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『最も暗きは彼は誰どきの――』
ミアka7035

 辟易する暑さは頭上の葉に遮られ、その熱を幾分か和らげる。ミア(ka7035)がちらと窺えど、隣を歩くエヴァルド・ブラマンデ(kz0076)は僅かに眉を寄せて首元を多少寛げる程度で、二人きりでも隙がなかった。しかしそれを残念に思う資格もあるかどうか。
 雨の中で見上げたエヴァルドの表情が頭にこびりついている。重要な局面を控えているからと自らの気持ちを明言することを避けた彼のその言葉は実直であった筈だ。ただ未だに返答を聞けないまま六月から七月になり、今まで通りの関係に内心はもやもやが募っている。
 ミアにかけてくれる言葉は皆にかけるものと一緒なんじゃないか。ただの社交辞令なんじゃないか――何度考えても彼の態度はこれまでと少しも変わらないように見えて、優しいから傷付けずに断る方法を探しているのではと思う反面、心積もりがあれば弄ぶ真似はしないと、望む言葉が返ってくることを信じたい自分もいた。期待と不安、相反する感情がミアの心中で揺れ動く。
(こんなのミアらしくないニャスな……)
 思いつつも足はつい、道に転がる小石を蹴飛ばした。いつも通り、何か手伝おうと――顔を見たい、あわよくば答えを聞く機会にならないかと下心も抱いて――彼を訪ね、新規ビジネスの視察に珍しく街の外へ出向くというエヴァルドの護衛役を買って出た。答えを知ったらもうこう出来ないかもしれないし。胸の痛みを意識の外に追いやって、ミアは元気よく飛び跳ねてみせた。
「エヴァルドちゃん、ミアのおうちもこんな森の中を進んだ先にあるんニャスよ」
 さり気なく周囲に歪虚の気配がないことを確認して、一旦は追い越した彼の前で踊るように振り返り笑う。相槌を打つエヴァルドの声音がまた心地よかった。危ないとの窘めにも平気と笑い後ろ向きのまま進む。
「近くにはお花畑や泉があって、晴れた日の夜は星空がキレイなんニャス。街から見る空とは全然違うんニャスよ?」
 屋根から仰ぐ空は一面に続き、絵の具を溶かしたような快晴の空も闇に浮かぶ満天の星も、性別も種族も身分も無関係に美しいものだ。
「……いつか、一緒に見たいニャスな」
 ふと零れたのは無垢なる願い。普段ならいざ知らず、喧騒を離れた今はその小さな独り言もエヴァルドの耳まで届く。返答を催促したと思ったかもしれない、そんな焦燥感が二の句をまごつかせ、彼の口が開くのを見たら何も聞きたくないと思わず耳を塞ぎたくなる――。
 再び零れたのは声ではなくて、ミアの鼻先に落ちた雫だった。見上げれば突如陽が遮られ、一瞬で暗雲が垂れ込める。呆然と立ちつくすミアの瞼、頬とあの時の比ではない勢いの雨粒が肌を叩き、流れ落ちるより早く次が降り注ぐ。名前を呼ぶ彼の声はいつになく強めで、エヴァルドに腕を取られた。半ば引きずられるように進めば木々の切れ目へと着き、道から逸れた所におどろおどろしい空気を纏う洋館が見えた。エヴァルドは躊躇せずそちらに向かう。手と手が繋がれた。
「――ズルいニャスよ」
 こんな時でも優しく気遣って。なんて残酷だろうか。涙声は雨音に掻き消された。

 エヴァルド曰くここは館の主の血筋が途絶えて以来、引き取り手が現れずに廃れたらしい。観音開きの扉も力を込めれば開き、有難く中で雨宿りさせてもらうことにした。最近青年会が購入した敷地の一部に当たり、貸しを作らず済んだと彼は苦笑して言う。本当は自分がエヴァルドの為調べたいが、風邪をひくからと見える範囲の安全確認は彼が行なっている。
 ミアは濡れた上着を脱ぎ、ツインテールを解いて少しでも早く乾かそうと試みる。言動も相俟ってよく幼く思われがちなミアだが、実際は大人の女性だ。曇っていて見え難い鏡の前に立てば、下ろした髪と湿った薄手の服が浮かびあがらせる身体のラインが、先程までとまるで違う印象を与えた。きっと多少なりと異性として魅力がある筈。
 意識する程に付き纏う感情を振り払い、ミアは辺りを見回す。長く使われていないだけあって正にホラーといった様相だ。ミアは平気どころか、むしろ率先して首を突っ込みたがる方である。しかし何でも平気なわけではなく。
(怖いのは……独りニャス。そういえば、エヴァルドちゃんは怖いものってあるんニャスかな)
 依頼を受け細々としたお手伝いもして、時に街中で巡り会う。なのに怖いもの一つ知らない。ダイニングテーブルの前の椅子、そこに隣同士座っていても遠く感じた。いつ雨が止むかや今後の予定に支障が出ないか。話していても据わりが悪く思え、そんな自分に嫌気が差す。
 ――ガタッ!
 不意に落ちた沈黙に何か物音が紛れる。ミアはハッとし音がした方向を見た。途端に心臓が早鐘を打つ。それは己の身ではなくエヴァルドに危険が及ぶかもしれないという不安だ。顔を強張らせ凝視すると、居ても立っても居られず椅子を引き、
「何かあったらいけないからミアが見てくるニャスよ。エヴァルドちゃんはここにいてニャス」
 いいニャスネ、と念押しして返事を待たず食堂を飛び出した。彼は青年会を束ねる立場だが、覚醒者ではない為戦う力は持たない。いざという時は自分が護らないと。背後で何か言った気がしたが、扉の軋む音でよくは聞こえなかった。
 奥の客室を見回るも、いずれも埃は積もったままで何者の気配もなく。結局異常は見つからなかったので勘違いだったらしい。気付いてしまえば拍子抜けで、緊張がほどけるとふっと不安がおりてきた。
「ミア……今、独り?」
 呟く声はひどく頼りない。怖いのは独りと、思ったことが返ってきた。ひたひた忍び寄る孤独に身の毛がよだつ。恐怖で足が竦み、何も考えずに進んだ僅かな距離も歩けない。身体を抱き、うずくまろうとするミアの恐れを払ったのは大好きなエヴァルドの声だった。振り向けば、いつでも悠然と振舞っている彼が開きっぱなしの扉を掴み、息を乱しながらこちらへと歩み寄ってくる。その姿を見たらもやもやは吹き飛んで恥じらいなく抱きついた。回された手が震える背を優しく撫でる。数分が経過し呼吸が整った頃、やっと状況を認識し首を振った。
「あっ……あ、ごめん……ニャス」
 今すぐ離れなければ。思いつつも離れられない。頭の辺りから骨に響く近さでエヴァルドの声が呟く。まだこのままでいいと。側にいると。その言葉に泣きたくなるのをミアは唇を噛み堪えた。

 雨が上がる頃には空は茜色に染まっていた。ミアは元々手伝う気でいたのでいいのだが、多忙なエヴァルドは次のスケジュールが迫っているからと、視察せず元来た道を引き返すことになった。森を歩きながら彼は無駄な時間を過ごさせてしまったと謝罪を口にする。ミアは顔を覗き込むとニャハハと明るく笑ってみせた。髪も服装もほぼ元通りだ。
「楽しかったからいいニャス。怖い思いをしても、エヴァルドちゃんと一緒ならいい思い出ニャスから」
 だから気に病む必要はないと笑う。どこか苦しげな顔で口を開くも何も出てこない彼の、唇の前に指を出す。
「言いたい時まで待つニャス。それよりも――エヴァルドちゃんのご家族が心配しちゃうニャスな」
 有耶無耶な今が辛くないといえば嘘になる。けれど後悔させたくないから待ち続けよう。自分も喜びでも悲しみでも受け入れられるようにするから。
「急いで帰るニャスよ!」
 言ってミアは小走りに行く。追いかけてくるエヴァルドとの距離は想像よりも近かった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
滅茶苦茶ざっくりとですが、ミアさんとエヴァルドさんの
これまでの軌跡を確認してみたものの、あんまり活かせず。
呼び方が変わり私的な交流が増えてと、少しずつ変化する
関係と感情をもっとがっつりと描写したいなと思いつつも
駆け足気味に、差し障りのない範囲で書かせて頂きました。
ミアさんの悩みながらもやっぱりエヴァルドさんのことが
好き、という気持ちが上手く表現出来ていたなら幸いです!
いつか双方にとって幸せな答えが見つかることを祈ります。
今回も本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年10月17日

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