悲しみへの楔 〜ツィーネ〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 87 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月29日〜07月05日
リプレイ公開日:2007年07月06日
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●オープニング
人身売買を行うダンの元に集められる被害者には様々な境遇があった。
家無き者、誘拐された者、そして親がわずかな金の為に売り飛ばす事もある。
集められ、売られた先で連れて行かれた者がどうなろうとダンの知った事ではなかった。
浴びるように呑む為の酒代。女をはべらせる金。媚びへつらう部下への給金。組織の拡大資金。
金はいくらでも使い道がある。
一つや二つの拠点が潰れたからといって、大した事ではない。元々、領主や同業者の襲撃に備えて資金や人材はある程度分散してある。
「代わりのきかないものといえば、俺様ぐらいなもんだ。後は使い捨てよ」
酔っぱらった時、ダンがいう口癖であった。
「テオカ、パリの街は好きか?」
女性冒険者ツィーネは六歳の男の子テオカに話しかける。静かな酒場で食事をとっていた。
「うん。パリは楽しいし好き」
テオカはスプーンでスープを啜る。
「そうか‥‥」
ツィーネはテオカの兄であるレイスになってしまったマテューを安らかにする事が出来た。残るはすべての元凶ダンである。
前の依頼でダンには逃げられた。しかし息がかかった酒場の悪党共によると、人身売買の拠点は歓楽の村だけではない。その内の一つにダンが逃げ込んだ可能性が高かった。
すぐにでもダン討伐の依頼を出したいツィーネであったが、資金は底をついていた。グズグズしているとダンの居場所がどこになるのかわからなくなる。
ツィーネはジレンマの直中にあった。
「見つけましたよ」
ツィーネとテオカが座るテーブルにやってきたのはアニーという少女である。アニーはツィーネと同じ村の出身で、姉をダンに殺された経緯を持つ。
アニーはこの辺りにツィーネの定宿があるのを冒険者ギルドに聞いてやってきたのである。
「報告書を読ませて頂きました。なんといっていいか‥‥。とにかく、あとはダンなんです。私とツィーネさんの敵でもあるダンについて何か知りませんか?」
アニーに訊ねられてツィーネは依頼が出せない状況を話した。
「わかりました。養父母から預かった、亡くなった姉カミラの供養に使う資金がまだ残っています。これで依頼を出します」
「いいのか?」
「ツィーネさんみたいに、剣が扱えないわたしにできるのはこれぐらい。よろしくお願いします」
会話をするアニーとツィーネをテオカは不思議そうに見つめていた。
アニーが翌日に冒険者ギルドを訊ねて依頼を出した。
人身売買の元締めダンを討伐する内容だ。
ダンとその人身売買組織はかなりの領主から手配を受けている。倒した所で、後で厄介になる事はない。
ツィーネはさっそく依頼に入る。
「ツィーネさん、あともう少しですね」
受付の女性が手続きの終わったツィーネに声をかけた。
「あなたにも迷惑をかけた。許して欲しい。あともう一息なんだ」
「そんな事ありません。無事、依頼が成功するのを祈ってます」
ツィーネは受付の女性に手を振り、ギルドを立ち去った。
●リプレイ本文
●山中
冒険者達は初日のうちに山の麓へ到着した。
馬車や馬などで移動を行ったが、リンカ・ティニーブルー(ec1850)はセブンリーグブーツを履いて仲間より先に麓周辺を訪れていた。
麓近くの物売り達によれば、かなりの人数が山中で生活している事がわかった。リンカは食料と酒の用意の差から、人身売買の者達は10人以下、被害者は20から30人の間と判断する。
夜、リンカはたき火を囲む仲間に報告した。拠点を調べる時間はなかったが、明日から仲間と行えばいい。
「お初じゃのぅ。ファイターのヴィルジール・オベールじゃ。ヴィルと呼んでおくれ」
全員が集まった場でヴィルジール・オベール(ec2965)が豪快な笑いを混じらせながら挨拶をする。だが、すぐに引き締まった表情でツィーネを見据えた。
「人を売り買いするとは‥ダンなる男の何たる悪行! そんな輩を許しておくわけにはゆかぬ! お手伝いをさせて頂きますぞ!!」
「よろしく頼む。今も犠牲になろうとしている者がいるはず」
ヴィルとツィーネは強く握手をした。
「テオカくんと仲良くやっていますか?」
ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)はツィーネが養っているテオカを心配する。
「ああ、いい子だからな。テオカは」
ブリジットはツィーネを優しい瞳で見つめる。依頼の出発時、ブリジットはツィーネを祝福した。『貴方に聖なる母とマテューのご加護がありますように』と。
ツィーネはたき火を見て出発時の事を思いだす。
国乃木めいが『幸せになる以上の供養はありません。彼の想いは、何時も貴方と共にあります』といい、テカオの為にもとツィーネにコインを握らせたのだ。
「必ず生きたお金として使わせてもらいます」
ツィーネが思いだしながら呟くと、隣りの本多風華(eb1790)が声をかける。
「全ての元凶たるダンを倒し、下らぬ人身売買組織を完膚なきままに潰しましょう。涙を流してきた弱き民に笑顔を取り戻そうではありませんか」
本多にツィーネは頷いて、お互いに持っていた金貨を一枚交換する。
本多は昼間にサンワードを使ってダンを探すという。ツィーネと国乃木の想いがこもった金貨で太陽に訊いてみるそうだ。
「さて、一連の決着をつけられるといいな、と。ガラじゃないが、それなりに頑張らさせてもらうさ」
ヤード・ロック(eb0339)は呟くと『ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼』を取り出す。
「ほい、ここに置いておくぞ? 活用してくれな、と」
ヤードは木臼をリンカの前に置いて大岩の上に寝ころんだ。
「ツィーネ‥‥これで決着つけようね」
リスティア・バルテス(ec1713)が耳を隠す為に被っていたローブのフードを、ツィーネが降ろす。
「今は誰も気にしない。ティア、これまでありがとう。これ以上、犠牲者をださない為にも決着をつけよう」
ツィーネは強い意志を瞳に宿していた。
「慎重に行動するとしよう」
エイジ・シドリ(eb1875)は夜の山を見つめる。成功の為には地形を把握して、逃走経路の確保などが重要である。被害者が囚われているはずの洞窟についてはよく知らなければならないと、エイジは考えていた。
●準備
二日目、昼前に冒険者達は洞窟が望める場所まで近づいていた。馬車や馬は麓で御者に任せるが、リンカの一頭だけはみんなの持ち物も載せて一緒に連れてゆく。
麓の集落にいたのは6名の一家族。ダンの組織には迷惑しているので、討伐してもらえるならとても助かるといっていた。
二日目と三日目をかけて、下調べが行われる。
「小屋と同じ距離を太陽が教えてくれました。ダンは小屋にいるでしょう」
本多がサンワードで答えを導きだす。
目標がはっきりとした所で、エイジとリンカは、周辺の地形について調べ始めた。他の冒険者は、この場からの監視と、発見されにくい野営作りを含める様々な用意をする。
落とし穴や鳴子などが周囲に仕掛けられていたが、どれもずさんであった。崩れて穴が露出しているものや、張られたロープが切れた鳴子もある。
正常な仕掛けも残っているので気は抜けないが、ダンの組織のあり方がわかる状況だ。見張りもろくに行われておらず、洞窟のすぐ側まで近づいても発見される危惧はなかった。
ただ、さすがに洞窟近くに二人の見張りが立っていた。酒で顔を真っ赤にしてフラフラした様子だが、体格だけは立派でどちらも身長1・8メートルはある筋肉質の男だ。6時間ごとに交代している。
「崖がある。しかも途中から左右に逃げる事も出来ない袋小路になっている崖だ」
夜の野営時にリンカが仲間に話す。どのような状況になるかは想定しづらいが、最初に攻撃を仕掛ける方向を考えて、ダンが逃げる場所を限定しようと考えていた。その作戦に崖はちょうどいい場所である。
「その前に捕まえられるといいかな、と」
ヤードは小屋から出た所を捕まえるつもりでいた。
「罠にかからんようせんとな。襲撃班だとリンカ殿の言う通りにいきますわぃ」
ヴィルは愛刀を手入れをする。
「救出組は私とエイジさん、ティアさんです」
ブリジットが救出組の仲間の顔を順に眺める。
「救出は素早く行動しなければならない」
昼間にエイジは洞窟に抜け穴がないか外側から調べたが、見つからなかった。もし洞窟に抜け穴があり、ダンが逃げ込んだとすれば厄介な事になる。絶対に洞窟には近寄せないようにと考えていた。
「私は皆の回復ができるよう心がけるね」
リスティアが十字架を手にして祈った。
「襲撃班に参加させてもらう。ダンが遠くに逃げられないように、小屋近くの馬を解き放つつもりだ」
ツィーネは仲間に頷いてから、闇の向こうにあるはずの小屋を見つめた。
●行動
四日目の太陽が昇ると同時に行動は開始された。
本多がサンワードを使って最後の確認をする。確かにダンは本多から小屋程度の距離にいると答えが出る。洞窟との距離ではあり得ない。
まずは救出班の出番であった。
エイジが洞窟のある崖斜面の突起を伝って、見張りの真上まで移動する。そして小屋へと繋がる鳴子のロープをゆっくりと切断した。近くに伸びている枝に結びつけて動かないようにする。
エイジの合図で、ブリジットが見張りの一人へと一気に近づき、初撃を打ち込んだ。
「この利剣は飾りではありません。悪魔と変わらぬ仕業‥悔い改めない者に掛ける慈悲は死と心得なさい」
ブリジットはオフシフトとカウンターアタックを駆使する。見張りを怯ませるとコアギュレイトで呪縛させた。
エイジはもう一人の見張り目がけて飛び降りる。見事、後頭部に当たり、見張りは動かなくなる。
「痛ったたた」
ただ、エイジも着地に失敗して地面に背中から落ちてしまった。
「大丈夫?」
リスティアがリカバーでエイジを回復する。大した事はなく、見張りから鍵を手に入れて救出班の三人は洞窟内に進入する。
エイジが外へと繋がる鳴子のロープを斬って固定する。中にいた檻の門番二人をブリジットが倒す。
リスティアが鍵で檻を開けた。囚われていたのは10歳前後の幼い者達である。26人いた。
被害者達が洞窟から飛びだしてゆく。
ブリジットとエイジが洞窟の出入り口側で見張りをする。リスティアが大きく手を振って合図をすると避難者を追いかける。怪我をしている被害者を見かけたからだ。
合図で襲撃班は行動を開始した。
ツィーネが小屋近くに繋がれていたダンの組織の馬を解き放つ。
小屋の側まで近づいていた本多がクリエイトファイヤーで炎作り出して藁へ移す。少し離れてファイヤーコントロールで小屋へと燃え移らせる。
そして待った。ダンが飛びだしてくるのを。
燃え上がる小屋から組織の者が逃げだす。
ヤードはプラントコントロールで蔓を動かして待機していたが、ダンはなかなか出てこない。
「ヤード、小屋の後ろに穴がある! ダンが飛びだしたぞ!」
リンカが木臼に乗り上空で矢を放ちながら叫ぶ。標的はダンであるが、不安定なのでとても当たる感じは掴めない。だが威嚇誘導には使えた。ダンを崖へと向かわせる。
ツィーネがダンを追跡する。ツィーネはダンは馬を繋いである場所に現れた所を目撃したのだ。
「くそっ。逃がさないようにしないと考えていたのに」
ヤードは組織の者達を蔓で転がしてヴィルの援護をした。動きが鈍い者はストーンで固めてしまう。
「命が惜しくば去るがよい! 警告は一度きりじゃぞ?」
ヴィルが日本刀と盾を手に組織の者に立ち向かう。間合いに入ると、スマッシュとバーストアタックで切り裂く。
「今までの所業を悔いながら地獄の業火に灼かれるが良いでしょう!」
本多はファイヤーコンロールで炎を組織の者にまとわせる。そしてアイスブリザードを唱えた。
酔っていて正常な判断を行えないのか、組織の者達は逃げ腰であったものの、降参しなかった。
今、ダンを追っているのはリンカとツィーネだけだ。実力的には十分な二人だが、卑怯なダンが、どのような手を使ってくるかがわからない。
襲撃班のヤード、ヴィル、本多は焦っていた。
「ダン、覚悟しろ!」
ツィーネはダンを崖に追いつめる。リンカがツィーネのすぐ後ろに木臼で降りた。
リンカは矢を放つが、ダンが持っていた剣で叩き落とした。
「いい女になったなあ、ツィーネ。ったく、マテューなんかにはもったいないと昔から思ってたのさ。どうだ? 毎晩かわいがってやるから、俺の女にでもなりな」
この後に及んでダンは不敵であった。
ツィーネは言葉を返さずにダンへと立ち向かった。レイスになったマテューを無に返そうと手に入れた魔剣で。
剣と剣が叩きつけられて火花が飛び散る。リンカは弓を引きながら、ダンが逃げださないように立ち塞がった。今撃てば、ツィーネに当たるかも知れない。
ツィーネの振るった魔剣がダンの右手首を切り落とす。握る右手がついたままのダンの剣が崖の上に転がる。
血が吹きだす右腕を左手で抑えながら、ダンが吠えた。
「たっ助けてくれ‥‥」
いきなりダンは弱気になって、命乞いをし始める。
仲間が崖に集まってきた。救出班も、襲撃班も全員だ。
命乞いするダンを前にツィーネは黙って立っていた。
ツィーネが仲間に振り返ろうとした瞬間、ダンが左手で落ちていた剣を拾おうとする。
「ツィーネ、危ない!」
リスティアが叫び、ツィーネが振り向きざまにダンを斬りつけた。そのまま体勢を崩して倒れる。
ダンは肩を斬られたものの、左手で剣を拾い、倒れたツィーネに斬りかかろうとする。
本多がムーンアローを唱えた。
エイジはスリングで石を飛ばす。
リンカは矢を放つ。
ヤードは草を動かしてダンの足を引っかける。
バランスを崩したダンは崖から半身をはみ出させたが、倒れているツィーネの足を剣を離した左手で掴んだ。ヴィルとブリジットが崖へと引きずられてゆくツィーネを引き留める。
ダンの左手が血で滑り、ツィーネの足首から離れてゆく。
ダンは迫りだした岩に強く叩きつけられた後、暗くて深い崖の底へと落ちていった。
●その後
五日目、小屋の焼け跡からは熱で一塊りになった硬貨が発見された。それ以外に価値のあるものは見あたらない。
鍛冶の技術があるヴィルはとても残念がっていたが、塊りを融かす道具もなく、それに時間がかかる。諦めざるを得ない状況だ。
冒険者一行は避難者を連れて麓の集落を訪れる。ダンの組織の者は一人だけ生き残っていた。
ツィーネは国乃木からもらったコインを集落の一家に渡す。
「しばらく避難者達を預かってくれ。出ていきたい者は放っておいてもいい。早い時期に、領主からの使者が来るように手配しよう」
ツィーネは国乃木も理解してくれるだろうと考えていた。
「教会にも被害者達の保護を申し出ておきます」
側にいたブリジットがツィーネの言葉を補足する。
冒険者達は預かってもらっていた馬車に乗る。自らの馬やセブンリーグブーツで来た者も一緒にパリへと帰還した。
六日目、冒険者ギルドで報告を終わらせて、衛兵にダンの組織の者を引き渡す。そして領主への手配を頼んだ。
王宮前広場で冒険者達は話しをする。
「‥終わったね。ツィーネ‥お疲れ様‥。‥もう泣いたっていいよ? 貴女はもう強くなくてもいいんだから‥。これからどうするの?」
リスティアは乱れていたツィーネの髪を撫でつけてあげる。
「みんなに助けられてやり遂げられた。ありがとうティア。みんなありがとう」
涙目のツィーネは一人一人を見つめた。
「テオカがパリを好きといってたんだ。家を借りて住もうと思う。ただ、冒険者を続けるかどうかはわからない。剣を振るう以外にわたしに出来る事があるのか、よく考えてから決めようと思う」
「貴女がこれからどんな道を行くのだとしても、困った事があればいつでも声をかけてね。‥友達なんだからさ!」
ツィーネにリスティアは笑顔で答える。
「あの程度の輩には、ああいう最後がお似合いってことかのぅ‥。ちゃんとどこかで神様は見ているのかもしれん」
「そうだと思う。ですが、神様だけでなくヴィルさんにもお世話になりました」
ヴィルにツィーネは礼をいう。
「弟殿と仲良くお元気で。縁がありましたら、またお会いしましょう」
「本当に助かりました。本多さん」
本多は簡単な東洋の占いをする。ツィーネの未来は明るいようだ。
「パリにいればどこかで会う事もあるだろう」
「はい。エイジさんもお元気で」
エイジは素っ気ない態度であったが、笑顔になったツィーネに喜んでいた。
「テオカくんと一緒にパリに留まるのですか。いつも笑顔でいてあげてください」
「はい。その事を忘れずにいます」
ブリジットは十字架のネックレスで祈りを捧げた。
「ツィーネも人がいい。めいからのお金を被害者達に使ってしまうとは。でも、そんなツィーネでいてくれ」
リンカがコインをツィーネに握らせる。
「これ?」
ツィーネにリンカは頷いた。
ヤードはツィーネの掌にのっていたリンカのコインに、自分のコインを追加する。
「ま、金はあっても困るもんじゃない。マテューのやつの弔いも必要だろうし。が、それはあげたのではないからな。貸しただけだ。これからどういう道を選ぶのかは知らないが金持ちになったら利子つけて返してくれ。それまで貸しておくさ、と」
ヤードはベンチに寝転がってツィーネに背中を向ける。
「‥‥楽して儲ける依頼探してるはずなのに赤字ってのは‥‥やれやれ。人がよすぎたかな、と」
誰も聞こえないように呟くヤードであった。
「ツィーネおねえちゃん〜!」
ツィーネを見つけて駆け寄ったのはテオカであった。今日が帰りの日だと知っていてギルドに立ち寄り、ここにいるのではと受付に聞いてやってきたそうだ。
「おねえちゃんのこと、ありがとう」
テオカが冒険者達にお礼をいった。
そして冒険者達は笑顔で別れるのであった。