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『桜ノ立橋 』
鞍馬 真ka5819)&カートゥル(ワイバーン)ka5819unit005

「やあ透。今時間大丈夫かい? 良かったら、一緒に出掛けられないかな。行きたい場所があるんだ」
「や、ええと……」
 鞍馬 真(ka5819)が伊佐美 透(kz0243)の元を訪れてそう誘いかけると、少し疲れた顔の透は一度躊躇いがちな様子を見せて、しかしふと思い付いたように質問を返してくる。
「行きたい場所って、何かの施設かな。それとも屋外?」
「外、だけどこれ以上は着いてからのお楽しみにしたいかな。……だと、何か問題ある?」
「ん。それだと、昼はどうするかとか決まってるかな」
「いや……これから買い出しに行けばいいか、と思ってたけど」
 成り行きが掴めないまま真が聞かれたままに答えると、透はまた暫し考え込んで。
「……あのさ。ちょっと待ってもらえるかな。昨日ちょっと。トンカツが多目に余ってるから。カツサンドにしてくる」
「……わぁい」
 透の申し出に、喜べばいいのか苦笑すればいあのか微妙な気分で声を上げた。つまり……また出ていたのだろう。ストレスが溜まると揚げ物がしたくなるという例の悪癖が。
 一人思い悩んでいるだろうから、と連れ出す決意をしたのは正解だったらしい。心配ではあるが、つまり一人では食べ飽きるだろう量のトンカツがあったから誘いに乗ってくれたのだと思うとなんとも言えない気分になる。
「あ、手伝うよ」
 そうして、待ってるのも暇だしとそのまま透の部屋に上がって二人でカツサンドとその他簡単な弁当を用意することになったのだった。

 町の外に出るとき、今度は真が「ちょっと待ってて」というと、暫く後に、彼は愛龍、ワイバーンのカートゥル(ka5819unit005)と共にやって来た。少し驚く透の前に、一度ゆっくりと降下する。
「さ、行こうか。乗って」
「え、ああ、うん……」
 促す真に、透はカートゥルの顔色を伺うようにして近付いていく。カートゥルはと言えば、やはり慣れないぎこちなさはあったが、真の友人だというのは伝わるのだろう。触れるのを拒む様子はなかった。
「有難う……。それじゃあよろしく」
 真とカートゥル、両方に向けるように透が言うと、カートゥルが一つ鳴いて、再びゆっくりと飛翔していく。
 地を離れ、景色が遠く広がって……暫し、空の旅。
 真は慣れたように、そしてゆえに心地良さそうに風を感じ、目を細めている。
 透は逆にまだ馴染みないといった感じで、少し落ち着かなさそうに景色やカートゥルに視線を巡らせていた。
 とりとめのない話題、それも途切れれば、やはり景色と風を楽しんで。飛竜は、やがて目的地へと近付いていく。
 人の身では登るのがややキツそうな切り立った岩山だった。その中腹に、まるで丁度良く着地出来るように広がる平地が山肌に顔を見せる。
 真はそっと透の顔を覗き見た──近付くにつれ、その瞳は見開いていった。
 そして。
 降り立って。
「これ、は……」
 その景色に、透は思わず掠れた声を漏らしていた。

 呟いた一言。それ以上に言葉も出てこない。そんな様子に真は満足して、彼も改めてその景色を眺め、浸る。
 何かの古跡、なのだろうか。崩れ、年代を思わせる石造りの空間。それだけでも趣深いが、そこに、一本の桜の古木がそびえていた。所々が時と共に土に隠れ、しかしなお覗く歴史を感じさせる石畳、そこに、桜の花びらが降り積もっていく。そしてさらに、山の高い位置からの、近くなった空の青と広がる景色。
 礼の言葉すら咄嗟に出てこない、透はそんな様子で、まだ目の前の光景に釘付けになっていた。真も、カートゥルも、そんな透になにも言わずに見守っている。
「……凄いな。や、有難う。うん……有難う」
 しばらくしてようやっと、溜め息のようにこぼれた言葉は、最近聞いた彼の言葉の中では明るいものに思えた。少しは気が晴れただろうか。
「……この光景をね、一緒に見たかったんだ」
「うん。有難う……って有難うばっかだな俺。ごめん、言葉になんなくて」
「あはは。分かるよ。私も初めて見つけたときは透と同じ感じで……今もやっぱり、この光景に言葉をつけるなんて出来ないかな」
 そういって見つめあって。互いにちょっと笑って。そうして、久方ぶりに少し穏やかな気持ちを覚えた透は、漸く少し気持ちが外に向いたのか、言うべきことがあると今更やっと気づいた。
「その……真」
「ん? どうかした?」
「いや、今日誘ってくれたのは、何か話があったのかなって。……その、いつも気を遣わせてすまない」
 透の言葉に、真はあはは、と苦笑した。気を遣っている感じは出さないようにはしていたが、やはりタイミング的にバレバレだろうとは思った。
 だが。
「いや別に? 言った通り、透とこの景色を一緒に見たかっただけだよ?」
 真の方から、何か重い話を振る気は無かった。特に話を誘導して何かを聞き出すつもりはない。透が話したいことだけを話してくれれば。
「ああでもそうだね。言いたいことなら一つあったや。……この前は、無茶に付き合わせてごめん」
「……ただの無謀だと思ったら付き合ってないよ。あの時はある意味、真のそばが一番安全地帯とも言えただろ」
 その時の戦いを思い出して、透は苦笑した。何度も襲いかかる乱打攻撃が理をねじ曲げるかのように次々明後日の方向に反れていく、そんな渦中に居たというのも中々の体験ではあった。星神器の力。改めて凄まじいものだと思い知る。
 そう。凄い。今隣に居るのは、それくらい特別な存在なのだと、やはり今更、透は意識する。
「あのときのことを謝るなら、俺だよ、な」
 ポツリと透は言う。
「……余裕が無い言葉しか返せなくて済まなかった。まずは気をかけてくれたことへのお礼を言わなきゃいけなかったのに」
「別に、そんなこと気にしなくていいよ。……それこそ、何の力になる言葉もかけられなくて、ごめん」
 笑ってようと思った、真の言葉がそのときつい僅かに沈んだ。上手いことが言えなかった、そう思い返して……今も、これでいいのか、という葛藤はある。
「いや、君は何も悪くない……というか、君は……俺のせいなんかで落ち込んでいいやつじゃ無いだろう。もう、俺のことはいいからさ、君の力はもっと大切に使うべきだ」
「……余計なお世話だった?」
「そうじゃないんだ、だけど……。……」
 真の反応に、透は真の方を振り向いて。そして彼の表情を見て、続けかけた言葉を止めていた。
 もういいよと拒絶して。そこにはまた、落ち込んだ、傷ついた顔が……あると、思って。
「……ごめん」
「いいんだ。自分でもそうかもな、とは思ってるから」
「いや本当に違うんだ。これは……ごめん。正直に言うよ。俺は君を侮ってた。俺からもう良いよって言えば君は引き下がると……遠慮すると、思ってた」
 見返した真の顔。相変わらず微笑んでいて……それでもそこには、引き下がるつもりはないという意志が見てとれた。
「君は少し……変わったのかな。いや、そうか。やっぱりいい居場所が、見つかった?」
 眉は僅かに潜めたまま。それでも少し微笑んで、透は真を覗きこむように見る。そうして。
「そう……だよな」
 そういって、桜降り積もる古跡、その一部にお誂え向きの場所があったので腰掛ける。
「頼れる誰かがいるのは心強いよな……。一人は、辛いよ」
 自覚して、吐き出すように言った言葉に、真は小さく安堵の息を漏らした。
 一人じゃないよと伝えたかった。
 一人で考え込んでいたら思考がどんどん負の方向に行ってしまうと、自身の経験上、そう思ったから。
 そうして透の心に通じたのは言葉ではなく、やはり、彼の経験から出た態度だった。

 透はそのまま、ポツポツと語りだす。
「……でもさ、やっぱり……俺のせいで落ち込んだり傷付いたりしてほしくもない。それも、本音なんだ。結局、俺が何も気付かずにあいつに頼りすぎたのが悪かったんだって、そう思って」
暫く続きそうな言葉を、真はまず全て聞くことにした。
「君がさ、自分の辛さを押し込めて笑ってることも分かってるんだ。だから、このままだとまた、君にも寄りかかって、押し潰すことになるんじゃないかって……それは、嫌だ。それくらいなら──俺たちの問題なんだ。俺たちでなんとか、するよって」
「……」
「関わるならさ。どうなっても、あまり気にしないで欲しい。君や誰に何を言われようと言われなくても、最後は俺とあいつが決めた事だよ。……どんな言葉を受け入れるか、拒むか、選んだのも俺だ」
「……そっ……か」
 透の言葉に、真は少し不安そうに、それだけを返した。
 沈黙が訪れる。何を言えばいいか分からなくなった二人の間を埋めるように、カートゥルがクゥ、と一鳴きした。
 透が立ち上がる。
「悪い、せっかくいい景色に連れてきてくれたのに、結局辛気くさい話になったな……ごめんな。真借りっぱなしにして。……大人しいなあ、君は」
 ずっと佇んでいたカートゥルに透が話しかけると、真もまた少し笑ってカートゥルに近付いていく。
「空気読める、賢い子でしょ。自慢の愛龍だよ」
 そう言って真が首に手を伸ばして撫でてやると、カートゥルは嬉しそうに真にすり寄った。
 そうしてまた、話すことも思い浮かばなくなると、真はそのままカートゥルと戯れながら何とはなしに歌声を紡ぎ始める。
 ただカートゥルが好きだから、と始めた歌だったが……やがて、いつかのように透も自然とそこに歌声を重ねて。
「……ごめん。あんなこと言っておいて……やっぱり、君がこうやって笑顔で気遣ってくれることに……救われてるよ。有難う」
 歌い終えて、透が言った。
 真は正直、どう答えていいか分からなくて。
 代わりにというか、カートゥルがふいに透にもすり寄ってきた。
「……うわ!?」
「え? ああ、ビックリしなくて大丈夫だよ。懐かれたみたいだね?」
 透の声に驚いて真が顔を上げると、透とカートゥルの様子を見て思わずクスと笑って言った。
「……人懐こい、んだな」
「うーん、誰にでもって訳でもないと、思うよ。さっきの歌が気に入ったかな」
「そう、なのか」
 少し困惑した様子で透はそっとカートゥルに手を伸ばし、恐る恐る撫でてやる。カートゥルは嬉しそうにキュ、と目を細めた。また透が、少し表情を明るくして笑う。
「……本当、いい景色だよな、ここ」
「うん」
 勿体ないよな、と、そこで二人、用意してきた弁当のことを思い出して、丁度頃合いだしお昼にしようか、という話になった。

 サンドイッチを摘まみながら、それからは改めて絶景を堪能した。
 桜と空の、鮮やかなコントラスト。険しい山に不意に存在する遺跡は、もしかして古代の人もこの景色を楽しむためのものだったのだろうか。
 石畳の空間は良く見ると円形に敷かれているようにも見えた。それがどこか、ステージのようにも思わせる。
 食事を終えて人心地つくと、何とはなしに真が円の中心に立つと、笛を取り出して奏で始める。春の喜びを思わせるような、柔らかくて心が暖かくなるような曲だった。
 それが終わると、今度は透が位置を入れ換えて、厳かな歌──何かの劇中歌だろうか?──を、殺陣と共に披露する。
 代わる代わるに。二人一緒に。歌って、奏でて。カートゥルはそれに嬉しそうに小さく身体を揺すっていた。
 桜吹雪に、青い空に、音楽が吸い込まれていく。そうすると澱んでいたなにかしらが解けて浚われていくような心地がした。
 ……少し疲れるくらい、そうやって過ごす。
「気持ちいいな」
「うん」
 今は寝そべって、桜の枝と空を見上げている。
 こうしてると悩みなんてちっぽけなことに思えるのに。
 そうもいかなくて。
 世界はやっぱり、色々なことが起きている。それも……忘れることは出来ない。
 それでも、だから、潰されそうな心を、友とこうして。
「連れてきてもらって、こうして過ごせて、良かった」
「……うん」
 いつかまた。悩みなんてなく、ただこの景色を眺めていることが出来たら。
 それはきっと、簡単なことでは無くて。自分に何が出来るのか、そんな不安は何度も襲い掛かってきて。
 ──それでもこんな時間を過ごしてしまうと、諦められない、と思わずにはいられないのだ。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。
曲名で景色を補完するのどうなの。すいません。
いや、この季節ならやっぱ桜見たいな……見せてあげたいなって……
そうして、騒がないタイプの二人がしっとり桜を見るならもうこの曲しか思い浮かばなくなったんです……。
それにしても駄目ですこの男。油断するとほのぼのがどっかいく。いつもお手数おかけします。
ほのぼの成分にカートゥルちゃんがなんだかんだいいお仕事してくれた気がします。可愛い。
改めまして、ご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
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2019年03月29日

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