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『拝啓。私は元気です。 』
蓮城 真緋呂jb6120

 がたんごとん――
 がたんごとん――

 冷房の利いた電車の中は涼しくて、二〇一八年八月の猛暑を一時的に忘れさせてくれた。
 過ぎる街並みの後ろにいるのは眩しいぐらいの青空だ。白いワンピース姿の蓮城 真緋呂(jb6120)は、ボーッと夏空を眺めていた。
 目的地まではあと一〇分。うたた寝するにはちょっと短い、暇ではあるが眠くもなかった。スマホで暇潰しをする気も起きなくて、なんとはなしに景色に瞳を細めている。
 午前、郊外の小さな町に向かう電車の中はガランとしていて、市民プールにでも行くのだろう中学生ぐらいの子が二人だけ、日焼けした腕にビニールバッグを抱えていた。

 ――ありふれた夏の風景。

(でも、)
 あの時は、こんな風に夏を迎えられるとは、思いもしなかった。
 それは六年前の出来事。……当時としては、ありふれた悲劇、ありふれた事件の一つなのだろう。それは冥魔の侵攻による、小さな町の壊滅。
 あの日、真緋呂は中高短大一貫の寄宿制女子高にいて助かった、けれど。代わりに命以外のあらゆるもの――家族を故郷を日常を、全て全て喪った。

 いっそ、家族と一緒に死ねたらどれだけ良かっただろうか。
 どうして自分だけ生き残ってしまったんだろうか。
 どうして私だけ。
 どうして。
 なんでこんな目に遭わなきゃいけないの。
 私が、私達が、何をしたって言うの。
 どうして私から、なにもかもを奪い去ったの?

 そんな想いで胸を掻き破りたくなるような日々を、どれだけ重ねたことだろう。
 泣いても叫んでも戻らない日常。途方もない暗闇に突き落とされたような絶望。
 それは冥魔に対する憎悪と憤怒の業火となり、真緋呂の心を焼き続けた。

 あの時の感情を、真緋呂は決して忘れない。忘れられはしないのだろう。
 それでも、六年という月日が経って。色んなことがあって。ある程度は、自分なりに整理もできた。

『まもなく、××駅――』

 電車内のアナウンスが、故郷の駅名を告げた。
 ああ懐かしいなぁ。なんて気持ちを抱きながら、真緋呂は減速する車内の中、席を立つ。







 ジリジリと、アスファルトは熱砂めいて足を炙る。

「あ゛ぁっづい……」
 麦わら帽子を被っているが、焼け石に水とはまさに。コンビニで買ったソーダアイスをガリガリとかじってわずかな涼を得ながら、真緋呂はありふれた町を歩いていた。
 細い街路樹が、整った風景が、まだこの街並みが新しいことを物語っている。そのはずだ。ここは六年前、真緋呂の思い出と共に瓦礫となった焼け野原だったのだから。
 そう、街並みとしてはありふれた風景だ。それでも故郷の町が復興していく姿は、真緋呂にとっては嬉しいもので。……造り直されて思い出とは違う風景なのだとしても、ここは間違いなく彼女の思い出の場所なのだから。

 セミの声が陽炎に響く。
 街並みは変わっても、流れている川の場所と煌きは同じだった。
 ベタつく汗をハンカチで拭う。その隣を、一台の車が通り過ぎて行った。
 日傘を持って来るんだった。水筒の中身で後悔を喉に流す。いいやこの暑さじゃどの道か、と水筒の蓋を閉めた。

 目的地まではあと少し。
 その前に、少しだけ立ち止まる場所。
 そこは六年前に真緋呂の家があった場所。
 今は小さな公園になっていた。この真夏の炎天下で遊んでいる子供は誰もいない。
 まだ若い桜の木が、青い葉を夏風に揺らした。セミの抜け殻があった。
 寸の間の黙祷。
 白いミュールが、再び足音を奏で始める。

 目的地についたのは間もなくだった。

「――ついたぁ〜〜〜……」
 グッと伸びをする。坂道を登った先にあったのは墓地だ。町の風景が一望できる場所。
 真緋呂はもう少しだけ歩みを進めた。向かう先にあるのは。一本のカエデの木。そこで彼女は足を止める。

「お父さん、お母さん、久しぶり。気分はどうかな?」

 笑顔を向けた――この木の下に、最愛の両親は眠っている。
 当時は高校一年生。墓石など分かるはずもなく、気持ちに余裕もなく、樹木葬にしたのだ。カエデの花言葉は「大切な思い出」。それは彼女の想いをそのまま表している。

 雑草を抜いて、水をあげて。手近な日陰に座って、水筒のお茶と大きなオニギリでひと段落をして。
「ふう」
 ようやっと一息。真緋呂はカエデの木を、瑞々しい夏葉色を見やった。
「……私、大学生になったよ」
 ぽつり、ぽつり。優しい物言いで語り始める。
「久遠ヶ原学園を卒業して、ね。助産師になりたいんだ。ピカピカの看護学校一年生! 覚えることがいっぱいでさ――」
 相槌のように、カエデの葉が揺れる。束の間、真緋呂はそれを眺めて。
「……久遠ヶ原の話も聴いてくれる?」
 言葉を続ける。何から話そうか。なにせ、いっぱいいっぱいあるのだ。
「人間を愛しんでくれた、綺麗な大天使がいたの……」
 とりとめもなく。これまで受けてきた任務や、出くわした事件や、そこで見てきたこと、感じたこと。
「優しい友達もたくさん、できたんだ。いろんな先生にお世話になったよ。……出会った人の中には、天使も冥魔もいて……その混血の人もいた」
 出会ってきた人達。彼らの言葉。触れてきた思想。一人一人、思い返す。
「学園生活の中で、生徒や教師として冥魔にも会ってきたよ。……冥魔を憎んで、いっぱい悩んだ……」
 そう。中には混血の存在もいたのだ。冥魔だけれど、半分は人間の存在。半分は天使の存在。……“混血だから”という理由だけで、理不尽な迫害を受けた者達の話も聴いた。そして学園の中には、冥魔なれど人間となんら変わらない思想を持ち、人間に心からの善意で協力してくれる存在もいた。なんにも罪を犯していない者だっていた。
 そういった者達まで憎んで石を投げて居場所を奪えば、それこそ自分から全てを奪って行ったバケモノ共と変わらない。そうは頭で分かっていても、心がついてこなかった。それほどまでに真緋呂の復讐心は強く、憎悪は根深く、怒りが少女の原動力だった。
 赦したい気持ち。赦せない気持ち。赦せという風潮の圧力。お前達に何が分かるという反発感情。あらゆるモノが、真緋呂を雁字搦めにしていた。
「ずっとずっと、私はどろどろした感情の中に沈んでた。……でも、ね」
 鞄から新しいオニギリを取り出す声音は、明るい。

「皆のおかげで、私は前を向けたんだ」

 天真爛漫な笑顔。口いっぱいにコンブ味を頬張った。
「そうそう! 義兄様もできたのよ。それから〜……ちゃんと今度は彼氏も一緒に来るね? あ、お父さん許しませんとかナシね!」
 クスクスと微笑んだ。遠く、踏切の音が聞こえた。

「――私、頑張るよ。叶えたい夢ができたから」

 太陽の光をいっぱいに浴びたカエデの葉は、両親が笑顔を返しているかのよう。
 カエデの花言葉には「大切な思い出」の他にもう一つある。

 それは、「美しい変化」。

 かつて全てを喪い、憎悪を抱く復讐鬼と成った少女は。
 数多の出会いで成長し、色んなことを感じ、学んで。

 憎悪の炎は、愛の花に。
 暗い絶望は、眩む希望に。
 過去の鎖は、未来への翼に。

 かくして少女は。
 美しい乙女へと、変化を遂げた。







 ――拝啓。

 私は元気です。
 だから、心配しないで。
 どうか、見守っていて。

 私は私の物語を、私なりに生きていきます!



『了』




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蓮城 真緋呂(jb6120)/女/17歳/アカシックレコーダー:タイプA
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2018年09月26日

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