●リプレイ本文
●接触
一日目、冒険者達はパリを取り囲む城壁の外に集まっていた。この場所から一歩もパリには敵を近づけさせられない、防衛線となる場所だ。
「助かるよ。あんがとね」
諫早似鳥(ea7900)はアニエスからパリ周辺の地図を預かる。
アニエスが調べてきた周辺の森や街道などを冒険者達に教えた。先行して敵と接触する予定の諫早とミルディアーナ・セイレント(ec3311)には特に詳しく。
諫早はわざと貧しそうな格好をしていた。愛犬の小紋太を炭で汚して雑種に見せかけて石を背負わせる。
「ありがとう御座います」
ミルディアーナはセブンリーグブーツをブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)から、リスティア・バルテス(ec1713)から聖書を借りた。
諫早とミルディアーナは、身軽にする為に荷物の一部を仲間に預けると出発しようとした。
「ちょっと待ってや」
早瀬が火打ち石で出発する二人の背中で軽い火花を散らす。旅の無事を願うジャパン式のおまじないだ。
仲間に見送られて、二人は遠ざかってゆく。
「うーん、今回も女性が多くて‥‥っていうか、女性しかいなくて嬉しいな、と。依頼は面倒だが女性が多いのはいいことだ」
残った仲間にヤード・ロック(eb0339)は声をかける。そして感慨深げに腕を組んで頷いた。
ヤードは後ろから肩を叩かれてふり返るが誰もいない。
「ドゴーンンンンッ!!」
ヤードの足下で屈んでいたジョー・アズレージョ(ec3464)がジャンプした。突然に現れたジョーにヤードが瞳を丸くして驚く。ジョーもヤードも立派な男だ。
「私はここにいるるっ!」
ジョーはそう言い残して遠ざかってゆく。
「ああ、すまなかったな、と。‥‥消えた」
ヤードの前からジョーが完全にいなくなる。そして近くの城壁の上から現れた。どうやら高い場所から監視してくれるようだ。
ヤードは事が起きるまで、門近くの今の辺りで待機する。衛兵の姿もあるし、何かあれば加勢してもらうつもりだ。なるべく楽をしようと考えるヤードだが、結果として仲間も助かるので問題はない。
レアも初日のみだが、能力を駆使して監視してくれる。
「私も通行人を監視しておくね」
リスティアは馬に跨ったブリジットに声をかける。つい先程までジャンヌが馬を調整してくれていた。
ブリジットは愛馬ケリドウィンと周囲の巡回をするという。
冒険者達は周囲を警戒しながら、敵との接触に向かった二人の成果を待つ事にした。
●アロイスとティラン騎士団、そして傭兵
「道が不案内なので同行させていただけませんか?」
ミルディアーナが巡礼中のクレリックと伝えた上で、道の外れで休んでいる集団に声をかけた。
人数は28人。仲間に教えてもらった特徴的な容姿を持つ者も混じっている。まず間違いなくアロイスとその一味だ。対人鑑識からも心の奥底が窺えた。
最初は無下に断られるが、誰かがボスらしき者に口利きをして同行が許される。どうやらカモフラージュとして利用するつもりのようだ。ボスらしき者はブリジットが描いて見せてくれたアロイスの似顔絵にそっくりである。
「この子はニコル。驚かれると大変なので予め伝えておきます。ニコルは見えないものが見えるというので、神に仕える姉である私の元にいれば治るだろうと両親が預けたのです。何かいっても気にしないで下さい。ニコル、ご挨拶を」
ミルディアーナの背中に隠れていたニコルこと諫早は、オドオドしながら愛犬の小紋太を抱きしめながら挨拶をする。
ニコルこと諫早は、気に入ってもらおうという演技で一人一人に愛嬌を振りまいた。それが処世術で生きてきたかのように。
アロイスにもまとわりついて邪険にされるが、計算の内である。
集団には馬に乗る者もいたが、徒歩の者にあわせてパリを目指していた。
夕方、パリから歩いて半日程度の場所で野営が始まる。
諫早とミルディアーナは、出発前にパリを狙う組織が複数侵攻しているのを衛兵から聞いていた。他の組織と歩調を合わすのなら、同行する集団は明日にもパリを攻め入る可能性がある。
集団が料理を始めて諫早とミルディアーナは手伝う。
諫早はクルスダガーをミルディアーナに渡し、自らはナイフを持つ。どちらにも予め死なない程度の毒が塗ってあった。
「どなたか身分ある方が、人を騙してパリに送り、悪魔の生贄にしているそうです」
ミルディアーナは食事作りを手伝いながら、集団の下の立場と思われる者に世間話をする。そして毒が塗られたダガーの左側に食材を擦りつけてから剥き、鍋に放り込む。
諫早も同じようにナイフで食材を斬る。隙を見て、馬に担がせて小川から汲んできた瓶を満たす水に毒を垂らした。
「いたあい!」
ニコルこと諫早はお腹を両手で抑えて地面に転げ回る。全員が食べた後で、腹痛と嘔吐を見せつける。演技ではなく、食事の前に本物の毒を飲んだ諫早である。
「食中毒かもしれませんが、毒をもられた可能性もあります。私はまだ未熟で、アンチドートが使えなくて、申し訳ありません」
同じく調子が悪くなったミルディアーナが汗をうかべながら診断すると、集団の者達は怪訝そうな顔をする。
「そういえば、顔ははっきりわかりませんでしたが、不審な人影が食料のあたりをうろついていました‥‥」
ミルディアーナはテントにニコルこと諫早を運ぼうとした。
「あたい見える。この中に悪魔ががいる‥」
「ニコル、何をいってるの?」
「悪魔言ってた。『部下と傭兵はサタンへの生贄だ』って」
「すみません。いつものことですので気にならさず」
ミルディアーナは諫早と一緒にテントへと入った。急いで二人とも解毒剤を飲む。アンチドートはばれるといけないので使わない。それから間もなく、集団の者からも症状が現れ始めた。
最初の被害者を装ったものの、二人を疑う集団の者もいる。二人は眠らずに一晩を過ごし、朝方に逃げだすのであった。
●戦い
二日目になり、遠くから唸るような音が冒険者達の耳に届く。
局地的に戦いは始まっていた。
幸いというべきか、今回の依頼に参加した冒険者達の場では、まだ何事も起きていなかった。
戻ってきた諫早とミルディアーナは睡眠をとっていた。寝る前の報告で毒をもるのに成功したといっていた。
時が経過し、太陽が傾く。
「暇な時間とはおさらばだな、と。来たぞ!」
大地が赤く染まる頃にヤードが珍しく叫ぶ。テレスコープで敵の集団を発見したのだ。
考えていたより、早く敵が姿を現したので罠を作る暇はなかったが、衛兵とは相談してある。
諫早は理解出来なかった。あの毒はまだ解毒剤なしに身体から抜けきるはずはない。奴らの中にアンチドートを身につけた者もいないはずだ。
「死にたがっているとしか‥‥」
諫早は真っ赤な世界で呟いた。
ジョーは状況を考え、城壁から地面へと降りる。矢はいくつか衛兵にもらってあるので余裕があった。
「いい? くれぐれも無茶しちゃダメだよ?」
リスティアはブリジットにくれぐれも無理はしないように念を押した。
ブリジットはレジストマジックを愛馬と自分にかけてフードで隠しながら愛馬に跨り、集団に近づいた。周囲に一般市民といえる者達はいない。目の前の一般人に偽装した敵を除けば。
近づいてゆくブリジットに集団は警戒を示す。
「狙うはパリ!」
集団の誰かが声をあげる。掲げた旗はティラン騎士団のものであった。
六名の列が前に現れる。きっと魔法部隊であろう。
「ふむ‥‥どうやらあいつらのようだな」
ヤードがプラントコントロールで木の蔓を動かし、魔法部隊の一人を絡めた。
ブリジットが剣を抜いた。何かの魔法をブリジットにかけた者がいるが、何事も起こらない。
ジョーが弓を構える。
諫早はスリングを引く。
リスティアはいつでもリカバーが使えるように待機する。
ミルディアーナはホーリーを唱える。
少し遅れて何名かの衛兵が武器を手に集団に向かって駆けた。
戦いが始まった。
「貴方達の雇い主は悪魔崇拝者アロイス‥邪なるティラン騎士団の残党。今なら未だ間に合います。手を引きなさい!」
ブリジットは叫ぶが聞く耳を持った者はいなかった。馬の機動力とレジストマジックの効果を使い、先に魔法を操る者を倒してゆく。
「しかし、見た顔が多いが‥‥あの女性の傭兵はいない‥‥?」
ヤードは木の枝を動かしていたが、前に訓練で見かけた三姉妹の姿はなかった。
「ま、女性を攻撃するのは趣味じゃないんでな、と」
遠慮なく全力で攻撃するヤードである。
「オラオラオラオラ!」
ジョーはダブルシューティングで矢を連続で放つ。魔法を唱えた敵に突き刺さる。目標がずれて上空でファイヤーボムが弾けた。
衛兵も加勢し、だんだんと混乱した様相を見せる。
金で雇われただけの傭兵が腹を抱えながら逃亡してゆく。大した実力でもなく、しかも毒におかされた勢いだけの者達は大した事はなかった。
あっという間に敵傭兵達は倒されたり、逃亡して、いなくなる。
ただ、ティラン騎士団の生き残りと思われる五人だけはアロイスを囲んで必死に抵抗していた。退く事なく、ただ前へと進む。
ブリジットはコアギュレイトを唱えたかったが、敵の猛攻にその時間はなかった。代わりにミルディアーナに唱えてもらう。一人の敵騎士の動きが止まり、そこからティラン騎士団は崩れてゆく。
「無駄なんだよ。無駄無駄無駄!」
ジョーの矢が額に刺さり、敵騎士の一人が糸の切れたマリオネットのように倒れる。
ブリジットが一人倒し、二人倒す。一度はリスティアに治してもらったが、再び痛手を負っていた。しかし臆することなく敵を崩す。
最後の敵騎士がヤードの操る木の枝に弾かれて地に伏せた。
「悪魔しんじゃえ!」
諫早が小紋太を守りにしながらスリングを放っていた。一人残っていた、かつての領主エリファス・ブロリアの側近アロイスの頬に当たり、血が流れる。
降参したのかアロイスは崩れるように座り込んだ。
その背中を丸めた姿は小さく感じられ、とても領主の側近をしていた者とは思えない。
「何で‥‥こんな無意味な事をしたの?」
リスティアがうつむくアロイスに尋ねた。
「もう何も残っていなかった。何もかも。すべてを道連れにしようとしただけだ‥‥」
アロイスは隠し持っていたナイフを自分の喉元に突き刺した。
真っ赤な血が噴きだして、大地に転げる。太陽が沈み、アロイスの最後を看取るように闇が訪れるのであった。
●その後
一晩を野営で過ごした冒険者達は三日目の午前中までは城壁外で周囲の監視をしていた。
昨晩にはリスティアとミルディアーナによって冒険者のみならず、衛兵の治療も行われる。衛兵がくれたソルフの実を使って全員が無事に回復した。
戦いが一旦終わった事を感じると、冒険者達は城壁内に退避する。
そして捕らえたティラン騎士団の生き残り一人を王宮に届ける事にした。
市街を歩く中、冒険者達はある騎士団と会う。ブランシュ騎士団黒分隊の五人だ。汚れた甲冑姿は戦いのすさまじさを感じさせていた。もっとも冒険者達の姿も引けを取らない。
「そうか。それはご苦労だった。わたし達が預かろう‥‥。心配するな。手柄を横取りなどしない」
レウリーと名乗った黒分隊隊員に、冒険者達はティラン騎士団の生き残りを引き渡した。
「後で王宮からギルドを経由して報償が出るはずだ。それでは」
黒分隊の五人は王宮に向かって姿を消した。
街の噂からすると、パリを護る王宮側と、攻め入る敵とは互いに退いて睨み合いをしている状況だという。
「まっ、あとは他の者に任せるぞ、と」
ヤードが近くの宿で水浴びをしてすっきりしないかと提案するが、女性陣全員の反対によって却下される。みんなパリでの居場所に戻り、身綺麗にしてから冒険者ギルドを訪れた。
かなりの日数を残したまま、依頼は完了となった。
「今回の依頼主、はっきりと書いてなかったけど、誰だったの?」
リスティアは思い切って受付の女性の訊いてみる。だが、何も答えずに受付の女性は笑顔のままだ。
訊いてはいけない事なのだとリスティアは感じ、そのままギルドを後にするのだった。