▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『灯籠アパートの827号室の雲雀』
不知火 仙火la2785


「そら見たことか――とでも言わせると思ったか?



 残念だったな、あいつほどじゃねぇが、俺も多少は酒を嗜む口でね。あのくらい飲んだ程度じゃ二日酔いにもならないぜ。

 だからよ。振り上げたままのその守護刀、下ろせ。寝込みを襲おうとするなんてらしくないじゃないか。なあ? “俺”。
 わかるだろ? 俺なんかを殺す為にその刀を手にするんじゃねぇ。それは俺の“誓約”だ。その刃は、誰かを救う為のもんだろ。俺の意思で、俺の志を穢さないでくれよ……わかるだろ? あいつを悲しませたくないんだ。

 ああ。ああ、あー……ったく、一々主張してくるなよ。五月蠅ぇな、叫ぶんじゃねぇよ! 俺自身が俺の問題に波風立てんじゃねぇっつってんだ!

 ……。
 ……ああ、そうかい。お前にはそう聞こえるのか。俺の真実は只の気休めってか。……誰でもないお前が、お前自身がそう言うのかよ。こりゃ、あいつの石突を鳩尾に喰らう以上のもんが込み上げてくるな。
 ……。
 ……ああ、わかってる。俺の心を“此処”に繋ぎ止めているのは誓約だけじゃない。家系や、想い出だけでもない。俺の強がりだ。俺の甘えも、弱さも、あいつの月景色が包んでくれるのをいいことに、俺は……。“只”、大切なものをこの手で守りたかっただけだと、そう、強がり(言い訳)をしたんだ。還る場所は何時だって傍にあると、高を括って。
 ……不思議だよな。心を穿たれないとわからないことがまだ現世にあったなんてよ。

 どれだけ歳月が巡っても、あの声を探してしまった。
 約束を辿って羽ばたいても、空の月は決して掴めなかった。
 探し求めるほど遠いって、あれ、本当だぜ。……だからかな。月の無い夜は、酒が不味いんだ。俺の代わりはいないと言ってくれたあいつと同じように、あいつの代わりなんて存在しない。だから……そうだな。“逝き迷うた”んだ。

 明ける日の隣に寄り添う宵の月影に、もう一目会いたかったんだよ、俺は。

 その先はお前も知ってる通りだよ。唯一度と願った欲が、永遠に続く夢になるなんて……誰が想像した? だから、“今度”が許されるのなら、俺はもう離したくないんだ。どうしてあの時出来なかった、どうしてあの時言っておかなかった――そんな後悔は二度としない。……ん。

 大切なやつに大切なことを伝えるのは、常に“今”なんだよな。

 ああ、わかってるよ。
 だからもう、らしくない心配なんてすんな。



 なあ? “不知火 仙火(la2785)”――?」



**



「わかってるって、姫叔父。俺が責任持ってちゃんと迎えに行くから」

 玄関の引き戸を閉める瞬間、玄関先で見送るあいつの親父さんのやれやれと漏らした吐息が、微笑みに尾を引いていた。
 会話のノリで、つい母さんと同じ呼び名で呼んじまったけど……まあ、渾名としては永久不滅だよな。母さんにとっては頼れる叔父兼補佐役で、俺から見ても憧れの大先輩だ。何より一番滾るのは――

「やっぱり格好いいよな」

 俺は門構えまでの敷石をゆうるりと踏み鳴らしながら、肩越しに顎を引き上げる。
 あいつの帰省に合わせた秋模様の視界の端に、ひらひら、はたり、と、翼が羽ばたいた。いや、はためいた、か。外套の紅緋地に陽光を紡いだ糸で塗り描いた瑞鳥は、言わずと知れた俺の形象、鳳凰だ。空を染めながら舞い落ちるいろは紅葉を裾の羽先で優しく弾くその様はまるで、戯れているように見える。

「……欲しいもんほど手に入りづれぇスキルでも持ってんのかな、俺」

 只、あるがままの羨望を背負い、唯、あるがままの現実をぼやいてみると妙にリアルで、貼り付きそうになる薄ら笑みを、かぶりを振って払い除けた。

「――ん?」

 俺は、はらりと肩に落ちてきた一枚のいろは紅葉を指先で摘まみ上げる。それを、何とはなしに袂へしまうと、不知火分家の門をくぐって通りに出た。



 赫も酣、だな。



 まさか、不知火一族が地上を離れて月に居住するなんて、誰が想像したよ。まあ、俺は所属している組織の都合で、一歳の殆どを地上で過ごしているんだけどな。今回は偶々定期報告のついでに帰省してたってだけで……。
 ……。
 ………。
 前回の定期報告で酒盛りに誘われた際、うっかり寝過ごして地上に戻れなくなったっていうほにゃららは、あいつには内緒な? まあ、全てお見通しだろうけどよ。いくら開き直ったところで、何かが変わるわけでもなし。

 変わるわけでも……。

「……つってもなぁ。鳳仙花の“心を開く”もとい、翼を広げるには少し小さすぎやしねぇか? 俺の“鳳凰”は」

 意地でもそう言ってやる。いや、強ち間違いでもないんだよな。

 焦がれても足りなくて。でも、足りないなりに様になるから、どうにか形に見えてしまう。
 都合良く映したところで、結局無様な真実は隠せねぇのに。

「真実、か。それを受け入れることで、少しは気休めになったりするのかな」

 確か……そう。“俺”が言ってたんだ。俺の真実は気休めだって。
 現実(いま)ならわかるよ。わかってしまう自分も複雑だけどな。

「……」

 燃えるような夕陽が空の海に沈んでいく。何とはなしに視線を宙へ泳がせていると、

「――あ」

 垣根の垣根の曲がり角――って、ガキの頃だったら歌ってただろうな。

 そこに、柿の木があった。
 左右に伸びた枝には、沢山の火影が灯っているように柿が色付いている。
 俺は考えるよりも早く外套を外すと、陽だまりを帯びた翼を広げ、飛び立った。色周りのいい一つを掌で掬い上げ手首を捻ると、ぷつ、と、小気味良い音が弾ける。丁度良い具合に熟れていて、美味そうだ。
 俺は柿の表面を袖で磨き、齧りつこうと大口を開け――

「(そういや昔、あいつと一緒に柿の木に登ったことがあったな。食べ頃の柿を全部食っちまって、母さんに大目玉食らったっけ)」

 徐に閉じた。

「あいつにも食わせてやるか」

 俺は大ぶりの実をもう一つもぎ取ると、いろは紅葉をしまった反対の袂に柿二つを入れ、垣根から離れた。



 赤い月に、夜が降りてくる。
 宵を羽ばたく翼が、明けるような輪郭を浮き出させていた。神々しく燃ゆる鳳凰とは似ても似つかないかもしれない。それでも、憧れたいんだ。太陽に届けとばかり高く鳴く、鳳凰の別名――雲雀のように。

「有り体の真実でも、何時か願いが叶うのなら……“今”を大切に繋がないとな」





 ――嗚呼、わかってるよ。

「そろそろ迎えに行くとするか。“日晴”に寄り添う、月影の玉兎をな」




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お世話になっております。ライターの愁水です。
仙火くんの灯籠アパートノベル、お届け致します。

当初、仙火くんは鳳凰にする予定だったのですが、鳳凰には幾つかの別名があることを知り、中でも“日晴(ひはれ)”から転じたとされる雲雀に魅力を感じた為、雲雀にさせて頂きました。
何時の日か鳳凰に転ずることを夢見て、という設定です。
又、時間軸は玉兎ちゃんと一緒にしています。
仙火くんの心情を当方なりの解釈で色々と書き綴ってしまいましたが、ズレがありましたら申し訳ありません。
仙火くんが所属している組織については、もし次のご依頼がありましたらお好きに考えて頂いて構いませんので!

ご依頼、誠にありがとうございました!
シングルノベル この商品を注文する
愁水 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.