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『『いつか』について 』
天宮 佳槻jb1989


 世界を揺るがす、大きな大きな戦いが終息した。
 それを機に多くの学園生たちが久遠ヶ原学園を卒業していった。
 卒業生も多いが、新入生もまた多い。
 学園を卒業後も手を尽くして島に棲み着いている者、何がしか理由を付けては戻ってくる者もいる。
 プラスマイナス、今日もこの島は混沌としている。




 学園の大通りから少し離れた場所に、木造の小さな看板を掲げた店が建っている。 
 閉店したわけではないが、何年も『close』の札が下がったままのカフェバー。
 2階は居住スペースになっていて、天宮 佳槻が久遠ヶ原へ来て間もない頃から生活している場所だ。


 かつては賑わっていた場所。
 今は、その面影はない。
 佳槻だけが生活を続けていて、店も開けてはいないけれど掃除を欠かすことはなかった。
 木枠の窓から月が覗いている。静かな夜だった。
 賑わいを懐かしむ想いと、この静寂に安堵する想いがカフェオレのように混ざり合う感覚は嫌いじゃない。
「今日の掃除はこれくらいかな」
 掃除用具を片付けて、佳槻が2階へあがろうとした時だ。
 近隣にはなじみのないバイクのエンジン音が近づき、店の前で止まった。

「閉店!? ここまで来て!?」
 ……妙に聞き覚えのある声が。

「わ――、嘘だろ……」
(あ。間違いない)

 彼に場所を教えた記憶はないし、彼はそもそも
「いつもの宿は、どうしたんですか? 筧さん」
「え 天宮君?」
 心もとない月明かりの下、赤毛の男がドアの前でうずくまっていた。




「何年か前なら、美味しい料理や飲み物も出せたんですけどね……」
「いやあ、有り難い。非常に有り難い」
 何やら困り果てていたようだし、追い返すのも気の毒だから。
 佳槻が筧 鷹政を店内へ招き入れると、カウンター席へ腰かけた男はテーブルに額をこすりつける勢いで礼を言う。
「例の宿、改修工事中でさ――。もうどうしようかと」
「そうでしたか……お疲れ様です」
 鷹政の定宿は佳槻も知っている。一時期、よく顔を出していた。
「そういえば『何年か前なら』って?」
「店主が忘れたまま卒業してしまって」
「あはは! じゃあ、天宮君はどうしてここに」
「2階に住んでいるんです」
 流れを掻い摘んで話すと、『それは盲点だった』と鷹政が呟く。
「僕が作るもので良かったら、何か出しましょうか? メニューが限られるけど、商売じゃないからただって事で」
「え。いいの? ホント? なに作ってくれるの?」
 ここから食事できる場所を改めて探すのは心が折れるところだった。そう言いながら、鷹政は身を乗り出す。
「卵乗せオムライスと、鶏挽肉と生姜のスープでどうでしょう?」
 冷蔵庫の中と相談し、佳槻は顔を上げる。
「よろしく!!」
 実年齢はアラフォーのはずだが、相変わらず幼い笑顔でオーダーが入った。




 スープを煮込む間にチキンライスを炒める。
 佳槻の慣れた手つきを見遣りながら、鷹政は自身の近況を話すとはなしに話した。
 正規所員として就職してくれた卒業生もいるため事務所は円滑に活動できていること。
 天魔トラブルよりも能力に覚醒した者への対応が増えてきたため、法律関係の相談で学園や撃退庁へ確認を取る業務が増えたこと。
「想像していたより、俺から学園へまわせる依頼が無くってね……。先生にはお世話になりっぱなしなんだけどさ」
 在校生に顔見知りは多くいるものの、会う機会も減ってしまった。
「天宮君は料理も出来たんだねぇ」
 普段はアレンジドリンクの提供が多いので、新鮮だ。
「イベント依頼ではフード関係の供給が豊富ですから」
 鷹政の感想へ、地に足の着いた答えが返る。
「なるほど。以前は、この店の手伝いをしていたの?」
「……そう、ですね」

 事務所としての困りごと。
 引き受けた依頼への助っ人要請。
 友人知人を介したイベントへの参加応援etc...
 鷹政が学園へ斡旋した依頼の種類は豊富で、佳槻は選り好みなく携わってくれていたように思う。
 戦いは冷静に。イベントは来客への細やかな気配りを。
 年齢の割に落ちつきすぎる感がある彼の、プライベートを聞くことはなかったのではないか。
 あまり、そういった話をする時間も機会もなかったし。

「それじゃあ、ここが天宮君の原点かー」
「そう……なるんでしょうか」
「ねぇねぇ、失敗談聞かせて失敗談。最初から上手だったわけじゃないだろ?」
「……悪趣味な」
「聞こえないー。天宮君からは、絶対に話してくれないでしょ。俺の失敗談はまんべんなく知られてる気もするし」
「結婚詐欺の件ですか?」
「やめて」




 ふわふわ卵のオムライスに、体の暖まる生姜のスープ。
「生きっっ返る――……。帰りは転移装置を使わせてもらうからラクなんだけど、ここまで辿りつくのがホント……」
 強行軍で久遠ヶ原入りしたのだと鷹政は話し、オムライスを一口含んで感動に震えた。
「天宮君は料理も達者だな。えー、店やらないの?」
「本業は学生ですから」
「……それもそうだ」
 昼間は学園、帰宅したって戦闘依頼があれば疲労は大きいし、店を営業しては体を休める時間がない。
「睡眠時間を削ると、背も伸びにくくなるしね」
「スープへ鷹の爪を足しましょうか」
「ごめんなさい」
 謝りながらも、『伸びたよねぇ』と鷹政はしみじみ言った。
「こういうところが、年を取ったって奴かなー」
「それなら」
「うん?」
「いえ」
 佳槻は何かを言いかけ、何事も無かったかのように飲みこんだ。




 1人で3人分くらい賑やかな鷹政が居ると、なんとはなしに以前の店の様子を思い出す。
 問われ、答えているだけなのに、この店が賑わっていた頃の自分を思い出す。
(これは……なんだろう)
 忘れていた、過去へ置いてきた、小さな痛み。
 あの頃の自分が抱えていたもの。
 広くはない店内の、テーブル席の1つに、当時の自分の後姿を見つけて佳槻はハッとした。
「コーヒーとホットミルク、食後はどうしますか?」
「ホットミルク、はちみつ入りで」
 冬が近づくこの季節は、どうしても感傷的になりがちだ。
 感傷なんて自分が持ち合わせていたとは意外だし、これがそれなのか確証はないけれど。
 笑いながら鷹政の口から『ホットミルク』の名前が出たことに、不思議な安心感があった。

(久遠ヶ原へ来たとき、僕は中等部生で……)
 己の意思が介在する余地なく、放り込まれるように入学した。
 今は、己の意思で学園に残っている。見届ける、見極めるべきことが残っているから。

「時間が止まっているみたいだ」
「ええ」
 店の雰囲気に対し、鷹政がそう評する。
 手入れはされていても、経年劣化は止められない。
 誰かたちの思い出が染みついたままの店内は、それを知らない者にも『懐かしさ』を感じさせるらしい。
 時間の止まったカフェバーに暮らす佳槻の時間は、それでも確かに進んでいる。
 天宮 佳槻という人間の根幹が変化したかと言えばわからないが、あの席に座る少年は『今』とは違う。
「筧さん」
 オムライスもスープも綺麗にたいらげ、ホットミルクの湯気で鼻先を温めている男へ佳槻は呼びかけた。

「ずいぶんと遅くなりましたね。2階に泊まっていきますか?」
 それは、かつて佳槻が掛けられた言葉。
 その一言から、今へ繋がる道が開かれたのだと思う。
 同じ言葉を、今度は佳槻が投げかける。
「いいねえ」
 鷹政が笑う。過去の少年は微かに振り返り、佳槻が表情を認識する前にふっと消えた。




 それは、いつか遠い日の思い出。
 それは、いつか遠くない未来の話。

 マスターに忘れられたカフェバーが、賑わった夜のこと。




【『いつか』について 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1989 / 天宮 佳槻  / 男 / 20歳 /『撃退士』】
【jz0077 /  筧 鷹政  / 男 / 32歳 / 気ままなフリーランス】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
登場NPCは、これまでの御縁から筧とさせていただきました。
とあるカフェバーでの『いつか』の話、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年11月05日

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