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『守りたかったものは此処に』
ケヴィンla0192


 中東の朝は暑い。こういった話をすると、やれどこそこと比べて……という意見を持ってくる手合いがいるが、暑いものは暑い。相対的な話ではなく、主観的な話である。文句がある奴がいるなら、実際に陽炎立ち込める砂の路地を小一時間も歩いてみればいい。

──脱水症状になること、請け合いだろう。

「──って、ホラ、このガイドブックにも書いてあるし」

 朝メシもそこそこに、こんな日向を引っ張りまわして何をしてくれるんですかねコンチクショウと毒づきながら、ケヴィン(la0192)はマーケットを歩いていた。早朝とも言っていい時間だが人々の客足はそこそこに、活気のある声があたりに響いている。

「君って人の話、聞かないよね」

 少し物珍しい市場の風景を目の横に留めながら、ケヴィンは前を行く背中に語り掛ける。このクソ暑い中を律儀にSALFの制服に身を包んだ男が歩いていた。『監督官』を名乗るこのクソッタレは、規則正しい生活が第一だと宣って憚らず、この世界に転移したばかりのケヴィンの世話役を自認してなお阿ることがない。

 任務明けの少しささくれ立った精神をトレーニングで落ち着かせて、床に就いたのは昨夜も遅く。朝方に寝汗を流して午前中はのんびりしようと思っていた矢先に、外出許可証を突き付けられたのは一刻ほど前のこと。さすがに堅苦しい制服着用こそは免れたものの、寝起きを叩き起こされ、無理やりに着替えて連れ出されたケヴィンのストレスは限界寸前であった。

「渡したいものがあるって言ってたけどさ」

 何なんだよ、一体。今日この時間じゃないとダメなのかよ? そういった不平不満を右から左に聞き流して尚も監督官はずんずんと歩みを進める。事務方らしからず盛り上がった肩から背中にかけてのラインは硬く引き締まっており、この鎧の見た目通りにコイツはケヴィンの言うことを意に介していないようだった。

「まったく、いい加減に──?」



 回り込んで文句を言おうとしたケヴィンを、男はスッと腕で制止する。目線は相変わらず前方を見据え、口元はきゅと真一文字に引き締められている。

「何だ……一体」

 訝しげに問うたケヴィンの声に、ナイトメアだと、簡潔に……ようやく数十分ぶりに男が声を上げた。視線の先を追えば、確かに幼体のアーマーバードが一羽、どこへ向かうでもなくふらふらと飛び回っている。市場からはやや距離があるとはいえ、人込みの中へナイトメアが飛び込めば混乱は免れない。

「あー、敵か。やるか?」
「支部までは距離がある。応援には時間がかかる。一羽だけのようだしここで仕留めるぞ」
「はいはい。人使いの荒いことで……」

 ぼやきながらも武器を構えたケヴィンの様子を確認すると、監督官は軽く頷いて静かに足音を立てず迂回する。何をするのかと問う間もなく、10mほど先へと移動した彼はナイトメアへ向かって全力で──足元の石を拾って投げた。

(AMDを介さない攻撃は聞かないって言ったのはお前だろうがっ)

 意図の見えぬ突然の行動に戸惑うケヴィンを後目に、監督官はナイトメアに対峙し……そのままじりじりと腰が引けた風に後ずさっていく。ケヴィンとの距離が離れる。そして──それを睨みつけるナイトメアが、ケヴィンに完全に背を向けた。

「ったく。本当に君って人はさぁ!」

 要するに、監察官が気を引くからその隙を逃さずに仕留めろということか。言われずとも、経験が意図を汲んでしまう。苦笑と共に、意志を以ってセーフティを解除する。銃声が短くタタンっと響き、断末魔の声を上げてナイトメアは動かなくなった。



 事後処理の報告を手早く済ませた監督官がケヴィンの下へ戻ってくる。そこに、ペタペタと薄い草履を鳴らして駆けてくる少女がひとり。

「おじ……おにいさんたち! 助かりました」

 路地の影になって見えなかったが、どうやらナイトメアはこの露天商の少女を狙っていたらしい。マーケットが本格的に開くにはまだ早い時間。人通りの少ない場所で、子供がひとりナイトメアに襲われていたらひとたまりもなかったろう。

 無事を確認してマーケットまで少女を送り届けると、少女は人心地着いたように息を吐いて、売り物の籠を下ろすとなにやら物色してはオレンジと、ポットに入ったお茶を取り出した。あまり満足なお礼は出来ないけれど、と申し訳なさそうに差し出す手は小さく、目の前の少女が無力な、よくいる一般人であることをまざまざと認識させた。

「おじ……」

 渋い顔をしたケヴィンを横に退けつつ、返礼を述べて監督官の男が二人分のお茶と果物を受け取る。ほらよ、と投げてよこしたその姿が、別の世界の誰かとダブって見えた。



「おい……おいってば!」

 揺すった肩の下から、体温が逃げていくのが分かる。ついさっき少ない糧食を分け合って食べ、ブリーフィングを共に聞き、連れ立って目標へ突入した。そのツレが、冷たくなって物言わなくなりつつある。戦場では死はいつも隣り合わせにある。その中で、彼は数少ない『味方』だった。信頼できる技術を持ち、そこそこに話があい、タフな精神を持っていた。だから、彼はケヴィンの味方だった。

 その彼が、あっさりと、凶弾の下に斃れた。ツーマンセルでの行動中に、右から撃たれるか、左から撃たれるかなんてことは些細なことだ。もしかしたら、彼ではなくケヴィンが死んでいたかもしれなかった。だが、ケヴィンは生き残った。それだけのお話。

 それだけのお話の、その終章間際の数ページに『味方』が似合わないことを言った。ただそれだけ。

「なぁ、ケヴィン。俺たちは、死ぬまで兵士で在り続けような」



 特に行くアテもなく、戦場だけが世界のすべてだった。だから、その時は何の気もなく頷いた。その後は、友を喪った後ろめたさもあって『兵士』であることについて、ずっと後ろ暗い気持ちをどこかで抱いていた──。

「おい、何ぼんやりしているんだ」

 オレンジを受け取った後、しばらく呆けていたらしい。軽く監督官に小突かれ、ケヴィンは意識を取り戻した。心配そうに、少女もこちらを覗き込んでいる。照れ隠しとばかりに手を振って無事をアピールすると、受け取ったオレンジに齧り付いた。さわやかな酸味と口いっぱいに広がる香味、少しの甘さが火照った身体に気持ち良い。お茶も適度に冷えていた。



「──実際、お前には休息が必要だと思ってな」

 それが、今日二言目のまともな会話だった。マーケットの奥のうらぶれたテントの中で、何やらごそごそと買い物を終えたかと思うと監督官はそんなことを言いながら紙袋を押し付けてきた。中身を問うケヴィンの声には、道徳と常識の基礎教材だとのそっけない対応。

 まだ時間も早い。これから宿に戻ってたっぷりと鑑賞することにしよう。そう言って、手早くタクシーを拾うとケヴィンを押し込み、自らも乗り込んで宿の街区へ向かうようにと運転手へ告げる監督官。

「え……何、これ。特撮戦隊シリーズ……?」

 こんなもの求めてねえよと叫んだケヴィンの嘆きは、全て見透かしたような生ぬるい目線と半笑いの頷きに湯だって消えて。揉め事は降りてからにしてねとの運転手の冷たい言葉にシャットダウンされた。このクソッタレが。

 嗚呼。今日もまたろくでもない、他愛もない一日が始まる。今日もまた、暑い一日だろう。

 ──了──

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご発注どうもありがとうございました。
グロリアスベースへ移られる前のお話とのことでしたので、少し現在のケヴィンさんよりはとっつき難い部分があるのかなと思いながら書かせていただきました。
お気に召される出来であれば良いのですが。

この度はご縁をいただきどうもありがとうございました。
これからのシナリオにも幸多からんことを。
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グロリアスドライヴ
2019年09月18日

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