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『想ヒ出寫眞 』
氷雨 柊ka6302

 森の傍らにひっそりと建つ日本家屋。
 濡れ縁に面した窓を開け放ち、氷雨 柊(ka6302)は部屋の掃除に勤しんでいた。

「〜〜♪」

 着物をきりりと襷掛けにして、髪は邪魔にならぬようきちんと結いて。
 くるくるとよく動く度、バレッタにあしらわれた紫水晶製の紫陽花が、香りの代わりにちらちらと淡い光を振りまいた。
 畳の上を隅々まで丁寧に掃き清めると、柊は額を拭い息をつく。

「ふぅ……お天気の良い日にお掃除すると、気持ちがいいですねぇ。折角だから抽斗の中も整頓してしまおうかしらー」

 思い立って、一番手近な抽斗を引いた。
 が、

「!」

 慌ててすぐに閉める。
 開けた途端、写真に収められた大好きな彼が目に飛び込んできたのだ。
 耳まで真っ赤にした柊、

「こ、ここに仕舞っていたんでしたねぇ……」

 胸をバクバクさせながら、今度はゆっくり抽斗を開ける。
 両手で恭しく写真を取り出し、その場でちょこりと正座して、改めて写真を眺めた。


 写っているのは、まだ付き合う前の彼と柊。
 彼は見るからに高価な深い黒の紋付き、柊はまあるい綿帽子に白無垢姿だ。
 何故付き合う前に婚礼衣装を着ているかと言えば、ふたりで行った依頼帰りに、ブライダルサロンのショーウインドウに見惚れたことが発端だった。
 柊が見入っていると、強引な店員達があれよあれよとふたりを店に引き込み、柊に試着を勧めてくれたまでは良いものの、ちょっとした勘違いから彼まで試着させられてしまったのだ。
 あの時の店員達の強引さ、そして慣れない和装に戸惑う彼を思い出し、柊はくすっと笑った。

「はにゃ、懐かしいですねぇ……」

 何より、和装の彼が格好良い。
 写真を乗せた指が照れる。
 実際に見た時も素敵だと思ったけれど、彼への好意を自覚して、想いを受け止めてもらった今見返すと、花婿姿の彼が一層格好良く感じられて。
 自らの心境の変化をしみじみ味わいながら、写真の隅の日付をなぞった。

「そういえば1年前ですねぇ」

 1年。言葉にしてみると案外短く思えた。

 1年前のこの日は、花婿と花嫁に扮しながらも、彼への恋心はまだ朧げでしかなかった。彼の素っ気ない態度に落ち込む自分が不思議だったし、どこから来る感情なのかさえ分からなかったのに。それから1年も経たない内にこんな関係になるなんて。
 ふと、柊は"あること"を思い出し頬を染める。

「はにゃ……」

 その頃の柊は、よく彼に『近い』と注意されていた。
 感情の出処が分からないどころか、異性であることすらとりたて意識していなかったため、彼の腕にぴとっとくっついたり肩を寄せたりしていたのだ。それこそ家族にするのと同じように。

(………うう、なんで前はあんなにくっつけたんでしょうー)

 無垢故に無自覚。年頃の彼にはいっそ残酷なほどの無邪気さだったろう。
 今となってはただただ恥ずかしい。勿論、ふれあいたくないわけではないけれど。

 思えば、この想いの名前が『恋』だと知ったのはいつの日だったか。
 想いを自覚しても、どこか他人を遠ざけようとする彼に告げるのは容易でなくて。なかなか伝えられずにいると、大好きな妹が背を押してくれたりもした。

 そうして想いを告げて、告げられて。話して、手を伸ばして、伸ばされて――

 他人の手に触れることを恐れていた彼が、自分の手を取ってくれたこと。
 長い間独りで居ることを良しとしてきた彼が、自分を傍らに置いてくれたこと。
 それがどんなに嬉しくて、幸せで、温かい気持ちになれたか……想いが通じあえた時のことを思い出すだけで、身体の隅々まで言いようのない幸福感に包まれる。それと同時に、ちょっぴり恥ずかしいような、むず痒いような。
 けれどあの瞬間よりも今、もっと彼を好きになっていると感じる。
 言葉を交わすたび、時間を共有するたびに、ますます恋心は強くなっていき、今では無意識にでなければ顔を見るのも照れてしまうほど。


 柊は写真を胸に押し抱き、ほうっと息をついた。

「その後も、いっぱい色々ありましたねぇ」

 彼が依頼で重体になって帰ってきた時は、居ても立ってもいられなかった。心配で心配で、自分が怪我をするより辛くて。それでも生きて還ってきてくれたことに、『おかえり』が言えることに安堵した。
 共に依頼に赴いた際は、彼と連携して動けるようにと進んで前へ出るようになった。回復術も覚えて、攻める時も守りに入る時も、彼をサポートできるように。
 やりきれない、悔いの残る戦いもあった。けれどその度、柊が悩み悩み零すまとまらない言葉達を、彼は静かに拾い集めて頷いてくれた。

 依頼のことばかりでなく、甘い思い出だってたくさんある。
 そっとバレッタに触れてみた。水晶のひんやりとした感触が、火照った指に心地よい。
 これは彼が柊のために、柊に似合いそうなものをと選び贈ってくれたもの。女の子が好きなものばかり揃えたあの店で、彼が一体どんな顔で、どんなに悩んでこれを探してくれたのかと思うと、それだけで胸がいっぱいになる。
 北方には何度も一緒に訪れたけれど、思い出深いのはクリスマスの時だろうか。
 クールな彼にちょっぴりヤキモチを焼いて欲しくて、わざと彼の目の前で、龍騎士の男の子にお菓子を渡した。けれど彼は普段と何も変わらなくて。少し寂しく感じながら、悪戯の告白を添えて贈ったチョコレート。直後それは、チョコより甘い彼の囁きと共に、強烈なカウンターとなって柊に返って来た。

(うう……あの時のことを思い出すと、今でも恥ずかしいですー……!
 ……あら? そういえば、龍園の宴で一緒にコケモモ酒をいただいたこともありましたねぇ。ぽわぽわして、あったかくって、よく覚えていませんがー……寄りかかった腕がひんやりしていたよう、な……?)

 そこまで考え、柊ははたと気付く。

「腕?」

 誰の?
 彼の以外の腕であるはずがない。

「は、はにゃっ……!!」

 ぼふんっと首まで真っ赤になった柊、居たたまれなさに頭を抱え、畳の上をころころと転がりまわる。
 じったんばったんしていると、縁側を通りかかった愛猫と目が合った。コホンと咳払いして、元通り座り直す。猫も何事もなかったかのように、ツンと澄まして行き過ぎた。
 かすかな足音が去ってしまってから、柊はまた深く息をつく。

「……本当に、1年とは思えないくらい、色々なことがありましたねぇ」

 公私共に、本当に濃密な365日だったと柊は思う。
 友人として過ごした時間も、恋人として過ごす時間も、どちらも愛おしくて大切で。今この時の柊を、確りと支えてくれている。
 ずっと苦しめられていた悪夢も、今ではほとんど見なくなった。

「1年後の私は……私達は、どうなっているかしら」

 この1年で、友人から恋人へ、朧気な気持ちは恋心へ。
 なら次の1年は?
 そのまた次の1年は?


 先程の写真に目を落とす。婚礼衣装を纏い、肩寄せるふたり。
 もしかしたら、いつの日か――


 柊はくすぐったいような心地に堪らなくなり、すっくと立ち上がった。

「……ん、その時のお楽しみにしておきましょうー。さて、お掃除の続き続きー」

 ちょっと考えて、写真は元の抽斗へ大事に仕舞った。
 写真とは言え、彼に見られていると何をするにもドキドキしてしまいそうで。
 この写真を堂々と飾れるようになる日は、果たして来るのか。今はまだ柊にすら分からなかった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6302/氷雨 柊/女性/20/縁を絆へ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この1年を写真に寄せて振り返る柊さんの物語、お届けします。
お写真を撮る際のノベルを担当させていただいてから、もう1年というかまだ1年というか……!
書かせていただきながら、自分もびっくりしてしまいました。重ねてご縁いただき、誠にありがとうございます。
以前書かせていただいた物事が、こうして新たなお話に繋がること、本当に嬉しいですし幸せです。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
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2018年07月31日

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