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『そんなに悪くない 飛行機の中で見た 短い映画みたいに』
鞍馬 真ka5819

 今回は少し多めに時間をとってゆっくりしようか、と言いだしたのはどちらからともなくだったし、じゃあ温泉とかどうだろう、と思い浮かべたのもお互いほぼ同時だったと思う。そこから特段引っかかることもなくその方向で計画を纏めていき、今日この日、実行を迎えて──その時漸く、ちょっと失敗だったかな、と鞍馬 真(ka5819)は思った。
 脱衣場でだ。何気なく漂っていた伊佐美 透(kz0243)の視線はただなんとなくこちらの方を向いただけで決して真をマジマジと見ようとしたわけではないのだと思う。が、その視線の動きに真は思わず僅かに身構えていた。
 咄嗟に、見せたくない、と反応してしまったのは。透と比べてあからさまに薄い身体そのものの事ではなく──まあ改めて、ちらりと横目にみた彼の、隆々とはしていないが確かな広さと逞しさを感じる肩甲骨や背筋に思うところが何も無いと言えば嘘だが──そこに刻まれた大小無数の傷跡の事だ。
 覚醒者の治癒力は常人のそれをはるかに上回る。それがこうして傷跡を残すのは、余程深手を負ったか……あるいは余程傷を負ったその事をなおざりにしたかだ。真がどちらかと言えば、どちらの理由の傷跡もある。
 透がその傷跡を醜いと謗ることは無いだろう。自分の身体を粗末に扱う事については、多少の非難はあるかもしれない。たが、その二つまでだったら甘んじて受け止めただろう。けど、それよりも──彼はきっと傷を増やす己を案じて、心痛めるのだろうと思うから。それが嫌だ。今や真っ直ぐに夢に向かうだけの彼の心に、そんな染みを付けることが。
 反応する己の動きは、やはり反射的に押さえ込みはした。だが全く気取られなかったわけは無いだろう。透はそれに……何の反応も見せなかった。軽い雑談を交えながらの湯浴みの準備を済ませ、髪を纏める必要のある真より先に終える形になると気楽に「先に行ってる」と声をかけて洗い場へと消えていく。向こうがそうしてくれるなら、真に出来るのはやはり何でもないふうに「うん」と応じて自然に振る舞う事だけだ。カラリ、音を立てて脱衣場と風呂場を仕切る扉が閉まるのを確認すると、真はふう、と小さく息を零した。

 ……とまあ、そんな僅かな憂鬱は。さっぱりと身体を洗い流し広い湯船に身を浸してみればすぐに大したことないかと思えるようなものではあった。
 眺めの良い露天の温泉に向かえば、自然と広がる景色に身体を向ける形で横並びになる。そうして。
「あぁー……」
 と、本当に、本当に心から気持ち良さそうな友人の吐息が聞こえてくれば。
 ちらり横目に透の方を見る。本当に気持ち良さそうな、緩みきった表情で岩べりに凭れていた。その様子を見ていると、やはり己の些細なコンプレックスなどどうでも良いことだったと思える。それをはるかに凌駕して温泉は良いものなのだ。やっぱりこれで良かったと確信する──直前。
 ふと、彼の職業を今更のように思い出した。これが全部、自分に気を揉ませないための芝居だったら? 刹那に浮かんだ疑問の、答えも瞬間で出た。ここまで見事に演じられたら全力で騙されてやるのが何よりの称賛ってものだろう。
「……お疲れ?」
 そうして、視線を戻すと明るい声で話しかけた。
「あー……うん」
 まず、間延びしきった声が返ってきた。続きを答えるためには緩みきった心身を少し締め直す必要があったのか、彼は一度ぐぅ、と軽く伸びをする。そんな仕草が微笑ましくて、思わずくすりと笑みが零れた。
「こうして、のんびりしてみると、疲れてたな。うん……」
 少し前に彼が演じていたのはとある劇団に客演として呼ばれてだったか。劇団内にロックバンドを擁するという独特の音楽劇は色んな意味で激しいものだった。
「観てて凄く楽しかったけどね」
「うん。演じてても凄く楽しかった。それも間違いないよ」
 ただそれでも疲れることには間違いは無いというだけで。むしろ充実していただけに千秋楽までに燃やし尽くすように演じきった事だろう。その後からもちょっとスケジュールが過密気味になり、そこを乗り越えた今反動で少し長めの空白期間が出来た、と言う。
「そっちは?」
「うん、あい……程々にやってるよ」
 相変わらず、というと変わらず忙しいんだな、と思われるのがこれまでにあったことを思い出して咄嗟に言葉を変える。果たして効果はあったのか。透は曖昧な笑みを浮かべていた。
「ええと、最近だとそうだね。こないだの龍退治は久々に手強かったかな」
 追求される前に話題を動かす事にする。
「龍退治か。そうすると君も飛龍を連れて?」
「うん。その時も沢山助けてもらったよ」
 己の手柄をひけらかすような話をするつもりは無かったが、愛龍の話に水を向けられるとつい口が弾んだ。
 汚染地域より染み出るように生まれた歪虚の巨龍とその配下。雑魚は無視して薙ぎ払うように突撃してもらうと迎撃の爪が真へと向かう。その爪が届くギリギリのところ、際どい動きで愛龍が旋回すると、丁度眼前で伸び切った爪を真の剣が絡めて払う。渦巻くようなブレスを掻い潜り、飛龍が頭を低くして敵の腹に潜り込むように動くと、真は剣を一閃させて──
「……大活躍だったんだな」
 程よく相槌を入れて聞き入っていた透の、その言葉に我に返る。
「……相棒がね?」
「うん、勿論君の相棒も」
 照れ混じりに大事なことを強調すると、透はくすくす笑いながら答える。
 もう、と言いながら視線を反らした。どうせ話もぼちぼちちょうどいい区切りだったのだ。
 ……一度会話に空白が出来る。
 間の悪さは無い。賑やかに会話を弾ませるのは無論楽しいが、心静かに落ち着ける時間もまた愛おしい。そうしていれば、雄大な景色が再び意識に入ってきた。
 高地の端にくるように露天風呂が設えてあって、野山の景色が一望出来るようになっている。僅かに視線を落とすと、緑広がるこの景色に、否応無しにくっきり浮かび上がる一角があった。そこに今回、二人が今回会おうとした──そして、今回は特にいつもより時間をとることにした──理由がある。
 茫洋と浮かぶ薄紅。桜並木の道。
 温泉を堪能して湯上がりの気も落ち着いたら、ゆっくりあそこを歩こうと決めている。

 遠く、浮かび上がるような花霞も良かったが、花びら一枚一枚が見える程に近づいて見る桜には壮麗な美しさがあった。儚さと絢爛さ、この樹にはその両方がある。
 二人並んで、見上げながら歩いていた。
 しばらく言葉もない。舞い散る花弁、薄紅が漂う視界、この空間、この時間を、一歩一歩、踏みしめる。
 ──また、一緒に桜を見に行こう。
 それは邪神と決着するその戦いの前に交わしていた約束だった。
 共に未来を掴む願いをこめて交わしたそれは、あの戦いを乗り越えて……すぐに果たされるということは無かった。
 迎えて最初の春に果たせなかった理由は単純だ。クリムゾンウェストに残った真とリアルブルーに渡った透。行き来の手段がこの年の春にはまだ無かった。
 次の春──この年はといえば、透が役を掴んだとあるミュージカルが大きな話題となり、忙しいままに桜の季節を過ぎてしまった。
 そうして、今日である。王国歴1022年。リアルブルーの暦で言えば2022年。今日このときになってようやく、多忙な生活の中ずっと置きっぱなしになっていた約束を叶えられるときが来たのだ。
 視線を上げて、空の蒼に映える桜を仰ぐ。こんな風に見上げる桜には強く想起する記憶があって、透は真に視線を向けた。
 真もまた桜を見上げている。焦点は間違いなく桜が枝を伸ばすその高さにあって、それでいてどこかより遠くを見ているような、そんな気配を纏って。
「……桜を見ているとさ」
 どこか引き戻すような心地で、透は真に声をかけた。
「やっぱり、一番に思い出すのは君にあの日桜を見せに行ってもらった時のことかな。景色も見事だったけど……なによりただ側に居てくれただけで、随分救われた」
 そう言って、彼と距離を縮める。
 何を促そうというわけでは無かった。むしろかつてそうしてもらったときのように、何も言わなくてもいい、だけど側に居るよと。
 けど。
「……何でもないよ」
 静かに彼は口を開いた。はっきりと聞こえる、だけどすぐに風に拐われて散っていくような、そんな声。
「……本当にね、【何も無い】んだ。こうしてきみとの約束もやっと果たして。友人や、依頼で出会った人たちも順調に未来に向けて歩き出してて、さ。もう……思い残すことも殆ど無いなって」
 さぁ、とひときわ強い風が吹く。花吹雪が彼の姿を霞ませる。
「……」
 約束を。果たすべきでは無かったのか。今年も何だかんだと理由を付けて引き伸ばし続けていれば。その考えはすぐに消えた。きっとこの約束は、そこまで彼を繋ぎ止めるものでは無かっただろう。先延ばしにし続ければ……彼が一つ、心残りを抱えたまま最期を迎える可能性がそれだけ高くなるだけだ。
 なら──今。これから。自分がすべきことは何なのか。
 透は真に手を伸ばした。頭にぽんと手をおいて、くしゃりと撫でる。心地良いように指の腹でくすぐるようにそうしたあと、梳くように背中まで長く伸びる毛先まで指を通す。
 数度、それを繰り返したあと、その手を彼の頬に当てた。
 少しキョトンとした顔で真が視線を向けてくる、その瞳を真っ直ぐに見返した。その透の視線から何か感じ取ってくれたのか、真は少し瞼を伏せて、微かな笑みを浮かべた。
 すぐ近く、正面から向かい合う。頬に触れていた手を、滑らすように肩へ。温度を、輪郭を、感じ取って、伝えて。朧げな存在を確かなものにしていく。彼の全部、瞳に、胸に、焼き付けていく。
 肩から腕をなぞって、掌へ。そっとその手を取ると、また桜を見上げた。真もまた視線を合わせてくれる。
 一緒に見上げた。薄紅がゆっくり舞い降りてくる光景。その先にいつかの決意とともに見上げたような蒼い空。互いの温度を感じながら、その中に霞ませるのではなく、思い出をはっきり映し出すように。
 しばらくそうして。
 透はまた改める。己がしたいこと。すべきこと。
 一つ、意識して息を吸って、そして口を開く。
「……今日の夕飯何かなー……」
 ……しばしの間をおいてから。ぷっと真が吹き出した。
「ちょっと、ここでもう花より団子?」
「いやだって楽しみにしてたんだぞ。久しぶりのクリムゾンウェストの料理だしさ」
 真が調べてくれたところなんだから確かなんだろ、そう期待の目を向けると、しょうがないなあ、と笑って、ええとね、と事前に調べておいた名物料理を挙げていく。
「楽しみだな」
「まあ、楽しみだけどさ。……うん、あのさ、透?」
 ひとしきり笑ってから、真がそこではたと何かに気付いたかのように問いの視線を投げかけてきて。透はただ、柔らかな微笑みを返す。
「……うん。いや、やっぱり、何でもない」
 余計な言葉はもういらないのだ。お互いの進む道については、もう十分話し合ったから。
 だから……あとはもう。共にいられるこの時間が、ただ、穏やかで、優しいものであってほしい。
 駆け抜けるその生き様の中、ひととき、心から安らげるときであるように。
 いつかすべてを振り返るそのときまでに。暖かなものをひとひらでも多く、降り積もらせていけるように。
 お互いに、後悔はあるだろう。今もここが過ちだったかと胸を灼く想いもあるかもしれない。それでも。選んだ道のすべて、そこで成してきたことの全てがあって、今まだこうして二人が会うことが出来て、会いたいと思う今に繋がったのだから。
「お腹空いたの? そろそろ戻る?」
「ああ、ええとうーん、真はどうしたい?」
「私は別に……いや、そうだね」
 透がいいならいいよ、と反射的に答えようとした真はしかしそこで思い留まって考え直した。
「うん、やっぱり一度戻ろうか。それで少し早めにご飯食べて……もう一度、夜桜を見に来るのはどうかな」
「……いいな。月明かりで見る桜もきっと綺麗だ」
 幻想的な夜桜を二人で見たら、また温泉に入り直して温まろうか。そうして、布団を並べて、眠りに就くまでたくさん話をしよう。
 それから……それから。
 時々顔を見合わせながら、これからどうするかを考える。
 どちらかの為でなく、二人にとって、一番良い時間に出来るように。









━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。ほのぼのとは……。
ただ、そろそろいよいよこれが最後の発注になるかもと、一作一作、言っておかねばならない事、余計な事は無いようにと悩みこの形になりました。
やはり1210の時点で道はもう決したとすべきでしょう。それこそ殴り合いの喧嘩でもしてみるべきだった、なんて選択はもう過去の物だと。
どこかからやり直してトゥルーエンドを目指し直す事は出来ません。でも、やはりまっさらな最初の状態で自然に選び取った先が彼らにとって一番らしい、唯一の結末とも思います。
ならば。向かう先がビターエンドでも。ここから一番いいビターエンドにしていってほしいな、などと。
改めて、ご発注有難うございました。
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2020年02月25日

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