●リプレイ本文
●きっかけ
ピュール助祭は一度うつむくが、すぐに背筋を伸ばして声をかけてくれた冒険者達に向けて祈りを捧げた。
「わたしの言葉に賛同して頂ける方々がいるとは‥‥ありがとうございます」
ピュール助祭の服を孤児の男の子が引っ張り、涙を拭く布を渡す。
冒険者達はさっそく行動しようという話になる。まずは拠点場所が欲しいと、ウェルス・サルヴィウス(ea1787)が提案した。
「そうね‥‥」
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)が思いだす。前にパリ市街で炊き出しを手伝った杉の木がたくさんある広場が近くにあるはずだと。
何かあればその広場に集まるという約束で、冒険者達は行動を始める。
「もうしばらくここで言葉を投げかけたいと思います」
ピュール助祭は街角に孤児の男の子と残るそうだ。
「私も呼びかけを手伝います。通り過ぎる人々の心のどこかに留まってくれることを信じます」
アーサー・リーコック(eb3054)も街角に残るという。
「人集めと皆が心落ち着くように竪琴を奏でるつもり。ピュール助祭とアーサーさん、呼びかけと交互にやりましょう。そして、呼びかけが終わったら教会まで連れて行ってくれますか?」
ミラ・コーネリア(ea4860)はピュール助祭にお願いすると竪琴を奏で始めた。
ローガン・カーティス(eb3087)と一緒にいたナセルがミラの音に合わせて踊り始める。
「まずは友人、知人に呼びかけるつもりです。それではまた後でお会いしましょう」
ローガンは人混みに消えてゆく。
他の冒険者達は広場に向かおうする。だが鳳令明(eb3759)があまりの荷物に動けなかった。ガイアス・タンベル(ea7780)の馬に荷物を載せてもらい、広場へと着いた。貧民街が間近にある場所だ。
「それではボクは見回りをして、壊れた家があったら修理をやろうと思います」
ガイアスは令明の荷物を置くと、愛馬に跨って街へと繰りだした。
「とにかく炊き出しじゃあ! うぅおおおおお! やったるじぇぇ〜!」
令明は意気込みを声に出すが身の回りには何もない。調理道具も食材もないし、よく考えれば料理も得意ではない。
「あっちで何かやっているよ〜☆ 炊き出しだと思うけど〜♪」
「なにい〜!」
キャル・パル(ea1560)が同じシフールである令明の隣りで羽ばたいて教える。
「そういえばあたし達に続いて炊き出しをしてくれた方々がいましたわ。あの時を思いだして、炊き出しをしてくれているのかも」
近づいて訊いてみると、セレストのいう通り、今回も人助けをしようと炊き出しをしてくれているそうだ。
令明は一から始めるより役に立つと考えて、炊き出しを手伝う事にした。食材や薪集め、皿洗いなどいろいろとやることはあるはずだ。
「はらいっぱいになって深呼吸をしたら他人に目を向ける余裕が生まれてみるかもしれねぇ。それでみんな手に手をとるんじゃあ!」
小さな身体から信じられない大きな声を出してさっそく令明は手伝い始める。まずは足りない食材をもらう為に連絡係として飛んでゆく。フィーネはさっそく下ごしらえを手伝い始めた。
「この拠点に人も集まりそうね。近くの主婦に呼びかけをしてみましょう」
セレストはベゾムに跨って空に舞い上がる。どこか井戸端会議をやっていそうな場所を探しにゆく。
「これは大変です。すぐよくなりますからね」
ウェルスは炊き出しに集まった人の中に怪我人を見つけるとリカバーを使って回復してあげる。
「まだまだ人は増えそうですね。今の内に伺っておきましょう」
ウェルスは一旦広場を離れ、頼れる者の家を訪ねようとする。
「あれ〜。どうかしたのかな〜?」
キャルは柴犬のワルが鳴いたので広場の隅に来てみると、泣いている女の子を発見した。
「お父さん、お母さん、いないのぉ〜」
「泣かないでね〜。キャルたちがすぐにお父さんお母さん見付けてあげるからね〜」
女の子は泣きじゃくっていた。キャルは女の子の頭をなでなでしてあげる。
しばらくしてやっと女の子の涙が止まった。
キャルはまず親の名前や特徴などをやさしく聞きだす。
「キャル探しに出かけるから、もしこの子が泣いたらワルもなぐさめてあげてね〜☆」
キャルはワルをなでなでしてあげて言い聞かせる。そして和泉にも女の子の両親の特徴を伝えた。
キャルは杉の枝葉を抜けて急上昇する。そして眼下のパリを眺めた。
女の子がいうには家からすぐ側にセーヌ川が見えたそうだ。まずはセーヌ川に沿ってある避難所や教会を回ってみる事にしたキャルであった。
●奔走
「いえ、気にしないでください」
ガイアスは屋根が壊れて困っている女性を手伝う事にした。
はしごで屋根の上に登り、借りた工具で修理をする。アクテが地上から木材を手渡してくれた。
「おい、あんた、修理はなんとかなるかい?」
地上から声が聞こえてガイアスは下を覗く。
「はい。直せると思います。どなたですか?」
家の持ち主の女性ではないのでガイアスは訊ねる。どうやら近所の大工が修理に回っているそうだ。
「あ? 金は取るのかだって? 少しぐらいの修理なら金はいらねえよ。もっとも、家一軒建てるとなりゃあ、そうはいかねえがな」
大工はガイアスの問いに豪快に笑う。
ガイアスは大工に拠点の広場を教える。そして困っている人が集まっていて、ピュール助祭の事を話した。
「わかった! 一週間は今までのパリに感謝を込めてタダ働きしてやるさ。そこにいけば家が壊れて困っている人もいそうだな。大工仲間にも伝えておくわ」
大工が広場の方角に向かって歩いてゆく。ガイアスは笑顔で屋根の修理を続けるのだった。
「是非、手伝って欲しいのです」
ローガンは言葉を教えるのを生業としていた。教室としている場所に集まった生徒にボランティアの要請をする。
「種族や信仰の枠を越えて、パリ市民として人間として助け合うことが大切だ」
生徒にはそれぞれに得意な分野がある。今は多くの人達の為に手を貸して欲しいと頼んだ。
ローガンは無理強いはしなかった。生活があるので、どうしても手伝えない者もいる。第一、自分の意志でなければ長くは続かないはずだ。
多くの生徒が賛同してくれるという。
ここに来る前にローガンは魔術師ギルドにも立ち寄っていた。魔法をうまく活用して支援してもらえるように知人に頼んであった。
「被災地に赴きます。重い資材運びなどの仕事がきっとあるでしょう。それから今の話をできるだけ友人知人に広げてもらえるようお願いします」
ローガンはフライングブルームに跨って宙に浮かび、被災地へ向かうのだった。
キャルは焦げた服の断片を持って広場に戻ってきた。
女の子の話によれば家は燃えてしまい、両親と逃げだす途中ではぐれたようだ。見かけたシフール飛脚に訊いて女の子の家があった場所を突き止めて、服の断片を手に入れたキャルである。和泉の情報も家探しの役に立った。
「うん、この色の服、お母さんが着ていたよ」
「すぐ見つかるからね〜。ワルお願いするよ〜♪」
女の子の頭をなでなでするとキャルは柴犬のワルに臭いを嗅がせた。そして女の子と一緒についてゆく。
「あっお母さん! お父さんもいる!」
約二時間後、道ばたで女の子の両親は見つかった。親子で抱き合うのはキャルはワルと一緒にニコニコして眺める。
キャルは家を探す時に訊いたシフール飛脚を見つけて飛び上がる。
「しふしふ〜♪ さっきはありがとうね〜☆ 広場で助け合いしてるから、よかったらみんなに話してみてくれるとキャル嬉しいな〜」
キャルとシフール飛脚は笑顔で別れた。キャルはワルと広場に戻り、別の迷子の話を聞いてあげるのだった。
「ここですね」
ウェルスはシルヴァの家を訪ねて、ボランティアをお願いした。
「最近は避難民の移動とかを手伝っていたんだ。しかし、ウェルスのいう通りだ。石工なんだから、家を直したりしてあげるのが一番だったな」
「いえ、そんな事はありません。シルヴァさんは立派です。人心の荒廃は大きな被害と影響をもたらし、同時にこの『預言』を作った者の喜ぶことでもあるでしょう。それをうち破るには信じ合い、愛し合うことが必要なのです」
「そんな立派なもんじゃないのさ。子供が生まれていなけりゃ俺は何にもしてなかったかも知れないからな」
「私にはそうは思えませんが‥‥そうです。もう一つお話が。もし、石工のお知り合いで手伝ってくれそうな方がいましたら、声をかけていただけますでしょうか?」
「心当たりはある。前に堤防決壊の手伝いを断ったのを後悔してた知人がいるからな。そいつらに話してみよう」
シルヴァとウェルスは話しを切り上げてさっそく行動を開始する。
ウェルスはまずは広場に戻って、怪我人の治療を行う予定だ。その他にも手伝える事をするつもりのウェルスであった。
「預言に打ち勝つためには、貴方の力が必要です。一人の力は弱いかもしれません。しかし、人は手を取り合うことが出来ます。支えあい励ましあうことが出来ます」
アーサーは人々に訴えかける。
ピュール助祭は教会での仕事があり、深くお礼をいってミラを連れて帰っていった。アーサーは一人残って人々にボランティアの必要を投げかける。
「勇気を出して手を差し伸べること、それは貴方や貴方の大切な方に差し伸べられる手となるでしょう。自分も苦しい時に誰かに譲るパンの一切れ、それは黄金よりも価値のある貴いものです」
足を止める者もいれば素通りする者もいる。具体的に何をすればいいのか訊いてくれる市民もいた。そういう時、アーサーは拠点の広場を教える。
仲間ががんばってくれているはずである。広場が中心となって動き出した時、アーサーも自ら手助けするつもりだ。ただ、今は人々の心を揺さぶらなくてはならない。
翌日、アーサーは各ギルドを回る。募金箱の設置をお願いするが、ほとんどのギルドで拒否される。そこには理由があった。
各ギルドもすでにギルド員をある程度ボランティアに回していた。そしてギルドに訪れる多くは一般市民で、どちらかといえば寄付が必要な立場の者達だ。
ギルド有力者などの資金力のある者からは援助をしてもらい、王宮へとすでに渡してある。
募金箱は無理であったが、食べ物や衣服などを広場に無料提供してくれるギルドはあった。
冒険者ギルドは唯一、募金箱設置を許可してくれた。冒険者の中には裕福な者もいるというのが理由である。募金はちゃんと王宮へ渡されるそうだ。
訴えが伝わったと考え、三日目から広場での手伝いをするアーサーであった。
「これで『何でもお手伝い団』結成ね」
ミラに合わせて孤児の子供達も手を挙げる。
ミラはピュール助祭の所属する貧民街の教会にいた。元気な子供を集めて避難者を助けるつもりである。
教会から外には出かけないようにミラはお願いされた。危険に溢れているのが理由である。そこで避難者のいる教会の負担を軽くする事にした。
洗濯の仕方などは何人かの子はわかっていた。避難者の分も一緒に洗ってあげる。赤ん坊を育てている母親はそれだけで大助かりである。
普段、助祭司祭にしてもらっている食器洗いなども手伝った。
ミラは元気そうだが、ふとした時に沈んだ表情をみせる子供を見つける。訊くと不安だいう。孤児だけでなく、避難者の子供の中にも何人かいる。
ミラは子供達を庭に集めると木陰で竪琴を奏でた。
鳥がさえずり、とてもやすらかなのに涙を零す子供がいる。親を亡くして孤児になったばかりの子供もいた。
「皆で泣こっか?」
ミラに抱きついて泣きだす子供もいた。しばらく思いっきり泣いてからミラは話す。
辛いのは自分だけじゃない。隣の子だって、街の人だって、助祭様だって辛い。悪い事はみんなで分け合って小さくしようと。
そして良い事はみんなで一緒に喜ぼう。さぁ、ゆっくり眠って。明日もまた、皆でお手伝いに行こう。街のみんなが幸せになれるようにと続けるミラであった。
「これでいいわ」
セレストは頼まれた炊き出しの味付けを終えると、主婦の元に行く。
食料や衣料の物資が届いたので、それらの仕分けをやっていた。仲間がギルドと交渉して手に入れてくれたのだ。
広場にいる避難者は以前の炊き出し時に比べて少なく感じられるが、それはパリ全域に散らばっているせいだろう。
広場は情報と助けを求めて集まる人であふれている。
セレストは国が滅びたとしても、新しく国を造ればいいと考えていた。女は新しい命を生み出せる。支える事も出来る。杞憂する事など何もない。
「相変わらずお悩みのご様子ね」
セレストは広場にやってきたピュール助祭に話しかける。
「そういわれると、そうかも知れませんね」
ピュール助祭は恥ずかしそうに笑った。
「人の心は脆いかもしれないけれど、何か支えがあるだけで強くなれるものよ」
セレストは娘の事を思い浮かべる。
「そうですね。こうやってこの広場に人が集まったのもみなさんのおかげです。ここから助け合いが生まれて、パリ市民が団結してゆく。きっとそうなると信じています」
ピュール助祭はセレストに笑顔で答えるのだった。
「どぉりゃあああ!」
令明は飛び回っていた。
情報のやり取りをする為に飛翔していたのだ。今だけボランティアのシフール便といってよい。
様々な手配のおかげで炊き出しはうまくいっていた。そこで令明は炊き出しを食べに来た人達から要望を聞いて、それらを叶えてくれそうな所と交渉する。
セレストは主に広場の一所で手伝いをしていたので、令明のがんばりをよく知っていた。
東から西へ消えたと思えば、北から広場へと戻ってくる。しかも尋常でない短い時間でだ。それが数時間に渡って続いていた。
「働きすぎよ」
セレストが令明に水を飲ませて無理矢理休ませる。
「こんなもんじゃなかよ」
「いいから」
「くっそお、出せ〜!」
セレストは死なない程度に毛布で重しをして令明を動かなくさせた。二時間程休憩させてから令明を解放する。
再び全力で伝言を始める令明であった。
●そして
五日間はあっという間に過ぎ去る。
家屋はボランティアでかなり直り、腹を空かした者もいない。教会や近郊の村などで避難者の受け入れもしてもらった。
これからも大変なのはわかっているが、横の繋がりが出来た事をピュール助祭は喜び、冒険者達に感謝した。
教会にあったものでと恐縮しながらピュール助祭は聖なる釘、聖なるパンを冒険者達に手渡す。せめてものお礼だと。
「無力さに打ちひしがれることもありますが‥神は越えられない試練はお与えになりません。そして、試練の中にあっても必ずお助けくださいます。一人ひとりの力は小さくても、きっとできると信じます」
ウェルスの言葉を最後に冒険者達は別れた。今しばらくは広場は情報のやり取りの場として活用されるはずであった。