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■シナリオタイトル:緊那羅幻想〜evil inside〜
■マスター名:やなぎきいち
■募集人数 :1〜10人
●MMORPG『緊那羅幻想』
緊那羅幻想(きんならふぁんたじー)と呼ばれるそれは、最近人気赤丸急上昇中のオンラインゲームである。脳波を利用し電脳空間に用意された仮想のファンタジー世界を体感するのだ。
少々初期投資が必要になるが、遊び方は至極簡単。USBポートへ専用のコードを挿す。コードの先にはプラスティック製の指サックが付いていて、これを右手の中指に嵌める。そして左右のこめかみに1センチ四方のチップを貼る──これはバンドエイドでもセロテープでも何で貼り付けてもOKだ。このチップに組み込まれた回線が微弱な脳波を拾い、中指のサックに送信する。サックはログインや各種課金用の指紋認識を兼ねている。脳波を送信するのなら脳波で認識すればよいのにと、キャラクターが1体しか登録できないシステムと共に現在ユーザーからの不満の的となっている。
この機械を経由して思考を直に送信するため、コントローラーもキーボードも不要。チップは消耗品なので定期的に買い換えなければならない。
ログインをするためには、まず専用のサイトにアクセスする。ログインのボタンをクリックして30秒後に指紋認識が行われる。ログイン後の意識はゲーム世界に飛んでしまうため、安全確保のためにも、ユーザーはそれまでに床やベッドに身体を横たえなければならない。ログイン後は登録画面、もしくは最終セーブ地点からのスタートとなる。反対に、ログアウトはセーブ後に自動的に行われる。MMOタイプのゲームのため、ゲームクリアは存在しない。
外見はファンタジー世界のヒューマン、デミヒューマンであれば自由に設定が可能である。服装は構造的に可能なものであればOK。ビキニタイプのレザーアーマーというのも可能であるが、耐寒性は悪く、防具としてもほぼ役に立たない。金属製の全身鎧であれば、防御力はすさまじいが、とてつもなく重い。そんな所はとてもリアルに作られていて、脳波を利用した新しいタイプのコンピューターゲームという看板の外にもコアなユーザー層を獲得し維持する要因となっている。
半年ほど前『Tower of BABYLON』通称ToBというダンジョンが追加されたことは記憶に新しい。そして、挑んだプレイヤーの意識が電脳空間の仮想現実から戻れなくなるバグが潜んでいたことも、数名のプレイヤーによって『駆除』されたことも。
それから数ヶ月。最上階へ到達したキャラクターにより新たなバグが発見された。ボスモンスターの不在、である。プログラムは確かに存在し、稼動していることも確認されている。しかし、どこで稼動しているかが解らなかったのだ。
それから数ヶ月。ToBのデザイナー兼チーフプログラマー、ルシアン・ドゥーベルグらスタッフの手によってボスモンスターのプログラムが発見されたのは──とあるプレイヤーのデータの中、であった。
「そのプレイヤーというのが、とある事件に遭ってから意識の戻らない女の子なの。強い拒絶心から自分の殻に閉じこもってしまっているのだけれど、その殻として取り込まれたのが魔王プログラムよ」
ルシアンはそう語った。
「魔王プログラムの現在地は、ToB付近の村よ。プログラムを正常にするための方法は二つ」
1つは、彼女に殻を破らせる──彼女の目を現実に向けさせること。
もう1つは、『魔王』を退治すること。
「でも、彼女はきっと現実と仮想現実の区別が付いていない‥‥殺されそうになったらますます現実を拒絶してしまうでしょう。同じ理由で、プログラムの消去もできないわ。だから、『魔王』退治に来るキャラクターから彼女を守って、何とかしてプログラムを乖離(かいり)させてほしいの。それがどうしても無理だと判断したら‥‥『魔王』の退治をして頂戴。御家族は事情を御承知よ」
ルシアンらプログラマーが干渉することができるのは魔王に直接関わらないデータだけ。プログラマーたちとの通信は『アイテム:手紙』の増減で断続的に確保される。
「女の子の名前は伏せるけれど、ゲーム内ではDAISYという名がついているわ。大変なクエストだと思うけれど‥‥よろしくお願いします。ただし、くれぐれも隠密裏に‥‥ね」
緊那羅幻想のダンジョンマスターとしてプレイヤーとキャラクターの挑戦を受け続ける赤毛のルシアンは、そう言って頭を下げた。
●リプレイ
●魔王と仲間たち。
まことしやかに流れる噂があった。
魔王の元に、炎龍を駆る黒き仮面の騎士がいると。
「なんや、うちはルイはんのペット扱いかい!」
セレーナ・クラムが砂色のポニーテールを揺らした。
「噂は一人歩きするものだからな。セーブポイントまで戻った連中が過大に話した内容が『強い敵』のイメージになったんじゃないか?」
新城日明がシルフィン・マックスハートの顔に跳ねた泥を拭いながら分析すると、黒き仮面の騎士ことルイ・ファルコは不敵に笑う。
「今は、名が売れたのを喜んでおくべきでしょう?」
「あたしは嫌、めんどうくさいし‥‥」
天藤月乃は溜息をついて聖剣ファルコンブロウについた血が薄く消えていくのを眺める。魔王を守る『仲間』がこの剣を持っていることに気付いたのは合流してから一週間後のこと。何だかの大きなクエストで稀に手に入るという、そんなモノを持っていることが月乃には不思議で仕方ない。参加するのも億劫じゃない、と思う。
「ポーションの在庫を気にしなくて良いのが救いだね」
ミカエル・クライムが笑う。笑っていられるのは勝ったからだ。
「戻りましょうか、我らが魔王さまの元に」
おおよそ魔王の仲間には相応しくないぽかぽかした日向のような笑顔で、アシュレー・ウォルサムはロングボウを背に負った。
村に戻ると、少女の泣き声が聞こえて──シルフィンは走り出した。
「すみません、遅くなりました!」
「おかえりなさい。‥‥ほら、もう心配ありませんよ。怖い冒険者は、シルフィンさんたちが追い払ってくれましたから」
シェアト・レフロージュが細い腕に抱きしめていた少女の髪を撫でる。
「うぇぇん‥‥ひっく、っく‥‥」
「なんや、DAISYは泣き虫やなぁ」
飛び込んできた初夏の海のようなセレーナを見上げ、次いで浜辺の月夜のようなシェアトと午後の深森のようなシルフィン、二人の笑顔を交互に見て涙を拭う。
「はい、荷物は纏めてきたよ。予定通り出立しよう?」
ミカエルに促されて、魔王は立ち上がった。『世界の全てを見て、それから世界を制圧しましょう?』シェアトが居場所を特定されぬようにと提案したそれを魔王はたいそう気に入ったようで──かれこれ一月も、そんな生活が続いている。けれど、それもそろそろ限界だった。
「そろそろ前期の試験なんですよね‥‥」
ルイが呟く。
「はは、僕もですよ」
「なんや、大学生か? うちもや♪」
そう、夏休みは終わりかけていた。日常が始まれば、試験勉強に身をやつしログインできない日も増えてくる。その上、アシュレーと仲間たちの間には9時間の時差という壁まである。常に複数が魔王の傍にいることはできようが、全員が揃うことは困難になってしまう‥‥。
「できたら、リアル世界でも会ってダチになって、遊びまくりたいもんやなあ‥‥」
ぽつりと呟いたセレーナの言葉に、その場にいた者たちは‥‥同意とも拒絶ともつかぬ、複雑な色を浮かべた。
●日替わり勇者。
──ギィン!
神経を逆撫でる、金属の鈍く高い音が響く。
「ふふ、顔でも洗って出直してくるんだね」
ミカエルの召喚したぬいぐるみのようなサラマンダーが、身体に似合わぬ炎を吐く。真正面からの灼熱の炎に焼かれ、ファイターが悲鳴をあげて‥‥倒れた。
「やられてたまるかよ!」
毒づいた魔法使いが杖をかざすと、モーゼの杖であるかのように炎が割れた。
「油断はいけませんね」
下がって様子を見ていたアシュレーがクロスボウから鋭く射出した矢は、魔法使いの手首から骨に沿って肘まで抜けた。
「もう休ませてくれないかな」
溜息を吐き面倒くさそうに振るった月乃の刀が袈裟懸けに切り裂く!
「くっ、次こそ‥‥!」
「はいはい、また逢ったらね」
上空を泳いでいたレッドドラゴン、セレーナが炎を吐く!! 圧倒的な火力に巻かれた本日の勇者は、金色の粉を撒き散らしながら輪郭を揺るがせ、消滅した。皆が空気に残る金粉に手を翳すと、掌に吸い込まれていく。空気の金粉が消えると誰からともなくコントローラーを操作する。
「あ、レベルが上がった」
「月乃さん、おめでとうございます」
そう、金粉は経験値なのだ。ある意味、確かに金以上の価値があるものだった。ちなみに、金粉を撒き散らして消えたキャラクターはセーブポイントへと強制送還になる。
シェアトが作った花冠をかぶり、より魔王らしくなくなったDAISYは小さく鳴ったお腹を押さえた。
「お腹空いちゃったなぁ‥‥」
「ふふーん、そう言うと思って! ほら、お手製弁当用意しておいたのよっ」
「どうせ、‥‥‥‥だろう?」
「うちの兄貴みたいなこと言うの、やめてくれるかしら?」
言外で『ルシアンにデータだけ作らせたんだろう』と言った新城の足を踵で踏みしだきながら、ミカエルはにっこりと微笑んだ。
「まあまあ。折角ですし、日当たりの良い所でいただきましょう?」
のほほんとした笑顔に毒気を抜かれ、アシュレーの言葉に頷いた。魔王といるのに、まるでピクニックのようだった。
●──X−DAY
「パンくずがついているぞ」
「え? あ‥‥ありがとう」
新城の手がシルフィンの頬に触れ、取ったパンくずをひょいと食べると、シルフィンの頬に櫻が散る。新城がシルフィンを妹のように思っていることも、シルフィンの気持ちも、なんだかもうバレバレだ。
「ええなあ‥‥」
日向でのそんなシーンが微笑ましくて、ちょっぴり羨ましくて、セレーナはスプーンをくわえた。
「DAISYも、ついてるよ」
「ありがと、月乃ちゃん」
ひょいと方を竦める。照れているのだろうか‥‥図りかねたDAISYは目を転じ、シェアトが膝に乗せている可愛い人形を見た。
──その時だ。
「来ます!」
ルイが聖剣を抜刀! 月乃と新城が弁当箱で飛来した矢を払う!
勿体無いなど思う間もない。シェアトとミカエルが呪文の詠唱を開始する。
「もう少しのんびりしたかったですが‥‥仕方ありませんね」
クロスボウではなく、手になじんだロングボウを選び。けれど矢を番える暇がなく、アシュレーは細い槍のように鏃で突く! 新城、背中合わせのルイとシルフィン、そして月乃。あっという間に囲まれ、DAISYを庇う余裕などない。
数で押してきた今日の勇者たち。瞬く間に、そこは昏迷を極める戦場になり──変身する余裕を寄越しぃ! とセレーナは手近な相手を殴った。
「皆‥‥歯向かわないで、触らないで!!」
DAISYから噴出した魔力に数名の勇者が吹き飛ばされる。
「‥‥あっ」
シェアトの手からミフ人形が転がり落ちた。蹂躙されんとする人形に手を伸ばしたのは──DAISYだった。
──大切な子の姿を貰ったもので‥‥いつか一緒に旅をしようねって、約束の印なんです。
そうシェアトは語った。だから、DAISYは人形を抱きしめだ。逃げなかった。キッと勇者たちを睨む! 隙有りと見た沢山の剣が、槍が、斧が、DAISYに迫る!
「ああ、もう、じれったい!」
プレイヤーとは違い、キャラクターが変身する際に生じるタイムラグ。間に合わない──そう思ったセレーナは身を躍らせた!!
「ああ‥‥っ!」
血を流すセレーナ。力強く抱き締める手に、DAISYは不思議そうな顔を向ける。
「セレーナちゃん、何で‥‥」
「うちがあんたとダチになりたいと思うたからや! だから、何と言おうが守るんや!」
そう言いDAISYを抱き締めるセレーナの背に、大剣が突き立った!
「ここまでやな‥‥DAISY、約束や。自分の足で立つんやで‥‥?」
「セレーナ!!」
金の粉を撒き散らしながら、セレーナが消滅した。
●魔王とDAISY。
(こんなのはもう嫌。自分のことも、皆のことも、守りたい)
そう思ったDAISYの背から、黒霧が立ち上る。圧倒的な力量の差を感じ、勇者たちは装備を整えに引き返した。
「まさか、これが‥‥」
「‥‥魔王」
『目覚めるか、DAISY。さすれば、薄汚い父親が下卑た笑みで迎えようぞ』
「‥‥‥やめて、触らないで!」
『もうお前も、奴と同じ穴のムジナなのだからな‥‥』
DAISYが忘れたかったこと。逃げ出したかった現実。それを察して、シルフィンは少女をそっと抱き締めた。
「辛いものだけではないのが世界。辛いことと同じ数だけ、嬉しいことも分あります。そして辛いことは‥‥分け合えば減ります。友人なら、分け合えるものです」
「この世界と本当の世界、それぞれの距離が違っても想う人がいるって素敵なことです。できるならDAISYさん、あなたとも2つの世界でお友達になりたい」
鈴の音のようなシェアトの言葉。それが悲鳴に変わったのは、魔王の爪が心臓を抉ったからだった。シェアトが金の粒になる‥‥
「魔王を追い出せ、DAISY! お前ならできる!」
シルフィンの魔法、心を具現化させた防御の膜を身に纏い、新城が魔王の懐に飛び込んだ!!
「はぁあああ──!!」
振りぬいた刀が弾力の固まりのような腱を斬る。蹴り上げられた巨大な足を紙一重で避けると、紅い鉢巻が風圧で切れた。
「あたしが毎日を楽しくさせてあげるわ、DAISY!」
ミカエルが笑った。彼女の操るフレイムエンプレスが灼熱の炎を放つ。火球の尾がミカエルの髪を弄び、魔王の足元で爆発した──!
炎と噴煙が薄れると、見上げるほどの大きさだった魔王が人間とほぼ同じ大きさになっていた。
「随分と小さくなりましたね、魔王。もう我々と変わらない」
ルイの聖剣が白銀の輝きを放ち始める。一歩踏み出すルイに安心したように、ミカエルは、膝をついた。
「あは‥‥あたしも、ここまでみたい‥‥DAISY、向こうで会おうね‥‥」
少女の黒い髪を撫でようと伸ばした手が、苦しみを押して微笑んだ顔が、金の粉となる。
月乃が背後に回りこみ、忍者刀の鞘を投げ捨てた。
「どんどん減るね‥‥なんとか上手にサボりたいんだけど、なっ!」
「なら避けてください。昂ぶれファルコンブロウ‥‥グランドクロス!」
白銀の光が十字に伸びて魔王を貫く!
『甘いわ!』
翳した手から氷が広がり、光を乱反射させる。長引かせれば勝利の確率が減る、と考えたのだろう。魔王はシルフィンを睨みつけた。
『その娘を、放せ‥‥!』
「嫌です! 仲間を、友達を見捨てて自分だけ逃げるなんてできません!」
『ならば死ね』
頑として譲らぬシルフィンは防御の結界を張る。しかし、魔王の怒りの前には薄絹のようなものだった。
「シルフィンさん!!」
攻撃を自分に向けようと、アシュレーが顔を目掛け矢を放つ!! しかし、弓よりも魔王の攻撃の方が早かった。
「きゃあああ!」
ピンポン玉ほどに凝縮された黒い魔力が結界を突き破り、シルフィンに炸裂した!! 金色の光が爆発する!
「シルフィン! くそ、くそっ!! ‥‥せめて、DAISYだけは!!」
目の前で散ったシルフィン。己の無力を悔いた新城は、攻撃を囮に魔王の腕を背中へねじ上げた。そして剣を捨て右手で右腕を羽交い絞めにする。
「俺ごと、斬れ!!」
新城が叫ぶ。しかし魔王は足掻く。黒い霧が足元から立ち上り、二人の姿を押し隠した。
「月乃さん、場所を教えてください!」
「やれやれ‥‥人使いが荒いね、アシュレーは」
ぼやく声が闇から聞こえた。
「この程度で見えなくなるなんて、修行が足りないんじゃない?」
言葉と共に、殺気が放たれる。アシュレーは番えた鏑矢を殺気目掛けて放った。甲高い音が響く!
「ルイさん、音の先にいます!」
アシュレーが言わずとも、ルイは彼の思惑を察していた。ファルコンブロウが白銀の光を放つ。
「DAISYさん、貴方に巣食った魔王を倒します。必ず、本当のあなたに会いに行きます──」
十字に、光が炸裂した!!
「グランドクロス!!」
闇が、白銀に照らされた‥‥
先にセーブポイントに付いていたシルフィンは、現れた新城に駆け寄った。
「お帰りなさい‥‥」
「‥‥俺さ、正義の味方になった気分だったんだ」
照れたように頭を掻いた新城に、シルフィンは「私も」と頷いた。
二人を見ながら、光に巻き込まれた月乃は刀を納めた。
「ちょっと、楽しかった‥‥かな」
そんな自分が可笑しくて、月乃はくすっと笑った。
「あれ、誰か来るね」
陽だまりの中に3つの人影を見初め、ミカエルが目を眇める。
黒を捨てたルイと、DAISYの手を引くアシュレーだった。
「‥‥ただいま」
照れたようにはにかんだ笑みを覗かせるDAISY。無邪気な笑顔からは、魔王の気配も、隔たりも、感じられなくなっていた。
「おかえり、DAISY!」
「帰ってくるって信じとったで、DAISYはん♪」
ミカエルとセレーナが駆け出した。妙な仕事などかなぐり捨てて、命を預け合った友の無事を祝って。
いつの間に作ったのだろう、シェアトは自分と皆の小さな人形を、DAISYの手にそっと乗せた。
「‥‥本当のあなたのこと、教えてくれませんか?」
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