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『ある探索者たちの記録 』
Unknownjb7615)&シグリッド=リンドベリjb5318)&緋打石jb5225


 それは一見、何の変哲もない玄関ドアだった。
「でも……どうしてこんなところにドアがあるのでしょう……?」
 シグリッドはそれを良く見ようとして顔を近づけたが、やっぱり玄関ドアだった。
 彼が首を傾げるのも無理はない。
 立派な玄関ドアが自動販売機にくっついていたら、誰だって首を傾げるだろう。
「住所は間違っていないですよね……?」
 久遠ヶ原学園島の中でも、比較的静かな一角。
 友人のUnknownの家はこの辺りで間違いないはずだ。
 見回すと、道沿いの雑木林を少しずつ切り取るようにいくつかの倉庫のような建物があり、自動販売機はそのうちのひとつの駐車場の端っこにあった。
 つまり、玄関ドアがあるべき場所ではない。
「どうしよう……でもあんのうんさんなら、こんな玄関のおうちに住んでいてもおかしくないかも……?」
 人界の常識を凌駕する(?)漆黒の悪魔ならではとも思える。
 そこでガーゴイルのような意匠のドアノッカーをそっと握り、コツコツと2度打ちつけてみた。
「あんのうんさん、こんにちは……! いらっしゃいま あああああああ!?!?!?!?」
 突然シグリッドの足元の地面が消え去り、悲鳴をも吸い込む大きな穴が出現したのだった。

 真っ暗な穴の中を落ちながらも、シグリッドは胸元にしっかりと紙袋を抱きしめていた。
 ハバネロパウダー入りの、手作りクッキーだ。
 激辛好きのUnknownに気に入ってもらえたらと、心をこめて焼いたのだ。だからシグリッドはクッキーを守るように身体を丸める。
 尚、Unknownは激辛食品を涼しい顔で呑みこむが、好むかどうかの真相は暗黒の闇の彼方である。
 それはともかく、シグリッドの落下は案外あっさりと止まった。

 ぼゆん。

「ふわっ!?」
 背中に奇妙な感触を覚えたと同時に、身体が真横に吹き飛んだのだ。
 咄嗟に受け身の体勢で転がり、シグリッドは顔を上げる。
 ざっとみて高さ5mほどもあるドーム状の何かが、淡い虹色の光を放っていた。どうやらこれが受け止めてくれたおかげで、地面にぶつからずにすんだらしい。
 やがてそいつがプルプルと震えたかと思うと、虹色の鱗粉のようなものを撒き散らし始めた。
 光に照らされ、おぼろげながら辺りの様子が見えてきた。
 湿り気を帯びた地面、大小の岩、絡みあう無数の木の根、そんな物がどこまでも続いて見える。
 シグリッドが息をひそめるようにして辺りを窺っていると、背後から地面を踏む音と共に声が聞こえた。
「よく来たのう……深淵に……」
「えっ!?」

 驚いて振り向くと、無造作に伸ばした透き通るような白い髪、紫の瞳の少女が虹色の光を受けて立っていた。
「あの、すみません……お友達の家だと思って……」
 どうやら彼女の棲拠を荒らしたらしいと思い、シグリッドは急いで言葉を続ける。
「僕はシグリッドといいます、怪しいものじゃないんです。さっきまで上にいたんですけど、気がついた地面に穴が……!」
 だが相手はシグリッドの顔を凝視したままだ。
「あの……?」
「くるぞ」
「え?」
 少女はシグリッドの手を掴み、力いっぱい引いた。華奢な外見に似合わない、力強さだった。
 が、シグリッドはそれよりも、耳元すぐ近くを掠める風を切る何かに身体を固くする。
「!!」

 どすっ。

 シグリッドのすぐ足もとに、何かが突き立つ。ゆっくりと振り向くと、先程のドーム状の何かから、触手のようなものが伸びていた。
「あれは光で呼び寄せた獲物を触手で突き刺して、養分を吸い取るのじゃ。キノコクラゲと自分は呼んでおる」

 どすっ。どすっ。どすっ。

「ちゅうちゅうされたくなければ逃げるのじゃ」
「は、はいっ!!」
 ふたりは触手をかわす為、木の根の絡んだ方へ向かって走り出した。


 何度も転びそうになりながらも、どうにか木の根の隙間を駆け抜ける。
「おかしい……遊びにきたつもりがダンジョン攻略になってるー!?」
 シグリッドの叫びももっともだ。だが今は疑問よりも生存本能が勝っていた。
 とにかく走って走って、スポットライトのような光が差し込む、少し開けた空間に出た。
「まるで復活の泉じゃな」
 少女の言う通り、光の下には白い鍾乳石のような岩があり、くぼんだ場所には透き通った水が煌めいていた。
「綺麗ですね……」
 シグリッドが覗き込むと、泉は思ったよりも深く、吸い込まれそうなほどに青く美しい。
 思わず手を浸そうとすると、少女が鋭く制止した。
「待て。……これを見るが良い」
 少女が自分の髪を1本抜き取り、水に入れる。と、じゅん! という音と共に細い煙が立ち上り、髪は溶けてなくなった。
「ひゃああああ!?」
「思った通りじゃ。透き通り過ぎておる」
 シグリッドは改めて少女の顔を見つめる。
「あの、ありがとうございます……お名前を聞いてもいいですか?」
「緋打石じゃ。石でよい」
「石さんですね? 危ないところを有難うございました」
 シグリッドは丁寧に頭を下げる。
「気にするでない。通るたびに死骸が転がっているのも面倒じゃ」
 ……何故死骸に。
 シグリッドは聞いてはいけないような気がして、そこを確認するのは辞めた。

 緋打石が歩き出したので、シグリッドは後を追う。追いながら声をかける。
「それにしてもここはどこなのでしょうか?」
「さあ、わからぬ。学園島の外ではなかろうがの」
 こともなげに緋打石が言う。
「わからないのですか? でもじゃあ、どこから石さんはここに?」
「気がつけばここにおった」
 シグリッドがごくりと喉を鳴らす。
「えっと、じゃあ、どうやって外へ……?」
「知らぬ」
 重い沈黙の後、緋打石がシグリッドを振り向いた。
「自分に着いて行けば出られると思ったか……? そんなことなかろう。自分はここの主ではないし」
 早い話が、緋打石もシグリッドと大差ない境遇だった。若干長くここにいるというだけだ。
 なぜ出ようとしないのかといえば……
「面白そうな感じがしたのじゃ。良い退屈しのぎになっておる」
 ……だめだこいつ。
 シグリッドは青ざめ、思わず叫んだ。
「あんのうんさーん、どこですかーーー!!!」

 その声は木の根や岩の間をすり抜け、遠く運ばれて行く。
「お?」
 Unknownは、聴覚の一部をその声を受け止めるために割いた。
 それ以外の全ての感覚は、彼の目の前のモニターに向けられている。
 今しも巨大な浮遊要塞の主砲が、彼の乗機めがけて圧倒的な火力を叩きつけようとしているところだったのだ。
「おお、誰かと思えば貴様か! 今手が離せんのでな、自力で来い」
 その間も指は目にもとまらぬ速さでコントローラーのボタンの上を舞う。
『自力といわれても、僕が今どこにいるのか、あんのうんさんがどこにいるのか、ぜんぜんわからないですーーー!!!』
 Unknownは行く手を遮る雑魚を叩き落としつつ、主砲の死角へ回り込むところだ。
 はっきりいって、ものすごく忙しい。
 それでも一応会話は続ける。
「何か目印は見当たらぬか?」
『綺麗だけど危ない泉がありますー!』
「そうかそうか。では蹴飛ばすがよい。道が開けよう」

 シグリッドは危険な泉の岩をじっと見つめる。
「蹴飛ばすそうです……」
「こうじゃな」
 緋打石が躊躇なくスカートを翻した。
「待って!? もうちょっと考えて、どう蹴るかとか、どこを蹴るかとか……!!」

 どごっ。
 ごきっ。
 ざばあ。

「わあ。本当に道が開きました……!」
 岩が倒れ、泉の中身をぶちまけたおかげで、絡みあった木の根がじゅわじゅわ音を立てて消えてゆき、ぽっかりと空間ができたのだ。
 道は開けた(物理的に)!
「この先じゃな」
 緋打石の身体がふわりと浮いた。足元が危険なので、飛んで行くつもりだ。
「ええっと……どうしよう、あ、そうか!!」
 シグリッドはスレイプニルを呼び出し、その背につかまる。
(召喚時間の間につっ切らなきゃ……!)
 ふたりと1体の召還獣は、更に奥へと向かう。


 それから巨大な岩が転がってきたり、木の上から降り注ぐトゲトゲの固い木の実に襲われたり、地面から伸びる泥の手に足を掴まれそうになったりしたわけだが。
 Unknownの導き(※これが災難の原因だった可能性も高い)もあって、どうにかシグリッドは青い焔を灯す蝋燭が規則正しく並ぶ、開けた場所に辿り着いた。
 その先には華麗な装飾の手摺りのついた階段の先に、一面に透かし彫り装飾を施した黒い扉が見える。
 シグリッドは階段に縋りながら、荒い息をつく。
「撃退士でよかった……! ほんとによかった!! 普通の人なら多分『へんじがない ただのしかばねのようだ』みたいな感じになってました……!」
「ここでは、誰かに屍を見つけてもらえればまだましというところじゃな」
 緋打石が扉をノックすると、扉がぐにゃりと変形し、けたたましく笑いだした。
「えっ、ここがゴールじゃないんですか!?」
 シグリッドは疲れた体に鞭打って、残しておいたスレイプニルを呼び出し、身構える。
 だが緋打石の目の前で扉は元の形に戻った。
「一応は歓迎の意思表示だったようじゃ」
「なんだ……!」
 へなへなと崩れ落ちるシグリッドの目の前で扉が開く。
 そこにあったのは明るく暖かい部屋で、Unknownが嬉しそうに笑っていた。
「おお、ちょうど良いところだ。たった今、我輩の戦いにケリがついたところである」
 漆黒の悪魔の前のモニターには、『YOU WIN!』の文字が明滅していた。
 どうやら見事に要塞を潰したらしいが、シグリッドはそんなことを知らない。
「あんのうんさん……! おみやげ……を……」
 ここまでしっかり大事に持ってきた紙袋を差し出しながら、シグリッドは床に倒れ伏した。


 道のりの困難さに比べ、部屋は実に快適だった。
 Unknownはシグリッドのお土産のハバネロ入り激辛クッキーを、綺麗に平らげてくれた。
 当然ながら、平気な顔だ。
「次はこれでどうだ?」
「『街中ファイターズ』か、よかろう」
 緋打石のあどけない顔の中で、紫の瞳が危険な輝きを帯びる。
 Unknownと緋打石は、それぞれに何となく似たキャラクターを使い、コントローラーの反応速度限界まで指を躍らせる。
「おお、見事! だがこれは避け切れまい!!」
 Unknownの必殺技、壁面を利用したドロップキックがさく裂!
 だが緋打石はそれをクロスした腕で受け止める!
「ふははははーまだまだじゃな!」
 高笑いの緋打石が、すぐに体制を整え攻撃に転じる。Unknownはそれを受けて立つ。
「そうか? 腕にダメージが入っておるはずぞ!」
 べきっ。ばきっ。ごきっ。
(うわあ……石さん、元気だなあ……)
 シグリッドは激しい応酬を、もらった謎のジュースをすすりながらぼんやりと眺めていた。

 Unknownが画面から目を離さず、シグリッドに声をかける。
「貴様も後で相手してやるからな、暫く待っておれ」
「あ、いえ、僕は……見てるのも楽しいです」
 正直に言うと、ダンジョン攻略で体力を奪われ、回復までにはまだ少し時間がかかりそうだったのだ。
 Unknownは豪快に笑う。
「そうかそうか。では3人同時にプレイできるものを選んでやろうぞ」
 ぜんぜん聞いてねえ。
 でもシグリッドはそれも嬉しかった。
「はい。じゃあ待っていますね」
 大変な目に遭ったのに、何故か今、シグリッドは満足していた。
 穴に落ちたときにすぐスレイプニルに頑張ってもらえば、もしかしたら脱出できたかもしれない。
 けれどシグリッドは前に進むことしか考えていなかった。
 どうしてもUnknownの元に辿り着きたかったのだ。
 その理由は、シグリッド自身も良く分かっていなかったのだが――。

「おお、貴様、なかなかやるではないか」
「このぐらい造作もないことじゃ」
 Unknownと緋打石は互いを好敵手と認めたようだ。
「よし、だが一時休戦である。次はこれで戦うとするぞ」
 シグリッドの分のコントローラーを追加し、Unknownは手招きする。
「さあ来い、見ているだけも飽きた頃であろう!」
 全身漆黒の筋骨隆々の悪魔は、金色の瞳を楽しげに輝かせてシグリッドを見ていた。


 それがシグリッドの記憶に残る、最後のUnknownの姿。
 そして確認される限りでは、学園島に残る、漆黒の悪魔の最後の記録。

 学園島の片隅のダンジョンに、今はもう主の笑い声は響かない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7615/Unknown/男/47/ナイトウォーカー】
【jb5318/シグリッド=リンドベリ/男/16/バハムートテイマー】
【jb5225/緋打石/女/12/鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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長らくお待たせいたしました。エリュシオンでの思い出の一頁をお届けいたします。
私にとっても久しぶりのエリュシオンワールドで、色々なことを思い出しながら執筆しました。
だいたいおひとりが酷い目に遭っていたような気がいたしますが、お気に召しましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
WTアナザーストーリーノベル(特別編) -
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エリュシオン
2017年11月13日

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