大火の炊き出し 〜シモンとエリーヌ〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月27日〜07月02日

リプレイ公開日:2007年07月03日

●オープニング

 パリが赤く染まっていた。
 炎の中で人々は逃げ惑う。
 火を消そうとする者、あきらめて逃げる者、命を救おうとする者。
 人々を扇動し、パリ崩壊を企む不届き者もいた。
「こんな事が起きるなんて‥‥」
 青年シモンはパリ郊外で火の手の上がるパリを見つめていた。一緒にいたのは婚約者となった女性エリーヌである。エリーヌの父の姿もあった。
 それぞれが住んでいた家屋は、この火事の中どうなったかわからない。燃えていない事を祈るばかりであった。
 シモンとエリーヌは以前に炊き出しを行った事がある。その時の経験があり、大鍋などの道具類は荷台に用意されていた。他にもテントなども用意してある。後は馬を繋げるだけで即座に逃げ出せたのだ。
「また、炊き出しをしてあげたいのだけど‥‥」
 シモンは荷台の上を見てため息をついた。自分達が数日だけ食べる程度の食料しかない。他にあるものとすれば腐らない塩とワインぐらいである。とても人様に振る舞える量はなかった。せっかくの大鍋を始めとする道具であったが、今は何の役にも立たない。
「これは立派な大鍋だな」
 中年男性がシモンとおなじように荷台を見上げていた。シモンが訊ねると、中年男性はパリ近くの村で農家を営んでいると答えた。
「村に避難してくる人がたくさんいるのだ。現実的な話をするとだな。逃げてきた者達を放っておいて畑を荒らされたり、家畜を盗まれたりする方が大変なんだ。それなら食材を無駄なく使って作られた料理を用意したほうがいい」
 中年男性は話しを続けた。長を説得するので村に来て炊き出しをして欲しいという。食材は村が提供するから料理して欲しいそうだ。
「行かせてもらいます」
 シモンは即答する。エリーヌも同意し、エリーヌの父も同様であった。

●今回の参加者

 ea1999 クリミナ・ロッソ(54歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2554 ファイゼル・ヴァッファー(30歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●善意
 シモン、エリーヌとその父が馬に荷台を牽かせて村に到着する。
「避難してきた人達はたくさんいますね〜。大雑把に数えて回るですよ〜」
 荷台の後ろを歩いてきたエーディット・ブラウン(eb1460)はさっそく広場にいるパリから避難してきた人を数え始めた。まずはどれくらいの用意をしたらいいのかを知る為である。
 シモン達が炊き出しを頼まれた時、冒険者達が偶然に近くを通ったのである。手を貸す事が急遽決まり、村を訪れたのだ。
「これは大変ね。アニエス、いろいろとやってもらうわよ」
「はい。皆さんにお力を借りますが、がんばってみます」
 セレスト・グラン・クリュ(eb3537)と娘のアニエス・グラン・クリュ(eb2949)は互いに微笑んだ。
 悪い噂が現実になってしまった本日6月27日はアニエスの誕生日である。人助けをする事によっていい日にしようという母心でパリに出向いた所、炊き出しの事を耳にしたのだ。
 セレストはパリを出る直前に、村が属する領主にシフール便を送った。
 代理人で構わないので早い時期に視察してもらい、村への補助を願う内容である。避難者と村人との衝突に備える意味もあるが、それは冒険者仲間で未然に防ぐつもりだ。
「力仕事は任せてくれ。今は眼の前の人を助けることに全力を傾けるぜ!」
 ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)は握り拳を作って張り切るが、冒険者仲間の中に男が自分一人だけと気がつく。これからやることになるだろう力仕事を考えると、一瞬ショボンとなるが、すぐに元気を取り戻す。逆境こそ男を強くするからだ。
「一刻を争う状態ですね」
 クリミナ・ロッソ(ea1999)は状況を目の当たりにして考える。炊き出しが第一に必要だが、それ以外にも必要なものがありそうだ。出来る限りの事をして、人の為になろうとクリミナは心の中で誓った。
 簡単な打ち合わせをした後で、冒険者達はさっそく行動を開始した。

 アニエス、ファイゼル、そしてシモン、エリーヌとその父は炊き出しを頼んだ中年男性と一緒に村の長の屋敷を訪れる。
「これからの炊き出しについてお願いしたいことがあります」
 アニエスは村の長に挨拶をした後で、具体的な相談を始めた。どのような作物が穫れる畑があるのか、空き屋があれば、避難者に貸してあげて欲しいなどと多岐に渡る。
「男手が欲しいんだ。村人から何人か貸してくれ」
 ファイゼルも村の長に様々な話しをする。
 差し当たっては必要なのはカマドである。エーディットが構造を決定し、アニエスが優れた工作の腕で組みあげるようだが、煉瓦、又は石、粘土などの資材運びは男ファイゼルの独断場だ。というか、一人では大変なので村人に手を貸してもらえるように長の許可を得る。
 もし村の男共が嫌がるようであれば、
「男がうじうじ言ってるんじゃねぇ! 女子供が頑張っているのに何もしないつもりか!?」
 と自分が悪役になっても、事を成すつもりのファイゼルであった。
「野菜とやらは任せた!」
 ファイゼルは一人、仲間と別れて長に教えてもらった家を訪ねにゆく。
 アニエスとシモン達三人は中年男性と一緒に村を回って食材集めを始める。とりあえず必要な分を村人にもらうと両手に抱えて広場へと帰る。後でたくさん持ってきて欲しいと頼むのを忘れない。
「これは丹精込められた野菜ばかり。料理し甲斐があるわ」
 セレストがさっそく食材で下ごしらえを始める。
 ファイゼルは男手を集め終わると、教えてもらった場所に行ってカマド用の資材を運んだ。
 あいにく煉瓦はないので、手頃な大きさの石を運ぶ事になった。大鍋などを運んできた荷台をシモンから借りて、それで資材運びをする。
「大鍋を安定させる為に、耐久度の高くしたいのです」
 アニエスはファイゼルに石の積み方の細かな指示を出した。もちろんアニエスも粘土を重ねるなどの作業を行う。
 エーディットが考え、アニエスが具体的な作業を指示し、ファイゼルが組みあげたカマドは完成した。大鍋が載せられ、資材と同時期に運ばれた薪がくべられた。
 エーディットがノルマンゾウガメと一緒に井戸から汲み上げた水を運んできた。そして炊き出しが開始されたのである。
 続いて大きめの石でパン焼き用の石釜が組みあげられる。炎が洩れないよう、熱が逃げないように考えて作られた。
「つっ‥‥次は何を‥‥」
 さらにがんばろうとするファイゼルをアニエスは木陰に引っ張っていって休ませる。四時間は連続で重労働をしていたファイゼルである。
「少し休んで下さい。十分にやって頂きました。私だけではこうは早く出来なかったはずです」
 アニエスはファイゼルに水の入ったコップを手渡すと、母の手伝いに向かった。

「皆様、お互いに助け合う事こそ明日への幸せに繋がるのです」
 クリミナは村の礼拝場で自然と集まった村人に説法を行っていた。
 食料はもちろん、古着や毛布などの提供も呼びかける。
「古着の多少の穴は縫えばいいのです。ないのであれば、穴を縫う手を貸していただけませんでしょうか?」
 他にも炊き出しの手伝いや、怪我人の治療など、手はいくらでも借りたい。
「人が一人だけで生きていく事は非常に困難です。それが普段顔も見た事もない人であっても、『互いに支え合う』気持ちが大切ではないでしょうか」
 クリミナは続いてジーザスの言葉も語る。
 この村には礼拝場があるだけで、教会はなかった。パリに近い事もあり、いざとなれば教会に出向く事も出来るはずだが、それでも村の礼拝場での説法は村人の心に響いたようだ。
 用意が出来たら広場に向かうと、かなりの村人が祈りを捧げた後で一旦家へと戻っていった。

「ここで横になっているといいですよ〜」
 エーディットは体調が悪そうな避難者を見つけると、木陰などを探して休ませる。
 天気はとてもいいので、今の所は雨の心配はない。
 エーディットは食事の際に必要な道具を用意する事にした。
 シモンは食器も持ってきていたが、数が多い方がなにかと都合がいい。それにテーブルがあった方が食べやすい。
 いらない廃材や工作道具を借りて、作ってみる。設計は出来るが、実際に作ってみた物はどこか頼りない。工作の得意なアニエスに最後の仕上げをしてもらって、テーブルが出来上がる。この際、椅子は座れる物ならなんでもよしだ。
 畑の持ち主がやって来て、手を貸して欲しいとエーディットは頼まれる。元気そうな避難者と一緒に、食材運びを手伝う事にした。
 エーディットの横ではノルマンゾウガメが歩く。人の足の早さ並みに歩くカメが食材運びも役立ってくれた。
「そう、それぐらいの大きさね」
 セレストが大ヘラで大鍋をかき混ぜながら、仲間に指示を出す。
 食材の皮を剥いたり、手頃な大きさに切っておけば、調理の時間も短縮される。ファイゼルの『鉄人のナイフ』はエーディットが借りていた。
 ファイゼルも元気が戻り、セレストの指示通りにパンの生地を捏ねる。ドタン、バタンと生地を叩く音が響く。
「よく、出来ましたわ」
 セレストは味見をして満足げな笑みを浮かべた。
 まずは最初に出来たのは大鍋で作っていたスープ煮だ。キャベツを十字に割った中に薄く剥いだ豚肉を差し込んで、香味野菜と一緒に弱火で煮込んだ料理である。
「私がみなさんによそりますよ〜♪」
 エーディットが率先して食器によそって、避難者に手渡す。
「熱いですから気をつけてくださいね〜」
 エーディットは笑顔を忘れずに手渡していった。苦しい時こそ、笑顔が大切だと考えるエーディットである。
 大鍋の隣りではファイゼルの『鉄人の鍋』でミルクポタージュが出来上がろうとしていた。
 蕪と人参、玉葱を微塵切りにした後で柔らかく煮て、鶏ガラ出汁と合わされ、最後に牛乳を入れて、塩、胡椒で味を調えていた。胡椒はセレストが用意したものだが、その分の代金はエリーヌの父が支払った。せめてこれぐらいは手伝わせて欲しいといっていた。
 とにかくお腹が空いていると、些細な事でも人は苛々する。お腹を満たせれば、それだけでかなりのトラブルを未然に防げる。
 細長い干し葡萄入りパンも次々と焼き上がり、避難者に分けられてゆく。ミルクポタージュはお年寄りや病人向けだ。
 食器洗いや井戸水の汲み上げ。着の身着のままで逃げてきた人々への衣料配布とケア。やることはたくさんあったが、まずは初日の間に避難者のお腹を満腹に出来た冒険者達である。
「アニエス、12歳のお誕生日おめでとう」
 夕方、セレストは疲れて草むらで座るアニエスに食事を運んであげる。
「聖誕日を別にすれば、27日はあたしにとって一番大切な日よ」
 セレストは抱きついてきたアニエスの頭を撫でてあげるのだった。

●大挙
 28日になると、村の広場には避難者で溢れた。パリの惨事が本格的になり、押し寄せてきたようだ。冒険者達は住み慣れたパリも気になるが、今は目の前の人達を助ける事に全力を傾ける。
 ファイゼルは、昨日と同じくパンの生地を捏ね終わると、斧を借りて近くの森に出向く。村の長の許可はとってある。
 昨日、エーディットがテーブルと椅子を用意してくれたが、避難者が増えたのでとても足りない状況になっていた。村の男達も手伝ってくれる。
 広場にシモン達と荷車で材木を運んでゆくと、下ごしらえが終わったエーディットとアニエスがテーブルと椅子を作り始めた。ファイゼルも材木運びが終われば、作るつもりである。
 他にもファイゼルは村の男達と元気な避難者に畑などを見回る一時的な自警団結成を呼びかけた。
 近くで聞いていたクリミナがファイゼルにお願いする。もし、腹が空いて畑の作物を盗ろうとしている者がいるならば、罰する前にここで食べさせて欲しいと。
 拒否したり、逃げて盗みを繰り返すのなら罰を与えてもしょうがないが、たまたま炊き出しを知らない者もいるはず。一度はチャンスを与えてとクリミナは頼んだ。
 ファイゼルは承知する。自警団に集まった者達に伝えると約束した。
 炊き出しを手伝ってくれる村人も増える。初日の三倍には避難者の数が膨らんでいる。ざっと数えて60人はいるだろう。
 グラン・クリュ親子のテントは、乳飲み子を抱えた母親達に使われる。授乳やオムツの交換用である。
 牛や羊の乳は村人が運んできてくれた料理用のものを分けてあげた。
「アニエスもこんな感じだったかしら」
 セレストは温めた乳を運んであげたとき、赤ん坊を見て呟くのだった。
「美味しいですよ〜♪」
 エーディットは動けない避難者の所に食事を運んでゆく。
「誰か、歌える方はいません?」
 クリミナは落ち着いた様子の避難者の話し相手をしていた。一人の避難者が笛を吹き始める。それに合わせてみんなで歌を唄った。
 こんな時だからこそ娯楽が必要だとクリミナは思いながら一緒に唄うのだった。
 ブランシュ騎士団黒分隊の隊員一人が、ここに避難場がある事を聞きつけて訪れる。連絡用にと他の避難場所で書かれたメッセージの写しを置いてゆく。
 エーディットとクリミナはその写しを読んでから、離ればなれになった人へのメッセージを集める。黒分隊隊員は新たなメッセージを手に入れると、他の避難場所へと戻っていった。

●そして
 29日、30日と炊き出しは忙しく続いた。
 30日にはセレストが手紙を送っておかげで、領主の使者が村を訪れた。今回の優しさ溢れる行動に補助金が支払われるだろうと言葉を残して立ち去る。
 避難者の中から職能に長けた人達が、村への恩返しを始める。アニエスがそれとなくお礼をした方がいいと奨めておいたのだ。
 技術を持った者には簡単な事でも、そうでない者にとっては難しい事もある。互いに支え合うのが大切であった。
 どうやら29日から30日にかけての夜が暴動の最後であったらしく、火事も鎮火したとの情報が入る。
 1日の朝から避難者は状況を確かめる為にパリへと向かう者が多くなる。家が無事で家族と一緒にパリに戻る者や、燃えてしまったが再建の為など、理由は様々であったが、広場には人が少なくなってゆく。
 お昼過ぎに出された食事を最後にして、炊き出しは終了した。
 帰る場所がない者はしばらく村で預かるが、近くの森の集落で避難者の受け入れをしているらしいので、落ち着いたら移動する事になるだろう。
「荷車に載せておいて、残ったものですが、お持ちになって下さい」
 シモンがいくつかの品物を冒険者達に渡した。
「シモンさんとエリーヌさんは許婚ですか〜…」
 エーディットが自然に寄り添い合うシモンとエリーヌに声をかける。
「いや、まあ、いろいろとあったのですけど、エリーヌのお父さんにも許してくれたので」
 シモンは恥ずかしそうに話す。
「結婚式には呼んでくださいね〜♪」
「はっ、はい!」
 エーディットに答えるシモンの顔は真っ赤であった。
 冒険者達は後かたづけとして、大釜を始めとする調理道具を荷台へと載せてゆく。
 カマドは始めから邪魔にならないように広場の隅に設置したので、そのままにしてゆく事にした。村の長も、中年の男性も、何か祭りでもあった時に使わせてもらうといってくれた。
「大したトラブルもなく、済んだようでよかったわ」
「敬虔な方々が多い村でした」
「生きたいという意志さえあれば多くを失っても人は前に進める‥‥と私は思うのです」
「とにかく、後は自分達の問題だからな。まあ、元気さえあるならなんとかなるもんだ」
「みなさん、手伝ってくれてとても助かったのですよ〜」
 冒険者達はパリまでの道のりを話しながら帰るのであった。