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■エピドシス解放戦線 「雲霞」

■<南の祠>
 ヘイタロス側の港から船を出した南の祠攻略班は順調に航海を進めていた。
「天気がよくて〜敵がいなければいい遠足になりそうなんだけどね」
 甲板で潮風を浴びながら呑気な事を言っているのはシンシア・トレヴィザード(ha2971)だ。
 しかし勿論、これが遠足などではない事を彼女も充分に承知していた。
「でかいのを警戒すればいいのね?」
「俺の目からは逃れられないサー!」
 狙撃手の二人、ルー・ルーキン(ha2129)とルド・バイゾン(ha2339)がホークアイを使い、互いに競う様に周囲を警戒する。
 魔石錬師のトーイ・バタリオン(ha2829)は仲間にグットラックをかけ、自らはサーチエレメントで敵の姿を探す。
 やがて行く手に広がる黒い雲から湧き出る様に、敵が姿を現し始めた。
「海中からも来るわね。数は‥‥うん、世の中には知らない方が良い事もあるわよねっ」
 デティクトライフフォースで反応を探ったシンシアが、乾いた笑いを頬に貼り付かせる。
「つまり‥‥敵の数は未知数ということですかー?」
 だが、いくら来ようと全てを撃退するまで。
 ツェリア(ha2134)は空の敵に向けて先制攻撃のファイヤーボムを放った。
「船の上の戦闘は任せてもらおう」
 自らにディフェンシヴエレメントをかけたアズライール=ヴァルガ(ha2881)が盾を持って前に出る。
「まあ、死なない程度にほどほどにね」
「いやぁ‥‥喉が渇きますねぇ」
 ジョジョル・マルーン(ha0413)が呑気に呟きつつアイスブリザードで敵を牽制する。
 根無し草の放浪中年である彼も、エピドシスに足を踏み入れた事はない。
 いや、ここにいる誰にとっても、その国は謎に包まれた存在だった。
「未知の大陸に心は踊るが、そうもいってられんようだね」
 海中からの敵は任せろと、ゲオルグ・エヴォルト(ha1327)が進み出る‥‥いや、大陸じゃなくて島なんだけど。
 まあ、細かい事は気にしない。
 水中から迫るホーンドフィッシュをトルネードで海水ごと宙に巻き上げ、落ちて来た所を今度はファイヤーボムで撃ち落とした。
「はっはっは、大漁だな」
 しかし、そんな余裕を見せていられるのも、ほんの僅かな間でしかなかった。
 大量の敵が前を行く上陸船を目指して集まって来る。
「ここは我慢だ‥‥!」
 上陸組の戦力を温存すべく、その守護の為に上陸船に乗り込んだセイル・ファースト(ha0371)が盾となって敵の攻撃を防ぐ。
「いっけーーー!」
 進行方向の敵を海神竜(ha0194)がウォーターボムで薙ぎ払い、視界が開けた所を船は真っ直ぐにエピドシスに向かって突き進んだ。
 海流を抑えていられる時間は短い。その間に上陸部隊だけでも何とか通過させる――
 仲間達の思いはひとつだった。
「その為に俺達がいるんだ。後方からの援護なら任せておけ」
 ホークアイで視力を強化し、紅桜彼方(ha2882)が弓を引き絞る。
「そうだな‥‥一番番効果がありそうなのは雷影や早撃ちか」
 とにかく最後まで戦い切る‥‥それが目標だ。
「俺も‥‥ブリーダーとして、俺に出来る事をやりたい」
 本職は魔石錬師だが、豊田泰久(a3903)も今は弓を手に戦う。狙いは相手の翼だ。
「流れた敵は俺に任せろ。あんたら後衛は、敵を倒すことだけを考えりゃいい」
 翼をもがれ、甲板に落ちてもなお牙を剥く相手に、エイン・ニム(ha4344)が攻撃を叩き込む。
 その傍らではレイス(ha3434)が後衛を守りつつ、自らも弓を手に上陸船に近付く敵を射ち抜いていく。
 絶対に、彼等を守り切る‥‥例え、そう、今目の前に現れた様な巨大な怪物が行く手を塞ごうとも。
「――大きいのが‥‥来ましたーっ!」
 目の前の敵を打ち倒しつつ周囲を警戒していたルーが大声で叫ぶ。
 それは毒針の付いた長い尾を持つ風精龍ウイバーン‥‥翼を広げると8メートルにも及ぶ巨大な生き物だ。
 エピドシスへの上陸を阻止しようというのか、それが3体、島の西部に連なる山地から飛来する。
 彼等の目もやはり、赤く光っていた。
「船長、あれが射程に入る様に操船を頼むよ」
 ゲオルグの要請に従い、船は上陸船を庇う様に回り込む。
「てめぇらの抜けていい縫い目は、この銀糸の束のどこにもない‥‥っ!」
 ライディン・B・コレビア(ha0461)の号令で、【銀糸】によるウイバーンに対する一斉射撃が開始された。
 ルーが、ツェリアが、、そしてルド、トーイ、レイス、ジョジョル、泰久‥‥【銀糸】の名の下に集まった仲間達が、それぞれの武器で、魔法で、その大型の敵を狙い撃つ。
「あの子たちの元へは行かせない‥‥行くならその命、闇へと沈める‥‥!」
 レイスの言葉通り、広げた翼を引き裂かれ、飛行能力を奪われたウイバーンの巨体が海へ沈む。
 【銀糸】の束は残りの2体にも容赦なく襲いかかり、翼を縛ろうとその見えない糸を伸ばした。
 だが、彼等は先の攻撃で恐れをなしたのか、それとも攻撃の機会を窺っているのか‥‥上空に留まったきり動かない。
「さぁさぁ、華麗に素敵にかくらんだぁ〜♪」
 シャール(ha2208)がインヒ・ムン(ha0313)やリリー・エヴァルト(ha1286)、そしてエミリア・F・ウィシュヌ(ha1892)ら他のハーモナーと協力し、マジカルミラージュで幻の大船団を出現させた。
「この隙に逃げ切るんだ! 一気に上陸するぞ!」
 誰かの号令が飛び、船は海流の切れ目に向けて全速で進む。
 追いすがる敵に構っている暇はなかった。


 ブリーダー達の目前に、初めて目にする大地が広がっていた。
 右手には遥か地平線まで草原が広がり、そして左手には険しい山脈が聳えている。
 山から吹き下ろす風が、戦闘を切り抜けてきたばかりの上気した肌に心地良い。
 これで上空に広がる黒い雲さえなければ、弁当でも広げて寛ぎたいところだ。
 だが‥‥勿論、そんな暇はない。
「あの山を登るのか‥‥」
 誰かが溜息と共に、そんな台詞を吐き出す。
 目指す南の祠はその山の上にあった。

 船を守る者達を残し、道案内と魔石の修理の為に待機していたエピドシスの者達と共に、ブリーダー達は山道を登って行く。
 祠へ至る道はただひとつ。当然、途中には敵の待ち伏せがある事が予想された。
「最初の作戦‥‥頑張らないと、ね」
 山の麓に設けられた救護所を兼ねた拠点には残らず、祠へ向かう仲間達に同行したトリストラム・ガーランド(ha0166)は、すぐ隣を歩く幼馴染に話しかけた。
 木もまばらにしか生えず、隠れる場所もない山道を歩く不安を少しでも減らそうと考えたのだが‥‥
「僕はやれることをやるだけ、だよ」
 セリオス・クルスファー(ha0207)の返事はいつもの様に素っ気ない。
 だが、それが却って安心を誘う。
「そうだね、やれる事を‥‥」
 だが、静かな時間は続かなかった。
「――来ます!」
 ペガサスに乗り上空から策敵をしていたジェイミー・アリエスタ(ha0211)が叫んだ。
 同時に‥‥ブリーダー達は足元に軽い地響きの様なものを感じた。
 山道の上から‥‥何かが転がって来る。
 ――ごん、ごろん、がん‥‥
 剥き出しの岩に当たっては弾み、勢いを増しながら転がって来るのは、人の背丈ほどの直径がある巨大な車輪。
 そして‥‥
「ダンゴムシ!?」
 ――ごろん、ごろごろ‥‥
 正確にはボールワームと言う。そして車輪にもスィールという名前があるのだが‥‥そんな事を気にする余裕は誰にもなかった。
 何しろ一個や二個ではない。大量に転がって来るのだから。
 ユーク・リースレット(ha2335)はその群れに向かって魔光弾を投げ付けた。
 だが、それは何匹かのダンゴムシを消し去っただけで、車輪には殆ど何の効果もなかった。
「多少の無茶はしょうがない、ね‥‥とは言うけど。これはダメだ‥‥逃げろ!」
「いや‥‥止める!」
 セリオスが転がる車輪の前にストーンウォールの壁を作る。
 だが‥‥石の壁は坂道で勢いの付いた車輪の体当たりを受けて、砂糖菓子の様に粉々に砕け散った。
 とにかく、まずは逃げるしかない。
 あの体当たりを人間が喰らえば、恐らく原型は止めないだろう。
 そして地味に邪魔でイヤラシイのが、足元で転がるダンゴムシ。
 足を取られて転び、車輪に轢かれるなんて最凶コンボは絶対に嫌だ。
 ブリーダー達は全力で山道を駆け下りる。
 みっともないとか格好悪いとか、そんな事を言っている場合ではなかった。
「あらあら‥‥皆さん頑張って〜」
 上空をひらひらと舞いながら、シャクリローゼ・ライラ(ha0214)がエール(?)を送る。
 こんな時、空を飛べる者は気楽で良い。
 やっとの思いで平地に逃げたものの、車輪の動きは止まらない。
 そればかりか、くるりと方向を変えて、やり過ごしたと安心しているブリダー達に向かって来た。
「こいつ、方向点転換まで出来るのかよ!?」
 ユギリ・ウィンフィード(ha3473)が呆れた様に叫ぶ。
 だが、平地に降りた事で勢いは弱まっている。
 これなら自分にも止められそうだった。
「止めてやる、こんな所でモタモタしてる暇はねえ」
 とにかく自分にやれる事を‥‥後で、後悔しないように。
「‥‥俺は、俺の力を信じたいんだ」
 だが、全てを自分ひとりでこなす事だけが強さではない。
 仲間の協力を仰ぐ事もまた、ひとつの強さだ。
「高見の見物だけじゃありませんのよ?」
 上空からジェイミーが魔弾を投げ付ける。
 同行するアリアローゼ・ライラ(ha2884)が作ったものだ。
「空から動ける人少ないもんね! おねーちゃんも一緒だしがんばるっ!」
 爆発音と共に車輪の軸がブレる。
 そこへ反対方向からもうひとつ、魔弾が飛んで来た。
「この平原には救護所もある。さっさと片付けようか?」
 ユギリの双子の兄、イザーク・ウィンフィード(ha2860)だ。
「救助部隊の露払いに奮闘させてもらうよ。これでも護りたいものはあるから、ね」
 車輪とダンゴムシは今や草原を縦横無尽、自由自在に転げ回っている。
 いや、ダンゴムシの方は車輪や、所々に顔を出した岩に跳ね返るだけで、自分で方向を変える事は出来ないらしい。
 ついでに、止まる事も出来ない様だった。
「‥‥難儀な奴だ、ね」
 ペガサスに乗ったアーク・ローラン(ha0721)が、そんな団子の集団に向けて震天氷を投げ付けた。
 一帯に吹雪が起こり、団子がほどける。
 仰向けにひっくり返ったそれは暫くの間無数の足を蠢かせ‥‥消えた。
「さあ、少し運動しようか。セカンド」
 無燕(ha3541)は相棒に声をかけ、コンバート。満面の笑みを浮かべつつ、手近な車輪に斬りかかる。
 その間にも艶やかな微笑みと共に投げ付けられる、上空からの魔弾攻撃は容赦なく続いていた。
「これでも好戦的じゃありませんのよ? さあ、こちらは任せて先を急いで下さいませ」
 ジェイミーに促され、祠を目指す者達は再び山道を登り始めた。

 もう、車輪やダンゴムシは降って来ない。
 転がるだけのダンゴムシは丸まったままではこの坂を上れないし、車輪も下に残った仲間が食い止めている。
 一行は頂上の祠を目指して急いだ。
 しかし‥‥
「そう簡単に通してくれる筈もない、か」
 遠くに白いドームの様な祠の姿が見え始めた頃、新たな敵がブリーダー達の行く手を塞いだ。
 耳障りな羽音が左右の草地から無数に聞こえて来る。
 そして祠に続くなだらかな道は、赤い目をしたウサギの様な生き物で埋め尽くされていた。
 元々赤い目をしているのかもしれないが、それは凶悪な光を放っていた。
 普段は人を襲ったりしない、大人しい生き物だと聞いていたのに‥‥
 だが、仕方がない。ここを突破しない事には祠に辿り着く事は出来ないのだ。
「目標はあそこね。皆準備はいい? よし、頑張ろう!」
 エミリアが気合いを入れる。
「道をつけます!」
「ルオウ、いくぜ!」
 鳳双樹(ha0021)とルオウ(ha2560)、二人の武人が真っ先に飛び出した。
 二人はウサギ達の波を掻き分け、敵陣の奥深くまで進む。
 しかし、楔を打たれた敵陣に動揺の色は見られない。
 まるで誰かに命令を受けたまま、自分の意志もなく行動しているかの様にブリーダー達の排除に動く。
「こうなったら思いっきりバトルってやるっきゃないだろ!」
 続いて豪破斬撃をかけた志藤尚人(ha3009)が突っ込み、戟を振り回して薙ぎ払った。
 それでも‥‥数が減った様には見えない。
「どいてどいてっ! 邪魔するならぁっ、吹っ飛ばすぞぉっ!」
 言う前から容赦なくウサギ達を吹っ飛ばしつつ、フィン・ファルスト(ha2769)が突き進む。
「敵にのまれるな! 鍛えぬいた己の牙を信じろ!」
 レイ・アウリオン(ha1879)が叫んだ。
 見た目可愛らしいウサギが相手ではその牙も鈍りがちになるが、心を鬼にして斬り捨てる。

「‥‥可哀想に‥‥」
 その光景を、少し離れた場所から見守っている少女がいた。
「あんな可愛い子達でも、ニンゲンは平気で斬り捨てるのね。なんてヤバンな生き物なのかしら」
 少女はふわりと宙に浮く。
 その背中には真っ白な翼が光っていた。
「‥‥ねえ、邪魔しないでくれない? もう少しなんだから‥‥」
 上空から聞こえたその言葉に、ブリーダー達の背筋に冷たい感触が走る。
 いや、言葉や声のせいではない。
 彼等の感覚が捉えたのは、人ならぬ者の存在と、その内に潜む人間への憎悪。
 そして‥‥強大な魔力。
 祠の屋根の上に、人形を抱いた少女が立っていた。
 翼はもう、しまってある。
 だが、それが人間ではないと‥‥あのシャルロームや炎烏と同様の存在であると、誰もが気付いた。
 しかし、それでも訊かずにはいられなかった。
「‥‥何だ、お前は‥‥!?」
 ――と。
「失礼ね。それを訊くなら『誰だ』でしょ? ‥‥答えるつもりもないけど」
「こいつが‥‥黒幕?」
 ジャニス・テート(ha3000)が呟いた。
「こいつが指揮してるんだ‥‥こいつのせいで‥‥許さないっ!」
 両手に持った刀を振りかざし、ジャニスは少女を目指して突撃を敢行した‥‥が。
 体が動かない。
 疾風脚で能力を強化し、駿脚で近付いたにも関わらず、足が地面に縫い付けられた様にぴくりとも動かなかった。
「もう少しだから、そいつらと遊んでて」
 少女の手から、黒いドレスを着た可愛らしい人形がふわりと舞い上がる。
 それはまるで自らの意思を持つ様にブリーダー達の頭上へ飛来し‥‥笑った。


「負傷者はこちらへお願いしますわ」
 前線近くに設けられた救護所で、ラピス・ヴェーラ(ha1696)は医者としての能力を遺憾なく発揮していた。
 負傷者に重症度や緊急度に応じた順位付けを行い、効率よく治療が出来る様に取り計らう。
 それは医者の目を持つ彼女にしか出来ない事だった。
「うう、初めてなので右も左もわからず‥‥でもがんばりたいですっ」
 気合いだけは充分なペルル(ha4417)は誰から治療すれば良いのか、どこから手を付ければ良いのかわからずにオロオロと周囲を見渡す。
 そんな彼女に、ラピスは患者に付けられた目印の意味と手順を教え、初めてでも充分戦力になるからと微笑む。
「わかりました、治して治して治しまくりますっ!」
 そうそう、その調子〜、と、誰かの声がした。
 声の主はアリシア・フィンブル(ha2886)。
「後方の安全が確認できるからこそ、前線ががんばれてよ?」
 縁の下の力持ちもたまには良いものだ。
「べ、べつに怪我するのがいやとかそういうのではなくてよっ!?」
 そう、自分が前線に出ないのは、実力をわきまえて‥‥裏で護りに徹しているだけなのだ。
 ただ、救護所にいても何も仕事はない様だが。
 それに対して妹のアリエラ・フィンブル(ha2887)は自分に出来る事を探して忙しく働いていた。
「ボクには何ができるかな?? エレメントのお世話とかも必要だよね! あ、人間食事の準備も必要だね。それに、薬の配布も‥‥」
 忙しい、忙しい。

「一人の力は小さくても‥‥あなた達に邪魔はさせないわ!」
 救護所の外ではジェリー・プラウム(ha3274)達が警護に当たっていた。
 患者の中にはデスホーネットの攻撃を受け、体が動かなくなった者もいる。
 治療を受けて傷は治っても、すぐには動けない状態の者もいた。
 ここは戦場に近く治療には便利だが、それだけに危険も大きい。
 本来ならそんな患者は山道を下りて安全な麓の拠点まで運ぶべきなのだろうが、道中には更なる危険が待ち受けているかもしれない。
 その為の護衛に人手を割く余裕のない今は、この場所を死守するしかなかった。
「ここは命の砦よ、皆さん目の前の患者さんに集中して!」
「妹たちの見よう見真似ですけれど‥‥っ、仲間を庇う事は出来ます!」
 慣れない剣を手に持って、レラ(ha0143)も救護所の周囲を守る。
 その左右にはクリス・ラインハルト(ha0312)の伝令を受けて駆けつけた幼馴染の二人がいた。
 麓の平原の制圧は既に終わっている。
 状況を聞いた他の仲間達も、必要な人数を残してこの山頂に駆けつけていた。
「これはさすがに放って置けませんね、あっちゃん」
 救護所に取り付こうとする敵に、杁畑相楽(ha3469)が魔弾を投げ付ける。
 すぐ傍ではイニアス・クリスフォード(ha0068)がリカバーサークルに負傷者を運び込んでいた。
「‥‥っと、死なせはしないぜ? だが本格的な治療は向こうで頼むな」
 そこで急場を脱した者達を、レイチェル・リーゼンシュルツ(ha3354)が救護所に運び込む。
 ここでは各人の連携により、戦いで怪我人が出てもすぐに復帰出来る体制が整えられていた。


 そして、祠の周囲では‥‥
「あの人形、祟り神か?」
 ルーディアス・ガーランド(ha2203)は少女の手から放たれた人形を睨みつけた。
「祟り神って、攻撃すれば出て来るんだっけ?」
 セティリア(ha2322)が宙に浮いた人形の傍まで飛んで行き、手にした杖で殴りつけた。
 その衝撃で、何か霧の様なものが人形の中から滲み出て来る。
 そこを狙って、今度は魔法で攻撃。
「今回は守るんじゃなくて攻めるんだよね。そっちの方が好きだよっ! 空の敵は任せてっ」
 だが祟り神はそれ一体ではなかった。
 中にはブリーダーの体に取り憑き、意識を乗っ取ってしまった者もいる。
「いけませんわねえ‥‥おいたがすぎますわよ?」
 サヴィーネ・シュルツ(ha2165)が乗っ取られたブリーダーを両手の杖で殴りつけた。
「取り憑いたものだけを攻撃すると念じれば良いのでしたわね?」
「そういう事は殴る前に訊いた方が良いと思うが‥‥」
 言いつつ、リーブ・ファルスト(ha2759)は「追い出す」と念じながら木刀を振るう。
 万一の事があってはいけないと手加減しつつの攻撃だったが、破壊力よりも念じる力の方が物を言う様だ。
「後は頼む」
「わかった」
 ルーディアスが頷く。
「厄介な敵は僕らに回せ。こっちで引き受ける!」
 ロジーナ・シュルツ(ha2085)は味方が魔法を使いやすい様に敵を纏め上げる。
 それ以外の敵には前衛のメンバーが対処した。
 後衛を守るのはリント・ホワイトスミス(ha2209)、鎧と盾は伊達ではないらしい。
「この二刀のサビになりたいやつから、かかってくるがいい」
 アッシュ・クライン(ha2202)は後衛を守る傍ら、自らの剣で対処出来そうなものは積極的に斬り捨てて行く。
「初めての出陣がこんな大規模だなんて‥‥頑張りましょうね、エムシ」
 刀のサビになり損なった相手はカムイ・モシリ(ha4557)が片付けた。

「魔法しか効かない敵が多いのですね」
 物理攻撃の手段しか持たないブリーダー達に、雛花(ha2819)は魔弾やクリスタルソードを作り、手渡す。
「帰り道の心配は不要です。‥‥前にお進みください」
 多数の敵を蹴散らし、漸く近付いた南の祠。
 しかしそこにも敵はいた。
「ダンゴムシ‥‥」
 白い壁が黒くなるほどに、無数のダンゴムシが貼り付いていた。
 それに向かって、レイン・ヴォルフルーラ(ha0048)が壁を傷つけない様にライトニングサンダーボルトをぶつける。
 ばらばらと、ダンゴムシが落ちて‥‥丸くなった。
「魔石はこの中だね!」
 攻撃が効かないのはわかっている。
 それでも衝撃で弾き飛ばしてしまえば良いと、フィンはダンゴムシに向かって思いきり剣を振るった。
 ――がごん!
 ダンゴムシが転がる。隣の団子にぶつかり、その衝撃で隣の団子もまた転がり‥‥連鎖反応が起きる。
 ごろん、ごろん、ごろん‥‥
「‥‥邪魔だ」
 転がり続けるダンゴムシを、ミース・シェルウェイ(ha3021)が思いきり蹴り飛ばす。
 だが‥‥ダメージを受けたのは彼の足の方だった。
 ダンゴムシ、固くてデカくて重いのだ。
 そして‥‥祠に通じる唯一の扉にもまた、それがびっしりと貼り付いていた。
「ダンゴムシなんかに時間取られてる暇ないのに!」
 フィンが悔しそうに地団駄を踏む。
「‥‥わかった、援護しよう。後ろは任せろ。自由に動いてこい」
 ミースが格好良い台詞を決めるが‥‥でも足が痛い。
 しかし、足は痛くてもアイテムを投げる事は出来る。
 祠の入口で、震天氷が炸裂した。
 ばらばらと‥‥以下略。
 しかし、足元の邪魔な団子を巧みに避け、【青空】のメンバーは祠へと走る。
「通しゃしねえ、アイツらの邪魔はさせたくねえからな。‥‥いや、お前は無理。つか、俺には無理」
 魔法を持たないリーブには、ダンゴムシに対処するすべがなかった。
 って言うか何でダンゴムシなんだ。
 ダンゴムシに歯が立たないなんて嫌すぎる。
「安心しろ、団子は僕らが片付ける!」
 そこに、またしてもルーディアスの助け舟。
 【WO】の仲間と他の魔法職を集め、邪魔な団子を次々に消し去って行く。
 その間に扉に辿り着いた【青空】のメンバーはエピドシスの技術者に鍵を開けて貰い、祠の中に突入した。

 そこは円形の空間だった。
 高いドーム型の天井に開けられた数カ所の明かり取り用の窓から僅かに外の光が射している。
 その光に浮かび上がった中央の台座には大きな魔石が鎮座していた。
 そして‥‥
 勿論ここにも、ダンゴムシ。
 そして更に、魔石の周囲に渦巻く霧は祟り神だろうか。
 ブリーダー達が近付くと、その霧は魔石の中に吸い込まれて行った。
「そうか、こいつ‥‥物にも取り憑けるんだっけ」
 魔石を傷つけない様に念じながら、レイは剣を振り下ろす。
「神の化身と言ってもなぁ‥‥邪神の使いじゃあたまったもんじゃあないぜ」
 霧状の本体がまだ魔石から完全に出ないうちに、レインはライトニングサンダーボルトを撃ち込んだ。
「これ以上、傷付く命を増やしたくないんです‥‥!」
 その為に別の命を傷付けなければならないというのも、皮肉な話だが‥‥
 今は迷う時でも、躊躇う時でもなかった。
「我が身ある限り誰も死なせやせん。皆、しっかり解決して生きて帰るのよ!」
 衝撃で散らばったダンゴムシを、ワン・ファルスト(ha2810)が一匹ずつホーリーで仕留めて行く。
 魔法以外の手出しは厳禁。
 狭い部屋の中で転がしてしまっては収拾が付かなくなりそうだった。


「あ〜あ、祠、取られちゃった?」
 いつの間にか姿を消していた少女が、ブリーダー達が突入した祠を上空から見下ろしていた。
「ま、良いか‥‥あれ、無事に生まれたみたいだし」
 少女は遠く霊峰アルタミナの方角の見る。
 ここからでは連なる山並に隠れて何も見えないが‥‥確かに感じる。
 あの魔力の波動は‥‥確かに。
「あんた達、結構頑張るじゃない?」
 少女は祠の周囲でまだ戦い続けているブリーダー達の前に舞い降りた。
「良いわ、ご褒美あげる。今度はもっとすごいの見せてあげるから‥‥楽しみにしてなさい?」
「‥‥どういう意味だ?」
 ブリーダーのひとりが訊ねる。
 だが、少女はくすりと笑うと、空高く舞い上がった。
「私の名前はオフェリエ。覚えなくて良いわよ‥‥あんた達、どうせすぐ死んじゃうんだから」
「――待て!」
 更に高度を上げた少女に一撃でも加えようと、ひとりの狙撃手が弓を引き絞る。
 だが‥‥
 少女の指先から眩い光線が一直線に伸び、狙撃手を直撃した。
 足元の草が燃え上がり、燃え広がる。
「早く、手当と消火を!」
 その騒ぎが収まるまで、時間にすればほんの数秒の事だったかもしれない。
 だが、見上げた空にはもう、少女の姿はなかった。

 その代わりに見えたのは黒い雲の隙間から覗く、目の覚める様な青。
 北の祠の機能が回復した事を確認したエピドシスの技術者が、こちらの祠でも修復した魔石を作動させたのだ。
 二つの魔石の力によって、島を覆っていた黒い雲の除去が可能になったのだ。
 青い隙間は次第に広がり、周囲の黒も風に払われる様にその濃さを急速に薄めて行く。
 エピドシスに、青空が戻って来た。
「向こうの祠も、無事に取り戻せたんだ‥‥」
「作戦は‥‥成功したのか?」
 だが、それから数分も経たないうちに‥‥喜びに湧く彼等は再び闇の底へと突き落とされた。
 ――ズウゥゥ‥‥ン
「――何‥‥だ!?」
 突如響いた地鳴りと、体を突き抜けて行った巨大な魔力の波動。
 先程、少女に感じたものとは比べ物にならないほど巨大で‥‥邪悪な魔力。
 島の北側で、何かが起きていた。
 何か‥‥とんでもないものが生まれてしまった‥‥


 島を覆っていた暗雲は晴れた。
 しかし、ブリーダー達の心にかかった雲は、ますます濃く、そして黒く渦を巻いていた。

<担当 : STANZA>


■<北の祠>

「――出航!」
 その声と共に、船団は海原へと滑り出た。東の空に渦巻く黒雲へと、その船首を向けて。
 カルディア東から出航した船団は夜をも越え、順調にエピドシスへの航路を進む。恐ろしく静かな海は、このまま船が黒雲に飲み込まれてしまっても、決して波を荒げたりしないのではないかという錯覚さえ与えてくるようだ。
 あの黒雲が特に不穏なものではなく、エピドシスからの救援要請も夢であるのならば、抱いた錯覚さえ暖かく感じるというのに。
 しかし、エピドシスを囲む海流の色を目視ではっきりと確認できる位置に来た時、現実は容赦なく黒雲の影を海に落とし込む。
 否――海に影が落ちたのではない。海から、影が浮かび上がってきたのだ。最初は小さな点だったそれは、徐々に波紋のように広がり、じわりじわりと海面に滲み出る。
 天空では、黒雲がさらに低く垂れ込める。飛行型モンスターの群れが隙間もないほどにひしめき合い、新たなる『黒雲』の層を形成しているのだ。
「迎撃準備! 先行部隊を上陸させるべく海路を切り開く!」
 エピドシスの北の祠に最も近い海岸線まであと少し――その行く手を阻むように現れた影達を排除すべく、海上援護部隊と救助援護部隊の船達が、先頭を行く上陸攻防部隊の船達を囲い込むように素早く接舷する。
 連なることで速度を落としながらも、しかし確実にエピドシスへと進みゆく船団は、目的の地へと辿り着く前に異形の抱擁を受け止めなければならない。そして船と船の間に渡し板を何枚もかけ、ブリーダー達が自由に行き来できるようにして開戦に備えた。
「さーて、こっから先の通行料はあんたたちの命で払ってもらうよ!」
 言い放ち、自船の船首に立ったサーシャ・クライン(ha2274)が高らかに詠唱を始める。その詠唱に乗るかのようにイーグルの群れが翼を畳み、天空から突撃を仕掛けてきた。だがその時には既にサーシャの詠唱は完成し、風の渦がイーグル達を巻き込んで空を貫いていく。
 ――開戦だ。
「大した力はないけど、出来る限りのことはするから‥‥張り切っていくよ!」
 サーシャの攻撃を逃れた個体の隙を突き、リィリ(ha0152)の放った矢が渇いた音を立てた。リル・オルキヌス(ha1317)、ヴィント(ha1467)が続けざまに弦を引き絞り、リィリの矢を追う。
「数が‥‥多いな‥‥」
 目を細め、ヴィントがひとりごちる。再び矢を番えれば、すぐに次の攻撃を意識する必要があった。同行する狙撃手達も同様にして、矢を番え放つ手を休めはしない。空へと矢の雨が降り続ける。しかし、全ての矢が目的を果たすことはできなかった。
 無数の飛行型モンスターが羽ばたくからなのか、それとも黒雲が吐き出しているものなのか。吹き荒ぶ海風が矢を墜とし、船を激しく揺らす。
「海に落ちたら‥‥危ないです、よね‥‥」
 リルは自身と船を繋ぐ命綱の強度を確認する。シフールと言えど、この状況下にあっては海に落ちる可能性は否定できない。強風に晒されながら、その風が止む一瞬を狙い射続ける。ちらりと海面を見れば、そこには大きく開けられた赤い口――。リルは思わずを竦ませた。
 シャークの群れが海面から口を出し、落ちてくるブリーダーを今か今かと待ち構えていたのだ。血のように赤い口、整然と並ぶ鋭い牙。待ちきれずに船に体当たりを仕掛ける個体や、身をよじり海面を叩くようにして飛び跳ね、甲板に滑り込もうとする個体もある。
 そのうちに勢いは増し、最大クラスのシャークが甲板を見下ろすかのようにその身を舞わせた。
「的がデカかったり物質だったりなら、俺の攻撃も多分当たるんじゃね?」
 シャークがゆるりと降りて来るのを眺め、森里雹(ha3414)は口角を上げる。そして手の届く位置まで来ると、ファングブレードを全力で突き上げた。その様を見て、軽く手を振る紫葵(ha3010)。
「さあ、若者は頑張っておいで」
 と、シャークへとウインドスラッシュを放つ。続け様に再び雹の攻撃が入れば、甲板への落下を狙っていたシャークはそれらの衝撃によって再び海へとダイブ。落ちたブリーダーだと勘違いした他のシャーク達の牙の餌食となり、全身を激しく震わせながら光の粒子となって消えていった。
 その時、派手に船体が揺れた。ずん、ずん、という鈍い音が船底から、そして海面に波紋となって広がる。船体の揺れはやがて激しくなり、誰も立っていられなくなった。船底を、そして横腹を、シャークなどの巨大海中モンスター達がその全身で攻撃しているのだ。
「しっかり掴まれ! 絶対に海に落ちるんじゃない!」
 怒声が響き、悲鳴が重なる。バランスを崩した船は大きく傾き、そこにラージレイが海中から甲板に飛び込んでくる。巨大なエイの尾は、毒を持つ。その毒を受ければ、死さえ手の届くところへ来てしまうのだ。
「誰も死なせはしない!」
 アルフレッド・スパンカー(ha1996)はこの状況下にあって冷静に事態を把握していた。甲板の上、全身をくゆらせて暴れるエイ。しかし、確実に影と体が接する瞬間がある。そこを狙い、巨体の影を縛り上げた。
「僕とユーリアの本気を見せてやれ〜!」
 浅野任(ha4203)の雷を抱いた矢がエイの背中を裂き、その裂傷へとフィオヴィメーラ(ha4569)の矢が吸い込まれていく。
「人間に興味はないが、エレメントが暴れているなら話は別だ‥‥。早く解決するぞ」
 言いながら、フィオヴィメーラは再び矢を番え、今度は上空を旋回している巨鳥へとその矢を放った。
 再び、船が大きく傾いた。飛行モンスターを確実に墜としていたレテ・メイティス(ha2236)は、矢を番えるのをやめ、近くの柱に掴まりながらじっと海面を見据える。何体ものモンスターが重なる場所ではなく、とりわけ大きな一体が独立して存在する場所を探した。
「‥‥見つけた」
 呟き、船の揺れが止まるタイミングを待つ。揺れが止まり、再び船に体当たりを仕掛けようと大きくモンスターが動いた瞬間、その背が海面へ出た。すかさず魔光弾をその背へと投げつける。海中にあっては決して受けることのない攻撃に驚いたのか、敵はその場で暴れ始め、他の個体をも巻き込み始めた。
「‥‥今のうちに回復を!」
 レテはすぐ近くで倒れている負傷者を抱きかかえ、声をあげた。
「お役に立てればいいのですが」と、ジュリオン・ミラン(ha0358)がリカバーを施し、「大丈夫‥‥?」とルシオン(ha3801)が手当やスピリチュアルリカバーを施していく。
「ほら! これを飲むのよ! ああ、もう! 何でこのあたしがこんなことに駆り出されなきゃいけないのよッ!」
 リーゼロッテ・メアリ・ドラクリヤ(ha3600)は水を作りだし、順に飲ませていく。不満を言いながらも、休むことなく駆け回り皆の要望に応えていった。
「コチョン、頑張るの! だからみんなも頑張るの! 少しでも皆の役に立てれば、コチョンは嬉しいのよ」
 コチョン・キャンティ(ha0310)も救援作業のために船上を駆け回る。
「疲れたらムリせんときや!」
「多くの人を守るため、頑張りますよ」
 斎賀東雲(ha1485)が、そしてネイス・フレアレト(ha2918)が、負傷者達を激励し、自身の持てる唄の全てで癒していった。
 その時、海の色が変わり始めた。
「海流が、止まる――!」
 誰かが、叫ぶ。
 先ほどまで明らかに海流の位置だけ周囲の色と違っていたのに、まるでそれがなかったことであるかのように、徐々に溶けあい、そしてひとつとなる。
 やがて、エピドシスと外界を隔てていた海流が止まった。
 エピドシスの技術者達が海流を止めることに成功したのだ。しかし止めていられる時間も長くは続かない。一刻も早く上陸攻防部隊と救助援護部隊の船を進ませる必要があった。他の船に移動していた者達は自船に戻り、新たなる移動に備える。
「鎖国の地‥‥興味深いねェ‥‥」
 キオルティス・ヴァルツァー(ha0377)は目を細め、いつのまにか消えた水平線を見やる。エピドシスの『輪郭』がそこにあった。
 空が低くなっていく。海流が止まったころから、その圧迫感と威圧感がいや増していく。天を覆い尽くす敵影の全てがそのまま降下し、船団を押しつぶそうとするかのように。
 船団は上陸を目指す船達を先頭にし、速度を上げる。敵影もまた、それを追うように方向転換し、大気を、そして海面を叩く。海上援護の船達はその敵影をこの海域で食い止めるべく、敵の密集する海域へと舵を切る。
「お寝んねしてな‥‥」
 空を見上げ、キオルティスは笑う。よく通る歌声が空の敵影を包み込む。ふらり、一体の巨鳥が羽ばたくことをやめて落下し始めた。キオルティスと共に周囲のハーモナー達が空へと歌を贈る。次々と飛行型モンスターが海に吸い込まれていく。同士討ちのような形でつぶし合ってくれれば、味方の負担も大幅に減る。例えそれが無数の敵を相手にしていても、だ。本当の「無数」など、有り得ないのだから。
「この調子で‥‥敵影を追い、こちらに引きつけましょう」
 レテが上空に新たに現れた巨鳥の群れを見据えた。それらのかぎ爪には、小型のモンスターがしっかりと握られている。これから、空爆が始まるのか――。レテは剣を握り治した。
「無事に上陸させるべく、更に気合いをいれて行くぞ‥‥!」
 陸地へと向かう船影を見据え、アルフレッドが声を上げる。
 上陸を目指す船達は、ゆるりと陸に吸い込まれていった――。


「一番槍の栄誉は頂きますよ」
 上陸部隊で最初にエピドシスの地に片足を付けたラグナス・フェルラント(ha0220)は、両足が着くや否や軽くステップを踏み、ある一点を目指して駆け出した。目的の場所で跳躍すると軽く下肢を捻り、利き足を振り上げる。直後、どさり、と何かが地に落ちる音がした。
 そこにいたのは、巨大なスズメバチ――デスホーネットだ。全身と羽根を震わせてラグナスを睨み据えながら、よろよろと宙に舞い始める。しかしそこに撃ち込んできたのは、即座に行動できるよう待機していた土方伊織(ha0296)。先ほどまで視界にすら入らなかった存在が突如として――しかも二度も――眼前に訪れたことに驚き、デスホーネットは避けることもできずに消えていった。
「はわわ、上陸するだけで一苦労なのですよ」
 伊織は蜂の消えゆく様を見届けた後、波打ち際を振り返る。仲間達が次々に下船し、こちらへと向かってくる。海流があった海域付近では、未だ海上援護部隊の船を襲う敵影が途絶えることはなく、船上での戦闘はいつ終わるとも知れない長期戦へと突入していた。
 波打ち際、石の壁がいくつも出現しては、下船する仲間達を追うモンスターの行動を遮断していく。ミスティア・フォレスト(ha0038)とリアナ・レジーネス(ha0120)が詠唱を続けるストーンウォールだ。少しでも上陸作業中の危険を軽減するために、接岸直前にウォーターウォークで先行し、石壁で防御壁を作り上げていた。そこを抜け、上陸を急ぐ。
「自分にできることで上陸を支援します!」
 リアナが再び石壁を作り上げれば、隣の石壁との隙間からブリーダー達が抜け、それを追う大型の飛行モンスターはそのまま派手に体を打ち付けて落ちていく。石壁を上空から越えようとするモンスター達は、既に下船した狙撃手達とソーサラー達によってことごとく撃墜されていった。
 全員が下船すると、最初に作り上げられた石壁が六分のタイムアウトを迎え、消えた。
 それを合図とするかのように、背後の海からは波音が不自然なリズムを刻み始め、大気と足元を震わせる低い音が響き渡る。
 海流が再び発生したのだ。まだ海流の向こうには、海上援護部隊の船達を残したまま――。
 ブリーダー達は、真っ直ぐに祠のある北を見据えた。
 視界の果て、黒雲と地平が重なり合う場所。そこに蠢く影が、徐々に近付いてきていた。
「厳しい戦いですね‥‥だが、斬りぬけてみせる!」
 ルイス・マリスカル(ha0042)が声を張り上げ、黒曜刀を高々と掲げた。まだ船上にいるのかと錯覚を起こすような、獣達の波が押し寄せてくる。ルイスは刀を中段に構えて腰を落とし、そのまま一閃した。
 その脇を掠めて抜ける、ジェレミー・エルツベルガー(ha0212)とアスラ・ヴァルキリス(ha2173)の矢。放たれた矢が空から舞い降りる巨鳥の羽根を貫けば、飛行型モンスター達は一気に高度を落としてきた。眼前に幕を張るように陣形を作り上げ、進行を妨げる。直後、カーリン(ha0297)の詠唱が響き渡った。前を駆ける者達はカーリンが何をするのか察し、体勢を低くする。
「墜とします!」
 そう声を発した直後、飛行型モンスターの群れに吹雪の抱擁が放たれた。カーリンが次の詠唱に移る間に、その後方を進むソーサラー達が角度をずらして吹雪を放つ。
「さて、ようやく前へ進むことができますね」
 カーリンが頷き、笑みを零す。何段もの連係攻撃により、一気に視界が開けた。


 北の祠へ向かう中間地点に差し掛かると、不思議と敵影は少なくなった。祠までこの調子でいくのか、それとも敵はどこかに身を潜めてこちらの動向を見ているのか――。
 中間地点とは言え、ここからはまだ距離がある。恐らく祠周辺では攻撃も激化してくるだろう。ここまではそれほど強くはないモンスター達が数で押してきた。ここからは――その逆になる可能性が高い。情報にあるエピドシス特有のモンスターにも、最初に遭遇したデスホーネット以外まだ遭遇してはいなかった。
「この近辺に簡易拠点を作ろう。まだ戦いは続く。長期戦に備えるんだ」
 ジュネイ・フォルト(ha3516)がそう提案し、本当に簡易ではあるが、拠点を設営し始めた。この先、ここへ戻ることはあるのか、ここを必要とする事態になるのか、それは誰にもわからない。ここに来るまでにも何度か短い休憩を取った。だが、未踏の地で、未知の存在との対峙を続けることを考えれば、拠点があることは心の支えにもなる。
 交代で警戒に当たり、小さな戦闘を繰り返しながらも治療や休憩を取るブリーダー達。後続の者達が続々とここに辿り着いては休憩し、先頭を駆けていた者達は入れ替わるように出発する。
「おかしくなった人間はいないよな‥‥?」
 ジェレミーが念のため周囲を見渡し、警戒する。これまでにカルディア国内で起こった赤い瞳に関する事件は、人間をも巻き込んでいたからだ。しかしどこにもそういった者達がいないことを確認すると、ジェレミーは安堵の息を漏らした。
「しゃべる余裕があるなら休みなさい‥‥戦いは続くわ‥‥」
「じっとしてて下さいね!」
「役に立たないかもしれないけど頑張ります」
 アレクシア・インフィニティ(ha0216)とルミル・オルレイン(ha4623)、ミリア・アスファート(ha4605)が次々に負傷者に治療を施していると、大きな赤い旗が南の方角から近付いてきた。
「お疲れ様‥‥です。状況を教えてください」
 物資輸送の先頭に立ち、大きな赤い旗を持って伝令の中心を務めていたてる(ha2105)が拠点に到着したのだ。
「エピドシスか、もっと穏やかな状況で来たかったものだ」
 てるの後ろから、苦笑しながら姿を現したのはバルク(ha3615)。物資を乗せた荷車を引いている。荷車には敵の攻撃を受けた形跡があまりない。恐らく敵達は最前線に集中して押し寄せてきていたのだろう。だが、バルク自身が体を張って守り抜いたことは、彼の体についた細かな傷からも容易に察しがついた。
「先に休憩を終えて祠に向かったみんなは、順調に進んでるよー!」
 エオリア・ネフリティス(ha0392)がてるの目の前に舞い降りた。
「わかりました。まだ‥‥後続ブリーダー達もいます。彼等の状況を伝えてもらいながら‥‥ここのことや、順調であることを伝えておきましょう」
 てるは力強く頷くと、エオリアの傷を癒した。元気な顔はしているが、必死に敵の攻撃をかいくぐってここまできたに違いない。エオリアはにこりと笑った。

 束の間ではあったが、しかしブリーダー達は充分とも言える休息を得た。上陸攻防部隊は上陸した時の勢いを維持するかのように、祠へ向けて駆け続ける。拠点付近では少なかった敵影も、また徐々に増していく。
 部隊の殿を駆ける【神風】のまひる(ha2331)は後方の空から迫る不穏な音に気がついた。耳障りな、それでいて誰もが一瞬身構えるような音――蜂の、羽音によく似ていた。
 まひるの前を駆ける者達も、その音に一瞬反応する。デスホーネットが現れたのだ。まひるはくるりと体を反転させると、にっこり笑って蜂の脇腹に回し蹴りを叩き込み、そのまま反動を利用して今度は派手に殴りつけた。
「GOGOGO! はいはい行った行ったー!」
 まひるは前方のブリーダー達の背に声を掛け、続けざまに襲い来る別の蜂と向き直った。
「あたしの目の黒い内は、ここは絶対に通さないわよ!」
 李蘭花(ha1693)はまひるが対峙するものとは別の方角から来る蜂と向き合い、突撃を仕掛けてくる蜂を片っ端から殴り墜としていく。進んだブリーダー達の中には救助部隊の者達も当然いる。彼等に危害が及べば、前線の者達が安心して戦うことができなくなってしまう。絶対にここを通すわけにはいかなかった。
 その間に、クリスティア(ha2938)が二人にエレメンタルパワーで戦闘支援を続けていく。
「数が多いねぇ」
「さすがに‥‥こうも多いと笑うしかないわね」
 思わず苦笑する二人。
「‥‥大丈夫です」
 す‥‥と、隣にミスティアが立ち、軽く詠唱。そして竜巻で派手に蜂の群れを舞い上げ、一塊になったところに重力波をぶち込んだ。
「背後から襲おうとしても無駄です」
 言い放ち、ファイヤートラップを設置する。もちろん、後続のブリーダーが来た場合に誤爆せぬよう、それとわかるような目印も手前に。
「また蜂が来たようです」
 ミスティアが再び詠唱を始めた。
 それとほぼ時を同じくして、最前列を駆ける【神風】の密原帝(ha2398)と御影藍(ha4188)が飛来した車輪のようなモンスターの直撃を受けた。それはそのまま回転し、ルイス、ラグナスを始めとする最前列のブリーダー達を次々に薙ぎ倒す。
「これが、スィール‥‥!」
 帝が腹部を押さえ、唸る。不意打ちを食らったとは言え、この得体の知れない禍々しさは何だというのだろう。中心に埋め込まれた、魔石と思われる緑色の石が嘲笑うかのようにブリーダー達をねめつける。
「回復するわよ!」
 すぐさま、【神風】の美山弥生(ha4355)が皆の回復を始めると、「すぐ行きます!」と、後方からリュミヌ・ガラン(ha0240)が飛来する。そしてルフィナ・シュバルツ(ha0282)が、スィールの影に隠れるようにして飛びかかってきた兎――グラスジャンパーをカウンター気味に押し返し、皆の元へ駆けつけた。
「まだ、天に召される時期では無いですよー」
「‥‥無茶はしないでくださいね」
 ルフィナとリュミヌが。スィールの次の攻撃が始まる前に、急いでリカバーサークルを施していく。その間に、どこからともなく他のスィールが飛来し、その数は膨れあがっていった。
「誰一人欠けることなく、作戦成功して皆で帰るんですの!」
 エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)も回復を施しながら、増え続けるスィールを見てきゅっと唇を噛む。ここまで来て、失敗するわけにはいかない。全員で、笑顔でエカリスに帰るのだ。
「皆、生きて帰ろう」
 エヴァーグリーンの言葉に、帝が静かに頷く。
 ヘヴィ・ヴァレン(ha0127)が藍に肩を貸して立たせながら、スィール達を見据える。
「‥‥追い返しにくるってことは、ここが大事なのは相手もわかってるんだな」
 そして、そのまま視線をゆっくりとスィールの後方へと向けた。
 そこには、目指す祠――。
「まずは眼前のスィール突破!」
 ルイスと帝が刀を構え治せば、ラグナスや藍、伊織、そして武人達が同時に駆けだした。二度と不意打ちを食らうわけにはいかない。スィールの動きから目を離さず、しかし確実に間合いを詰めては後退し、攪乱していく。スィール達は右へ左へと回転を変え、時折サンレーザーやディストロイなどの魔法攻撃も放ちながら武人達を狙う。しかし突然、突起部分を地にめり込ませるようにして着地すると、そのまま勢いよく回転して前進し始めた。その速度はかなりのもので、ここが斜面でないことを感謝せずにはいられないくらいだ。
 ルイスと帝はヘビーアーマーで防御力を高め、射程内のスィールにダメージを与えるべく斬りかかる。
「こっちだ!」
 帝は声を張り上げ、スィールの注意を自身へと引く。真空の刃を飛ばし、その隙に距離を詰めては渾身の一撃を撃ち込んでいった。
 ヘヴィはスィールの勢いを利用し、ジャイアントアックスの柄を絡めるようにひっかけ、そのままアックス部分を上部に叩き付けていく。
 半ば根比べのようなスィールとの攻防が続くが、数とスピードで勝るスィールに次第に押され始めた。
「‥‥さて」
 静かに、【神風】のイヴリル・ファルセット(ha3774)が息を吐き、詠唱に入る。
「俺の前に立つのならば容赦はしないぞ」
「僕の実力、思い知らせてあげるんだからっ!!」
 続けざまに、【RE】の月夜(ha3112)とジノ(ha3281)、そしてその場にいた魔石錬師達もまた、詠唱に入った。
「大人しく、して下さいませね」
 にっこり、イヴリルが笑う。次の瞬間、スィール達は不自然に動きを止めた。
「ここが祠に程近くてよかった」
 月夜が呟く。ジノがうんうんと笑う。
 スィール達は複雑に絡み合った下草の「網」に、その「足」を絡め取られていたのだ。進行していたものを強引に止められたからには、その勢いの行き場というものが発生する。それは、転倒という形で現れた。転倒は、すぐ近くの個体を巻き込みながら、派手に絡み合い、そして自滅を誘っていく。自滅しなかった個体を、さらに下草の網で拘束する。
 ここに下草があったことが幸いしていたが、もし草も生えない場所であったならどうなっていたことだろう。黒雲により、はっきりとした影はあまり望めない。プリーストのシャドウバインディングが咄嗟に使えないのは苦しい。ホーリーライトで照らしていては、間に合わなかった可能性もあった。そして、このようなどこか機械的な相手にハーモナーの呪歌などが効くかどうかも疑わしい。
 確実に動きを拘束できる可能性があったのは、プラントコントロールだけだった。
「祠へ急ごう!」
 ヘヴィが声を荒げた。スィールが動けない今、祠までの道に敵影はない。このチャンスを逃す手はなかった。皆は駆け、祠の入口を目指す。
「――あれは!」
 先頭を駆ける者が、入口にあるものを見て声を上げた。
 そこには、入口を守るようにゆらりと佇む黒い霧――祟り神。
 祠の周辺にはグラスジャンパーやデスホーネット達の姿もある。
「お兄ちゃん、はい」
 ジノはすぐさま、【RE】のディーロ(ha2980)にクリスタルソードを渡した。
「たまには真面目に戦おうかな」
 ディーロは小首を傾げ、笑ってみせる。ジノはその様に思わず肩を竦めた。上陸してから真面目に戦っていた兄を見ていたからだ。ディーロはクリスタルソードを構えると、顔から笑みを消した。
「‥‥ま、どういう状況下でも――相応の報酬を期待するだけだ」
 そしてそれに応じた働きはする――冷静に詠唱を始めるカイン・カーティス(ha3536)。
 他に、弥生や魔法職のブリーダー達も一斉に詠唱を始めた。その隙に、狙撃手達の矢がデスホーネットを狙い、ウォーリアーや武人達がグラスジャンパーを確実に仕留めていく、やがて、全ての詠唱が止み――。
 祟り神の黒い体は、あらゆる魔法の放つ色によってその全てを覆い隠されてしまった。
 全ての魔法の発動が終わる頃、ディーロが駆けだした。未だ姿が隠れたままの祟り神へと。そして、微かに蠢く黒い霧を確認し、クリスタルソードを突き立てた。

「――うわ」
 祠の中に入った者達は、中の様子に思わず顔を顰めた。
 中央に祀られている魔石と、そこに群がるボールワーム達。それらは魔石だけに限らず祠内のいたるところにおり、ごそごそと蠢いているのだ。
「きもち、わる‥‥」
 思わず目を逸らす者、気分が悪くなる者。しかし、このままでは魔石が食い尽くされてしまうのも時間の問題だ。
「ほら、皆さん、こちらですよ」
 イヴリルが入口の外でポイゾンを生成し、ボールワームをおびき出しにかかる。反応した入口付近のボールワーム達が一斉に外に向かい始めた。そのまま出てしまえば、外で待ち構えているソーサラー達によって倒されていく。それでもまだ、壁や魔石にしがみついたボールワーム達は数え切れないくらいいた。
 しかし先ほどのスィールと比べれば、それほどの脅威ではない。魔法さえ当てれば、確実に倒せるのだ。祠にダメージが行かぬよう、確実に一体一体消していく。
 やがて、ボールワームで黒かった壁が元の色を取り戻し、そして魔石に齧り付いた最後の一体も――消えた。
「‥‥奪還、できた‥‥ってこと、だよな」
 誰かが呟く。その事実がじわじわと皆の内に浸透し、奪還成功という任務達成と、これから何が待つのであろうかという言い知れぬ不安が皆の心を過ぎる。
 その時、祠の外が俄に騒がしくなった。
 エカリスから、奪還された後の祠を守る軍隊が到着したのだ。彼等は新たに祠周辺に集い始めたモンスター達と対峙し始め、そして祠を守るべく陣形を組み始めた。
「奪還完了――!」
 全員が、思わず声を上げる。南はどうなったのかまだわからないが、きっとうまくいっているはずだ。
 ブリーダー達は祠奪還の報告を指揮官に終えると、長い戦闘で疲れた体を休めるため、エピドシスの首都エフィオラへと向かうことになった。
 祠へ向かう時とは違い、少しだけ気持ちも晴れやかだ。これであとはあの黒雲さえ晴れてくれればと――誰もがそう思ったその時、エピドシスに陽光が差し込んだ。
 渦巻く黒雲が散り散りになり、消えていく。皆、頭上を見上げ、その様をじっと見守り続けた。
「南の祠も‥‥奪還に成功したんですね」
「もっと穏やかな形で訪れたかったものですけれど‥‥これからかしら、ね」
 伝令の赤い旗を握り締めたてるに、イヴリルが頷き返す。
 一瞬なのか、それともとても長い時間なのか。しかし確実に雲は消えてゆき、やがて青天が空を支配した――かのように思えた。
「これで‥‥少しは何かが動けばいいのですが」
 ルイスが呟くが、その瞬間、視界に入ったものに絶句し、表情を凍り付かせた。ルイスだけではない。そこを見上げる誰もが絶句し、表情を変える。絶望を浮かべる者、呆然とし、首をただ横に振る者。
 だが、誰もが感じていた。
 これから、この国に絶望が降ると――。
 雲のあった場所――そこには、モンスターのような巨大な影が、見えていた。
 この位置からでもその大きさが尋常でないことがわかる『それ』はただ悠然とそこにあり、産声を上げるかの如く、圧倒的な威圧感をもって霊峰アルタミナに降臨した――。


 ――霊峰アルタミナ。
 眼下に広がるエピドシスをぼんやりと眺める青年。その隣には巨大な――。
「雲、晴れちゃったのか。ニンゲンのくせにやるね〜」
 青年はふいに周囲が明るくなったことに気付き、空を見上げて少し大袈裟に肩を竦めた。しかし、そんなことはもうどうだっていい。祠が奪還されたことも、特に腹立たしくは感じない。
「コイツが、成功したんだから――ね」
 くすくすと、心の底から楽しげに笑い、青年は『それ』を軽く撫でる。
「ご挨拶、しておこうか。おはようございます、ってね♪ ‥‥そうだな、あっちが‥‥いいかな」
 青年はエピドシス北部を指差した。『それ』は青年の言葉を理解しているのかしていないのか、しかし行動でそれを示す。
 大きな体躯をゆるりと動かし、静かに、静かに、照準を北へと合わせた。
「やっちゃって」
 青年が笑う。次の瞬間、『それ』から光の筋が発射された。同時に、地震がエピドシスの大地を襲う。
 高温を孕む光の筋は、そのまま地震のエネルギーさえも内包するかのように大地を撫でていく。
 上空から、そして地下から。相反する、しかし同じ存在から生み出されたそれらの力は――島北部の一部を、消滅させた。

「さあ、これからが、本番だよ――ニンゲン」
 青年の楽しげな笑い声が、霊峰アルタミナに響き渡った。



<担当 : 佐伯ますみ>



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