをまとった、『熊である生活』を送る男である。
 そんな彼の、テディベアのようなつぶらな瞳に映っているのは……白のロングワンピースネグリジェ姿のマヤカだ。彼女はいつも通りの、気兼ねしていない様子に見える。が、この寝間着を決めるまでわりと時間がかかったのはここだけの話。
「……えへ!」
 目が合うなり(?)、にぱ、と天使のような笑みを――まあ実際半分は天使なのだが――浮かべるマヤカ。そのヒマワリのような微笑みにドキッと胸を熱くしつつ、定吉は声がひっくり返りそうになるのを堪えつつ間を持たせるように言葉を放った。
「マヤカどの! わしは当たり前じゃがきちんと風呂に入ったのじゃ」
「ほんとだ、フカフカでいいにおいー」
 むぎゅ。しどけなく座り込んでいたマヤカが、おもむろに定吉を抱きしめる。
「熊さんは、マヤカだけのだもんね」
 無邪気な言葉。どこまでも無垢な感情。

 二人がいるのは、マヤカのふかふかベッドの上。
 カーテン越しの空は夜、時計も数字でそれを証明して見せている。

「あわわ……」
 抱きしめられてスリスリ頬ずりされて、ドキドキのままに硬直してしまう定吉。ふわり、マヤカの髪から漂ってくるのはシャンプーの甘く爽やか香りだ……。なんていい香りなんだろう。こんなに心が蕩けるような香り、今まで嗅いだことがない。
「それじゃあ、おやすみしましょ!」
 ドギマギしている定吉からパッと離れたマヤカが、サイドテーブルのスイッチを操作して消灯しようとする――が、「ちょっ、ちょっとマヤカどのっ」と慌てて呼びかけたのは定吉だ。
「そ、その〜……嫁入り前の娘さんと共に寝るのは申し訳ないというか そのっ……」
 いやマヤカどのが嫌という意味ではなく、と早口で付け加える熊。彼女はキョトンと目を丸くしている。
「ずっと一緒にいる約束をしたのよ? だから私は熊さんのお嫁さんじゃないの?」
「およッ、め、さっ……」
 二人は告白は交わした仲だ。が、それは間もない出来事で、マヤカの論はまさに一足飛んでいる内容だった。これには定吉もシドロモドロ。すると「もう!」とマヤカが頬を膨らませる。
「父さまも母さまも一緒のベッドで寝てたわよ。それとも私と一緒はいや?」
「いやそんなっ! 嫌、ではないのじゃ、むしろ……」
「むしろ?」
「む、むしろ……」
「なーあーに?」
「……幸せなのじゃ……」
「ふふ!」
 なんだかんだでマヤカにデレデレな言葉に、彼女もはにかむように笑んでみせた。
(うむ……マヤカどのの専属抱き枕になると宣言したのはわしなのじゃ)
 定吉もそう決心すると、「それでは眠ろうかの」とマヤカへ向き直った。「うんっ」と華やぐ彼女は頷きを返す。

「「おやすみなさ〜い」」

 そして、部屋の電気が消えて。
 暗闇。部屋を朧に照らすのは、カーテンの隙間から差し込む月の光。

「さ。熊さん、おいで」
 暗がりで見えないけれど。マヤカの表情が柔らかい微笑みであることは、定吉にも分かる。「では、失礼……」とやっぱり消えない緊張を携えては、大きな熊はのっそりとマヤカの傍へ。広げられている細い腕の中に、おずおずと身を横たえた。
「ぎゅー!」
 抱きしめる彼女の声は、嬉しくて仕方がないといった様子で。子犬が元気いいっぱいにじゃれついてくるかのようだ。
「マヤカどのは温かいのう」
 全身で熊に抱きつく彼女の腕は、しかし優しく、苦しさなんてちっともない。あったかくて、いいにおいで……ふわふわ柔らかいのは布団なのかマヤカなのか、ドキドキしすぎて分からない。
「熊さんもあったかいわ」
 月明かりの中、マヤカも頬を薄紅に染めて。ふわふわの熊の毛皮に顔を埋める。こうしてひっついていると、互いの心臓の音まで聞こえてしまいそうだ。

 ――どきどき。

 マヤカが傍にいると、定吉はついついあわあわしたりドギマギしたりしてしまうけれど。でも同時に、こうやって抱き合って互いの体温を感じでいると、酷く酷く安心するのだ。優しくて、優しくて、優しい場所……。
「マヤカどのは優しいのう」
「熊さんも、優しいわ」
「わし、うまく抱き枕になれてるかのう?」
「もちろん!」
「それは何よりなのじゃ」
 クスリと微笑んだ愛らしい声に、ついついデレデレとした物言いになってしまう熊。
「幸せすぎて眠れぬ」
 こんなに幸せで、こんなにドキドキとして、果たして己は眠れるのだろうか。ジッとしたまま、定吉はマヤカの存在を全身で感じている。
(よ、嫁入り前の娘さんに……こんな……)
 抱き枕になる、と一度は決心したものの。やはりぐるぐる考えてしまう。
(夜を共にするなど……それも同じ布団で……)
 しかもいつのまにか会話も途絶えて、なんだかいいムードの沈黙である。マヤカもこてんと定吉に身を預けてきている。暗がりで表情は見えない、なのにいい具合の光加減で、艶やかでふくよかな――そう、まるで朝に佇む花の蕾のようなマヤカの唇だけが、熊の視界に映ったのだ。
(これはッ……!)
 ドドドドド。一気に定吉の心拍数が跳ね上がる。
(キッ……スをすべき、タイミングなので……は!?)
 いやだがしかし。待つんだ自分。だと言うのに、冷静になろうと思えば思うほど、定吉の心臓は忙しなくなってゆく。悶々、こんなの、眠れるわけがない!

(わわわわわわわわわ わしは一体、どうすれば――!!!)

 ……そして。
 定吉は、葛藤の果てに。

「ぐう」

 寝た。
 身に染み付いた早寝早起きの習慣には抗えなかった。
「すう……」
 それと時を同じくして、健康優良児のマヤカもまた、安らかな寝息を立て始めたのであった。



 ――月が静かに移ろいゆく。
 夜の空は星を乗せて、優しく回る……。



 ちく、たく、ちく、たく。

「んむ〜……」
 ふと、目を覚ましたのはマヤカだった。
「んぅ……まだ、夜……?」
 部屋はまだ暗く、薄っすらとした月明かりは夜を告げている。シンと静かだ。ちく、たく、時計だけが動いている。
 マヤカは目をぐしぐしとこすりながら、おもむろに上体を起こした。そのまま、しばしボンヤリとしていて――なんとはなしに傍らを見れば、大きな熊がすうすう穏やかに眠っている。
(夢じゃなかった……)
 一緒に寝てくれる、マヤカだけの抱き枕になってくれる、それらは本当のこと。それがマヤカの口角を緩くする。と、そんな時だ。
「あれ、熊さん、起きてたの?」
 パチクリさせたマヤカの目に映るのは、定吉のきぐるみの瞳だ。きぐるみゆえ、定吉が眠っていてもきぐるみの目は当然ながら開いている。
「……眠れないの?」
 しかし天然なマヤカにとって、それは本当の目に見えるらしく。眠っていないのだと、彼女は判断したのだ。
「じゃあ、私が絵本を読んであげようか? ……あっ。でも暗いところで本を読むと、目が悪くなるからーって言われたわ……それに、暗いと文字も読めないし……」
 うーん、と小首を傾げて考え込むマヤカ。ややあって「そうだ!」と手をポンと打つ。
「だったら、子守唄にしましょ!」
 そうしようそうしよう。ウンウン頷いたマヤカは「ンッンー」と軽く咳払いをすると――空のように澄み渡った美しいソプラノボイスで、子守唄を歌い始める。

「――……♪」

 愛を込めて、想いを込めて、熊の胸を優しくゆっくりとんとんしながら。
 マヤカは定吉が大好きだ。熊のきぐるみを見つめる彼女の金の瞳は、まるで夜を見守る満月のよう。

 月明かり、『混血天魔(ひとならざるもの)』が子守唄を紡ぐ姿は、どこまでもどこまでも幻想的――。

「マヤカ、どの……」
 そんな時だった。むにゃ、と定吉が声を漏らす。

「……うつくしい、のじゃ……世界で……いち、ばん……」

 それは、実は寝言だったのだけれど。
 マヤカの顔を真っ赤にするには、十二分すぎた。
「もう、……」
 ぽぽぽ、込み上げる思いにもう子守唄どころではない。けれど、マヤカは照れ隠しのように微笑んで、定吉の頬をそっと撫でた。

「――ありがとう、定吉さん」

 耳元に、そっと囁き。
「どう、いたしまし……定吉、さん、さだきち…… えっ!?」
 一気に覚醒して、ガバッと身を起こす定吉。
「あっ、マヤカどの!? ふぁっ!? い、今なんと!?」
「ん〜?」
 これでもかと狼狽している熊に、クスクス笑うマヤカ。
「ほら、まだ夜よ。ねんねしましょ?」
「へっ、は、え? う、うむ……」
 あれは夢だったのだろうか。彼女が己の名前を呼んだような。そんなことを思うも、マヤカに促されては、起こした上体を再びベッドに沈める熊。未だ意識がぐるぐるしているが、
「熊さん、腕枕してちょうだい?」
 そうマヤカに甘えられては、「請け負ったのじゃ」とデレッとしてしまい、疑問なんて吹き飛んでしまうのであった。


 それでは、おやすみなさい。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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上野定吉(jc1230)/男/85歳/ディバインナイト
真白 マヤカ(jc1401)/女/20歳/陰陽師
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エリュシオン
2017年07月11日

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