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『Utopiosphere』
柞原 典la3876


「……さてと、どないしよ」
 唐突だが、柞原 典(la3876)は勤めていた会社を解雇になった。
 解雇なのでお手当が出た。そして時間も出来た。
 女性問題からの解雇なので、添い寝してくれる女性を失ったことは痛いが、かといって逆ナン待ちする気にも自ら狩りに行く気にもなれず、結局フラフラと家に帰り、数日見る事もしなかった郵便受けの中身を無造作にひっつかんで部屋へと戻った。
 そう言えばこの部屋も会社契約なので、月末までに出て行かなければならないという事実を思い出し、溜息交じりに煙を吐き出すと、先ほどの郵便物に手を掛けた。
 殆どがチラシかDMで、一通だけ、二枚の転居シールが貼られた茶封筒があった。
「ふふひょー?」
 そこに記された名前は養護施設の当時副施設長をしていた女性の名前だ。
 封を切って内容を確認する。
 そこには彼女の性格を表すような几帳面な文字で、季節の挨拶から始まり、典の健康を気遣う言葉が並び、そして本題である、小学校の時の担任が亡くなったという報せが記されていた。
「……あのセンセ、まだ若かったんちゃう?」
 確か、自分を受け持った時が26とか7だった筈だ。ということは40前後なのでは無いだろうか。
 『お葬式の後、貴方達が埋めたタイムカプセルを掘り起こしたそうです。貴方の物は私が預かっていますので、気が向いたら取りにいらっしゃい』
「これ、俺が取りに来る事全く期待してないやん」
 口さがない子ども達や施設関係者からはロッテンマイヤーの渾名を付けられていた彼女だが、その実、子どもを子ども扱いせず、人として社会に出られるよう誰よりも尽力していたのは彼女だということが今になるとわかる。
 それにしても、タイムカプセル。
「何埋めたんやったかなぁ?」
 思い出そうとしても思い出せない。
 もやもやとした気持ち悪さを抱えながら読み進めると、今彼女は定年退職し、住まいを大阪に移したとあった。
 幸いにして時間はある。
「……行ってみよか」
 施設まで行く気にはなれなかったが、大阪府内なら。
 そんな気まぐれを起こし、翌日には高槻駅に降り立っていた。

「驚いた」
「……俺も自分の行動力にビックリしてるとこやわ」
 玄関先で顔を合わせた彼女は記憶の中とあまり変わっていなかった。
「いうて5年振りやし、元気そうで何よりや」
「なんや、しらこいなぁ」
 そう言いつつも温かいお茶を出してくれる。
「ほんで、俺のタイムカプセルってなんやったん?」
 彼女はクッキーの空き缶を開けて一枚の絵はがきを典に手渡した。
 絵葉書は雪景色の中、黄色い花が咲いている写真だった。
「……梅?」
「蝋梅いうんよ。なんや、知らんと入れとったん?」
 ろうばい、という音に典は「あぁ」と声を漏らし、遠い記憶を引き寄せる。
 葉書をひっくり返し、そこに殴り書きされた文字を見つけた時、一つの場面が脳裏に浮かび上がった。

 卒業式も間近となったある日。
 同じ当番だったクラスメイトは誰も来ない中、1人で図書室の掃除を続けていた。
 それを見つけてくれたのが、担任の彼だった。
「なんや、1人か?」
「……」
「典はきさんじやなー。いっそのこと、自分もさぼたろって思わんかったん?」
「……あんなこすい連中と一緒になりたくない」
「はー、なるほどなー」
 ゴミをまとめて口を縛った所で、彼がこの絵葉書を差し出したのだ。
「……何? ゴミ?」
「ちゃうわ! ご褒美にくれちゃる」
「え、いらんし」
「ここは“ありがとー”いうて咽び泣きながら受け取るところやろ!」
「いや、ないわー」
 そう言いつつも葉書を受け取り、写真を見る。
 雪景色の中に咲く黄色い花が綺麗だと思った。
「ろーばいゆーんや。ろうそくの蝋に梅で蝋梅な」
 梅、山茶花、水仙と合わせて『雪中の四友』と呼ばれるだとか、花言葉は「ゆかしさ」「慈しみ」「先導」「先見」だとか、文豪が愛して俳句にしただとか色々とうんちくを語られた。
「……なぁ、そん話しまだ続くん?」
「わぁ、ビックリするほど興味ないな?」
「うん」
「……典は蝋梅に似とるなぁと思ったんや。寒い雪の中でも綺麗に咲いて。いい匂いで鳥を招いて。だけど実には毒がある。虫に強い癖に日差しや土壌によっては枯れやすい」
「センセ、ロマンチストか」
 男に自分を花に喩えられるという嬉しくない初体験に典はドン引く。
「匂いで鳥を招くくせに、鳥に全部花取られたりするんや。お前、絶対女で失敗するタイプやと思うてんねん」
「なん、それひっど」
 笑って担任の顔を見れば、彼の眼差しは意外にも真剣だった。
「世界はきっと典に優しくない。でも俺の教え子やからな。本気で困ったらいつでも頼って来いよ」

 きっと、あれは教師になりたての彼なりの情熱の発露だったのだろう。
 理想を抱いて教師となり、たまたま、家庭事情が複雑で孤立しがちな“見た目のいい”庇護欲を誘うような教え子がいたから、自己顕示欲を満たす道具として自分を見たのだろうと今の典は冷静に分析している。
 もしかしたら同情して、善意からの言葉だったかもしれない。
 だが、典は卒業後一度も彼を頼らなかった。
 むしろその名前も存在を忘れていた。その程度の存在だった。
「センセ、なんで死んだん?」
「ガンやって。若かったんで、進行が早かってんてえ」
「えぇセンセやったんに、惜しいなぁ」
「しらこい」
「容赦な」
 バッサリと否定されて典は笑う。
 宛先側に殴り書きされた文字。
「『ほな、さいなら。』我ながら皮肉が効きすぎてるんちゃう?」
「そーいぅとこや」
 典は再度笑うと彼女の前に絵葉書を差し出した。
「どーぞ」
「餞別かい」
「縁起でもない」
「いや、余命半年やねん」
 さらりとした彼女の告白に、典は目を瞠った。
「“可愛い”我が子からの餞別や。典やと思って大事にするわ」
「やめぇや」
「運がえぇな。ほーせきあるで。食ってくやろ?」
「いらん。ぼちぼちいぬで」
「なんや、忙しいのら」
「ここじゃヤニが吸えんやん」
 軽く目を丸くした彼女はカラカラと笑って典を送り出したのだった。



「……あぁ、これが蝋梅」
 あれから5年以上の月日が経って、たまたま通った花屋の前。
 強い芳香に惹かれ見つけた黄色い梅のような花が咲いており、バケツには「蝋梅」とプレートが刺さっていた。
「確かにえぇ香りやね」
 じっと花を見つめ、この花と自分を結びつけようとして……ポケットの中のスマホのバイブレーターが鳴った。
「まぁ、人生色々っちゅーことやな」
 あの後も職を転々として、ライセンサーとしてSALFに所属することになろうとは、当時の自分には考えつかないことだった。
 依頼内容を見て、逡巡して、画面を閉じる。
 命を張る仕事だ。なら赴く依頼も選ばなければ。
 使命感など欠片もない。
 長生きする気も無いがつまらない事件でつまらない傷を負ってつまらない死に方はしたくない。
「どないしたん? うん、えぇよ」
 続いて鳴った、先日知り合った女性からのお誘い電話に愛想良く答えながら、典はコートの裾を翻し歩き出す。
 人と鳥を惹き付ける芳香が遠退いていった。

 娑婆は忍土。釈迦だってそう言ってる。
 花に蜜を、実に毒を宿し、ここで生きていくために根を張ろう。
 泥中に咲く蓮が美しい様に。
 その花を渡る、蝶の様に生きよう。
 この現世に優しい世界などどこにも無いのだから。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la3876/柞原 典/理想郷に咲く花】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

  魔性の男の少年時代を妄想した結果、完全に失念していた黒歴史が思わぬ所から発掘されて人目に触れると死ねるので、そりゃ確認したくなりますよね……と。
 かなり捏造してしまいましたが、ご受納頂けますと幸いです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2021年02月01日

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