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『夏は嵐 』
藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001)&九重 依aa3237hero002

「夏だよーっ!」
 ロップイヤーを押し込めたパーカーのフードをぎゅうーっと引っぱり下げて耐えながら、藤咲 仁菜(aa3237)は叫び。
「砂浜だぜーっ!」
 今にも飛んでいきそうなアロハをマントよろしくばっさばっさたなびかせるサーフパンツ姿のリオン クロフォード(aa3237hero001)が続き。
「肝心の太陽はどうした」
 海まで30メートル以上あるはずなのにもうずぶ濡れている九重 依(aa3237hero002)が、黒の速乾Tシャツを絞りつつツッコんだ。
「だってー! しょうがないじゃないー! 今日しかー! お休みー! 取れなかったんだからーっ!!」
 なんとかクラゲが出る前にと日取り調整し、3人そろってやってきた海。
 しかし南のほうでぼこぼこ生まれ出た台風どもは、全力で日本人の海水浴を邪魔することを決議したらしい。おかげで今日も天気は大嵐なんである。
「とにかくさ! 来ちゃったんだから思いっきり遊ぼうぜっ!」
 土砂降りをサムズアップで押し退けたリオンの笑顔に、依はじっとりとした半眼を向けて。
「リオンおまえ、いつもの防御思想はどこに行ったんだよ」
「アウトドア用の料理器具借りてきたー! お昼は焼きそばとカレーだよ!」
 どこから借りてきたものやら、仁菜が引っぱってきたラジオフライヤーにはピクセル迷彩のテントやらバーナーやら、どう見てもアウトドア用を越えた軍用装備が積み込まれていた。
「いやだから仁菜、おまえリオンよりもっと防御思想強いはずだろう」
「むしろヨリがなに言ってんだってことだよ! 今が攻めるときだろ!」
「うんうん! 踏み出さなくちゃいけないときはためらわない!」
 野太い風の唸りに、リオンと仁菜の笑い声がぶっ飛ばされていく。
 と、それを追いかけるように仁菜が海へ向かって駆け出した。
「リオン、海まで競争だよー! あ、砂冷たい!?」
「っておいーっ! それ反則だろ反則ぅーっ! あとつま先立ちで走るのが夏のマナーだから!」
 そんなふたりの背を見送った依は、それはもう深いため息をついて。
「……テント張るより塹壕掘るほうが早そうだけどな」
 ふたりが放っていった荷物といっしょに、渋々後を追いかけたんだった。


「ニーナ待てってば!」
 猛然と押し寄せる波をしっかり据えた腰でやりすごしつつ、リオンが仁菜へ白く濁った海水を掬い、放った。
「追いつけないからってずるいー!」
 漂着していた昆布でかけられた海水をガード。仁菜がきゃーっと悲鳴を上げる。
「もー、お返し!」
 昆布を捨てた仁菜が波を掬ってリオンにかけ。
「うわしょっぱ! あとじゃりじゃりする!」
 あえて顔で受け止めたリオンがうぇーっと顔をしかめてみせた。
「海だもん!」
「海だしな!」
 あっはっはっ!!
 ……今さら水をかけられるまでもなく、ふたりともびっしゃびしゃである。それでもやっておかなきゃならないのだ様式美ってやつは。そして美をなぞるならば当然、次はそう、あれだ。
「きゃっ!」
 高さ3センチの津波と変わらない波に足元を取られて、仁菜がよろめいた。
「ニーナっ!?」
 それを支えに駆け寄るリオン。と、思いきや。
「引っかかった!」
 リオンの顔に、仁菜は両手の内に含めていた海水をぴゅっと押し出して引っかけたのだ。
「なんだよもう! 本気で心配したのに! でも、ほんとに危ないからさ」
 口の中に飛び込んだ海水を噴き出して。リオンはそれでも仁菜の手を取り、波から遠ざける。
「リオン……」
 仁菜はフードに丸く縁取られた顔をほんのり色づかせて、はにかんだ。
 こうして落ち着いて互いの姿を見れば、それはもう感じ合うものもあったりして。
 ニーナ、ウサギ耳もかわいいけど、てるてる坊主みたいになってるのもかわいいよな。
 やっぱりリオン、(アロハだけど)マントすっごく似合ってるよね。

 なるべく強風の影響を受けない場所を選び、パラソルではなく軍用テントをしっかりと張っていた依は絶望を噛み締めつつかぶりを振った。
 都市伝説かなにかだと思ってたが、本当にいるんだなバカップル……いや、そうじゃないな。ようやくお互いの姿をちゃんと見て、どう思ってるかを確かめられたのか。
 実際、あのふたりの間に通う空気感は少しずつ変わってきていた。すがりつき合い、寄りかかり合うだけだったのが、それぞれきちんと自分の足で立って、その上で確かな縁を結びつつある。
 きっとそれは恋なのだろう。恋愛とは無縁の依がそう思うのだから、きっと周囲はもっとそう思っているにちがいない。
 まあ、いつまでも共依存して、どこへも進めなくなるのは最悪だからな。ふたりでいっしょに進んで行けるようになったんなら、それがいい。
 よし。今日はふたりの邪魔にならないようにしてやろう。別に料理が得意なわけじゃないが、戦闘糧食の調理――湯煎や直火での加熱――はしてきたのだ。焼きそばくらいならなんとかなる。
 と、クーラーボックスの蓋に手をかけた、そのとき。
「ヨリ、ひとりでなにしてんだよ」
 後ろから右肩をリオンにつかまれ。
「リオンと相談してたんだけどね……海だし、埋まってみよっか?」
 同じく後ろから仁菜に左肩をつかまれて。
「いや、俺は」
 邪魔はしたくないし巻き込まれたくもないんだよ――言葉を発することもできないままに引きずられていった。

「湿った砂って重たいね!」
「でも掘りやすいし、なんたってお約束だしな!」
 穴の内に横たえられ、首まで埋め立てられた依は、重い砂に押し詰められた息苦しさにあえぐ。
「おい、早く出せっ――」
 轟風に流されてきた雨粒の散弾をたっぷり喰らわされた。粒が大きいから息はできないし、顔もめちゃくちゃ痛い。
「もうちょっと待ってろよ! すげーマッチョにしてやっから!」
「顔だけ依だからすごい違和感!」
 同じだけのものを喰らっているはずなのに、リオンも仁菜もまるで気にする様子なく、実に楽しげだ。そして刻々と、アメリカンコミックばりのマッチョボディが完成していく。
 俺、なにやらされてるんだろうな? いや、今日はふたりが楽しめるならそれでいい。そう思い込め、俺。信じれば嘘でも嘘じゃなくなるんだから。いいな、俺……
 後にスマホで撮影された顔を見せられることになるのだが、それはもう達観した仏頂面であったことは特に記しておこう。

「ニーナ、行くぞー!」
 サーフパンツひとつになったリオンが確かめ。
「いいよー!」
 パーカーを脱いで白いミニスカタイプのワンピース水着を露わした仁菜が応えて。
 仁菜がお尻を差し込んだ浮き輪ごと、リオンが波へと駆け込んだ。
 一応述べておけば、依の偵察によって離岸流がないこと、テトラポットがしっかり機能していること、浅瀬が続いていることは確認済みである……とはいえ。
「うぶわっ! 波強っ! ニーナ! ニーナーっ!」
 直後、あっさりと波に押し倒されて消え失せるリオン。
 仁菜は懸命に両手で海を掻き、浮き輪の上からリオンを探す。
「リオン!? リオンどこーっ!?」
「ぶはっ。ここ! ここにいるから!」
 元気に飛び出してきて、浮き輪へ捕まった。軽い声の調子とは裏腹に必死の形相で。
「もう、心配しちゃったじゃない!」
「だいじょぶぼ! おべば! びーばぼばぼばばぶばばんべべばばば!」
「私より自分のことちゃんと守ってね! 今日からプロテイン飲む!?」
 あれで通じるのか……俺にはさっぱりわからないし、なにが大丈夫でプロテインになるのかも理解できないんだが。
 万が一に備えて待機中の依はあきれた息を吐き出した。
 とりあえず、とても泳げるような海じゃない。共鳴さえしてしまえばなんとでもなると思えばこそふたりを行かせたわけだが、さすがに引き戻すべきだろう。
「ヨリも来いよー! 浮き輪あればだびぼぶぶ」
「リオン、ちょっと! すごいスピード出てるからゆるめてー!」
「ぼばんばび!」
 とりあえず、リオンに身長より体重がないせいで立てない状況なのはわかった。そのせいで浮き輪が流され、沖へ向かいつつあることも。
 なんでそこまでして泳がないといけないんだよ。もう一度息をつき、仁菜とリオンの強制回収へ向かう依だった。

 なんとか海岸まで戻りついた仁菜とリオンは、それでも遊ぶのをやめようとはしなかった。
「3人だとどっちかが不利になっちゃうから、最初は私が審判するね!」
 ビーチバレーの組み分けは仁菜がそう宣言したことにより、リオン対依となったわけだが、さすがに依としては思わずにいられなかった。なんで俺は自然に巻き込まれてるんだ?
「しかも対するってより耐するってほうが正しい有様で」
「細かいことはいいんだって! 行くぜヨリーっ!!」
 飛んでいかないよう、空気の代わりに砂を詰めたビーチボールを両手で抱えたリオンが最高の笑みを輝かせた。
 分厚い雨雲の向こうに引きこもっている太陽がこれほど恋しい気分になるなんて。依は無理矢理にリオンがサーブしてきたボールをレシーブして。
 ――重い!?
 それはそうだ。なにせ水を吸いきった砂が詰まっているんだから。ちょっとしたサンドバッグ級の重さによろめき、依はそれでも踏ん張って。
「ボールへのタッチは3回までいいんだな!?」
 思いきり上へトスしたボールを、渾身のアタックでリオンへ。
「こんなのトスで返せるかよ!」
 迫り来る超重球をとっさに膝で蹴り上げたリオンは、そのまま頭突きして打ち返した。
「脚もありか!」
 後ろ回し蹴りでこれを止めた依がもう半回転、ぼろりと下へ落ちるボールをボレーシュート!
「ぐぶっ」
 胸でトラップしたリオンが、衝撃で息を漏らす。しかしタンク型ヒーラーの意地はこんなことで押し潰されはしないのだ。
「負ける、かあああああ!!」
 とっくにビーチバレーの域を遙かに超えてしまった攻防を見ながら、仁菜はしみじみうなずいたものだ。
「蹴鞠ってすごくハードでタフなスポーツなんだね」
「「いやいやいやいや」」
 ビーチバレーとはけして言えないながら、蹴鞠じゃない。思わず同時にツッコむリオンと依だった。

「そろそろお昼ごはんの準備するね! ふたりとも服の水絞ってきて!」
 うおおおおおんどどどぶしべし、吼える雨風に抗って立つテントの内、仁菜は言うわけだが。
「普通、手を洗ってくるとかじゃないのか」
 依の言葉にリオンが人差し指を立てて、ちちち。
「アウトドアで細かいこと言うなって」
 細かい……のか? 意味がなさそうなのは認めざるをえないが。
 その奥では仁菜が、ガスバーナーで沸かした鍋の湯へ手早くカットし終えた野菜を入れたり、別のバーナーにかけた鉄板へ手をかざして温度の確認をしたりしている。
「家で下ごしらえしてこようかなって思ってたんだけど、野菜の栄養が抜けちゃうもんね」
 こんな状況でも手を一切抜かないのは、一家の台所を預かる仁菜の矜持である。
 だってリオンにも依にも、おいしいもの食べてほしいもんね。
「ニーナ、焼きそばだったら俺が」
「リオンは絶対障らないで! 暇ならお外で遊んでて!」
 触らないでじゃなく、障らないでってあたりに本気を感じずにいられない依だったが、しかし。だからって外で遊べと言われても……
「しょうがないなー。ヨリ、テトラポットまでどっちが早く着けるか水泳勝負しようぜ!」
「おまえが正気で言ってるんなら、俺は全力で意識を奪いにいくぞ」
「じゃあやっぱり焼きそばは俺が」
「依! リオンの意識奪っちゃって!」
 そして“きゅっ”と時間がワープして。
「――うまい! やっぱ海っていったら具の少ない焼きそばだよな!」
 リオンがぱくついているのは、ちょっぴりのキャベツと細切れの豚バラ少々、そこへ紅ショウガを添えた油多めの焼きそばである。
「海の家風だよ! 海の家で本物食べられたらよかったんだけど、開いてなさそうだなって思ったから!」
 仁菜の返事にリオンは「そうじゃないって!!」。
「海の家よりニーナの作ってくれたやつのほうがうまい! なあ、ヨリ!」
 あいまいにうなずいた依は、プラスチックスプーンで紙皿から掬い上げたカレーライスを食べる。
 業務用のカレールーに炒めた小麦粉とカレー粉を混ぜ込み、わざと粉っぽく、黄色っぽく仕上げた芸の細かい一品だ。ちなみに具は、ざく切りタマネギと焼きそばからの流用である豚コマのみ。
 とてもうまいと言えるような代物ではないのに、不思議なほど味わい深いものだ。
「縁日とかもだけどさ! なんか安っぽいのがいいんだよな!」
「え!? 聞こえないよー!!」
「だーかーらー! 縁日とかも! だけどさー!」
 依はテントを叩く風雨の轟音に負けないよう大声で叫び続けるリオンと仁菜を見やり、もうひと口カレーを食べた。
 やっぱり、妙なくらい味わいが深い。

「海って言ったら“焼き”だよな!!」
「直射日光じゃないし、綺麗に焼けるかな!?」
「焼ける前に凍えるぞ」
 日焼けと言う名の滝行にいそしむふたりへそっとツッコみ、依はふたりをテントへと引き戻した。
「なんだよノリ悪いぞヨリ!」
「依もいっしょに焼けてこ?」
 依はかぶりを振り、ついにずっと抱いていた疑問を口にする。
「今日はふたりともおかしいぞ。なにかあったのか?」
 リオンと仁菜は横目を合わせてうつむいて。二拍溜めて。いっしょに依をテントの外へと押し出して。
「おい――」
「俺たちはさ、血も繋がってないし、新米だけど、3人そろって家族だろ!?」
「だから3人で思い出いっぱい作っていきたいの!」
 ふたりの表情があまりに真剣で、だから依は気づいた。
 仁菜とリオンは俺を置いていかないつもりなんだな。やっと互いに気持ちが据わったんだ。俺なんかにかまわずふたりで行くべきだろうに。
 そう思ってみて、そうじゃないことに気づく。このふたりに、そんなことができるはずないな。そんなに欲の浅い奴らじゃないんだ。そうじゃなきゃ、手を伸ばして全部を守るなんて言えるはずもない。だから。
「写真でも撮っておくか。3人で海に来た記念に」
 薄笑んで、テントの中の荷物を指した。
 甘えさせてもらうさ。気づかいはそこそこに収めて、図々しく俺の居場所を用意してもらって。そういうものなんだろう、家族ってのは。

 依はスマホを砂の台座に固定して、カウントダウンタイマーを起動。仁菜の右隣へ並ぶ。
「じゃ、せーので行くぞ!」
 仁菜の左隣にいるリオンが指示し、真ん中の仁菜がうなずいた。
「かけ声はあれだからね!」
 5、4、3、2、1。
「「「海だーっ!!」」」」
 繋いだ手を振り上げてジャンプ!
 依の声はふたりに比べて小さかったし、勢いもごく控えめだったけれど、気持ちだけは負けていないつもりだ。
 俺もせいぜい欲を出すさ。おまえたちが誰かを守るなら、俺はそのおまえたちを守る。ふたりの都合なんて関係なく、あくまで俺の身勝手を通してな。
「ヨリ!」
「依っ!」
 リオンと仁菜が手を繋いだまま海へ向かう。
 それはさっきやらかして酷い目に合ってるだろうが。思いながらも依はあきらめて、引っぱられるまま駆け出した。
 作ってやろうじゃないか、3人の思い出を。こんな日に海で大騒ぎしたことは、この先死ぬまで、けして忘れないだろうから。
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2019年09月02日

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