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『今なお明るい俺の星』
レオーネ・ティラトーレka7249

「傘を忘れるとはな……」
 濡れて帰っても良かったが、レオーネ・ティラトーレ(ka7249)は雨宿りを兼ねてカフェで過ごす。
 幸い、この季節の雨はそう長く続くものでもない。しばらく雨雲をやり過ごして、ゆっくり余裕を持って帰る方がいいだろう。
 持ち帰りのスイーツがあれば、それを妹達への土産にしてもいいかもしれない。
「我が家のプリンチペッサ達の為だと思えば、雨宿りも有意義に過ごせそうだよな」
 ホールスタッフにオススメのケーキセットを頼んでから、ゆっくりと体の力を抜いていく。気を張っていたって雨はまだ降っているのだ。
(……ん?)
 自分より若いのだろう、男女の声が聞こえてくる。背後には二人横並びで座れる、所謂カップルシートがあったなと思い出した。
 食べたいスイーツを一つに絞れないと悩む女性に、もう一方を男性が注文して、後でシェアすればいいと提案している。
(ふぅん、付き合いたてってところか。俺もああいう時あったな……)

 幼馴染というだけあって、その付き合いは長かった。
 時間が合えば共に遊びに出掛けたし、学校だって同じ場所を選ぶのが当たり前なほど、とにかく気の合う存在だった。
 例外はレオーネが恋人を作った時くらいだった。請われれば女子と買い物デートにもいくし、カフェに付き合うなんて当たり前。
 告白されたらとりあえずで付き合ってみたし、時にはレオーネの方から気に入って声をかけることだってあった。
 長年共に過ごした幼馴染も、自分との気の合い方を思えばそのうち同じように過ごすようになるだろう。そう思っていたので、レオーネは特に気にしてなどいなかった。
 同じように女子に声をかけられていたが、毎回断るのはどうしてだろうと、ただ不思議に思うだけだった。
 自分と仲良くできるのだから、友人としての好きはあるはずだ。
 家族仲だって悪くないのは幼馴染なのだから知っている、家族としての好きだってある。
 ただ、恋愛する……恋をする、愛を向ける。その感覚が来るのが遅い性質なのだろうと、ただそう思っていた。
 レオーネは、決まった相手が居ない時は幼馴染と共に過ごしていた。
 時には友人関係が必要だと、恋人に断って幼馴染を優先する時もあった。
 彼が最初に好きになる相手の事は、自分が見極めてやる……そんな、想いさえあったと思う。

 あれは十六になってからすぐ、だっただろうか。
 レオーネは周囲に目を光らせてばかりだったから、それまで気付けていなかった。
 あの子可愛いな、なんて話題をふってもとぼけた返事しか返さない幼馴染の視線は、いつもレオーネにしか向けられていなかった。
 ふとした瞬間に彼の顔を見た時に目が合うなんてことは当たり前だった。これだけタイミングが合うなんて、よっぽど気が合うんだな、なんて言っていたくらいだ。
 その誰も心に映していないように見える瞳には、いつも幼馴染に向けたレオーネの笑顔が映っていた。
 幼馴染は、いつも必死に、レオーネにその熱情を向けない為に平静を保とうとしていたなんて知らなかった。
 最初の切欠は、ふとした気付き。女子ではなく男子に視線を向ける回数が多いと気付いた。
 それからは周囲の男性に目を光らせていた。幼馴染の傍に居る男は、レオーネの近くに居るのも同じ。けれど誰も幼馴染の熱を向けられていないことに気付くのは早かった。
 レオーネの変化に気付いたのか、幼馴染の態度も少しずつ変わっていった。あれはお互い、探り合いのようなものだったのだと今ならわかる。
 幼馴染の視線を感じることが増えた。隠そうとしていたのだろう熱が少しずつ滲み始めていた。
 当たり前に隣に居るから、これからもずっと傍に居るのだとそう理解していた、そんな幼馴染から向けられる熱情は、レオーネ自身に熱をもたらした。
 こいつなら、この先も一緒に歩いていける。そう思ってすぐ、レオーネは想いを告げたのだ。

 それからは幸せな日々だった。
 幼馴染だった時でさえ居心地が良かった。遠慮なんて始めからなかった。気が合う相手は、寄り添うにも相性が良かった。
 それまでも一緒だったから、変わり映えしないと思っていた。けれど恋人という立場はそれまで付き合ってきた女子達以上に充足感を与えた。
 もしかしたら、自分も以前から想っていたのかもしれない、そう言って幸せな笑顔を交わしあっていた。
 将来の誓いはしなかった。当たり前だったから、この先も当たり前だとお互いに信じていた。

 恋人になって一年。記念日なんてものは幼馴染の長さに比べたら小さなものだけれど、細やかに言葉を贈りあったばかりの頃。
 不調を訴えて出掛ける予定が中止になる事が増えた。次があるからと笑って看病した。
 病院に付き添うようになった。若いから大丈夫と思っていたのが仇になった。
 重病だと明かされた。ベッドに横たわる恋人の隣で、眠りに落ちる様子を眺める時間が増えた。
 幼馴染が、恋人が、彼が……この世から旅立った。病名が分かってから、たった半年。恋人になってから、たった一年と半年。幼馴染となってから、十七年と……
 何を考える事も出来なくて、身体を動かすことも出来なくて。
 彼の呼吸も、彼の寝顔も、彼の香りも、彼の温もりも、彼の細さも……痕跡がなくなった病室で一人呆然とするレオーネが、やっと認識できたのは、一通の手紙。
 見慣れた、見間違えようもない、彼の文字だった。
『レオーネへ』
 愛しのとか、親しきとか、飾り気のない言葉。彼らしいと思うべきなのか、関係さえもなくなったようで寂しがるべきなのか。ただ彼の言葉を手に入れたくて、視線は文字を追い続けた。
『同性である自分を好きになってくれたこと、幼馴染だけでなく、恋人という立場をくれたこと……ありがとう』
 傍に居るのが当たり前で、関係なんてもうなんだってよかった。離れることは考えられなかった。だから。そんな言葉は声にならず、ただ雫となって頬をつたう。
『自分以上に好きな人を見つけて……幸せになって』
 最後の文字は震えていた。身体を動かすのも辛い状態だったから、短い文章を書くだけでも辛かったに違いなかった。
 残していくレオーネを想って、感情と、感謝と、時間と……たくさんのものを並べて、折り合いをつけて……書いたに、違いなかった。

 レオーネは恋多き男になり、年と一緒に恋愛も重ねていった。
 対象は男女どちらもで、好意を抱けば率直に伝える男になった。
 けれど、友人からの熱い想いは断り続けた。かつての彼と同じ、恋人と友人、両方を一度に失う可能性が怖かった。
 恋人からフラれてばかりだった。感情が、好意が、特別だと感じられない、そんな言葉を必ず添えられた。
「敬愛以外の愛情表現が判り難い……か」
 友人、恋人、家族。好意がすべて同じに見えるらしい。
「……お前はよく見抜いたよな……」
 口の中で、声にならない言葉を。彼の名を呟く。
 大切な名前だから、例え見知らぬ誰かであっても。誰にも聞かせたくなかった。
 彼だけは言わなかった。長い付き合いだったからなのか、それとも、それだけ彼が特別だったからなのか……

「そういや」
 届けられたケーキにフォークを伸ばす途中で、気付いた。
 最後に愛を告白したのはいつだった?
 最近は、請われて付き合うばかりだったような。
「俺も、恋愛したいなー」
 カップルシートからは、楽しげな声が続いていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【レオーネ・ティラトーレ/男/29歳/猟撃影士/かつての光は、道の先を照らし続ける】
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石田まきば クリエイターズルームへ
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2019年09月10日

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