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『愛は無敵 』
原田・聖子8918

 原田・聖子は妊婦である。
 もともと豊かな胸は日に日にボリュームを増し、その下にはさらなる速度で膨みつつある腹があった。
「早く会いたいわね」
 ノースリーブのマタニティウェアで隠した自分の腹をやさしくなでてやれば、生まれ出でるときを待ちわびる我が子が元気に跳ねて応えてくれる。
 だから隠しておこうと思うのだ。会いたいのと同じくらい、このままずっと腹の中にいてほしい気持ちがあることは。
 ああ、いけない。盛夏の日ざしの下で立ち止まっていては体と我が子に障る。買い物をすませてはやく家へ戻ろう。


 商店街で買い物を終えた聖子のトートバッグにはさまざまな食材が詰め込まれていた。最近は酷暑が続いている。栄養豊かな献立をそろえてあげたい。
 と。
 聖子の魂に突き立つ怪しの気配。
 よりによってこんなときに! しかし見過ごすことはできないし、そもそも見過ごしたりはしない。

 原田・聖子――ホーリー・パラディーノは銀河連邦日本支部員であり、地球へ飛来する異星人への対処を担当する惑星調停員である。
 職務は名のとおり調停ではあるが、その受け入れを拒絶し、侵略行為を行おうとする敵性異星人に対しては強制排除が許される戦士でもあるのだ。そして。
 彼女の職務に産休制度が適用されることは、ない。

「急ぎの用を思い出しちゃって! いつもほんとにごめんなさい、荷物を預かっててもらえます!?」
 いつものように八百屋のおばさんへバッグを預け、聖子は両手で腹を抱えて走り出す。異星人の気配は徐々に強まっており、逆に人通りは減っていく。このままではあと数分もしないうちに“第一段階”を完了させるだろう。それまでに現場へ着いていなければ。
「――ジュエル」
 完全に一般人の姿がなくなったことを確認、へそに埋め込まれた聖なる宝石に触れれば、たちまちあふれ出す愛の力。それは赤く彩づいて、母体を超強化装甲たるビキニアーマーで鎧う。
「話の通じる相手だって思いたいわね」
 大きく迫り出した腹の真ん中、青く輝くジュエルを見下ろし、聖子は儚い祈りを口にした。


“第一段階”とは、異星人がごく狭いフィールドを本星の環境に合わせて大気成分を調整、微生物やウィルス、電磁波等の除去を行い、彼らにとっての異星へ降り立つことを指す。
 いわゆる宇宙服を着用せずにこのような方法をとるのは、デメリット以上のメリットがあるからだ。たとえばそう、武力行使が連邦法によって許可されている調停員に、生体能力を減じず全力で対処するなど……
 ガジヂ。金属質の外皮に覆われた長身を蠢かせ、異星人が聖子へ熱波を吐きつけた。
 もちろん、聖子が不意を突かれる無様を晒すことはない。遭難したならいざ知らず、わざわざ“段階”を踏んでまで他者の星へ降り立つ者に悪意がないはずはなかったから。
「はっ!」
 腰から抜き打ったライトセーバーで熱波を斬り裂き、そのただ中を抜けて一気に光刃の間合へと踏み込んだ。
「……降りたってみた感想はどう?」
「君に報告してやる義理もないがね。大きく改造する必要もなく、そして調停員は身重――同胞を導く橋頭堡としては悪くない地だ」
 地球においては想像上の生物である竜の特性を映した異星人がゴロゴロと喉を鳴らし、聖子の突き込んだ光刃をその腕で払い退ける。
 聖子は踏みとどまらずに駆け抜け、間合を開けた。
 敵は他星系に棲まう竜人。それも遺伝子操作によって高い戦闘能力を備えた戦闘種だ。彼らは基本的に武器を取らず、自らの四肢とブレスによって戦うことを好む。そして彼の目的は威力偵察であり、あえてこの地へ降り立った理由は、調停員である聖子が子を宿して弱体化していることを知ったがゆえ。
 脳内で状況を確認した聖子はあらためてライトセーバーを構え、通達した。
「すぐに立ち去るのであれば連邦への報告だけですませるわ。あくまで侵略行動を続けるなら、銀河連邦先住生物優先法に則って処分する」
「わざわざ先住民族を遠ざけた理由を考えてくれたまえよ」
 はん。竜人は口の端を吊り上げ、硬い眉間を爪先で掻く。
「見つかりたくなかったわけではない。君が騒ぎ立てて他の誰かに助けを求めるのを避けるためだ」
 言い終えると同時、竜人が聖子へ駆けた。それに呼応して実体化した四体の竜人が包囲陣を形成し、聖子の回避を封じにかかる。
「――通信をジャミングするなんて、誇り高き戦闘種のすることじゃないわね!」
 支部へ繋がる通信機は沈黙したままだ。異常を察して他の調停員が駆けつけてくれるのを待つ余裕はない。それ以上に、腹の子どもを少しでも早く危険から遠ざけなくては。
 子への想いがジュエルを輝かせ、ライトセーバーにさらなる力を注ぎ込む。
 聖子は右に回り込んだ竜人に拳を打ち込み、支点として反転。振り回した羊水の重みを遠心力に換えて、左から迫る竜人の首を外皮ごと斬り裂いた。さらに後ろ斜めから噴かれたブレスに対して腹を下から支えてしゃがんで避け、伸び上がる力を利して四体めの竜人の腹を斬り上げた。
「子に助けられるとは母として情けなくはないか!!」
 眼前まで迫った竜人のリーダーが顎を開き、ブレスを噴く。
「っ!」
 伸びきった体勢から、点ならぬ面の攻撃であるブレスに対処することは不可能だ。聖子はとっさに光刃でブレスを斬り払った。
「子と共に逝け」
 生き残った二体の竜人の爪が聖子へ振り込まれる。超強化鎧に包まれた両腕でブロックし、踏みとどまったが……硬直したその腹部にリーダーの爪が突き立つ。
 ――私の大事な子!
 まだ名前すらない、男女のどちらかも知れない子。しかし、世界でただひとりの存在への愛は、なにものにも負けはしない。
「……なに?」
 突き立ったはずの爪が押し戻される。いや、初めから突き立ってなどいなかったのだ。腹の中心で輝くジュエルの青光に阻まれて。
 愛する人と巡り逢えて、私はそれまでの強さを失くしたのかもしれない。でも。この子を宿して、私はそれまでよりもずっと強くなった。
 ジュエルがさらに輝きを増し、竜人の張ったフィールドを満たしてさらに先へと伸びていく。
 輝きの圧力に耐えきれず、割れ砕けて消し飛ぶフィールド。地球の大気が雪崩れ込み、竜人どもの肺を侵すが、それどころではなかった。
「このままでは息が!」
「騒ぐな! 眼前の敵に集ちゅ」
 動揺する同僚をいさめた竜人が、同僚ごと横一文字に斬り飛ばされる。ふたつの上体が地へと落ちた衝撃で、残されたふたつの下体が膝をついた。
「身重の剣なのか、それが――」
 光の奔流と化した聖子のライトセーバー。その慈愛と覚悟の強さに独り残されたリーダーは気圧され、思わず後じさる。
「あなたは弱くなった私なら容易く仕末できるつもりだったんでしょう。でも、それはまちがいよ」
 母は誰より強いんだから。
 大上段に構えられた光刃が、ジュエルの力を受けてさらにその輝きを増した。
 もうなにも見えはしない。光だけが在った。
「あ、ああ」
 激しくかぶりを振るリーダー。その身に光が降り落ちて――
「ラブジュエルアタック!!」
 ――音が届いたときにはもう、彼という存在は世界から消え失せていた。


 預かってもらっていたトートバッグを肩にかけ、聖子は家路を急ぐ。
 適度な運動は母体にいいそうだが、さすがに暴れすぎだ。早く休まなければ。
「予定日より早く生まれちゃったらどうしよう?」
 それだけ早く会えるからお得? でもこのまま中にいてほしい気も……聖子の悩みは、出産当日まで尽きそうにないのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【原田・聖子(8918) / 女性 / 28歳 / ギャラクシアンホーリー】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年08月22日

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