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『灯火の跡に 』
天宮 佳槻jb1989


 二〇一七年、十一月。
 今年も、無事にこの日がやってきた。
 岐阜県多治見市の恒例行事、修道院で開催される『ワインフェスタ』。
 久遠ヶ原学園も縁が深く、案内状が届くようになっていた。
 一般参加するもよし、イベント企画や出店参加するもよし。
 期せず常連参加している天宮 佳槻は、今年もドリンクブースで参加申請を出した。


 慣れた手つきで準備を進めながら、佳槻は秋晴れの空を仰ぐ。
 かつて強大な悪魔ゲートが西にあった。
 その余波で常に危険に晒されていたこの地域は、様々な事件を経て今に至り、平和へと着地した。

「夏以来ね、天宮くん。元気そうでよかった」

「……林さん」
 準備中に声を掛けられ何事かと顔を上げると、そこには懐かしい姿。
 林 由香。今は多治見の役所で復興関係の仕事に就いている女性は、佳槻にとっても懐かしい存在だ。

 ――死に損ないも将来有望も、同じ命だと思います

 市内に展開された悪魔ゲートにより心身衰弱に陥った祖父を助けたいのだと、かつて彼女は依頼を持ち込んだ。
「お祖父さんは、今も元気に?」
「ええ。今日は物販で器を置かせてもらっているの」
「そうでしたか。あとで見に行きます。……アルコールとノンアルコール、どちらにします? 準備時間ですから、サービスで」
 修道院謹製のワインと、濃厚な葡萄ジュース。
 それをお湯で割り、生姜や蜂蜜でバランスを整えるドリンクが本日の基本メニュー。
「いいの? それじゃあ見回りの仕事中だし、ノンアルコールでお願いしようかしら。甘めでお願いします」
「ロッキーも同行しているんですね」
「ええ、自慢のボディガードよ」
 保護犬だった目つきの悪い犬・ロッキーは、行儀よく彼女の傍らでお座りをしている。
「犬用の準備はしていませんでしたね……」
「大丈夫、そこは気を遣うところじゃないから!」
 真剣に案じる佳槻へ、クスクス笑いながら由香は温かなドリンクを受け取った。




 開場すると、とたんに人で賑わい始める。
 イベント会場では華やかな音楽が流れ、フードコーナーでは美味しそうな匂い。
 人波に疲れたらドリンクをどうぞ。
 紅葉も見頃となり始めるこの季節には、シンプルだけど優しい温かさがとても合う。
「筧さん、今日は労働組なんですね」
「リアルタイムで参加できるだけ有り難い。物資の運び込みだから、あとは終了時間まで自由の身です。天宮君、あったかいの貰える?」
 近郊で事務所を構える、フリーランスの筧 鷹政が首にタオルを下げた格好で現れた。
「熱めにしておきますよ。それから汗はキッチリ拭かないと風邪を引きますからね」
「りょーかい。あ、これ差し入れ。修道院で作ってるジンジャークッキーなんだ。天宮君も適度に息抜きしながら、ね」
 赤毛の男は笑って、紙の包みとホットワインを交換。
「……天宮君、学園はどう?」
「今のところは、良くも悪くも変わりなく……でしょうか」
 事務所の規模拡大に伴い、鷹政が学園へ顔を出す頻度は目に見えて減った。彼なりに気に懸けているようだ。
「名のある天魔の多くは、ゲートを撤収するか討ち果たされたと思います。でも」
「それで終わりとも限らないし、それこそこれからは『人と人』、一般人と覚醒者が向き合う時代になるんだろうな」
「ええ」
「俺のところも、天魔が絡む依頼は少ないな。ゲート跡地の掃討戦とか、大人数が必要とされる案件は今も来るけど」
 護衛や隠密調査が多く寄せられ、体が鈍って仕方がないと言って、鷹政はカップを揺らす。
「近いうちに、学園にも顔を出すよ」
「依頼も待ってます」
「見繕っておく」
 『外の風』に当たることができる案件を。
 約束し、鷹政は誰かに呼ばれそちらへと走っていった。




 給仕として会場内を歩き回るスタッフの中に、見覚えのある背中があった。
「おや」
 ベストに蝶ネクタイ姿が厭味ったらしくも違和感なく似合っている堕天使が、佳槻に気づいて振り向いた。
「元気そうですね」
 思った以上に。
「お陰様で」
 分けた前髪はそのままに、後ろだけ一つに束ねた姿でカラスが笑う。
「今まで生きてきた中で、信じられないほど平穏な生活だ」
 余命が限られ堕天を選び、土地へ生きることを選んだ彼は、どことなくスッキリした表情をしている。
(似ていると思ったこともあった、けど)
 敵として対峙する天使カラスは、一つの対象へ深入りするように見えなかった。
 どことなく距離を置いた姿勢は、何事にも深く感情移入できない自分と似ている、と。
(でも……そうじゃなかった)
 天界という故郷を大切に思うから、立ち位置を選んだ。
 自身の罪を償いたいと、生きている人々へ還元したいと、余生に多治見を選んだ。
 外側から見ていたよりずっと、己の感情を優先している。
 優先するために、何を犠牲にするか……その取捨選択がドライなのだろう。
「甘いものは好きですか?」
「うん? 程度にもよるかな」
「温かいもの、作りますよ」
 慣れた佳槻の手つきを、カラスが興味深げに眺めている。
「『彼女』がレシピ無しで作るともの凄く甘いものが出来るかもしれませんけど……、もしかしてもう知ってますか」
 沈黙の合間に、佳槻が話を振った。彼女――佳槻の義妹で、カラスの姫君。
「先日ご馳走になったけれど、美味しかったよ? そうか、レシピか」
(黙っていた方が良かったかな、彼女の尊厳のためにも)
 佳槻自身も食べたことは無いが、周囲を悶絶させたという話は聞いていて。
 けれど、それも杞憂だったらしい。
「そういえば、今日は来ていないんですね」
「ああ、『約束』でね」
 てっきり、一緒に参加しているのだとばかり。
「約束……ですか」
 彼女が学園を卒業し、久遠ヶ原を出てから1カ月と少し。
 短いようで、変化は生まれているらしい。




 ――今の自分は死人が動いているようなもの

 佳槻は、カラスへそう告げたことがある。
 その意味を、カラスはどう捉えただろう。
 去ってゆく背を眺め、ぼんやりと思う。
 言葉は、言葉の通りだった。
 佳槻が生まれ落ちてからの環境は劣悪なんて表現では足りないほどで、偶然アウルに覚醒しなければ衰弱か多臓器不全でこの世を去っていたはずだ。

 アウルは、年齢と共に力が弱っていくという。

 偶然に繋ぎ止めた命も、アウルが低下し維持できないほどになったなら――ひっそりと消えていくしか、無い。
 カラスに区切られた寿命というのも同様のはずだ。
 その割に、彼は死に際まで計算しているように見える。
(自分は……一時でも、何かを残せただろうか)
「天宮くん、お疲れ様。ワインとジュース、足りてるかな」
 喧騒を遠く遠く感じていると、ワイン提供を担当している野崎 緋華が姿を見せた。
「あ、補充して頂けると助かります」
「もはや定番だものね、天宮くんのドリンクブース。顔なじみさんも居るんじゃない?」
「ああ……、どうでしょう」
 そういえばちらほら、一般参加者から声を掛けられていた。
「野崎さんも、顔なじみでしょう」
「あたしの場合は他にもいろいろ、あるし」
 悪魔ゲート展開の、予兆がありながら気づけなかった悔いもある。
「……野崎さんは、いつまで学園に?」
 大学部10年生という肩書を持つ風紀委員へ、佳槻は問うた。
「居座れる限りは居座るつもりよ。それなりに苦労して入った『風紀委員』だし」
 犯罪撃退士を取り締まる。それが『久遠ヶ原の風紀委員』の仕事であって、恐らくこれから先、忙しくなっていく。
 時には表沙汰に出来ないようなこともあるだろう。
「目に見えた平和は他に託すとして、あたしはあたしにできることをね」
「目に見えない平和、ですか」
「そういうものも、あると思うわ」

 手渡すカップは、ほのかに温かい。しかし飲み干せば、直ぐに冷たくなるだろう。
 そんな、一瞬で、儚くて、見えなくて――そういった、何か。

「天宮くんも大学部だものね。進学おめでとう。もう、進路を?」
「……そういうのとは、別ですが」

 学園へ、いつまでいられるのか。
 命は、いつまであるのか。
 自分は、それまでに何かを残せるのか……何もなく消えていくのか。

「大丈夫よ、消えたりなんかしないから」
「え」
「学園に保管されている報告書。外部からも閲覧できるから、就職の際に悪影響はないと思う」
 一瞬、考えを見透かされたかと思ったが、斜めだった。
「そこには確かに、天宮くんやあたしたちが足掻いた軌跡が残ってる。為そうとしたことは記録されているから」
「……失敗、したこともありましたね」
「それね」
 カラスと敵対した依頼では、煮え湯ばかり飲まされていた。
 緋華は特に、サポートの至らなさを悔いることが多かったことを佳槻は思い出した。
「大丈夫」
 ホットワインを一口飲んで、緋華は静かに繰り返した。
 言葉なく、佳槻は頷く。


 秋の日差しは穏やかで、喧騒が遠く遠く感じる。
 世界に一人、取り残されたような気持ちを抱きながら、佳槻は温かなカップを両手で包み込んだ。




【灯火の跡に 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1989 / 天宮 佳槻  / 男 / 18歳 / 『撃退士』】
【jz0054 / 野崎 緋華  / 女 / 27歳 / 久遠ヶ原の風紀委員】
【jz0077 /  筧 鷹政  / 男 / 32歳 / 気ままなフリーランス】
【jz0288 /  カラス   / 男 / 28歳 / 多治見の堕天使】
【未登録NPC/  林 由香  / 女 / 27歳 / 多治見市職員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
今年も楽しくワインフェスタ、秋の夕暮れのような一幕をお届けいたします。
気が付くと懐かしくなってしまった面々も交えて。楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年11月28日

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