約束の道標

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2006年11月23日

●オープニング

「この木でいいかな」
 この季節、山の麓ではすでに広葉樹の葉は落ちていた。残る木々の緑は寒さに強い針葉樹のみである。
 エリック青年は枝の根元を足場にして木に登る。お目当ての高さまで届くと、今度は背中の袋から色が塗られた板を縄でぶら下げた。簡単には落ちないように何カ所も縄で固定する。
「これでよし」
 エリックは枝に座ると、羊皮紙を取りだして書き込んだ。
「またいるな。あの子」
 エリックは気がついていた。少し離れた岩場に少年が座ってこちらを見ている。ここ一週間、自分を遠くで眺めていて、夕方になるとどこかに帰ってゆく少年の姿があった。
「何か俺に用かい?」
 さすがに気になったエリックは木から降りると少年に近づいて訊ねた。少年は返事をせずに駆け足で立ち去る。
「なんだろうね」
 エリックは少年を追いかけずに作業を続けた。翌日になり、エリックはいつものように木に登って板をぶら下げていると遠くで声がする。
 自分を眺めていた少年を子供達が囲んでいた。話しの内容からすると少年はからかわれているようだ。エリックは地面に降りると子供達に近づく。
「なんだよ!」
 子供達がエリックに気がついた。
「関係ないだろ。どこか行けよ」
 一番体の大きい子供がエリックに突っかかる。エリックは子供達にいろいろと言われても無言のまま立ち尽くした。
「変な奴!」
 根負けした子供達は少年を残して逃げていった。
「あーあ、怪我してるのか。あいつら乱暴だな」
 少年の足には擦り傷があり血が滲んでいた。エリックは近くの小川まで少年を連れてゆき、傷口を洗ってやる。
「俺はエリック。名前ぐらい教えてくれてもいいだろ?」
「‥‥ミロ。止めろよ。子供扱いするな」
 エリックがミロの頭を撫でようとすると手を振り払われる。
「すまん、すまん。ついな。ところでミロ、いつも俺を見てるがどうしてなんだ?」
「変なことしてるからさ。なんで板を枝にぶら下げているのさ?」
 エリックは辺りに響くほどの大きな声で笑った。
「いや実はな――」
 エリックは理由を語る。エリックの住む集落は山深い場所にあり、冬になると閉ざされてしまう。医者は集落にはいなくて病人怪我人が出たときは大変なのだと。そこでエリックは夏の間に雪が降り積もっても隠れることが少ない木の枝に道標をつけることにした。そうすれば吹雪でも迷うことなく山を下りられると考えたのだ。
「この辺だって吹雪のときは大変なんだぞ。もうすぐ本格的な冬だしな。俺んとこの集落はもう雪が積もっているはずだ」
 話し終わると腰かけていた岩からエリックは立ち上がる。
「もうひとがんばりしないとな」
 エリックは作業を再開しようと目的の木に近寄った。しかし後ろに引っ張られて振り向く。
「まだなんか用か?」
 ミロがエリックの背負っている袋を掴んでいた。
「‥‥袋あると登るの大変だろ。ぼくが下から板を放り投げてやるよ」
「そうか。ありがとうな」
 エリックはミロに袋を預けた。
 三日が過ぎる間、ミロはエリックの所に現れて作業を手伝った。次第に打ち解けた二人の間には笑いがこぼれるようになった。
「あれ?」
 四日目の寒い日、いつものようにやってきたミロはエリックを探すが見つからない。間隔ごとに板をつけるのだから、エリックの現れる場所は限定されているのにだ。
「もしかして」
 ミロは足下にある崖下に行く為に緩やかな坂まで走った。崖下に着いたミロは注意深く進む。
「兄ちゃん!」
 ミロは倒れているエリックを発見して駆け寄る。
「――コレット、必ず俺は――」
 エリックはうわごとを繰り返す。天からは雪がふわりふわりと舞い降りていた。
「何だ。ミロか‥‥」
 しばらく経つとエリックは意識を取り戻した。
「ドジっちまってな。落っこちたんだ。もうすぐ終わって集落に帰れるっていうのに」
「いいから。ぼく、助けを連れてくるから!」
「これを‥‥頼む」
 エリックはミロに道標の位置を書き込んだ地図とわずかばかりのお金の入った小袋を渡した。
「集落には地図と道標が必要なんだ。これがないとまた今年の冬の間も病人が出たら大変なことに‥‥届けて‥‥」
 エリックが気を失い、ミロは麓の村まで助けを頼みに走った。救出されたエリックは一命を取り留めたものの、何本かの肋骨と右腕、両足骨折の重傷であった。昏睡状態も続いていた。

 夜が訪れようとする薄暗い最中、冒険者ギルドをミロは訪れた。顔や手など肌が露出している箇所は傷だらけで、服は汚れてぼろぼろになっていた。
「どうかしたの?」
 受付の女性はその様子に驚いて声をかけた。
「これを‥‥届けて欲しいんだ。ぼくじゃ無理なんだ」
 ミロは泣きそうなのを必死に我慢しながら、地図とお金の入った小袋を受付の女性に渡した。
「そこに記しがある集落まで‥‥頼みたいんだ。ぼく、行ったんだけど吹雪で何も見えなくて、寒くて引き返したんだ。なんでぼくは子供なんだろう‥‥」
 我慢しきれずにミロの瞳から涙がこぼれた。鼻をすすり、つっかえながら話す。
「エリックお兄ちゃん、ぼくだけに話してくれたんだ。コレットって恋人がいたんだけど、病気になって、お医者さんも呼べないで死んじゃったって。だから、たとえ吹雪でも山を下りられるようにするって‥‥恋人の墓に誓っ‥‥」
 ミロの言葉は最後聞き取れなくなっていた。事情を察した受付の女性は温かい飲み物を飲ませ、落ち着くのを待った上で依頼を書いてあげるのだった。

●今回の参加者

 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5338 シャーリーン・オゥコナー(37歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb8754 レミア・リフィーナ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●準備
 冒険者達はミロの住む村に向かった。村のある山の麓は既に雪が積もっていた。
「来てくれたんだ!」
 家を訪れた冒険者達の姿にミロの瞳は輝いた。
「‥‥地図を‥くれないかな?」
 アルフレッド・アーツ(ea2100)が頼むとミロはすぐに渡してくれた。地図を広げたアルフレッドはじっくりと観る。地図は正確さが要求される。それだけなら簡略化されているエリックの地図は失格だろう。しかしどう安全に進むかを重視した内容にはエリックの心が詰まっていた。
「大事な‥地図だから、書き写せれば‥よかったけど。羊皮紙は‥たまたま買ってきて‥‥でも筆記用具を家に忘れて‥」
 アルフレッドが肩を落とすと、ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)が筆記用具を差しだした。
「あたしも書き写そうと思っていたのね。帰りにも必要だしね。でも大陸の地図を描くのが夢だっていってたから任せるね」
「ありがとう‥」
 アルフレッドはテーブルを借りるとさっそく地図を書き写し始めた。
「さて、そこのちびっ子、経緯を話しなさい」
 レミア・リフィーナ(eb8754)はミロの目前に立った。ミロは道標の説明から、エリックと仲良くなり手伝ったことまですべてを話す。エリックが足を滑らせてしまったことも死んだ恋人の話もだ。
「つまりわたくし達はそのエリックとか言うドジな男の尻拭いをさせられる訳ですわね。‥‥な、なんですの、その冷たい目は」
 ミロだけでなく仲間の冒険者達もレミアを冷ややかに見つめていた。
「わたくしは本当のことを言っただけですわ!」
 プイと目を逸らしたレミアだが、背中に感じる視線の痛さに耐えられなくなる。
「ああっ、もう解ったわよ。悪かったわ、少し言い過ぎました!」
 みんなの表情が和らぐと、ミロは近況を話した。エリックは未だ目を覚まさずにミロの家にいる。お世話はミロの母親と姉がしてくれているそうだ。
「‥‥あのさ。ぼくも一緒に連れてってくれないかな?」
 いいにくそうしていたミロが大きな声でお願いする。
「一緒に行く? 冗談にしては面白‥‥本気の様ですね」
「邪魔にならないようにがんばるからさ」
「‥‥ミロでしたわね。人には役割があります。例えばそのエリックという男が集落のために道標を立てた様に、あなたが傷だらけになりながら冒険者に依頼を持ってきた様にわたくし達にも役割があるのよ」
 レミアは腰を落としてミロと視線の高さを同じにする。
「それがこの地図を届ける事。心配しなくても必ず届けてあげるわ‥‥あなた達二人の想いと共にね」
 ミロは頷いた。
「ねえ、ミロさん、その他で気がついた事はないですの?」
 シャーリーン・オゥコナー(eb5338)もミロに合わせる為に屈む。
「そういえば――」
 ミロはエリックが崖に突きだして積もる雪庇が危険だといってたのを思いだして話した。地図と道標ではわからないから気をつけないといけないと。
「ミロさんを連れて行けるほど余裕のあるメンバーではないのが申し訳ないの」
 シャーリーンの言葉にミロは首を横に振るのだった。

 ウィルフレッドは地図の写しができるまで、ミロの家の小屋でロバの世話をしていた。
「こんなのでどうかしら?」
 ミロの母親がロバ用に大きな毛布を持ってきた。うまく被させられるように縫製されていて温かそうだ。
「マスクもあるのよ」
 ロバの顔用に作られた毛布製のマスクだ。
「ありがとう。とても助かりますね」
 ウィルフレッドはミロの母親にお礼を渡そうとするが断られる。
「雪はあまく考えてはいけません。少しでも隙間無く着られるように直しましょう」
 ウィルフレッドは同意した。その日、ミロの母親の好意で冒険者達は泊まることにした。

●雪山
 二日目、冒険者達は夜も明けきらない内に防寒服を着込んで集落を目指した。横殴りの雪は強くなってゆく。まだ深くは積もっていないが辺りを白く染めていた。
「これほどになる時期ではないのにね」
 ウィルフレッドが呟くと、シャーリーンは異常気象だという。レミアはデビルの仕業に違いないと断言した。
「あ〜、もうついてませんわ! この間はジメジメした洞窟。今度は吹雪の雪山だなんて!」
 レミアはぶつぶついいながらも先頭に立ち、優れた視力で道標の位置をアルフレッドに知らせる。アルフレッドはロバの後ろで低く飛んいた。地図を時々取りだしては道標と照らし合わせる。ウィルフレッドはロバを引きながら進んだ。シャーリーンはそれを手伝っている。
 道標はよく考えられていた。根元の枝の方向が次の道標の位置を指していた。しばらくすると誰もがどれくらいの時間が経ったのか分からなくなってきた。辺りが薄暗いのも判断を鈍らせる。
「休憩‥しよう」
 アルフレッドは地図で横穴を探した。ロバも含めて横穴に入ると暖をとる。ウィルフレッドが松明を使って温めたワインをみんなで回し飲みする。
「どうしてこの依頼を受けたのかな?」
 ウィルフレッドが訊ねると順に答えてゆく。
「わたくしはシフール飛脚ではないのだけれど、暇だし引き受けて差し上げたのですわ」
 レミアは高笑いする。
「ミロさんとエリックさんの思いに応えてあげたいの。ウィルフレッドもそれだから頑張っているのよね」
 シャーリーンは自分とあわせてウィルフレッドの気持ちも代弁する。
「水の精霊よ、風の精霊よ、彼の者達の気持を村まで届けさせたまえ」
 シャーリーンは祈った。
「お届け物は‥シフールの本能です‥お届け物が地図なら‥‥強い想いで命がけで作られたものなら‥絶対に‥届けたいです‥‥」
 アルフレッドは持っている地図を強く胸に押しつけた。
「さて、夜になるまでもう少しがんばりろうね」
 ウィルフレッドの言葉で全員が横穴から出て歩き始める。
 できる限り歩いた後、辺りが暗くなる前に風が吹き込まない場所へテントを張る。薪を集め、残ったワインとシャーリーンが出した水、保存食を温めて腹を満たす。近くに保存食の隠し場所があるが誰も手を付けなかった。
 アルフレッドは小枝をテント周辺に撒く。何かが近づいたなら折れる音でわかるはずである。冒険者達は早く寝ることに決めた。地図から想像すると、集落までのこれからが大変そうだった。

●集落
 三日目、吹雪は未だ止まずに冒険者達は切り立った断崖の側を進む。山の勾配は厳しく、雪庇を警戒してなるべく端には寄らずに歩いた。
 ウィルフレッドとシャーリーンは崖下から強風が吹き上げると怯えるロバを抱き抱えた。体力を維持する為に何度も休憩をとる。無理に急ぐのは危険だと全員で決めたからだ。
 道標の色は赤がよく目立つようになってきた。より慎重に獰猛な動物がいないか注意深く進む。
「狼?」
 吹雪く音に混じって遠吠えが聞こえる。かなり遠くのようだ。
「あれは‥‥」
 もうすぐ暗くなろうとしていた頃、シャーリーンが指差す。霞んで見えるが、確かに家々が並んでいた。
 冒険者達は一軒の戸を叩いて、集落の長の家を教えてもらう。
「エリックからの使いと聞いたが? とにかく入ってもらって話しを聞こう」
 冒険者達が家を訪ねると集落の長が現れた。暖のある部屋に通されると、冒険者達は暖炉にかじりつく。食事に招かれた冒険者達は長に地図を渡した。そしてエリックが道標をつけたとこや、怪我をした様子を伝えた。
「そうですか。あのエリックが――」
 長は集落でエリックの身に起きた出来事を話す。恋人が死んで茫然自失の日々を送っていた事、姿を消したのを集落のみんなが心配していた事などだ。
「今夜は何も心配なくゆっくりと休んでくだされ」
 長の言葉に冒険者達は甘えることにした。

●想い
 四日目、英気を養った冒険者達は朝早くに出発しようとしていた。
「これをお持ちになってくだされ。集落の者の気持ちです」
 長は何かを渡そうとするが冒険者達は受け取ろうとしない。
「この地図は依頼だから届けただけ‥‥お礼をあげるなら依頼者に差し上げなさい。お人好しな一人の男と勇敢な一人の少年にね」
 レミアの言葉に冒険者達は頷くと集落の人達に別れを告げた。行きよりか吹雪はおとなしくなったが気は抜けない。
「ここに‥行ってみたい‥‥です」
 アルフレッドが地図を指差す。そこには点だけが記されていた。
「帰り道の近くだし、行ってみたいですの」
 シャーリーンの他にも意見が一致して寄ってみることになる。
「そういうことなのね」
 ウィルフレッドが呟いた先には墓がある。エリックの恋人であったコレットの名が刻まれていた。エリックの想いを感じながら各々が祈りを捧げる。
 それからテントを張るまでの道のりは順調だった。腹を満たすと冒険者達は明日に備えて寝るのだった。

●旅の終わり
 五日目、雪はまだ止んではいないものの荒れた天気は収まってきた。
 冒険者達は改めて地図と道標のすばらしさを実感していた。帰りは一度通った道のりなので余裕がある。道標の道筋から外れれば穴や落石、わかりにくい道に迷い込みそうなどの危険が多々あった。視界の悪い吹雪の中で何の案内もない状態で麓と集落を行き来するのはまず無理だろう。
 冒険者達は何事もなく山の麓にあるミロのいる村に着く。家を訪ねると喜びいっぱいのミロが出迎えてくれた。
「エリック兄ちゃん起きたんだ! 地図は? 地図はどうなったの?」
 ミロの問いに冒険者達は笑顔で答える。
「あなた方が届けてくれたのですね。こんな格好ですみませんが、ありがとうございました」
 ベットに横たわるエリックは、見舞ってくれた冒険者達にお礼をいった。
「コレットさんの‥お墓にも‥‥いってきました。春までには‥‥体を治して、エリックさん自身で‥‥報告にいって下さいね」
 アルフレッドがエリックに書き写した地図を渡す。
「泊まっていけばいいのに」
 冒険者達はミロに引き留められたが今日中にパリへ戻ることにした。冒険者ギルドに向かう足取りは軽やかだった。