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『Unfinished Dream 〜ユメリア〜 』
ユメリアka7010

 月明かりの差し込む寝室。
 初めて焚いたその香の煙は、淡く紫がかっていた。

『この香を焚いて眠ると、不思議な夢が見られますよ』

 胡乱げな商人の売り文句はさておいて、初めて出会ったその香をユメリアは迷わず買い求めた。異国情緒を誘う香りを吸い込んでいると、次第に瞼が重くなってくる。逆らわず目を閉ざせば、見知らぬ街や美しい海、そこに住む人々の様子が映像のように流れ始めた。




 その夢の中で、ユメリアは街で評判の歌い手だった。歳の離れた兄が営む酒場でリュートの弾き語りを披露し、お客達を癒やしていた。

 14の時には舟唄や鉱夫の唄など快活な曲が好まれた。
 15の時には賢王と慕われた王が崩御し、追悼歌を奏でては皆で泣いた。
 16の時には昔日を懐かしむ歌が歓迎され、17になる頃には辛さを耐え忍ぶ詞ばかりが求められた。
 人々が歌に求めるものは世相を映して変わる。昔のように朗らかな曲を望まれることはなく、ユメリアは少しでも人々の心に添おうと努め、リュートの音色は哀しげに、歌声は張り詰めた美しさを秘め硬質な硝子のようになっていった。

 そうして18の時、酒場の灯が消えた。
 賢王亡きあと王座に着いた王子は、強欲で残忍な性の持ち主だった。無理な増税や徴兵を重ね、異を唱える者は誰であろうと絞首台へ送る。街には貧困と恐怖が蔓延り、更には庶民の贅沢は悪とされ、酒も音楽も禁じられてしまったのだ。
 しかし灯の消えた酒場には毎夜人々が密かに集い続けていた。鎧戸を閉めきった店の中、僅かな蝋燭の火を頼りに卓を囲み議論を交わす。

「王は流行り病にかかったようで、側近達も近寄りたがらないらしい」
「今しかないな!」

 悪政によって吹き消された人々の活気や希望が今、革命の炎となって吹き上がろうとしていた。このままでは皆飢えに倒れてしまう。恐怖に心を摩耗する暮らしももう限界だ。

「でも仕損じたら、」
「私はいいけれど子供達は……」

 不安が陰りを落とし、葛藤が空気を重くする。
 形なき炎が揺らめく様を、ユメリアの青い瞳がじっと映していた。この街が活気に溢れていた時の穏やかな火も、吹き消され灰になってしまった時も、人々に寄り添う歌を紡ぐべくじっと映し続けてきた。
 ユメリアの歌は鏡。
 夢ある人には明日への歌を、疲れた人には優しい歌を。求められる音楽を饗するのが自分の存在意義と信じ、時に多感な若い心を殺し鏡に徹してきたのだ。
 けれど――意を決し、ユメリアは禁じられたリュートを抱えた。初めて自らの心のままに弦を弾く。驚き振り向く人々。それでも指は止まらない。激しくかき鳴らすは革命の序曲。腹の底から声を張り、もう何年も哀しく綺麗な歌ばかりを乗せてきた唇から勇壮な詞を謳い上げる。
 歌に鼓舞された人々は打たれたように立ち上がった。松明を掲げ、慣れない武器を携えて、鬨の声を上げ王城を目指す。彼らに続き表に出たあとも、ユメリアは力強く歌い続けた。それを耳にした人々が次々に加わり、革命の列は長く長く伸びていく。
 初めてユメリアの意思で紡ぎだす歌は、どんな喧騒にも紛れることなく夜の街に流れ続け、虐げられた人々を奮い立たせた。

(ああ、でも――)

 やがて城から焔が上がり始めたのを見、ユメリアは唇を噛んだ。
 この街の人々が尊厳と平穏を取り戻すため、この革命は必要なことだった。
 けれど最初に弦に触れた時から分かってもいた。血を流すのは王ひとりでは済まないことを。

 翌朝王が処断されたあとも、城から街へ戻らぬ者が数十名いた。
 ユメリアの兄もそのひとりだったが、同時に彼女もひっそり街から姿を消した。
 人々が彼女の姿を見ることは2度となかったが、革命の夜に響いた力強い歌は街の語り草となり、その詞はいつまでも人々の心を励まし続けたのだった。




 その夢の中で、ユメリアは青玉のごとき鱗の尾鰭をした人魚だった。
 碧い海原を自由に泳ぎ、珊瑚礁に住む魚達と語らって、海神に授かった美しい声で好きな歌を好きなだけ歌い暮らす日々。満ち足りていて、足りないものなど何もない。
 けれどある嵐の夜、船から投げ出された人間の青年を岸まで運んでやった時、ユメリアは生まれて初めて不足を感じた。足りない、欲しいと胸に迫る欲求に戸惑うあまり、深海の魔女を訪ねた。

「あの人間の……彼の傍に居たいのです。
 彼が元気になれたかを知りたい。あの時はぐったり閉じていたけれど、あの瞼の奥にどんな色の瞳があるのか見てみたい……あの日以来、そんなことばかりを考えてしまって」

 切々と訴えて俯くユメリアに、魔女は嗄れ声で嗤った。

「そうかい。ならアンタに必要なのは陸に上がるための脚さ。アタシならアンタを人間にしてやれる」
「まあ」

 顔を輝かせたユメリアの鼻先に、魔女の長い爪が突き出される。

「タダじゃあない、アンタのその綺麗な声と引き換えさ」

 自分の嗄れ声に辟易していた魔女は、これで美しい声が手に入るとこっそりほくそ笑んだ。けれどユメリアは即座に首を横に振る。

「残念です、脚は諦めるといたしましょう」
「何故だい!? 人間から見りゃ、人魚だってアタシらと同じ海の妖物さ。その姿で会いに行ってご覧、殺されちまうよ!」
「その時は己の見る目のなさを嘆きましょう」
「考え直しなよ、人間は文字が書ける。喋れなくなったって意思の疎通はできるンだ、充分じゃあないか」
「喋れないのは構いません。けれど私には、歌を失くして生きるなど考えられませんので」

 ユメリアは行儀よく頭を下げ、未練の欠片も見せずに深海を後にする。

「お待ちっ、これじゃあ話の筋が……いや絶対後悔するよ!」

 魔女のがなり声が追って来たけれど、ユメリアは振り向かず水面へと浮上すると、彼が住む崖の上の城を目指した。
 嵐の夜、彼を岸へ押し上げた後、ユメリアは助けを呼ぼうと精一杯声を張り上げ歌った。それを聞きやって来た人々が彼を城へ運び込むのをこっそり見ていたのだ。
 崖下に身を寄せしばらく待っていると、露台に彼が現れた。物憂げな表情で溜息を零している。それでも身体はすっかり良いようだ。

(良かった……もう二度と、その手に触れることは叶わなくとも。一度だって、その目に映ることは叶わなくとも。せめて――)

 報われない想いを歌にして、濡れた唇からそっと押し出す。すると彼は弾かれたように辺りを見回し、慌てて部屋の中へ戻っていった。

(ああ、)

 海から歌が聞こえるなんて、人間にしたらやはり怪異でしかないのだ。この姿を見られたら確実に怯えさせてしまう。
 波間に沈もうとした時だ。呼び止める声がして、振り向くと彼が崖を転がるように下りてくる。逃げなければと思うのに、あんまり必死なその様子に動くことができない。
 固唾を飲みじっとしていると、やがて彼が傍の岩場にやって来た。乱れた息が整うのも待たず、ユメリアへ腕を差し伸べる。

 ――あの夜助けてくれてありがとう。そう言って細められた双眸は、海と同じ澄んだ碧をしていた。




 眩しさに目を覚ますと、月光は朝日にとって代わられていた。
 あまりにリアルな夢の余韻に、今が夢かうつつか測りかねてぼうっとなる。香は白く燃え尽き、微かな残り香がするばかりだった。

「あの話は本当でしたね……本当に不思議な夢ばかり、」

 言いかけ口を噤む。弦の感触や海水の冷たさが今も肌に残っているような気がして。

「……今は間違いなくうつつ。さあ、朝の支度を始めましょう」

 窓を開け放ち、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka7010/ユメリア/女性/20/博雅の詩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。ユメリアさんの小さなお話、お届けします。
おまかせノベルでのお届けが叶わず、本当に申し訳ありませんでした。
改めて書かせて頂ける機会を頂けて、感謝の気持ちでいっぱいです。
もしユメリアさんが違う時代に、違う種族に生まれていたらどう過ごされたでしょうか、
きっと変わらず歌を紡いでいらしたのではないか……そんな想像を膨らませお話にしてみました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました。
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2019年03月08日

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