●リプレイ本文
●出発
冒険者達は、二日目の昼過ぎに移送する元領主エリファス・ブロリアが投獄されているルーアンに到着していた。
三日目の夜、地上へと落ちる流星が真っ赤な空に紛れてゆく。
次第に青空となり、四日目の朝となる。
テッド・クラウス(ea8988)は手綱で馬達の背を軽く叩き、ルーアンから馬車を出発させた。
予定より一日遅れて四日目に出発したのは、様々な用意の為である。
テッドは馬車のあらゆる進入口に虫除けの細かな網を張った。虫にも化けられるデビルを警戒しての策だ。
乱雪華(eb5818)はスクロールに地図を書き写すつもりであったが、別ルートでパリに向かうブランシュ騎士団黒分隊から正確な地図の提供があった。
乱は全部のルートの説明を受ける。そしてダウジングペンジュラムを垂らし、待ち伏せしている盗賊、悪魔、騎士団を指定した。三日目の夕食の時、乱は仲間に大まかではあるが警戒すべき地域を伝えたのだ。
馬車が山中に入って間もなく、大空を舞う隼の蒼雷、鷹の蒼風、鷹の愛称ハルの三匹が鳴いた。
「ハル?」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は愛犬のカゲと一緒にセブンリーグブーツで馬車に併走していた。指輪を眺めると、石の中の蝶が羽ばたく。
「デビルが近くにいるぞ!」
シャルウィードは少し先行して足を止めた後、オーラエリベイションをかける。乱は馬車の中で鳴弦の弓をかき鳴らして、有利な立場を導く。
テッドは馬車をゆっくりに進める。ただ、いつでも全力で駆けられるように注意をしていた。
空からグレムリンが一匹、馬車に向かって急接近してきた。
「消えな!」
近くの木に登っていたセイル・ファースト(eb8642)は大枝の上に立ち、魔剣を振るう。グレムリンは斬られた衝撃で大きく軌道を変えて地面に転がった。
斥候から戻ってきたばかりのラーバルト・バトルハンマー(eb0206)がグレムリンに止めを刺す。
「まだ蝶の羽ばたきは止まらない!」
シャルウィードが叫びながら甲虫を叩き落とした。デビルの可能性があるからだ。
李雷龍は鉤爪にオーラパワーを付与する。
セイル、ラーバルト、李雷龍も漂う甲虫を叩き落とした。テッドも御者台に座りながら、魔力の込められた剣で甲虫をはじき飛ばしてゆく。
数回衝撃を与えると甲虫が元の姿に戻る。グレムリンの遺体が現れて、そして消え去ってゆく。
シャルウィードの指輪の蝶が動かなくなるまで、警戒と攻撃は続けられた。
結果、グレムリンが七匹倒される。馬車は停車して綿密な索敵が行われる。
「この先に盗賊の集落があった。迂回した方がいいぞ」
ラーバルトは斥候の報告をする。
「次は僕がいってきましょう」
李雷龍(ea2756)がテッドから変更する進路を教えてもらって先行した。
外にいた冒険者達は停まった馬車を眺める。中には仲間の李風龍(ea5808)、アレックス・ミンツ(eb3781)、乱が、元領主であるエリファス・ブロリアを見張っている。
「さっさと処刑すりゃ、楽なのに‥上は何を考えてんだか。上層部に悪魔崇拝者が混ざってましたってオチはマジに勘弁してほしいぜ」
シャルウィードは吐き捨てるように呟いた。
●来訪者
夕方になり、一行は野営の準備を始める。
斥候のラーバルトと李雷龍は野営地を中心にして周囲を調べた。少なくとも周囲に大量の敵が隠れている様子はなかった。
調べる途中、数匹のオーガ族が襲ってきたので倒すものの、驚異には成り得ない。
たき火を囲んで馬車に積まれていた保存食を食べる。パンもあったので一緒に頂くが、エリファスは何も口にしなかった。
ルーアン出発の当初、エリファスの両手両足には枷がはめられていたが、鍵を李風龍は預かっていたので、乱、アレックスと相談して外した。
たき火の前に座るエリファスは足には枷がはめられていたが、両腕は自由にされていた。食事の時間が終われば、両腕にも枷をつけて寝てもらう事になる。
(「へ〜、あれがエリファスか。潜入のときも、見たことなかったからな。まあ、どうでもいいんだけど」)
ラーバルトは心の中で呟いてエリファスを眺める。斥候をしていたのでゆっくりと見る時間がなかったのだ。長い金髪が乱れて前髪から垂れていた。頬が痩け、手足も気持ち悪いぐらいに細い。ルーアンで行われた尋問の過酷さが窺える。
李風龍はヘキサグラム・タリスマンを発動させて、エリファスを周囲に置く。斥候が安全を確認してくれた範囲でも空を飛べるものなら急接近できるし、少ない人数なら一気に近づく事も可能だからだ。鷹と隼は夜間でも人より目がいいはずだが、睡眠を考えれば昼間のように当てには出来ない。
食事が終わり、冒険者達はそれぞれに少しだけくつろいでいた。
「‥『デビルと結託した領主』ね‥。俺にゃ理解できないねぇ‥何を好き好んで‥まぁいいか。領主のおっさんの思惑はどうあれこっちは依頼された仕事を果たすのみだ」
セイルは隣りにいたシャルウィードに話しかける。
「まあ、敵に渡す状況になったのならいっその事‥‥。それは置いといて、聞いてくれよ。最近、面倒だけど放ったらかしにしてた騎士階級放棄の手続きに行って来たらさ――」
シャルウィードは自分の身に起こったトラブルをセイルに話し始めた。
そろそろ眠ろうかという話になった頃、突然の来訪者があった。
「行商で各地を回っている者です。道に迷ってしまって。ご一緒させてもらえませんか?」
行商人だという一人の男がたき火に近づいてきた。
冒険者達は驚き、そして警戒する。シャルウィードの指輪の蝶は羽ばたいていない。
ラーバルトは自分が周囲に仕掛けた罠をすり抜けてきた行商人に疑問を持つ。
「いや、悪いが一緒はできない。いろいろとあってな」
アレックスが注意深く、行商人の前に立った。エリファスを隠すように。
突然、行商人の顔つきが変わる。取りだしたナイフでアレックスを刺そうとしたが、軽くひねられて地面へと伏せさせられる。
流星の降る夜空を見上げれば、一匹のグレムリンが遠くへと飛び去っていった。
数分後で行商人は暴れなくなる。話を聞けば突然にデビルが現れて、言葉を投げかけられたのだそうだ。その言葉通りに動かざるを得なくなり、結果、アレックスを襲ってしまったという。
行商人はデビルから一枚の手紙を託されていた。
手紙には『エリファス・ブロリアを解放せよ。従わなければ、不幸な旅となるであろう』と書かれてあった。
乱は今一度、ダウジングペンジュラムで周囲の状況を探ってみる。これから先のルートで危険を示す地域から外れた場所はほんのわずかにしかない。
冒険者達は見張りを決めて、睡眠を取り始めるのだった。
●エリファス
五日目の朝に馬車はパリへと向けて発車する。
うまく行けば、今日中にパリに入る事ができるはずであった。
「この国は滅びたほうがいいのだ‥‥」
エリファスが呟いた。ルーアンを出発してから今までで、意味が通る初めての言葉であった。
馬車内には監視する乱、李風龍、アレックスが座っていた。御者をしているテッドにもエリファスの声は聞こえた。
「どういうことでしょう?」
乱が返事をするとエリファスは話し始めた。
まだ再建されて間もないノルマン王国には、領主間、そして王宮とも様々な軋轢がある。民衆が知らない所で様々な権謀術数が行われているという。それらを目の前にしてエリファス・ブロリアはデビルを利用した反乱を思い立ったのだという。
「そんなのは貴族達の傲慢だ。自分らが権力を握れないからといって、国を滅ぼすのか! 民衆を置き去りにして!」
李風龍はエリファスの胸ぐらを掴んだ。殴りたい気分をしずめて、座席に座り直す。
「それだけで、領地を戦場にしたのか」
アレックスはエリファス領に進入した事があるので、領地没収された事を気にはしていた。
「元領主を届けるこの依頼にも何か政治的な意図はあるのでしょう。でも僕は何度もラルフ黒分隊長と戦っています。あの行動に、民をないがしろにする姿はなかった」
テッドが張られた網の向こう側で背中を向けながら、エリファスに言葉を投げかけた。
乱がティラン騎士団についてエリファスに訊ねる。
ティラン騎士団は他の領主に仕える騎士団であったが、デビルの仲介もあってエリファス領で預かる事になった。預かる前に、一気に団員を増やした時期があり、そのせいで実力の個人差にかなり開きがある。
「古株の実力者か、新人の勢いだけの者か、どちらであるのかな? 今狙おうとしているティラン騎士団の生き残りは‥‥」
エリファスはうつむいたまま、笑い始めるのだった。
●敵
斥候のラーバルトと李雷龍が停めていた馬車の所に戻ってくる。
二人によれば、かなりの広範囲でグレムリンとティラン騎士団が近くを監視しているという。
三羽の鳥たちによる警戒でも、同じ結果が現れていた。監視の目にかかったのなら、一気に集結するつもりなのだろう。
ここから先は崖や谷、川などがある。どのルートを使うかで、状況が変わるはずだ。
「すべての敵が俺達を狙っている訳ではないからな。他に2ルートあったのだから、分散しているはずだ」
ラーバルトは生えそろわない顎髭を触る。
「僕に考えがあります」
テッドは乱が持っている地図を指さして自分の考えを説明する。
少々の意見の相違はあったものの、テッドの案が採用された。各自準備を整えると、作戦を開始するのだった。
馬車が水しぶきをあげて駆ける。
テッドが選択したのは小川を道として使う作戦である。
乱が手に入れてくれた地図には、季節による川の状態までが記載されていた。今は一時的に水の流れが弱まり、小川程度の深さである。
川底には小石が多く、速度は落とさなければならないが、走れない事はなかった。もっともテッドの馬術があった上での話である。パリ出発の際、ブリジットが馬車や馬の手入れをしてくれたおかげでもあった。
冒険者達のペットの鳥達のみで警戒し、全員が馬車内で待機していた。道の悪さからいってセブンリーグブーツなどでは速度が上がらないからだ。
一時間が過ぎ、二時間が経過する。そろそろ敵の包囲網を抜ける頃であった。
「敵が来るぞ!」
オーラテレパスで鷹のハルとやり取りをしたシャルウィードが叫んだ。
馬車が停まり、仲間が外に飛びだす。残ったのは乱とアレックスである。
テッドは武器を手にして御者台を降りたが、馬車を離れるつもりはない。飛び道具を使われた時に防御をする為であった。ここから先は崖下となるので、先に敵を迎撃してから通過した方がよいと考えたのだ。
ここまで引き離せば、やってこれるのは空を飛べるグレムリンと、たまたま近くにいるティラン騎士団のほんの一部のはずである。
「頼むぞ」
「はい。ものすごく久々ですね」
李風龍と李雷龍は背中を合わせて敵の襲来を警戒する。
「グレムリン、近くにいるはずだ! カゲ、お前はデビル以外を狙えよ」
シャルウィードの石の蝶が羽ばたく。オーラエリベイションをかけ、精神を集中したシャルウィードは不自然な水面の跳ねを見つける。聖剣を突きたてると手応えがあった。姿を消していたグレムリンである。
「見つけてくれて、すまねえな。それとデビル! 立ちはだかるなら挑んでやるぜ!」
ラーバルトは犬のカゲが吠えていた場所にハンマーをぶん回した。見事グレムリンが現れて、水面に倒れて水しぶきをあげた。スマッシュで止めを刺す。
「いくぞ!」
「はい!」
李風龍と李雷龍は二人で、ティラン騎士団の一人と対峙した。馬に乗った騎士は槍で攻撃を仕掛けてくる。すでに様々な自己向上の闘気魔法はかけてある。
馬上から騎士を引きずり降ろして、二人でダブルアタックEXを使い、一気に沈める。もう一騎、ティラン騎士団が目の前に現れた。二人で再び対峙する。
「こちとら『護る』事に関してはプロフェッショナルなんでね。覚悟してきな‥」
セイルは次々と襲いかかるグレムリンを斬り倒す。あくまでも常に馬車を注意しながら、後ろから襲われないように何か背にする。まれにある川の深みに沈み、グレムリンの不意をつく事もあった。
セイルは、飛んでくるグレムリンを上体を逸らして避け、向かってきたもう一匹を回るように撫で斬った。怯んだ隙を見逃さずに両手で魔剣をスマッシュで叩きつける。
乱は鳴弦の弓をかき鳴らしながら、エリファスを監視する。アレックスも武器を手にして常に注意を怠らなかった。
エリファスが戦いの音を聞いて高笑いをする。乱は気にせずに弓をかき鳴らし続けたが、暴れ出したので、スタンアタックで気絶させた。
「まったくもう」
乱は用意してあった布でエリファスに猿ぐつわを噛ませる。
「埒があきません」
テッドは馬に目がけて飛んでくる矢を盾で受けとめていた。離れた崖の上から矢は放つ者がいる。ティラン騎士団に違いないが、場所が場所だけに対処出来ない。
「あっ‥‥」
崖の上から矢を放っていた者が足を滑らせて落ちてゆく。近くには三羽の鳥のシルエットがある。きっと仲間のペットであろう。おかげでこれ以上、矢が飛んでくる事はなかった。
襲ってきた敵すべてを叩き、冒険者達は急いで馬車に乗り込んだ。途中、小川から細い獣道に軌道を変える。地図を信じれば、ぎりぎり通れるはずである。木々の隙間を器用に縫うように進み、山中を抜けた。
あとはパリまで平地であった。二匹程グレムリンが飛来するものの、途中で諦めて姿を消した。
夜が訪れて間もない頃、馬車はパリへと到着した。そのまま王宮まで直行する。
「成功させてくれると信じていた。エリファスについては追って王宮が断罪する予定だ」
エフォール副長が冒険者達を王宮前の施設で出迎える。テッドは成りすましを心配していたが、エフォール副長なら安心だと引き渡した。もちろんデビルの反応はなかった。
「パリに入る時、わかったと思うが物々しい警戒態勢にある。ラルフ黒分隊長も冒険者のみなさんを出迎えたいといっていたが、それも叶わない程多忙なのだ。これはせめてもののお礼になる」
エフォール副長は冒険者達にお礼の品物を渡した。
「それと部下からの報告にあったが、コルリスという冒険者が3ルート以外にもエリファスの移送ルートがあると嘘情報を流してくれたそうだ。もしかしたら、そのおかげで襲う敵が少なかったかも知れないな」
エフォール副長は最後に全員と握手する。
「部下に馬車で送らせよう。感謝する。ありがとう」
冒険者達は再び馬車に乗り込んだ。そして黒分隊の隊員が御者となって馬車は動きだす。
慌ただしいパリを冒険者達は窓から眺める。
空から流星が不気味に落ちてゆくのだった。