▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『信頼の暁に』
瀧澤・直生8946)&香月・颯(8947)

「直生さん。今日なんですが、仕事上がりに一杯どうですか?」
「ん。いいぜ、丁度ヒマだったし、俺も店長に言いたいことがあったんだ」
 午後三時過ぎ、客もまばらの時間帯での会話であった。
 花屋の店長である香月・颯(8947)は、自分がスカウトしてきたバイトの瀧澤・直生(8946)へとそんな誘い掛けをした。二人とも別々のフラワーベースを抱えているところだった。
 水の入れ替えと入荷してきたばかりの花の移動をしているのだ。
 直生は本当によく働いてくれる。
 いつの間にか花にも詳しくなったし、この場に必要ないくつかの資格も取得してくれた。
 出会ったばかりの頃は割れたガラスのような雰囲気を持ち合わせていたが、今では外見こそはあまり変わりはないものの、人に対しての気遣いもきちんと出来る良き店員となってくれている。
 颯はそんな彼の人となりを、随分と気に入っていた。
 自分の投げたボールをきちんと受け止め、返してくれる。そんな彼の性格を心地よいと感じているのだ。
「こんにちは〜っ」
 色めいた声が入り口から聞こえた。
 常連客の女性ものだ。
 彼女は直生目当てでここに通っている。
「いつもありがとな。今日な何の花にする?」
「え〜じゃぁ、直生クンが選んだお花にしようかなぁ〜」
 女性は上機嫌だ。
 直生がきちんと空気を呼んで接客をしてくれているためだ。
 それを遠巻きに、そして誇らしく眺めていると、後ろの方から控えめな声がかかった。
「ああ、はい。こんにちは、いらっしゃいませ」
 大人しそうな女性が顔も上げられずにもじもじとしている。
 颯が目当ての常連客で、今日もその優しい笑顔と言葉にときめき、静かに喜びを表していた。

 直生と颯が共に酒を飲み交わす場所は、行きつけの居酒屋といつも決まっていた。
 今日も例に漏れずで、既にカウンター席で二人で並び、各々で好きなメニューを注文して飲み始めている。
「あ〜っ、うめぇ。まさに『この一杯の為に生きてる』ってヤツだなぁ」
「今日は午後からの混雑対応が大変でしたしね……あんなに女子高生さんがいらっしゃるとは、思いませんでした」
 二人はしみじみとそう言いながら、酒を飲んだ。
 あの後、何故か急にいつもの倍ほどの女性客が詰め掛けた。
 話を盗み聞くに、『イケメンだけしかいないお花屋さん』という触れ込みでSNSで話題にあがったらしい。
 二人ともそこそこに対応に慣れてはいたが、五、六人で訪れた女子高生たちのテンションには大いに振り回された。
 それでも最終的に一人一輪ずつ花を購入していってくれたので、結果としては上々だ。
「ガーベラ、人気でしたね」
「あの子ら、ちゃんと世話できんのかな。一応説明はしたけどなぁ」
 今日は通年人気のガーベラが良く売れた。直生も颯も長く保たせる方法をきちんと伝えたが、どれだけがその通りに出来るだろうかと考えてしまう。
 だが、意外だと感心したのは、スマホ片手に手順をメモしていた子が多かったことだ。
「長く楽しんでもらえるといいですね」
「そうだなぁ。そんでもっと花に興味持ってくれたら、嬉しいよな」
「ええ、そうですね。……あ、そうだ、直生さんの話って?」
「……あー……」
 笑顔で頷いてくれていた颯が、思い出したかのようにして話題を変えた。
 それに詰まったのは直生で、彼はお通しとして出されていたキュウリとミョウガの和えものを箸で突く。
 そこで一旦、会話は途切れた。
 様子を察した颯は、新しい酒を注文して、直生の言葉を待ってくれている。
「……その。『あいつ』と、付き合うことになった」
 喉の奥から絞り出すかのような声で、直生はそう告げた。
 それを耳にした颯は、一瞬だけ驚いた表情を浮かべて、直後に嬉しそうに微笑む。
「そうでしたか……良かった!」
 颯は本当に嬉しそうにしていた。
 直生の彼女の事を知っているだけに、やはり心配してくれていたのだろう。
 まるで自分の事のようにして喜んでくれる彼に、直生は若干の照れを見せつつ自分も新しい酒を注文した。
「……彼女が泣いていたのがとても気になっていたので、安心しましたよ」
「あ、あ〜……そういや、店で喧嘩しちまったんだもんな」
 痛い所を突かれたと思いつつ、直生は苦笑いをする。
 だがそれでも、颯が受け止めてくれたことが何より嬉しかった。
「今度改めて、紹介するよ」
「待っていますよ」
「――ところで、店長のほうの話って? その為の今日の呑みだろ?」
「それなんですが……」
 颯は箸を止めた。彼の目の前にはタケノコの天ぷらとだし巻き卵が置いてある。
 その隣には、おまかせで頼んだ刺身盛り合わせがあった。そちらは直生と分け合って食べる用だ。
 直生はその刺身皿に乗っている赤身を一つ取り、醤油皿へと持って行った。
「……僕の店に来てくれて、三年が経ちますね」
「あれ、もうそんなにバイトしてた? 俺」
「はい。良い機会だと思ったので、正規社員としてあなたを雇いたいんです」
「え……」
 颯の申し出に、直生は瞠目していた。
 全くの予想外であったらしい。
「バイトという立場でありながら、たくさん僕の助けになってくれました。必要な資格も前もって取ってくれましたし、僕が休んでも店を任せられる……」
「そりゃ、あんたの助けになればって思ったからだよ。店長は俺の恩人だからな」
「今でもそう言ってくれるのは、とても嬉しいですよ。……どうですか? 正社員となれば、ボーナスも出ますし、有休もとれます」
 直生はそこまで言われて、嬉しそうに笑った。
 彼にとっての条件は、目に見えるものや金銭などではなく、颯に必要とされることだ。
 そうして一拍の後、口を開く。
「もちろん俺は、そうさせてもらいたい。俺で役に立てるなら、どんどん使ってくれ」
「頼もしいですね。では、これからもよろしくお願いします、直生さん」
 颯も笑顔になり、二人はどちらもグラスを持って、乾杯した。
「就職祝いです。僕の驕りですから、たくさん食べてください」
「えっマジ、いいの? じゃあ串焼き食いたい。店長も一緒に食おうぜ」
「好きものを頼んでいいですよ」
 酒が回ってきているのか、直生は若干浮かれているようにも見えた。
 だがそれは、年相応の態度でもある。
 自分もそうだが、と思いつつ、やはり二人ともどこか達観しているのでいつも実年齢より上に見られがちだ。
 そうしてそれは異性にとっても受け取られてしまい――。

「あの〜」

 背後からそんな声が掛かった。
 色めいた女性が二人、少し照れながらも立っている。
 振り返って良く見れば、一人は花屋の常連客であった。

「良かったら一緒に飲みません? あっちにボックス席取ってるんですけど……」

 おそらく少し前から声をかけるタイミングを計っていたのだろう。
 花屋の客なら適当にもあしらえず、どうしたものかと颯は少しだけ悩んだ。

「……悪ぃ。今日は店長と二人だけで呑みてぇ気分なんだ」

 そう切り出したのは、直生だ。
 大人びた、女性を対処する時の顔になっている彼を見て、颯は小さく苦笑する。
「お誘いありがとうございます。直生さんの言うとおりで、今日は大事な話もありまして……」
「え〜……」
「――ごめんって。今度埋め合わせするからさ」
 直生は静かに席を立って、女性に近づきながらそう言った。
 金髪の美男子が迫ってくるというシチュエーションだけで、その場の女性たちは虜になってしまう。
 残念そうな声を出していた子も、それなら仕方ないね……と言って、彼ら達から離れていった。
「さすがですね、直生さん」
「いや、愛想笑いは店だけにしてぇよ……」
 見事な手腕に満足そうに笑いながら颯がそう言って、受け止めた直生は少しだけ疲れた表情を見せた。
 数秒後にはそんな直生も表情を緩めて、笑い出す。
「んじゃ、飲み直そうぜ」
「そうですね。では、もう一度乾杯しましょう」
 そう言いながら、二人は改めて自分のグラスを差し出した。

 ――直生さんの新しい門出に、乾杯。

 颯がそんなことを言うと、直生は照れ臭そうにしつつもまた笑って、カチンとグラスの音を鳴らすのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。いつもありがとうございます。
颯さんを再び書かせて頂けてとても嬉しかったです。
お互いを信頼し合う関係は素敵ですよね。
少しでも楽しんで頂けますと幸いです。

またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(パーティ) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.