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『教官フェイトの日々』
フェイト・−8636


「うおおおおおおおおお!」
 威勢良く吼えながら、その若者は拳銃をぶっ放し続けた。嵐のようなフルオート射撃。
 建物の陰に潜んでいたテロリストが、頭蓋を撃ち砕かれて死んだ。
 人質に取られていた子供たちが、銃撃に薙ぎ払われ砕け散った。
 実に見事な皆殺しである。
 フェイト(8636)は手を叩き、叫んだ。
「ストップ! やめろ馬鹿、人質まで殺してどうするんだ!」
「え……人質ってゆう設定だったんすか?」
 大柄な若者である。細身のフェイトと一緒にいると、人間が熊を連れ歩いているようにも見えてしまう。
 そんな若者が、自身の作り上げた殺戮の光景をきょろきょろと見回している。
 半ば破壊された市街地のあちこちで、テロリストや子供たちの死体が、ぼんやりと薄れ消えてゆく。
 立体映像だった。
 IO2の、戦闘訓練施設である。
「設定とか言うな。訓練ってのはな、実戦の心構えでやるもんだぞ」
「すんません……」
 若者が、巨体を縮める。
 自分は偉そうな事を言っている、とフェイトは思った。
 目下の相手に、偉そうな口をきく。こればかりは慣れない。単身、虚無の境界の拠点にでも突入する方がまだ楽だ。
 思いつつ、フェイトは言った。
「なあ68号。お前、殴り合いは得意だよな? だから射撃の腕も悪くはないよ。パンチ当てるのも弾を当てるのも、距離が違うだけで基本は同じだからな」
 人を、数字で呼ぶ。これも慣れない。
 エージェントネームの受領が認められない訓練生には、番号しかないというわけだ。ここIO2日本支部は、そういうところだけは滑稽なほど徹底している。
「あとはな、弾を当てていい相手と駄目な相手を見極める事だ。特に虚無の境界の連中なんかは、しょっちゅう人質を取るからな。よし、もう1回やってみようか」
「うっす」
 訓練設備に、再びスイッチが入った。
 近くの建物の3階で、1人の狙撃兵が銃を構えている。
 訓練生68号は、そちらに向かって拳銃をぶっ放した。狙撃兵が蜂の巣になった。
「おるぁああ虚無の境界のクソッタレども! 人質とか取ってんじゃねえぞテメエらよおお!」
「それは味方の狙撃手だろうが……」
 フェイトは、頭を抱えるしかなかった。


「うおおおおおおおおお!」
 威勢良く吼えながら、フェイトは拳銃をぶっ放し続けた。嵐のようなフルオート射撃。
 動く白骨死体のような怪物が1体、2体、銃弾の嵐に粉砕されて飛び散った。飛び散ったのは人骨の破片、ではなく機械の残骸だ。
 IO2の戦闘訓練施設、ではない。某県の市街地である。
 立体映像ではない生身の一般市民が、悲鳴を上げて逃げ惑う。
 そこへ、機械の骸骨たちが無数、群れを成して襲いかかる。
 虚無の境界の、人型ドローンの群れ。
 金属製の鉤爪で人々を斬殺せんとする彼らに、フェイトは左右2丁の拳銃を向けた。そして引き金を引く。
 銃撃の暴風が、人型ドローンたちを撃ち砕く。
 機械の破片が乱れ飛ぶ中、人々は無秩序に逃げ回っている。
 彼ら彼女らを怒鳴りつけながら、
「うるぁああ一般市民の皆様方! もうちっと落ち着いて避難しろやあ!」
 鉄の塊のようなものが走り出し、まだ大量にいる人型ドローンの群れに突入して行く。
 甲冑型の装着兵器に巨体を包んだ、訓練生68号である。
「あっおい馬鹿、突出するな……」
 フェイトの声など、聞こえてはいない。
 機械装甲をまとう左右の拳で、68号はフックやストレートを繰り出してゆく。ハンマーを振り回すようなパンチが、人型ドローンを3体、4体と粉砕する。
「フェイト隊長! 俺やっぱ拳銃とかよりコッチの方が性に合うっスよ、おらおらぁ! オラオラオラオラオラうぐっぶ」
 5体目の人型ドローンが、反撃に出ていた。人骨標本のような身体のどこかから骨を1本、引き抜いて振るったのだ。
 金属製の骨が、剣と化していた。
 その斬撃を食らった68号の巨体が、前屈みにヘし曲がる。機械の甲冑に守られた肉体は、斬れない。外傷は付かない。だが衝撃を完全に防げるものではない。
 前屈みになった68号に、人型ドローンたちが全方向から骨の剣を叩き込んでゆく。
 血飛沫のような火花を噴射しながら、68号は袋叩きにされていた。
 全ての人型ドローンが、68号を切り刻みにかかっている。
 フェイトは、逃げ惑う人々の避難誘導に専念する事が出来た。
「結果オーライという奴かな……生き延びたら飯おごってやる、頑張れよ68号!」
 叱咤激励の声を投げながらフェイトは、転んで泣いている女の子を助け起こした。
 襲撃の気配が、その時、全身を打った。
 女の子を背後に庇ってフェイトは振り返り、拳銃の引き金を引いた。
 銃弾の直撃を喰らった何者かが、吹っ飛んで着地する。銃撃のダメージを全く感じさせない、軽快な動き。
 人型ドローンの1体である。ただし、他のものたちと比べて装甲部分が広く分厚い。運動性能も段違いである。
 左右それぞれの手で骨の剣を構える、その1体と、フェイトは対峙していた。
「こいつらの、親玉……部隊長、ってところか」
 女の子が、母親とおぼしき女性に連れて行かれるのをチラリと確認しつつ、フェイトは後ろへ跳んだ。
 機械の斬撃が、左右立て続けに襲いかかって来る。
 かわしながら、フェイトは引き金を引いた。同じく左右立て続けに。
 人型ドローンの装甲が、ぱちぱちと火花を散らす。
 無傷の機体が、手練れの剣士の踏み込みを見せた。左右2本の特殊金属剣が、目視不可能な速度でフェイトを襲う。
 鋭利な衝撃を、フェイトは左手に感じた。
 拳銃が、真っ二つの残骸と化していた。拳銃ではなく左腕を切り落とされるところであったのだ。
 残った右の拳銃を、両手で握り構えながら、フェイトは敵を見据えた。
 緑色の瞳が、燃え上がるように発光した。
 機械の剣士が、左右の斬撃を超高速で打ち込んでくる。
 その様にエメラルドグリーンの眼光を叩き付けながら、フェイトは引き金を引いた。
 念動力を宿した銃撃が、烈しく迸る。
 直撃。
 人型ドローンの剣士は、その強固な装甲もろとも爆散していた。
 その爆発を背景に、フェイトは振り返った。
「待たせたな、おい……」
 68号は、しかしもはや待ってはいなかった。
 倒れている。
 鎧のような装着兵器は大いに破損し、血まみれの素顔が半ば露わだ。
 周囲には、人型ドローンの残骸・破片が散乱している。
「……頑張ったな」
 倒れ動かぬ68号に、フェイトは歩み寄った。
「2階級特進おめでとう。お前の事、忘れないよ。じゃあな、天国でのんびり暮らせ」
 立ち去ろうとするフェイトの足を、68号は掴んだ。
「……牛タン特上……おごってもらいますよ……」
「……給料日前なんだ。カツ丼とかで勘弁してくれないかなあ」
 68号の大きな身体を、フェイトは担ぎ起こしてやった。
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年07月10日

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