▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Tie 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001)&aa0208hero002

「もう出ないと約束の時間に間に合わなくなる」
 リィェン・ユー(aa0208)は、イヤホンを通じてもたらされた情報をそのまま伝えた。
「もうそんな時間!?」
 びっくりと顔を上げて振り向いたのは、H.O.P.E.の誇るジーニアスヒロインことテレサ・バートレット(az0030)である。
 が、彼女は振り向けた顔を前へ戻し、また振り向いてを繰り返す。
 リィェンは息をつき「君が迷っている品、車の中で見られるように手配するよ」。
「特別扱いはだめよ!」
 テレサはリィェンに激しくかぶりを振り、失速させ、ぐっと力を込めて首もたげて。
「大丈夫、行くわ。ジョンブルは礼儀知らずだって思われるわけにいかないもの。――これとこれ、ラッピングしていただける?」
 これから開かれる茶会はごくプライベートなもので、中国人は時間に対して寛容ではあるが、主催が古龍幇を代表する若き長となれば話は別だ。
「二択なら、茶会が終わって会長が到着するまでには決まるさ」
「そうね。うん、そうよね」
 ここは香港のとあるテーラーである。
 夜、H.O.P.E.と古龍幇の同盟関係を確認し、維持することを目的とした会合がこの地で執り行われる。そしてH.O.P.E.の代表は、テレサの父であり、H.O.P.E.の会長であるジャスティン・バートレット(az0005)というわけだ。
 テレサはその際、H.O.P.E.の古龍幇に対する友好の情をより現わすため、ジャスティンに中国ならではの素材を用いたネクタイをつけさせたいと意気込んでいた。結局は愛する父への贈り物だという意識が高まりすぎて、この有様なわけだが。
「関係ないことに付き合わせちゃってごめんなさい」
「いや、君が香港にいる間、その護衛を任されてるのは俺だ。心のままに過ごしてもらうのも仕事の内さ」
 これは掛け値なしの本音である。……もちろん、テレサが父親のことばかり気にするのは、彼女へ恋情を寄せるリィェンからすればおもしろいはずもないのだが、そのあたりは結局、惚れた弱みに塗り潰される。
「レッドとオレンジ、どっちがいいかしら?」
 受け取った二本のネクタイの色を挙げ、悩むテレサ。
「会長のスーツの色味にもよるが、マンダリンオレンジはこの国ならでは色だ。ただ、清朝の発祥だからなぁ。大兄はともかく、漢の末裔を気取る古老たちには受けないかもしれない」
 言いながらテレサの先に立ち、辺りの気配を確かめてからテーラーのドアを開ける。狙撃ポイントは幇の実働部隊が潰しているはずだが、奇襲というものはいつでも唐突に、予想もしないところから滑り出してくるものだ。

「テレサとリィェン、店出たアル」
 狙撃ポイントのひとつ――テーラーより数百メートルを隔てたビルの屋上、ゴーグルタイプのスコープでふたりの姿を確かめたマイリン・アイゼラ(az0030hero001)が、傍らのイン・シェン(aa0208hero001)へ告げた。
 ふたりは今、古龍幇の実働チームと連動し、VIPであるテレサの周囲を影から護衛しているのだ。
「今んとこ怪しい動きとかないアルけど、なーんかやな感じアルねー」
 見た目こそ十代前半で口調も軽いが、マイリンは熟達のジャックポットである。“肌感”の鋭さは折り紙つきだ。
「H.O.P.E.と古龍幇に組まれているこの状況、息苦しくてならぬ輩もおるじゃろうしな。清流に生きる魚ばかりではないがゆえに」
 平らかに応えたインは虚ろならぬ左眼をすがめ、遙か下方を行き交う人々の流れを見やった。
 流れは穏やかにして滞りない。が、どこか歪に見えるのは、気のせいではないだろう。
「インは古龍幇の中にやばいのがいるって思ってるアル?」
 マイリンの問いに、インはかるくうなずいて。
「ま、そう思うよりないというだけのことじゃがな。ここは新たなる長が完全に掌握した古龍幇の本拠地で、H.O.P.E.の有力支部の膝元じゃ。他の勢力が入り込むには、払わねばならぬ代償が大きすぎようて」
 そして息をつき、対弾対爆仕様のセダンへ乗り込むリィェンとテレサに向けて。
「そちらも気になるところじゃが、あちらはますます気になるのう。……まったく、リィェンも厄介な相手に惚れたものよ」

 一方、H.O.P.E.香港支部近くのカフェにある零(aa0208hero002)は、テラス席の一角から半眼を巡らせていた。
 ジャスティンはテロを避けるためにワープゲートで香港入りし、そこから古龍幇との会合へ向かう。襲われるとすれば、警備がもっとも薄くなる出発時――というのは建前で、実際のところは幇からの案内役としてジャスティンに接触し、わずかばかりでも彼と彼の英雄と友誼を深めておきたい腹づもりがあった。
 悪手であるのは知れておるのだがな。立場が逆であれば、見え透いた思惑に反吐を吐いてやるところだ。が、形振り構ってもおれぬのだと伝えられるならば……
 いやいや、零はかぶりを振り、己の思いの甘さを振り払う。腹芸でジャスティンにかなうものか。こちらの焦りを逆手に取られ、間合を外されるのがオチだ。
 娘御相手であれ父御相手であれ、この闘い、ますます厳しいものとなろうな。


 リィェンが「大兄」と呼ぶことを許された、古龍幇の長。
 茶会の席についたテレサは彼の生まれ年に仕込まれたシングルモルトを贈り、長の眉尻を上げさせることに成功した。
 なにせ長の年齢は秘されている。それを正確に掴んでいることは、敬意と共にH.O.P.E.の情報部が無能ではないことのアピールだ。H.O.P.E.には古龍幇が組むに値するだけの力がある――と。
 会長の娘という、名こそあれ実権を持たぬ立場の者がしかけるには少々危うい駆け引きだが、ここは公ではなく私の場。長としては自らの寛容を示す必要がある。
 もっとも大兄は、こうした“冒険”を好む質だからな。手としては悪くないんだろう。
 リィェンは漏れかけたため息を茶で飲み下し、表面上は和やかに長と語り合うテレサへ視線を据えた。
 君は銃を撃つだけじゃなく、こんな闘いに身を置いているんだな。あらためて思い知る。
 テレサのとなりに在る資格を得るがため、古龍幇の首輪を受け入れたリィェンだが、根本は武辺である。いくらかの政治を学んだ程度で、着慣れた武の流儀を政治の流儀に着替えることなどできようはずがない。
 それは長もまた心得ているところであり、だからこそリィェンはテレサへの恋情を逆手に取られ、暴走の赦されぬ護衛役を命じられている。もっともそこには打算ばかりでなく、「小弟」たるリィェンを想い人のそばにいさせてやろうという兄の心配りもあるわけだが――おかげで、ため息をつくことすらできはしない。
 リィェンは静かに気を練り込み、不測の事態にいつでも跳び出せるよう、全身にわだかまる力を解した。

「この日に慈善市(バザー)とは、ちと臭うのう」
 警備場所を地上に移したインは、バディを組むマイリンに注意を促した。場所は茶会の場からも夜に開かれる会合の場からも程よく離れているが、問題は位置取りならず、多種多様な人間がこの香港に存在しうる状況が成立していることにある。
「結構キリシタン多いアルから、それだけで疑うの難しいアルけどねー」
 香港七百万人超の人口の内、五十万人ほどがキリスト教の信徒である。これは確かに無視できる数ではないのだが――それにしてもチェックすべき人数が多すぎて、これではどうにもなるまい。
「結局は眼前の水際に目をこらすよりないということじゃな」

「最悪手だね」
 リムジンの座席に背を預けたジャスティンは、ゆっくりと肩をすくめてかぶりを振ってみせる。
「多々ある問題はさておいてもだ。この場合の将である娘に未だ恋心は芽生えておらず、私という馬は悪しきジョンブルの権化さながらだよ。射られることをよしとするはずはない」
 向かいに座す零は深い息をつき、うなずいた。
「我もそれは心得ている。ゆえに腹の内を晒した上であらためて願いたい。――彼奴めが将を射るを見逃してやっていただくことを」
 なにかを言おうとしたアマデウス・ヴィシャス(az0005hero001)をジャスティンは止め、零へ語りかけた。
「ふむ。では角度を変えて話そうか。彼が古龍幇を押し立てて取引を強いてきたならば、ジャスティン家当主の私ならぬH.O.P.E.の会長たる私は、娘を人身御供に差し出すことも考えるよ」
 零は言の葉と息とを詰まらせた。
 言葉こそやわらかいが、内実は真逆だ。勝負を急いた零の強引を揶揄しながら、それをしたければ古龍幇の看板にすがって来いと挑発している。
 胸中で舌を打つ零を助けるかのように、アマデウスが言葉を差し挟んだ。
「……説教は済んだか? その娘が古龍幇の長と会っている場に、少々おかしな動きがあるとの報告が入った。いかにする?」


 無事に会合の前哨戦である茶会を終えたテレサは会場を後にする。
「できれば大兄の庇護下にある場所で過ごしてもらいたいところなんだが」
 護衛として付き従うリィェンは、大きく背伸びをしたテレサへ訴えたが。
「ずっと見られてて疲れたわ。そういうのはどこかの国の首相かH.O.P.E.の会長だけで充分よ」
 まあ、それが政治というものだとて、一挙手一投足まで品定めされ続けるのは確かに辛いだろう。リィェンはやれやれ、息をつき、その息を止めた。
「テレサ」
「ええ」
 呼吸を合わせ、自然であることを装う不穏な空気をかきわけて歩を進める。状況は把握できていないが、どうやら出てくるのを待たれていたらしい。
「イン、マイリン、いるか?」
 リィェンがさりげなく通信を飛ばせば、すぐにインから返事が届いた。
『応。が、妾たちだけでは抑えきれんぞ』
 それだけ敵の数が多いということだ。リィェンは視線を巡らせる。強さも色濃さもなく、しかしどこまでも途切れず続く薄い殺気。どうやら完全に包囲されているらしい。
「パパじゃなくてあたしを狙うのは、将を射る前に馬を射たいってことかしらね」
「いや、君の護衛は会長よりずっと薄いからな。それに相手としちゃ、H.O.P.E.のVIPに泥をつけられればいいってことなんだろう」
 一斉にこちらへ殺気を向けてくる老若男女。
 その内でおもむろに拳銃を引き抜いた男を蹴り飛ばし、テレサは二丁拳銃を手に周りの人々へ告げた。
「テロリストよ! 一般市民はすぐ退避を!」
 が、VIPだなんて思わず、思うとおりに動けばいい。と背中を押す暇もくれないテレサの背を追いかけながら、リィェンは口の端を曲げる。もう子どもじゃないんだ。せめて一瞬でも、自分の立場を考えてためらってくれよ。胸中で嘆いた、その後。
「歩けない人はあたしを呼んで! すぐ行くわ!」
 あのとき――初めて出逢ったこの香港で聞いたままの、テレサの言葉。
「君は本当に変わらないな」
 きっとテレサは憶えていないだろう。何千回、何万回と繰り返してきたそのセリフの一回が、煉獄のどん底にいた俺を救ったことなんて。
 それでいい。そういう君だからこそ、俺はここまで追ってきたんだ。

「ちょいやばいアルね」
 銃を撃ちながらイヤホンに指を添えて通信を聞いていたマイリンがうそぶく。
「どうしたのじゃ?」
 暴漢の腹へ掌打を叩き下ろし、その場で二回転させたインが問う。
「それ、普通に殺したげたほうが楽なんじゃないアル? ――と、そうそう。会長がこっち向かってるアル」
 ちなみに通信の相手は、その車に同乗している零だ。
「それまでに終わらせておきたいところじゃな」

「我はひと足先に向かわせていただく」
 マイリンとの連絡を終えた零はジャスティンへ切り出した。
「それはかまわないが、共鳴は許可できないよ。敵はライヴスリンカーではないのだろう?」
 そう返されて、気づいた。
 テロリストとはいえ一般人相手に共鳴して圧倒的な暴力を振るえば、幇はともかくH.O.P.E.に甚大な風評被害をもたらす。立場というものは、武辺の流儀のことごとくを潰してくれるものだ。
「承知」
 走り続ける車のドアを半開いて抜け出した零は、最短ルートを辿って現場を目ざす。


 インやマイリン、零と連動し、数十の刺客を叩き伏せたリィェンとテレサ。不殺を貫いたことで手間取りはしたが、あらかた騒ぎは収められたはず――誰もがそう思った、直後。
 避難する人々の隙間から、ひとりの少年が駆け出してきた。
 薄汚れた格好に、痩せこけた体。ぎらついた眼をこちらへ向け、青竜刀を振りかざす。
 テレサをかばい、腰を据えながらリィェンは思うのだ。
 あのときの俺は――テレサが見た俺は、あんなふうだったか。
 もしもあれが俺なら、俺は。
 斬り下ろされた青竜刀を指先で挟み止め、リィェンは少年に問うた。
「君はこの一閃と引き換えに死ねる覚悟があるか?」
 少年は刃を取り戻そうとあがく手を鈍らせた。それだけで答は知れる。
「なら、それを覚悟させてくれるものと出逢えるまで生きてみろ」
 意味がわからない顔をした少年の首筋へ手刀を打ち込んで気絶させ、リィェンは崩れ落ちる体を掬い上げた。
「リィェン君――」
 と、テレサが支えの手を伸べようとした、そのとき。
「その子は私の名の下に庇護しよう。古龍幇に預けるのが筋なのだろうが、早い者勝ちということにさせてもらう」
 リィェンに声をかけたのは、リムジンから降り立ったジャスティンだった。
 少年を古龍幇へ渡せば、ただ死ぬよりも過酷な末路を辿る。だからこその筋違いを、ジャスティンは押し通そうとしていた。
「人は、誰かが伸ばしてくれた手でこそ救われる」
 ジャスティンの脇から手を伸べたアマデウスに少年の体を渡し、リィェンがうそぶく。
「どれほど深い闇の底にあれど、たったひとつの救いがあれば人は光を見いだし、救われるものだ」
 後を引き継いだジャスティンはかすかに眉尻を上げ、口を閉ざした。
 そうか。きみはあのときの。
 続いてリィェンはテレサの手を取り、ジャスティンまでエスコート。無事に引き渡す。
「今日は逃げずにここまで来たんだね」
「俺はもう、二度に逃げませんよ」
 多くを含めた言葉を交わし、絡めた視線を引きちぎった。


 会合は予定どおりに開催され、H.O.P.E.と古龍幇は一年の同盟延長で合意した。
 長と握手を交わすジャスティンの笑顔を華やかに彩るクリムゾンレッドのネクタイ、それを見やりながらリィェンは、自らの胸を流れ落ちるマンダリンオレンジのネクタイに指をやった。どちらもテレサが選んだネクタイで、リィェンは彼女が父に贈られなかったほうを諸々の礼としてもらっていたわけだが。
 今さら腐りませんよ。テレサがネクタイを贈りたいほど“首ったけ”な男があなただってことは、十二分に知ってます。それに俺の首はもう、逃げ出せないくらいしっかりテレサに縛りつけられてますからね。
 そしてテレサの手によるトリニティノット――三つに重ねるよう整えられた結び目――へ指を置き、力任せに解くことのできない三角関係の行方を想って苦笑した。
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年06月03日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.