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『諸々片付いた後の、未来に向けた皆の話。』
黒・冥月2778

 それから、数日後。
 黒冥月(2778)はとあるペントハウスにノインを連れて来た。

 ノインの宿り先である『木偶』の霊的耐性欠如――と言う最後にして最大の懸念が『迅』の技術で何とか片付いた事で、エヴァ・ペルマネント(NPCA017)からの『依頼』はほぼ完遂。ここまで来ればノインの新たな生活環境を整える程度の事は冥月にしてみれば容易い話。然して時間が掛かる事でも無い。

 そして、そんな細かくも地道な諸々が落ち着いてから、今に至る。

「見晴らしのいい所ですね」
「気に入ったか? まぁ、気に入らずとも拒否権は無いんだが」

 言いつつ、冥月は持っていたポーチをノインに渡す。

「? あの」
「ここを自宅として使え」
「……」
「中に必要な物は入ってる」

 偽造身分証とか、鍵とか、例の『お守り』とかな。確認しろ。

「……はい」
「問題無いな?」

 ポーチを開けて確かめたと見た所で、念押しする。……偽造身分証の名義は『黒塚ノイン』。『お守り』――『迅』に作らせた霊的防護用のアイテムは、イヤーカフ。

「……理由はあるのか」
 その名字。
「それは……」

 折角ですから“黒”は入れたかったんです。冥月さんには沢山御世話になりましたから。
 塚は、墓で。僕を構成してくれていた皆を忘れない為に。
 訥々とノインはそう続け、苦笑する。……何だか曰くありそうな名字を選んでしまった気もしますけど、と。

「? そうか? 別にそんな事は無いと思うが」
「そういう能の演目があるんです」
「ふむ。その辺は寡聞にして知らんが。その位なら支障はあるまい」

 にしても。

「何故私達の愛の巣に邪魔が居るんだろうな」
「……っ」
「ってそんな訳無いでしょっ!?」

 零――草間零(NPCA016)と、エヴァである。
 今日の事を何処で聞き付けたのか、何故かこの場に同席している。……いや、遠回しに呼んだと言えば呼んだ様な事にはなるか。
 そして相変わらず、微笑ましくも可愛げがある。

「っ……もう慣れたわよ、ユーの悪趣味な軽口なんかっ」
「何だ、合鍵でも欲しくて来ただけか」
「っ」

 詰まった。



「冗談はさておき、早速だが、仕事だ」
 心の準備はいいか。
「! はい」
 仕事の内容は……?
「それは……」

 金持ちマダムの夜の相手。

「……」

 ち ょ っ と 何 ふ ざ け て ん の よ ユ ー !?
 っ、冗談ですよね、冥月さん……っ!?

「ああ。冗談だ」
 騒ぐ二人を抑えつつ、依頼書のファイルをノインに渡す。
「本当の内容は、そこにある通りだ。『迅』の数人を付けるから自力でやってみせろ」
 前に訊いたあれだ。お前が人並み以上に得意な技術や分野――に沿って選んだ。
「身辺調査、ですか」
「人の話に耳を傾ける事、腰を据えて調べる事、資料から読み取る事、複数の情報を考え合わせて思案する事が苦にならない――だったか? 纏めると探偵向きだよな、要するに」
 何処かしら草間に――草間武彦(NPCA001)に似てると言う評は以前からあった様だが、そういう事なのかもな。
「でしたら……」
「手伝うなよ。そこの探偵見習い」
 零。
「っ」
「これはノインの初仕事だ。わかるな?」

 ……はい。
 エヴァもだ。
 ……わかったわよ。

「それとな。一応言っておく。虚無の境界との馴れ合いも今日までだ」
「……」
「今後敵対する依頼も有り得る」
「それは――そうね」
「そうなった時は――ノインにさせる気は無いが、私はお前でも全力でやる」
 そこは三人共心しておけ……まぁ、個人としてならノインとの関係上拒まないが。
「今更よ。わたしとユー達は、元々“そう”でしょう?」

 エヴァ。君は。
 ……。……変えられませんか、エヴァ。
 それはわたしより強くなってから言う事ね、姉さん。
 ……わかりました。

「そういう事だ。まぁ、エヴァの言う通り今更な話でもあるがな。一応のけじめだ」

 来る時はあの凛に――速水凛にはバレずに来いよ。
 三人共逢引は程々にな。

「逢引って、言い方!」
「事実だろ。照れるなよ」
「そういう話じゃないわよっ」
「で、エヴァ。報酬の話だが」
「って本っ当に振り回して来るわね、もう!」
「そう拗ねるな。さて――お前はこれだけの結果が出た“仕事”にどれだけの対価を払う?」
「ふん。言い値で払うわよ。幾らでも――」

 わたしが払える対価なら、幾らでも惜しくない。

「いい心掛けだ。が、それはそれとしてな――私は何れあの速水博士を捜して問い質す。ノインの体に仕掛けられた機能が不安だからな」

 その時全面的に無償で協力しろ。例え虚無の境界と敵対してもだ。

「……それだけ?」
「その位の覚悟はあるか」
「それこそ今更よ」

 今回の件自体、知られたら敵対と取られておかしくない事なんだから。



 まぁ、そうは言っても今日の内はそんな覚悟も不要、無礼講でいい。
 依頼の成功祝いも用意済み。折角人目に付かない――関係者全員入れる様な大きなテラスがある訳だ。ここは後腐れなくBBQでもと『迅』の奴らに買い出しを任せてある。
 食材も道具も全て揃えて、全員を呼び出す――もしくは、影を経由して連れて来る――のは夜になってから。

「……何、この状況」
「何だ、嫌なのか? この私の用意したBBQに参加出来ないとでも?」
「そうじゃないけど……」

 連れて来られた場の状況に、どうも調子が狂うらしいエヴァ。まま、そう仰らずー、と給仕を担当している『迅』の構成員が焼いた肉を取り分けた皿をエヴァに差し出し割って入って来る。頑なに断る理由も無いので受け取る。何となく口に運ぶ――ん、と何か納得した様な貌になる。……美味しかったらしい。

「やっと、エヴァも楽しめそう、かな」
「……ノイン」

 動いてくれた、望んでくれた皆には労いも籠めてだから。僕も給仕に回りたい所なんだけど……。
 駄目です。私達が冥月さんに叱られます。
 ……こんな感じでね。大人しく給仕して貰ってる。

「と、そうだ。さっき仕事に『迅』の数人を付けると言ったよな。こいつらだ」
「は?」
「可愛い方がいいだろ」
 じっくり吟味して選抜した。

「冥月さん、あのですね」
「何でそうなるんですか……!?」
「嫌か? スキルの方もそれなりの奴を選んでいるんだが」

 ……それなら、まぁ。
 ノインさん!?
 いや、それって普通の判断じゃないかなあ?
 可愛いのが先でスキルがそれなりじゃ基準が逆でしょっ。
 とと、仰るとーりー。くわばらくわばら。

「……今日はメロンクリームソーダはいいのか?」
「あるの? なら頂くー」
「やっぱりお前はそうなるのか」

 師父は別にメロンクリームソーダだけが好きな訳じゃないんですけどねぇ。
 ……何だか妙な既視感があるな、この状況。
 あー、いつぞやの餃子パーティな。
 ……それか。それを他ならぬお前が主催でか冥月……。

「何だ草間。何か文句があるのか?」
「いや、無いが。折角ありつけた夕飯だしな」
「はい。一食分とても助かります!」
「そうか、良かったな」
 草間家の食卓は相変わらずらしい。

 とまぁ、ここまで来るのに紆余曲折ありはしたが、今こうやって無事成功裏に打ち上げが出来ている。
 有り得ぬ程に難しかった筈の、霊鬼兵(元含む)共の再会の約束を、『依頼』に託け、仕上げられた事。

 後は、これから。
 本人達次第。

 賑やかに語り合い、笑い合う彼らを見。冥月の内でも、ふっと心の何処かが解れた気が、した。





 これで貴方も笑ってくれるわよね、きっと――。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 黒冥月様には最後まで発注有難う御座いました。
 と、言う訳で何とかこぎつけた最終回となります。
 そして最後まで大変お待たせ致しました。

 内容ですが、こんな形になりました。依頼に関しては以前訊かれた「人並み以上に得意な技術や分野」の返答が何処かの時点で密かにあったと見做して前提にしていると思って頂けると幸いです。他『お守り』についてや、BBQの方で関係者の声をちりばめてみたり。
 いい感じになったかは謎ですが、如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルで――当方の手掛ける黒冥月様の最後の描写を失礼して、そちらで改めての御挨拶を。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月13日

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