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『遊戯/友誼』
螺鈿結la2540)&マクガフィンla0428

 マクガフィン(la0428)の自室にあるものはカーテンとヤカン、あとは食事であるサプリメントの大瓶がいくつか、それだけ。
 カーテンは光と誰かの目線を遮るためのもので、ヤカンは水道水の毒性を煮沸消毒するためのもの。サプリメントは先の説明通りに食事用。この三点がマクガフィンにとっての必需品であり、それ以外のものは不必要だから置いていない。
 けして脱ぐことのないフードで顔を隠し、なにもない部屋の角に背をもたれさせた彼女は浅い眠りの際を漂う。その手に握り込んだ小太刀「五月雨」で体を支え、うつら、うつら――
 ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ! 唐突に鳴り響く電子音。最初の“ぴ”で覚醒したマクガフィンは続く“ぽ”で五月雨を抜き、次の“ぴ”で立ち上がって、“ぽ”で腰を据えていた。
 呼び鈴が押されている。襲撃ではなく、訪問ということでしょうか? しかし、手順を踏むことがこれの気を逸らすための罠でないとは言い切れません。
 警戒しつつ、彼女はドアへと向かい。
「……どちら様で、いらっしゃいますでしょうか」
 内開きのドアの脇へ立ち、そっと声を投げる。万が一押し込まれたとしても、ここならドアに打たれることはないし、隙間から相手へ攻撃した後、体でドアを押しつけて阻むこともできる。
「俺っすよ、俺でーす!」
 返ってきたのは実にテンションの高い、殺気も邪気もまるでない男の声で。
 マクガフィンは小さく息をついた。聞き覚えがある声。
 しかしながら、装っているか、利用されている可能性もあります。
「俺さん、でいらっしゃいますか。生憎とこれに憶えはなく」
「いやいや俺々詐欺じゃねっすよ!? フィンさんのお知り合いっす! 螺鈿結ですって!」
 大きく上下する声色に、マクガフィンはひとつうなずいた。疚しさも切迫も認められず。結さんの来訪と判断してよろしいかと。
 彼女がそろりとドアを引き開ければ、わーっと侵入してくる螺鈿結(la2540)。
「もー、フィンさん用心深すぎっす! いや、お年頃女子のお家に俺参上って、そりゃ警戒しますか。あー、でも俺ほら、無害で安全なヴァルキュリアっすからー」
 さながら機関銃ですね。結のセリフを浴びせられたマクガフィンは思いつつ、顔なじみのヴァルキュリアを内へ招き入れるのだった。

「女子のお部屋ってなんか緊張しますね」
 なにもない部屋の中央、持参したペットボトルの茶をすすってへらへら笑う結に、正座で向き合ったマクガフィンは問う。
「いかなるご用向き……でしょうか?」
 結は待ってましたとばかり、ビニール袋の中から抜き出したそれを赤く掲げて見せた。
「かるたしぃ〜ましょっ!!」
 かるた?
 かくりと首を傾げるマクガフィン。いや、彼女は情報収集のため本をよく読むので、知ってはいる。読み札と対になった絵札を獲り合い、その獲得数を競う競技、あるいは遊戯だ。いや、どちらであれ、彼女は競わず、戯れない。獲るべきは命であり、遊ぶべきは死線上なのだから。
「お付き合い……」
 いたしかねます。これに、興じることは不要でありますれば。そう答えようとしたマクガフィンの唇だったが。
「俺が前に住んでた村じゃ、正月になるとみんなで餅食べてかるたやるんすよ! なんでフィンさんとやってみたいなーって」
だめっすか? 笑顔の中の眉毛が浅い八の字を描き出す。彼はいつも笑顔だが、表情は多彩で色濃い。
 だから。
「……いたします。結さんが、それをお望みなら」
 結局そう答えてしまってから、ふと気がついた。ああ、結さんがおっしゃられていましたが、世は新年を迎えているのですね。なにを呪うことも祝うこともないこれにお声がけくださったのは、だからなのでしょう。
 元々誰かのお願いを断ることが苦手なマクガフィンである。自身は無価値と信じているからこそ、求められることに大きな価値を感じてしまうのかもしれないが、ともあれ。

 ずらりと並べられた絵札を挟んで座すふたり。
 その横には結が担いできた火鉢が置かれていて、灰の内で赤く色づく備長炭の熱により、空調器具のない部屋もほんのり暖まりつつあった。
「説明とか大丈夫っすね?」
 くきくきと指を曲げ伸ばして解す結に、いつもと変わらぬマクガフィンがうなずく。
「はい」
 本で得た知識ではあるが、この身体能力をもってすれば、結が望む勝負を盛り上げるだけの“形”は演出できるはず。
「フィンさん、勝負は全力でお願いしまっす!」
 フードの奥から窺い見れば、結の消えることない笑みは念を押すように傾げられていて。
「ほら、フィンさんってすごくやさしいんで、勝たせてくれようとしちゃうんじゃないかなって思うんす。でもそれ勝負じゃないっすから!」
 結がマクガフィンとかるたをしたかったのは、彼女が本物の強者だからだ。強者は体も心も強い。人ならぬヴァルキュリア相手に臆することなく、当たり前に強さを突きつけてくれるはず。
 俺、もっともっと楽しいことしたいんすよ。でもそれって本気じゃなきゃだめじゃないですか。手ぇ抜いただけ、楽しみも質落ちるんで。だから俺、本気でやってくれる人と本気でやり合って、本気で楽しみたいんですよ。
 一方のマクガフィンは無表情の奥で反省していた。
 これの浅慮、恥じ入るばかりです。結さんのお望みは、ただの戯れなどではないのですね。ならば。
「……しばし、お時間を」
 言い置いて、マクガフィンはSALFから支給されている通信機兼用のスマホを左手で抜き出し、かるた動画を確認し始めた。空いた右手が小さく動いているのは、獲りかたのシミュレーションしているのだろう。
 彼女から礼儀正しく視線を外し、結は袋に詰まった角餅の準備を開始した。こんなことなら羽子板とかも持ってくればよかったっすねぇ。フィンさん相手ならそりゃもう楽しめたってのに。
 思ってみたが、すぐにかき消した。いや、これでいいんすよ。だって最初で最後のチャンスじゃないんですから。またお誘いしたらいいだけっす。うん、決まり!
 笑みを深めていそいそと、結は火鉢の灰をいい感じにならす。熱が均等に上へ上がるように、網へ乗せた餅たちが、残らず綺麗に膨れ上がってくれるように。

 あらためて、ふたりは対峙した。
 今回のルールは百人一首かるたにおける「ちらし取り」。下の句が書きつけられた100枚すべてを並べて取り合う、シンプルなものだ。
 結のスマホに仕込まれた読み上げアプリがカウントダウン、ゼロと同時に上の句を、ゆるやかな声音で奏で始めた。
 人はいさ――
「紀貫之」
 マクガフィンがつぶやいたときにはもう、その指先が札を押さえている。
 おほけな――
「前大僧正慈円」
 ほとと――
「後徳大寺左大臣」
 きり――
「後京極摂政前太政大臣」
 さ――
「良暹法師」
 ただ見ていることしかできなかった結が、ここでくわっと顔を上げて。
「ちょいちょいちょーい! なんすかフィンさんなんなんすか! あてずっぽじゃないっすよね!? だってのになーんでそんなバッシバシ獲れるんすか!?」
 結の問いにマクガフィンは淡々と答える。
「置かれた札の位置は……憶えておりますし。……上の句は、他の歌と重ならないところまで聞きましたらば……それで」
 たとえば5枚めの良暹法師の歌、『さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ』は、100の歌の内で唯一“さ”で始まるものだ。こうした「決まり字」を心得て下の句を察するのは、理論上は誰にでも実現可能なテクニックである。
「……とは申しましても、これの精度はまだ低く、競技にて勝ち抜くは……不可能かと」
 マクガフィンの控えめな発言に、むぅ。結は笑みを一層大きくして、気合を入れなおした。
「初めてなのにさすがっすね。でも俺には戦略とか戦術とか、そんな感じのやつがありますんで! まだまだこっからっすよ! かるたは俺のほうがセンパイなんすから!」
 胸を張って言い切る結の様に、フィンは口の端をわずかに吊り上げる。
 結さんは太陽のような方なのですね。きっと胸中に隠されたものもあるのでしょうけれど、そんな翳りも噴き飛ばしてしまわれるほど強く、明るい。
 闇底を這いずるばかりのこれですが、今はそのお輝きに照らされるままの姿をお見せいたしましょう。
「一層、心引き締めて参ります」
 微弱な感情の波を鎮めて無心を為すマクガフィンに、結の気合はさらに燃え上がった。
 フィンさんの本気、いただきましたー! 今の俺、最高に燃えてますよ! 俺の造りもんの心は俺に「そうあれ」って命令し続けてますし、俺はそれに逆らえないんすけど、でも……燃料がなくちゃ太陽だって燃えられないってもんです。
 よし、フィンさんに燃やしてもらった俺がこんな程度のもんじゃないってこと、力いっぱい見せちゃいますって!
 しかし、かるたにおける戦略と戦術に関してはマクガフィンのほうがすでに上だ。身体能力も運用法も、勝てる要素はひとつもない。となれば、採用できる戦術はただひとつ。
 一点賭けしかないっす!
 マクガフィンが実践したように、百人一首には上の句のひと文字めを聞くだけで歌を特定できる“一字決まり”が7首ある。その中で、下の句の札が自分の近くに置かれているものを探し、さらに右手で獲りやすい札に限定して――
『霧立ちのぼる 秋の夕暮れ』っすね。
 これは寂蓮法師の歌の下の句で、上の句は『村雨の 梅雨もまだひぬ 真木の葉に』。“む”から始まる一字決まりである。
 俺、これに絞りますよ。完勝だけは絶対阻止しないとね。
 ぐっとマクガフィンを見て、決意をさらに固く結んだ。
 だってフィンさん、完勝したら悲しいじゃないかなって気、するんで。
 本当になんとなくそんな気がするから。命を張る勢いで、結は体勢を整え、息を絞るのだ。

 一点狙いとはいえ他の札も本気で狙いに行く結だったが、真ん前にある札ですら、研ぎ澄まされた刃のようなマクガフィンの指に射貫かれ、持ち去られてしまった。
 すごいっす。マジで超!
 サムズアップで讃え続けて39枚め。
 果たして“む”が読み上げられた。
 ――!
 迷わず、考えず、躍らず。スピリットウォーリアの捨て身と脳筋の性を爆発させて、結はただただ手を伸ばす。
 対してマクガフィンは身を前へ投げ出しながら左手を打ちから外へ。指先で引っかけて弾こうというのだろうが、挙動の手順が多いこと、札への距離が遠いことから、さすがにここまで狙い続けてきた一枚へ最短距離で向かった結には追いつけない。
「獲りましたー!」
 下の句をBGMに笑みを輝かせた結をフード越し、まぶしげに見やりながら、マクガフィンはひと言。
「お見事、です」
 それが偽りない本心であることを、マクガフィン自身、そして結もまた感じていた。

「結果発表! 99対1で、フィンさんの勝ちでーす!」
 結が騒がしく拍手して、マクガフィンは「光栄です……」、頭を垂れる。
「勝者のフィンさんにはーどぅるるるるる、ばん! お餅最初に食べてもらう権プレゼントー!」
 火鉢にかけられた網の上で、ぷっくりと膨らんだ餅は四つ。しかもどれもがマクガフィンの“ひと口大”に切られていた。普段は物を食べない彼女を気づかってのことであるのは明白だ。
 マクガフィンは結が用意してくれた小さな磯辺餅を口へ運ぶ。それは彼の気づかいを受けてのことではない。
 結は100枚を巡る100戦すべて、全力でかかってきた。笑みを絶やさず本気で負け続け、本気で讃えてくれた。
 ですのでこれもお応えしたいのです。結さんの本気と全力に、わずかなりとも。
「ほんと楽しかったっす。また勝負してくださいね。俺、ほんとあきらめ悪いヤツなんで」
 結の笑みに、フィンは応える言葉を見失い、黙り込む。
 誰にも識られることなく、なにひとつ遺すことなく逝くことこそがマクガフィンの望み。それを為すがため、努めて気配を断ち、影の内で息を潜めてきた。そのはずなのに……
 自分用の餅を焼きながら、結は背中でマクガフィンの沈んだ気配を感じている。
 フィンさんは不本意かもしんないっすけど、放っとかないっすよ。言ったでしょ? 俺、ほんとにあきらめ悪いヤツなんで!

 互いに顕わした思いがあり、隠した思いがあった。
 しかし今はそれを並べ合うことも獲り合うこともせず、ふたりは餅と共に思いを噛む。


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2019年12月25日

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