兄(にい)と

■ショートシナリオ&プロモート


担当:藍乃字

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月17日〜10月22日

リプレイ公開日:2005年10月30日

●オープニング

●冒険者ギルド
 ある昼下がり。冒険者達が何度と無く行き交う受付に、一人の女の子が顔を出した。
「あの、こちら冒険者ぎるど‥‥ですよね?」
「はい。どの様なご用件でしょうか?」
 見たところ十代半ばの少女に、受付係の男が問いかけると、彼女は懐から高そうな櫛を取り出して口を開いた。
「私、こんど結婚をするのですが‥‥」
「ほぉ、おめでとうございます。それで、なんでしょうか? 式場をお守りでもする仕事でしょうか?」
「いえ、そちらは問題ないのです。先方は大変良いお方ですし‥‥」
「では一体なにを?」
「はい‥‥それと言うのも、兄の事なのでございます」
 娘は、そう前置きしてゆっくりと語り始めた。

 話は、次のようなものである。
 彼女の兄は、幼いころは武芸に良く商才もある、天才と言われるような子供だったらしい。しかし、年をとるにつれてその才能は次第に目立たなくなり、20も目前に控えた今となっては普通の人よりも若干劣るほどとなってしまった。そのため、志していた仕官の道も断たれてしまい、働く気力を持たなくなった。


「今は‥‥街の良くない人と付き合っているようです‥‥」
「すると、依頼と言うのは‥‥」
 櫛を受付に置きながら、娘ははっきりと口にする。
「嫁にゆこうとしていますが、兄の身が心配なのです。兄を、まっとうな道へと戻してください。兄の付き合っている人達は、山賊がついているとも言われていますし、今戻らないと取り返しのつかないことになりそうなのです。御代は‥‥この櫛で支払います」
 見たところ、少し古びているが作りはまともな櫛。売れば冒険者達への報酬にはなるだろう。そう見た受付の男は、一先ず櫛を受け取った。
「分かりました。では‥‥こちらに一筆お願いいたします」


 かくして、冒険者ギルドに一つの依頼が張り出される事となった。

●今回の参加者

 eb2011 東雲 魅憑(36歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2171 日輪 稲生(21歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3383 御簾丸 月桂(45歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●どこまでやっていいんですか? って‥‥
 何か質問はありますか――依頼を請けてくれた冒険者達に、確認を取ったギルドの受付係は背中に汗を浮べていた。
「そうね、こう、びしばしーってやるのは大丈夫?」
「‥‥えええっと」
(「あぁっ、机が、受付の机が! ギルド長におーこーらーれーるーっ」)
 東雲魅憑(eb2011)が声に出しながら振るう鞭が受付の机にかする様子を見て、新人らしい受付係は内心で悲鳴を上げる。
「駄目なの? それじゃあ‥‥」
「お役人に捕まらないぐらいなら問題ないです‥‥ですからその鞭はそれ以上‥‥」
 さめざめと涙をこぼしながら、受付係は東雲の事を止めた。

●依頼人の名前は本花です
 受付係りが涙を浮べるその横では、依頼人にもう一度依頼の情報を確認する者の姿があった。
「――お兄さんが出入りしていた様な場所は分かる?」
「たぶん‥‥」
 御簾丸月桂(eb3383)の言葉に考え込むようにしながら、江戸の町に詳しいものならばたいていの者は知っている酒場の名前を本花は答えた。
「少し前に家の者がそこで見かけたと言っていましたので‥‥たぶん、昼ならずっといるかと思います。夜になると帰ってきたり来なかったりで、良く分からないのですが」
 俯きながらも、冒険者達の質問に丁寧に答える依頼人。彼女への問いかけが一通り終わると、一条院壬紗姫(eb2018)が微笑みを浮べながら口を開いた。
「如何な手段を持ってしても、兄上には更生して頂かなければなりませんね。本花殿に何の憂いも無く、幸せな結婚をしてもらいたいですからね」
 決意を新たにするような言葉に、本花は微笑みを返す。
「ありがとうございます。どうか、兄をよろしくお願いいたします」
 腰を上げ、受付の前にいた東雲に声をかけて出て行く冒険者の中、思い出したように日輪稲生(eb2171)が尋ねた。
「そういえば、おねぇさんは櫛を依頼料として出された、ということでしたけど?」
 日輪の何気ない言葉に、依頼人の顔が曇った。
「櫛は‥‥もう良いのです。あの櫛も、兄の為という事ならば許してくれるでしょう」
 決めたことです。と穏やかに気丈な微笑みを浮べながら言った依頼人の表情が日輪の心に残った。

●1両でも大金なんです
「いきなり金積んで手切れ金だ? くせぇ話だ」
「そうそう。何を企んでるかぁ知らねぇが、俺達を騙そうったってそうはいかねぇぞ」
 依頼人の兄の姿が見えないところを見計らって、一条院が彼との手切れ金としてちんぴら達に5両を渡す事を提案すると、そんな言葉が返された。
「だいたいだな。アイツから言い出したんならともかく、なんで女なんかに言われなくちゃならねぇん――」
 ちんぴらの一人が一条院に見下すような視線を投げかけながら言葉をかけた瞬間、その鼻先を一筋の銀光が通り抜けた。
「応じぬなら斬り捨てるのみ。山賊と繋がりがあるそうだな? なら、斬る理由は十分だ。
仲間を呼ぶか? 好都合だな‥‥山賊を殲滅出来る‥‥思う存分に人が斬れるのだからな。‥‥試してみるか?お主らの死は避けられぬがな。お主らが命を賭ける程の義理があるか? 二度は聞かぬ‥‥交渉に応じるか応じぬか‥‥」
 それまでの丁寧な気配を消し、抜き身の刀を再び納めながら凄みを利かせる一条院。その姿に、ちんぴら達はおびえた表情を浮かべ、
「‥‥っ! 女なんかに馬鹿にされて黙ってられっか!」
 声を張り上げながら懐から短刀を抜き放ち、刀の鯉口に手を添える一条院に向かって突きかかる。しかし、間に割り込むようにして現れた御簾丸の身体によりそれは阻まれる。
「女の人に手を上げるのは感心出来ませんよ」
「何をいいやがる! この女の方からやってきたんじゃねぇか! 邪魔するとてめえからたたっき――うわあっ!? 足が、足がぁ!」
 御簾丸に迫ろうとした男が悲鳴を上げる。その足は、いつの間にか地面ごと氷漬けとなっている。
「て、てめえか? 一体何をしやがった――!?」
「悪い事するからそーゆー目に合うのよ。良くない行いは悪い運気を引き寄せるものよ?」
 巻物を持つ日輪へと吠える男に、鞭の一閃と共に声がかけられる。
「お仕置き、してあげるわ」
 東雲が鞭を振るいながら彼らへと近づいていき‥‥やがて、街行く人が振り返るような悲鳴が上がった。

●ともあれ、説得です
「これ、は――?」
 悲鳴に気がついたのか、酒場から一人の男が出てくると、目の前に広がる光景に絶句した。
 中肉中背の体格にどこか依頼人を思わせる顔立ち。間違いなく依頼人の兄である。
「あら、珍しい。ちょっと占いをさせてもらってもいいかしら?」
「な、なに?」
 ちんぴら達の背中に容赦なく鞭を振り下ろしていた東雲が振り向いて声をかけると、男はおびえた表情を浮べた。
「お、お前。仲間達に何をした?」
「それより、君が本花さんのお兄さんと言う事でいいのかな?」
「本花の? ‥‥なんだ?」
 いぶかしげな顔をする男に御簾丸が事情をかいつまんで話すと、
「――つまり、俺を説得に来た‥‥っつーことか?」
 男は、戸惑いの表情を消して、つまらなそうにそっぽを向いた。
「めんどくせぇな。なんべん戻らないっつったら分かるんだよ、アイツは。あんたらもご苦労さんだが、俺はもどらねぇよ。アイツにもそう言っといてくれ――」
 ものぐさな言葉が頬をはたく音でさえぎられた。
 それまで後ろに控ていた日輪が、怒りもあらわに平手打ちをした結果である。
「妹さんが可哀想なのです! 妹さんは、大切な櫛を売ってまで私たちに依頼をしてくれたんですよ?!」
「‥‥櫛? 大切な櫛って、まさか‥‥」
 その言葉に愕然とした表情を浮かべる男に、優しく説くように御簾丸が声をかける。
「君、元は神童と呼ばれる才気があったそうだね?
 歳と共に見栄えがしなくなったと、周囲は勝手にそう思ってたみたいだが‥‥
 君自身はどうだ? 周りがどう思ってたとか、どう期待してたかはさておき、だ。
 自分の才能を、大事に育てていたか?
 天賦の才に胡座をかき、周りの評価に満足したままじゃなかったかな?
 才能なんてものぁ、刀とおんなじでよ、手入れもせず放置してりゃ錆びるんだよ。
 どんな名工の作ったものでもな」
「‥‥っ! 黙れよ!」
 御簾丸の言葉を断ち切るように、男は声を張り上げた。
「はっ、詳しく聞いてるみたいで良かったな。俺も兄の愚痴をぺらぺらと話す妹を持って誇らしい限りだぜ」
 いじけた男の言葉に、御簾丸はあくまで説くように言葉を継げる。
「それは違う。妹さんは自分の大切な櫛を手放してまで俺達に頼んだんだ。それがどういうことか分かるだろう?
 君だって、このままの自分で良いとは思っちゃいないだろう?
 周りの勝手な評価だの、レッテルなんてのはどうでもいいんだよ。
 ‥‥まず、君がどうありたいと願ってるのか。そこが大事なんじゃないかなってさ。どうかな?
 可愛い妹さんを悲しませてんじゃねえぞ? 人生諦めるにゃ早いんだ、若人」
「こんなとこで説教なんかして、恥ずかしいとか思わねぇのかよ、おっさん‥‥」
 男は耐えられないといった表情を浮べてあらぬ方を向く。しかし、その横顔は先ほどより表情が緩んでいた。
「‥‥仕方ない。すこしばっかり顔出してやるよ。もうこんなところで見世物にされたくないしな‥‥そうだ。占い師さんよ、さっきの、お願いできるか?」
「え? いいの?」
 何故か驚きの表情を浮べる東雲に、男は強く頷いてみせる。
「あぁ、お願いする。何を見せればいいんだ? 手か?」
「私の占いはそういうのとは違うわ。ちょーっと過激だけど、本当にいいのね?」
「男に二言はねぇ‥‥‥‥なぁ、マテ。ちょいとマテ。その鞭はなんだ? さっきそいつらをしばき倒してた鞭だよな? まさかそれを使うなんてこと――――」
 江戸の町に再び悲鳴がこだました。

●お疲れ様です
『あぁ、そういう方がいらっしゃると思ってましたよ』
 後日、日輪は、依頼人の祝儀がおこなわれると聞いて、彼女の元に向かっていた。
『取って置いて本当に良かった。いつもでしたらそのまま売りはらってしまうのですが、今回は特別です』
 聞いた所によると。兄は家に帰ると、いくつかのごたごたをはさみながらも家業を学び始めたらしい。
『代金も、結構です。なに、すこしばかりごまかし――』
『お前の給金から引いておくからな』
 祝いの席に顔を出し、ギルドから受け取った櫛を本花へと渡す。
「おめでとうございます。それと、お姉さん、これ大切な物なのでしょ?」
「これ――!! 本当に、ありがとうございます‥‥!」
 白粉で塗られた顔が紅を差した様に紅くなった。

――了