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『確心 』
リオン クロフォードaa3237hero001)&九重 依aa3237hero002

 午後2時40分。田畑のただ中に造られた児童公園から人の気配が消える1時間の始まりのとき。
 誰が決めたわけでもないだろうに、律儀なほど正確に帰りゆく人々の背が消えたことを確かめ、九重 依(aa3237hero002)は問う。
「いつ始める?」
 ベンチに腰を沈めたまま、視線だけを投げ上げる……いや、沈めているように見えるのはフェイクだ。すでに重心は膝へ移しており、右へも左へも転じられるよう、密かに身構えていた。
「ヨリが始めたいときでいいよ。だって、本気でやるって決めたろ?」
 対して、リオン クロフォード(aa3237hero001)は依から10歩の距離を開けて立つ。
 もちろん、ただ立っているわけではない。前に出した右のつま先はまっすぐ依へ向けられており、左に佩かれた星剣「コルレオニス」の柄頭がちりり、硬い音を鳴らす。

「そうか」
 依は息をつくふりをして、体を前へ傾けた。両手は上着のポケットへ収めたままだが、この程度でリオンは釣られてくれないだろう。こちらの得物が両脚を鎧う猛爪『オルトロス』であることは知られているし、ここから奇襲をかけたところで、あのマントが邪魔だ。
 猛爪は斬撃もしくは刺突武器である。殴打による衝撃は期待できないし、布に巻かれれば軌道を逸らされ、バランスを崩される。
 リオンは鍔元を鞘から押し上げ、すぐに抜剣できるようにしていたが、これは依とはまたちがう形でのフェイクだ。本命はあくまでマントの下の右腕。マントで蹴りを絡め取れなくとも、アイギスの盾を呼び出して押し込めば、確実にこちらを押し倒すことができる。

 って、そこまではヨリにも読まれてるよな。
 リオンは肩の力を抜く風情を出しつつ依の気配を探る。
 依に対して前へ出した右半身。どう攻めてこようと対応できるように構えてはいるが、それを心得たシャドウルーカー相手に、いったいどれほどのアドバンテージを発揮できるものか。
 共鳴していない以上、スキルでパスされることはないわけだが、それよりも怖いのは、ステップワークで左へ踏み入られることだ。刃の長さからして、左手で剣を抜き打つことは不可能だし、体を入れ替えるにも浪費した時間で後手に回ることとなる。
 そして、依の両手だ。たとえ得物が猛爪であろうと、手がまったく役立たないわけではない。掌で視界を塞ぐことも、目そのものを潰しにいくことも自在なのだ。

 と。
 依が前へ倒れ込んだ。
 右でも左でもなく、まっすぐに。
「!」
 リオンの予想の内にはあったが、もっとも可能性が低いと踏んでいたそれは、いざ実行されればもっとも厄介な手だった。なぜなら、依の手を確かめることもできぬまま、前に置いた右腕で対処せざるをえないから。
 呼び出したアイギスの盾を右腕に装着し、盾を押し立てた体勢で転がり込んでくる依の横へ回る。
「っ!」
 その足へ向けて薙がれた依の水面蹴りを、突き立てた盾で押し止めた。バトルメディックとはいえ、最前線の盾としてその身を敵刃へ晒し続けてきたリオンだ。“におい”に対しては鼻が利く。
 跳ぶの待ってたんだろ!? 立体機動はヨリの得意だもんな!
 逆に、蹴りを止められた依は胸中で薄笑む。
 場数を踏んでるだけはあるな、王子様。だが、おまえの正攻法に付き合ってやる気はない。
 止められた反動で弾みをつけ、逆の足を振り上げる。猛爪の爪先を盾の縁へ引っかけ、それを足がかりにして先の足を蹴り上げた。盾を封じながらの顔面への蹴り。前掛かりになったリオンにはかわす術がない。
 始まったばっかりで終われないだろ! なあ!
 盾から腕を引き抜きながら、リオンは前へ跳び込んだ。代わりに宙で剣を引き抜き、後ろへ振り込んだ。目視はできていなくとも、背後からの追撃に対しての牽制はできる。
 この牽制を冷静に見送った後、依は強く踏み出した。
 リオンはこちらを見ていない。だからこそ、こんな小細工が大きな効果を生むのだ。たとえばそう、依が踏み込みのために鳴らした音を、踏みとどまった音と聴きまちがえさせるといったふうに。
 半拍置いて、依は握り込んでいた砂をリオンの脚へ打ちつけた。さあ、“俺”はおまえの背後まで迫ってるぞ。おまえはどう凌ぐ? さらに半拍置いて跳び込めば、リオンのガードが崩れた次の瞬間に奇襲が成る。
 しかし。
「!?」
 リオンが宙で身を転じたとき、その左腕には置いてきたはずの盾があり、依の蹴りはその輝ける鋼に跳ね返された。
 本気だって言ったろ!? 俺だって少しくらいは仕込んでおくさ!
 リオンが盾を取り戻したのは魔法ならず、盾を腕へ固定するためのベルトに結びつけておいたワイヤーあってのことである。
 依の業(わざ)を凌ぐには正攻法だけでは及ばない。盾という自らの象徴を囮にして虚を突いたのは、この対戦を決めたときから考えていたことだった。


『1回でいいからさ、本気で勝負してみないか?』
 契約主たる“兎姫”が眠りについたあの晩、リオンは依へそう持ちかけた。
『わざわざやり合う理由がない』
 依はあっさり切り捨てたが、リオンは引かない。
『愚神王はいなくなったけど、俺たちの戦いはまだ終わってないだろ。確かめてほしいんだ。俺があいつのこと守れる力があるのか』
 依はそこでようやく気づいた。
 リオンが確かめたいのは単純な戦闘力ではない。この世界にひしめく悪意や逆境へ立ち向かえるだけの胆力が備わっているのかどうかを、依という唯一の“兄弟”を通して見極めたいと、そう言っているのだと。
 そうだな。俺も確かめておきたいところだ。あいつとおまえの露払いをしてやれるだけの力が、俺にはあるのか。
 もちろん、互いが戦ったところで証明できるようなものではない。しかし、その秘めた思いを交わすことには、きっと別の意味があるだろうから――
『死なない程度で終わらせるつもりだが、保証はできないぞ』
 互いに素人ではありえない。紙一重を踏み越えてしまうことも想定しておくべきではあろう。それでも。
『いざってときは、互いに託す。それでいいな?』
『そんなことしないしさせない。……そのつもりだけど、わかった』


 互いに互いが体勢を立てなおすのを見過ごし、5メートルの間合を保って向き合った。
 甘いな、俺は。胸中で苦笑する依だったが、その自分の甘さが心地いい。もちろん、意外でもある。
 いつの間に俺は、リオンとそれだけの情を交わしていたんだろうな。
 思い当たるようでいて、これやあれとは思い当たらない。が、そういうものなのだろう。なんでもない時間をただ共に過ごしゆく家族というものは。
 同じようにリオンもまた、万感を噛み締めている。
 ヨリはどう思ってるのかな。俺たちといっしょにいて、ちょっとは息抜いたりできてんのかな。
 いや、そんなことは疑問に思うまでもないことだ。家族とは、なにがあってもなんとなく分かち合い、やり過ごし合って共に在るものだから。
 苛立つことはあるだろう。憎むこともあるにちがいない。しかし、だからといってなにが断ち斬られることもなく繋がり続けるものこそが、家族。
「行くぜ、ヨリ」
 かざした盾をしゃくりあげるようにステップイン。リオンはフォアハンドで剣を振り込んだ。殺すに充分な力をかけていながら、次の攻めを打つための繋ぎである横斬り。
 依は猛爪の甲に鎧われた脛を持ち上げてブロックし、そのまま一歩後ろへ。
 その鼻先を、返す刃が行き過ぎる。手首の返しだけで振り替えされた剣は、次の依の挙動に合わせてさらなる攻め手へ変じるだろう。ならば。
 リオンの刃に回し蹴りをかぶせ、膝裏で挟み込む。危険なやりように見えるが、こちらにも甲があるので、思いきり引き抜かれでもしなければ斬られる心配はない。そのまま体をひねり、体重をかけて刃を手放させたが。
「っ!」
 ひねる動きの中でリオンに向けることとなった背へ衝撃が爆ぜた。
 シールドバッシュか!? 気づくより早く、押された方向へ転がる依。
 駆けながら剣を拾い上げたリオンが追ってくる気配から遠ざかり、二転、三転、さらに横へ跳び、猛爪を地へ打ち込んで上へ跳ねた。
 待ってたぜ、ヨリ!!
 これを予測していたリオンは強く踏み込み、剣をアッパースイングさせた。弧を描くのではなく、下から上へ、最短距離で切っ先を送り込む。
 忘れたのか。俺がシャドウルーカーだってことを。
 宙で体を縮めていた依は、猛爪の先で切っ先を受け止めた。重力に導かれるまま刃を滑り落ち、リオンの鼻柱へ膝を打ち込んだ。
「……それも、待ってたんだよ」
 突き出した額で膝を受けたリオンがぎちりと笑む。
 盾の縁を突き上げ、自らを押しつける依の体を浮かせておいて、剣を突き込んだ。
 刺突は戦場において決め技だ。たとえ敵を貫けたとしても剣を取り戻すまでに時間がかかるし、弾かれても空振りしても、同じように大きく体勢を崩すこととなる。
「俺もだ」
 やっと、リオンに突きを打たせることができた。
 ここまでお膳立てしなければならなかったのは、正直計算外だった。それだけリオンが強くなっていたからこそではあったが、ともあれ不利を演じつつポジショニングを整え、“突く”以外の術を塞ぐことに成功したのだ。
 惑わすだけがシャドウルーカーじゃない。
 左の猛爪で切っ先を掴み止めた依が、刃に添わせて右の蹴りを打ち込む。顔ならば逸らすことができても、すべての重さがかかった剣の持ち手、今さら柄を離すことすらできはしまい。

 やっぱり依は強いな。攻めじゃかなわない。
 でも、俺にだって依に負けないもの、あるからさ。
 リオンはためらいなく盾の縁を突き下ろす。1ミリも動かすことのできない、自分の手首へ。
 骨が折れ砕ける湿った音が体を伝って脳を叩き、リオンを痺れさせたが……足場のない宙で体勢を崩した依が落ちてくる。
 その体へ盾を投げつけておいて、空いた手で剣を掴む。幸い、どちらの手でも剣を繰るのに不自由はない。ほとんど憶えていない過去の世界で積んできたらしい鍛錬に感謝する。
 一方、盾の縁で右の鎖骨を折り砕かれた依は背から地へ落ち、一転して立ち上がる。盾を一瞥してしかけがないことを確かめ、遠くへ放り捨てた。
 姫君の教育じゃなく、王子の矜持ってやつか。自分を傷つけて劣勢を覆すなんて、俺には思いつけない。
 リオンの胆力に感じ入りながら、構える。
 両脚は健在ながら、バランスを取る腕を一本損なったことで、挙動の半ばを封じられた。

 呼気すら吐かず、依が踏み出した。
 骨が折れていようと、筋肉だけで腕を動かすことはできる。支えがないため、うまく固定できないだけだ。そうして右腕を放り出して為したものは、リオンの視界の右を塞ぐこと。
 これはひとつの賭けだな。俺がリオンを信じられるか、それだけの。

 寸毫、リオンは迷う。
 視界が半分塞がれたことで二択を迫られるからだ。すなわち、塞いだ側へ踏み込むと見るか、それを囮に逆を突かれると見るか。ここにきて選択を強いてくるとは、さすがといったところか。
 ちがうな。そうじゃない。これは俺が、依をどれだけ信じられるかって話だ。

 果たして。
 依は横蹴りを突き出した。
 リオンは剣を振り下ろした。
 互いに右でも左でもなく、まっすぐ。
「結局、止められたか」
 依は折れていない左肩をすくめ。
「最後はやっぱり、真っ向勝負だよな」
 リオンもまた苦笑、折れた手首から発せられた痛みに思わず顔をしかめて。
 互いの眼前で噛み合った得物を引き、息をついた。


「帰るまでに傷を治していかないとな」
 先に据わっていたベンチにあらためて背を預けた依の言葉へ、となりに座すリオンがかぶりを振って。
「あいつに秘密で治してくれるバトルメディックのアテなんてないよ」
 H.O.P.E.でこっそり治してもらうことも考えたが、それでも契約主へは連絡が行くだろうし、そもそもなぜケガをしたのか訊かれたとて、答えようもない。
「遊んでてケガしたって言ってもダメかな?」
 苦し紛れなリオンの提案に、とりあえず乗ってみる依。
「お互い骨が折れただけだからな。滑り台でからまって折れたことにすれば……」
 なんとか行けそうな気がしなくもない。
 と、話がまとまりかけたところで、ふたりか気づいてしまった。
 猛烈な勢いでこちらへ駆け込んでくる契約主の怒気に。
「ヨリ!」
「しゃべるより走れ!」
 痛みをさておき、左右へ散って逃げ出したふたりは、なぜだろう。同じように笑んでいた。
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2019年05月15日

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