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『●RUN 〜summer〜 』
龍華 狼ka4940


「僕たちハンターが来たからもう大丈夫ですよ」
 パンツスーツ姿のスレンダーな美女がそう依頼人へと微笑む。
 その後ろに控えている鬼百合(ka3667)は表情1つ変えず直立不動のまま正面に座る30代後半の男とその横で顔色悪く震えている男の妻を見つめている。
 空調の効いた部屋の中にも関わらず、男は吹き出る額の汗をハンカチで拭き取りながら女の示す条件に頷き、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「また進展があり次第ご連絡差し上げますのでお待ち下さいませ」
 妖艶な紅い唇が弧を描く。
「……それでは、失礼いたしますわ」
 流し目ひとつ残し、美女と鬼百合は部屋を出ると屋敷を後にした。

「……なんだか体調の悪そうな奥様でしたぜ」
「ちげーよ、アレは何か隠してんだろ」
 鬼百合の言葉にハスキー気味だった美女の声音がワントーン低くなる。
「んだよ。『誘拐された子どもの奪還』って聞いて来たのに、うさんくせぇ臭いがぷんぷんしやがる」
 スモークシートの貼られた後部座席に乗り込むと美女は化けの皮を剥ぐ。
「狼、どこ行きやしょう?」
 肩口まであったストレートヘアのウィッグを外した龍華 狼(ka4940)が、首を左右に倒し肩と首をほぐしながら「あー」と考える。
「とりあえず娘が通ってた学校周辺に行きたい」
「了解でさぁ」
 鬼百合に運転を任せながら、狼は資料へと目を通す。
 誘拐されたという娘は15歳。資料の写真ではロングヘアのまだ化粧っ気もない素朴な少女が緊張気味にこちらを見ている。
 だが、15歳ともなればもう立派な大人だ(これは少女の年齢の時にはとっくにハンターとして働いていた狼の主観ではあるが)。
 特に女子は精神年齢が早熟であることが多い(お嬢様として蝶よ花よとちやほやと甘やかされたあげくにそれが全てだと思い込むようなおめでたい人間でなければ)。
「……単純なお仕事ならいいんだがな……」
 狼は自分の嗅覚にはちょっとした自信がある。
 『これはちょっと面倒な依頼だ』と嗅覚が告げる中、資料から目を上げると流れる風景を見るとも無しに狼は見つめ続けた。


 端的に言って学校周辺での聞き込みは空振りだった。
 ねぐらに帰って鬼百合特製のクリームドリアを頬張りながら狼は再度資料を読み直す。
「あぁ、さっきちょっと調べてみやしたが、あの家、今の主人に代替わりしたのが3年前。以来、事業は概ね順調だそうですぜ」
「そうか……」
「でも変じゃねぇですかねぃ? 特別敵を作っている印象もないんですぜ? 一体誰が一人娘を攫うんでさぁ?」
「それが簡単にわかりゃ俺達の仕事も楽なもんだな」
 ドリアを平らげ、資料もテーブルの上へと投げた。
「身代金の要求は3日前だったよな?」
 空になった皿を片付けながら、鬼百合は頷く。
「指定場所に500万Gを持って行ったけど、街の警邏との連携がばれて犯人は現れず、以来犯人からの連絡は途絶えた……ってあの主人言ってましたぜ」
「500万っつったら下手なCAMより高いんだぜ……本当に金が欲しいヤツがそう簡単に諦めるかよ」
「ですねぃ」
 少なくとも、狼と鬼百合なら諦めない。……まぁ、状況にも寄るが、よっぽどでなければ諦めがつかない。
 2人の共通する価値観として『お金こそ至高』という面がある。
 お金が全てとは言わない。だが、お金が無ければ何も手に入れられず、何も守れないのだ。
 それを、2人は身をもって知っている。
「女学校の帰りに、拉致されて……今日で一週間……」
 殺されている可能性と同時にもう同盟領内にいない可能性も出てくる。
 一般人でも道が舗装され、各地を結ぶバスが運行するようになってから、人々はさらに自由に移動することが出来るようになった。
 自家用車もだいぶ普及してきたがまだまだこれも一般人には憧れの対象だ。
 しかし万が一犯人が自家用車で逃亡しているようであれば、もうこれは追いようがなく2人にはお手上げだ。
 なお、海も歪虚達の支配からほぼ取り戻し、各国への海路が確立したことから、豪華客船による世界一周旅行がここ近年の富裕層でのトレンドとなっている。
 だがまだバスに比べて高額であり、かつ海軍が管轄している関係もあり犯人がこれを使うとは思えないため狼は真っ先に除外していた。
「……ってことは、金目的の誘拐じゃなかった……ってことですかねぃ?」
「……は?」
 犯人の逃亡先について思考していた狼は鬼百合の言葉に目を瞬かせた。
「500万Gは確かに大金ですぜ。でも、あの主人なら払えない額じゃなかったじゃねぇですか。ってことは、払えそうな額を吹っ掛けておきながら、実は受け取る気が無かった……とかなんじゃねぇですかねぃ?」
「金目的じゃないなら何だって言うんだよ……あ、いや、待てよ……」
 カチリカチリと狼の中でパズルのピースがはまっていく感覚がした。
「……鬼百合、頼みがある」
 狼の力強い瞳の輝きに射抜かれながら、鬼百合はにっこりと微笑んだ。
 その笑みを了承ととった狼が弾いた金貨をしっかりキャッチすると鬼百合は力強く頷いた。
「じごくのさたもかねしだい。なんでさぁ! しっかりやらせてもらいまさぁ!」


 再び女装姿となった狼は依頼人の妻と対面していた。
「あの、今、主人が出掛けておりまして……わたくししかおりませんの。あの、それで、聞きたいこと、とは……?」
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ、奥様」
 にこりと微笑んでみせて、狼は紅い唇に人差し指を当てて声をひそめた。
「お嬢様について、奥様がご存知の事を教えていただきたいんですよね」
 その一言に、見ているこちらが気の毒になるほど夫人の顔色が悪くなった。
「わ、わたくしは……何も……」
「奥様」
 狼は静かに席を立つと、「失礼」と一言断って夫人の前にしゃがみ、その手を取った。
「大丈夫です。僕は貴女を責めたいんじゃありません。ただ、事実が知りたいのです」
 触れた夫人の指先は細く白く頼りのない柔らかだった。
 働いたことのない手。水仕事も、草むしりも、もちろん武器を取ることも知らない、穢れのない手だ。
 ――自分とは、なんと違うことか。
「わ、わたくしは……あぁ、許して下さい……っ!」
 はらはらと泣き始めた婦人を優しく見上げながら、狼は辛抱強くその唇から真実が語られるのを待った。

「おかえりなせぃ」
 車内で待っていた鬼百合は、狼の表情を見ただけですぐにギアを入れ、車を走らせ始めた。
「ハンターソサエティだ。転移門を使う」
「了解でさぁ!」
 勢いよく応え、それでも安全運転で車を走らせる鬼百合の表情はバックミラーで見る限り明るく楽しそうだ。
 フロントガラスから見える空は青く、初夏の光が降り注いでいるというのに、一方で真相を知った狼の表情は晴れない。
 鬼百合は狼の表情を見ただけで、説明が無くとも今回の真相を大体予想することが出来た。
 それはこの依頼が『危険に満ちたものではない』事を指している。
 ならば、鬼百合にとってこれ以上に喜ばしいことはない。
 狼は殊に真っ直ぐで強かな分、危険な依頼でも迷わずに飛び込んで行ってしまう。
 平和主義だ腑抜けだと狼に言われても、鬼百合は狼に危険が迫るのが心底恐ろしいのだ。
 エルフの自分に比べ、瞬く間に老いて死んでしまうであろうこの友人との、いつかくる別れの日が一日でも延びるよう祈らずにはいられないのだ。
 だから、相応に稼げて事件性のない依頼がいい。
「もうすぐ着きまさぁ」
「……あぁ」
 ゴキゲンな鬼百合に、狼は短く答えると静かに目を閉じた。


 辺境最大の港町。
 豪奢な客船が着船すると、タラップから続々と人が降りていく。
 ここが目的地の人、観光して再び船に戻る人、様々な人々が各々の目的の為にそのタラップを降りていく。
 その中で、ツバの大きな白い帽子を被った若い女が恋人と思われる男と共に降り立った。
「探しましたよ」
 狼が2人へと声を掛けると、女は直ぐ様男の背に庇われるように隠された。
「あなたは?」
 慎重な男の声音に狼は小さく笑みを含んだ声音で返す。
「ハンターです。彼女のお父様に頼まれて彼女を探していました」
「……母が、裏切ったんですか」
 風が吹き、女は帽子を押さえた後、真っ直ぐに狼を見た。
 写真通りのロングヘア。だが、きちんと化粧を施したその顔はとても15歳には見えない。
「いえ。お母様は一切お答えにはなりませんでした。ゆえに、真相に至りました」
 旧家の宿命。女は家のために嫁に行き、恋に生きることを許されない。
 15歳という若さ。世間を知らず、それでも世界が広いことは知っている。
 そして、勢いのままに行動する事にためらいがなく、しがらみも少ない。
 行方不明になったあの日。
 同盟領にはこの豪華客船が停泊していた。
 これは最寄りの港町で一泊しながらゆっくりとこのクリムゾンウェストを一周するという船だ。
 チケットの入手が困難であり、偽装することはほぼ不可能であり、万が一航海中に歪虚と遭遇した時用に専用のハンターが同乗しており、立ち寄る港には各国の軍関係者や中央権力に近いハンターなどが警備についているような安全な船旅を約束された船。
 だから、狼が真っ先に外した逃亡経路だった。
「一緒に帰ってはいただけませんか?」
「いやよ、私はこの人と生きるって決めたの」
 きっぱりとした口調。迷いの無い真っ直ぐな瞳。
「……貴方は、それで本当にいいんですか?」
「もちろんです」
 男もまた、若い。二十歳そこそこか、まだ十代か。それ故に、やはり返事はためらいがない。

 ――あんなに、泣いていたのに。

 彼女の母親は娘の幸せを祈りながら、あんなにも泣いて別れを嘆いていたのに。
「母親を……捨てるのか」
 絞り出すような狼の声に、彼女はきっぱりと告げた。
「母だけじゃない。家族も友も国すらも全てを捨ててこの人だけでいいと出てきたの。私は戻らないわ」
 2人は狼を追い抜いて去って行く。
 狼はこれ以上2人を追いかけることを止めた。
「狼……」
 いざという時にはスリープクラウドで眠らせる予定で人払いに走っていた鬼百合がそっと声を掛ける。
「……帰ろう、鬼百合」
 鬼百合は頷いて狼の背中を優しく叩くと横に並んで歩き始めた。



 結局。
 娘と思われる女性が船に乗り辺境で降りたところまでの情報を依頼主に渡してこの依頼は終了となった。
 誘拐ではなく、個人の意志での“家出”となると犯罪性がない為にこれ以上踏み込むには別料金がかかる。
 報告を聞いた依頼主は予想よりも落ち着いた声で、「そうですか」と肩を落とした。
 夫人はまた泣いていた。
 正直、追跡依頼を出されるかと思っていた。しかし、2人はそうしなかった。
「生きていてくれるなら、それでいいです」
 その言葉に偽りは見えなかった。

「でも良かったですぜ、調査費用として半額支給して貰えて!」
 無事折半した額を受け取った鬼百合が嬉しそうに硬貨を懐へとしまう。
「あぁ」
 狼の表情は晴れない。
 両親、殊母親からの愛情に餓えている狼には、娘の決断はただの裏切り行為にしか見えなかったからだ。
「……なぁんか。色んな愛の形があるってぇことを今回思い知らされたんですぜ」
 鬼百合の言葉に狼はゆるりと顔を上げる。
「お嬢さんの他を傷付けても貫くっていう茨みたいな愛。母親の全部知ってて黙って娘を見送った愛。父親の狂言誘拐だってわかって怒るんじゃ無くて帰りを待つことにする愛……いやぁ、愛って奥深いんでさぁ」
「……何か、お前が言うとテキトーに聞こえる」
「なんですとぉ!?」
 ぷんすこと頬を膨らませる鬼百合を見て、ようやく狼は笑った。
「さて、と。じゃ、次の依頼はどれ行きやす?」
 鬼百合はニヤリと笑い返して右の手のひらを狼へと向けて上げる。
「俺はどこまでも行けますぜ、ダチが隣にいてくれるなら」
「……しょーがねぇなー。鬼百合がそういうなら付き合ってやるよ」
 鬼百合の手のひらに己の手のひらを打ち合わせ、パン、という乾いたイイ音を響かせる。

 今日が雨で、1人だったなら泣いていたかも知れない。
 でも今日が晴れで、1人じゃないから笑って生きていける。
 2人は肩を並べて明日へと向かって歩き始めた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka4940 / 龍華 狼 / 男性 / 11(作中25歳) / 舞刀士】
【 ka3667 / 鬼百合 / 男性 / 12(作中26歳) / 魔術師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 大変お待たせしてしまって申し訳ありません。
 【AN】からの続編、という形で書かせて頂きました。
 ……アクションシーンのある依頼にするとジスウが倒せなかったので、プチ推理風に落ち着きました。
 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。
■イベントシチュエーションノベル■ -
葉槻 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年07月24日

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