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『特別な日 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 10月23日。
 午前4時に目を覚ました不知火あけびは道着をまとい、日暮邸に隣接する道場へ向かう。
「ふっ」
 素振り用の木刀が未だ明けぬ夜の気を押し斬り、低い唸りをあげた。それを耳と肌とで確かめたあけびは息をつき。
 うん。心に迷いはないし、体もちゃんと覚めてる。問題は――
「頭、だよね」
 頬に差した上気の朱は、動かした体から来たものではありえない。
 今日という日が明けることへの緊張からのものであり、動揺からのものであり、期待そのものだった。
 この期に及んで怖いと思う。怖いはずなのに、胸は躍る。心体は覚めていても、頭……思考は醒めず、ほろほろと心体を濁らせていた。
「覚めてるけど、醒めてない。あれからずっと」
 木刀を壁に戻し、あけびは空いた右手を見下ろした。あのとき、彼の左手に繋がれて、縛られていた手を。
 縛られて、縛る。
 その約束が今日、形になる。
 じりじり明けゆく空へ空いた手を伸べてはみたが、その指先は闇の帳に届くことなく、落ちた。
 もう少しだけ、今日という日に待って欲しかった。
 せめてそう、頬の朱が引くまでは。

 日暮仙寿は息を鎮めて踵を返し、自室へと戻り行く。
 あけびと同じく道着をつけた彼は、5時に目覚めて道場へ向かったのだ。そしてあけびの姿を見て、退散することを選んだ。なぜなら。
 この季節の早朝、当然気温は低い。なのに彼の肌は汗ばんでいたから。
 やばい。
 仙寿は衿元に指先を引っかけて開け、開けて冷めた風を通す。
 自分でも信じられないくらい動揺していて、ときめいていた。明けかけた空に手を伸べるあけびの姿に――その艶やかな風情に。
 しかたねーだろ。好きな女があんな顔してんだから。
 でも。それを素直にさらけ出せるほどシンプルな性格ではないし、何食わぬ顔で出て行けるほど大人でもない。
 背伸びしねーって決めた途端、これかよ。
 こんなことであけびを受け止めることができるのか、支えることができるのか、預けることができるのか。火を落とした炭のような焦燥が彼の胃の腑を炙る。
「だからって投げねーよ」
 投げられないではなく、投げない。
 今日という日を、あけびと共に迎えることを。
 それは日暮の総意を躙ることと同義である。表でか裏でかは知れぬが、遠からず仙寿は対することとなるだろう。
「それだって投げたりしねーさ」
 でも今日だけは、いちばん大切なものと向き合おう。


「今日は落ち着いて楽しめそうだな」
「うん」
 あえて着飾ることなく、普段のままの姿で並んだ仙寿とあけびはグロリアモールを行く。
 ハロウィンの南瓜カラーで飾られた街は今日も浮き立っていて、ふたりの足を自然と軽くした。
「南瓜モンブランか、南瓜羊羹か……」
 隣接するケーキ屋と和菓子屋の間をうろうろ行っては戻り、眉根をしかめて悩むあけび。
「そんなに南瓜好きだったか?」
 仙寿が問えば、あけびは苦い笑みをこぼして。
「私がすっごく好きってことじゃないんだけど、なつかしい感じ?」
 霞の向こうにある記憶が、あいまいな輪郭をあけびに見せるのだ。南瓜好きだった誰かの影を。
「ノスケと会ったら訊いてみろよ」
 さらりと言ってから驚いた。なんだよ俺、斬り合う敵に訊け!?
 そしてすぐに思いなおした。いや、それでいい。ノスケはあけびが忘れちまった昔を知ってる奴なんだから。ま、俺にはただの壁だし山だけどな。
 素直に思えたからこそ、素直に言葉を継げた。
「そしたら思い出せるんじゃねーか。なつかしさの正体」
 やわらかな笑みを添えて。
「うん……」
 応えたあけびもまた驚いてはいた。仙寿、背伸びしてないんだよね? なのに背伸びしてたころよりずっと懐、深くなってない?
 いやいや、結局はそういうことなのだ。背伸びの必死を捨てて今の自分を受け入れたからこそ、張りたかった我よりもあけびを優先してくれるだけの余裕ができた。
 そっか。そうなんだよね。うんうん、仙寿はそうなんだ。
 あけびは仙寿の肩へ寄りかかり、目を閉じる。
 以前は骨張って冷たかった肩が、今はあたたかい。ぬくもりの源は、厚みこそ薄いがなにより強靱な筋肉だ。出逢ってからずっと仙寿が重ねてきたものが、形としてそこにある。
 全部知ってるよ。仙寿がどれだけがんばってきたのか。だから――
「ありがと。そうする」
 ――私も背伸びはしないよ。今の仙寿に、今の私を預ける。不安も期待も全部。そうしちゃっても大丈夫なんだって、信じられる人だから。
「大好きだよ、仙寿」
 え、あっさり言うのかよ! よりによって好きとか! 思いきり動揺した仙寿はあわてて、「俺も、だし!?」。
「なに? 聞こえなかった」
 あけびのすまし顔から目を逸らし、仙寿は苦い息を噛み殺す。
 これって脅迫だよな。ちゃんと言ったんだから俺にも言えって。わかった。そっちがそう来んなら、俺だって行かせてもらうし。
「俺はあけびのこと愛してるから」
 好きどころじゃねーぞ? 愛してる! 言えねーだろ!? やっちまった感ありすぎだけど、先にしかけてきたの、おまえだからな。
 仙寿最高の決め顔を前に、あけびは顔をうつむかせたまま「うう」。
「これで勝ったとか思うなよーっ!」
 唐突に逃げ出した。忍の技を無駄に使い散らしてどこまでも……

「おまえ、どこまで逃げてんだよ」
「仙寿のせいだもん」
 ふくれっ面のあけびの手を引いて、仙寿はようやく目的地までたどりついた。
「あ」
 あけびの顔がふわりとゆるむ。
「忘れてたのか? 今日がお渡し日ってやつだぞ」
 ここはふたりが互いへ贈り合う指輪を頼んだジュエリーショップ。そしてあけびの誕生日である今日が、その指輪の引き渡し日だ。
「忘れるはずないでしょー。さっきうっかり、ちょっとだけ見失ったけど」
 あけびは編み上げブーツのつま先を仙寿のブーツの先に合わせ、その顔を見上げる。ふたりでいっしょに入ろうね。
 薄く苦笑しながらも、仙寿は彼女と歩調を合わせ、自動ドアを開いた。


「綺麗」
 海が見える公園の片隅にあるベンチ、仙寿と並んで腰をかけたあけびがほうと息をつく。
 左の薬指にあるイラーダリング、それを飾る宝石の色は深金――暮れる日さながらの仙寿の瞳を映していた。
「だな」
 仙寿の左の薬指を飾る福音の指輪には、あけびの瞳と同じ鮮赤の宝石が輝いている。
 愛しい者の瞳がここに在ることが、なによりもうれしい。
「離れてても、下手なことできねーな」
 思いを乗せた左手を握り締め、仙寿が言った。
 この指輪は約束で縛めだから、もう二度と恥じることもそむくこともできはしない。
「たとえその場に独りでも、仙寿の心がここにあるから」
 同じ思いを握り込み、あけびは応えた。
「いつもはこのチェーンで首にかけておく。剣士の心構えってのもあるけど、そっちのがなくさねーですむだろうしな」
 あけびに差し出されたのは、指輪の地の色と合わせた細いチェーン。
「わかってるんだけどね、名残惜しい!」
 言いながら指輪指から抜いたあけびにふと、仙寿が身を寄せた。
「え、え、なにっ?」
「いいから」
 あけびの指輪にそっと重ねられる仙寿の指輪。すると――輪の内に桜紋が見えた。
「桜」
 呆然とつぶやいた彼女に仙寿は照れ臭い笑みを返し。
「俺の指輪に染井吉野、あけびの指輪に八重。ふたつがひとつに重なって、いっしょに咲く」
 瞳ばかりでなく、互いのすべてがここにある。離れていても共にあってもふたりはひとつところで相咲く。
「不思議だね。別々の世界で生まれたはずの私と仙寿がふたりでここにいて、心を重ねて……」
「理屈こねる気なんかねーし、これだけ言っとく。俺はおまえと逢ったの、運命だから」
 こういうときだけは真顔で言っちゃえるのが仙寿だよね。せめて照れてくれたらかわいげあるのに。
「そっか」
 いつもどおりの、お決まりのセリフ。
 ただそこに灯った甘い熱だけは、このときだけのもの。
 なにかあっても、仙寿のこと想えば笑える。そう思ってた。でも。
 もう置いていくとか置いていかれるとか、考えない。生きるも死ぬもあなたのそばで。
 たった今から先、絶対逃してなんてあげない。だって、離れちゃったら相咲けないもの。
「覚悟してね、仙寿」
 ただそれだけを告げたあけびに仙寿は不可解な顔を向けるが、それでいい。これはあけびが自身に告げた決意だから。
「……あと、これ」
 首を傾げながらも仙寿が取り出したのは、ラベルのない半升瓶。この日のため、仙寿が日暮の伝手を辿って手に入れた蔵出しの逸品である。
「この前の店で今度こそってのも思ったけど、やっぱ邪魔されたくねーから」
 と、杯を用意しようとした仙寿をあけびが止めた。
「今はいい」
 どういうことだよ? 表情で問う仙寿にあけびはかぶりを振ってみせる。
「お師匠様と決着つけるまで、私サムライガールだから。それにね」
 特別なお酒は、仙寿といっしょに飲みたい。
 唇の動きだけで綴れば、仙寿は赤く染まった顔をそむけて。
「別に今までだって飲んでなかったわけじゃねーだろ」
「だって特別だから」
「二十歳の誕生日だぞ? 特別じゃねーか」
「この指輪は特別中の特別でしょ」
 揺らがないあけび。
 仙寿はついに大きく息をついてみせた。
「結構待たせるからな?」
「ゆっくり待ってるよ」
 仙寿は瓶をしまい、立ち上がった。
「一杯だけ飲んでもらってからってつもりだったけど、繰り上げだな」


 いつか一度訪れた裏路地の喫茶店。
 同じ席に腰をかけたあけびの前では、あのときと同じマンデリンが白い湯気をひとすじ空へ伸べていた。
「ここに来たってことは、やっぱりタワークリームふわふわパンケー」
「もう頼んである」
 果たして運ばれてきたのは、なんとも地味な色合いの菓子である。
「カステラと、餡子?」
「カステラの間に羊羹挟んだシベリアっていう菓子。名前の由来は謎なんだけどな」
「この店、そんなのもあるんだ……」
 いやむしろパンケーキよりこちらのほうが“らしい”のだが。
 ともあれあけびはフォークでシベリアの端を切り、口に運ぶ。
「あれ? カステラのほうにも羊羹染みてる」
「挟んだって言ったけど、ほんとはそうじゃねーんだよ」
 薄く焼きあげたカステラの上に液状の羊羹を流し入れ、さらにもう一枚の薄焼きカステラを重ねて固めたもの、それがシベリアだ。
「だから染みこんでるんだー」
 ただ挟むだけでは為し得ない三者の融合。これはまるで――
「俺とノスケは繋がってるんだよな。あけび挟んでさ」
 思い至るよりも先に、言われていた。
 そして気づいた。
 このシベリア、仙寿が作ったんだ。
「そういう因縁っていうか、宿縁ってのがあって、それが回って今の俺とあけびがいる。そう思ってんだよ」
 絶対口にはできないが、「ある意味」も「少しは」もない。あけびと巡り逢わせてくれて感謝している。
「ノスケと向き合って斬り飛ばして越えてやる。その後は……それこそ酒でも飲めたらいいよな」
 黙って聞いていたあけびがここで口を挟んだ。
「私もそう思う」
 いつか願ったような気がするのだ。いつか師匠であり、仙寿が執拗に「ノスケ」呼ばわりする日暮仙寿之介と南瓜が好きだった誰か、皆で初めての酒を飲むのだと。
 その輪の中に仙寿もいてくれたら……それは特別を超えた特別になるだろう。
「あー、でも。だったら次の立ち合いはお酒の法律がゆるい国でしなきゃだね」
 仙寿はなぜだと聞き返さない。
 もう互いに知っているからだ。仙寿之介と戦える機会、そのリミットが遠からず訪れることを。
「俺はあけびと本気で生きてく気だから、ノスケにも真っ向からかかる。おまえの特別な日に確かめときたかった」
 いっしょに咲くって決めたはずの俺が、咲けないまま散るかもしれない。
 それでも俺と来てくれるか。
「私はとっくに決めてるけど?」
 言ったでしょ、覚悟してって。離れないんじゃなくて、離さない。その責任はちゃんと取るから。
 と、意志を交錯させておいて、あけびはするりと表情をゆるめた。
「だからね。二十歳になった次のデートはもうちょっとちゃんとしたいかな。特別じゃないお酒なら飲んでも大丈夫だし?」
「……意味わかんねー。なんだよそのご都合」
 言いながらも、きっと仙寿はちゃんと考えてくれるだろう。
 それはそれで楽しみにしておいて、あけびは心を引き締めた。
 二十歳となったこの日に自分が誓ったことを忘れない。
 二十歳となったこの日に彼が誓ってくれたことを忘れない。
 それはやがて重ねた時間の内へ染み入って、自然に仙寿と自分を繋ぐだろう。
 羊羹みたいにって、ロマンス成分かなり足りてないけどね。
 あけびはシベリアを噛み締め、苦笑した。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 八重桜】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 20歳 / 染井吉野】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天剣】   
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2018年10月23日

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