忘却の記録 サッカノの手稿

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月22日〜11月27日

リプレイ公開日:2006年11月29日

●オープニング

 大事にし過ぎてどこにしまったのか忘れてしまう。思い当たる人も多いだろう。
 それならだけならまだいいが、時が経って存在自体も忘れてしまうこともある。今回、発見された書物は、深い森にある鍾乳洞に長らく忘れ去られていた。
 祭祀に使われた形跡の残る鍾乳洞の奥に書物はあった。
 書物は『サッカノの手稿』と名づけられていた。古にサッカノ司教が記したと伝えられる、名前だけが一部の聖職者に知られていた存在であった。
 発見された書物は残念なことに傷みが激しく、稀に読める個所があるだけだった。大天使であるアークエンジェルの他にアザゼルなどのデビルの名も見受けられる。文章としては読めない箇所を推測するだけでもかなりの時間を要しそうである。
 確認のために訪れた教会の司祭は思案した。神の加護があればこそ、この地で守られていたのだろう。運ぶのならば慎重に行わなくてはならないと。

 長い検討の末、二人のお付きを伴って一人の司祭が冒険者ギルドを訪れた。
 受付の女性はいつもに増して緊張していた。
「パリの教会まで『サッカノの手稿』を冒険者達に運んで頂きたく参った次第です」
 司祭は顔が隠れるほど深くフードを被っていた。
「依頼に関してはこちらの書類にて承りました。少し質問をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
 受付の女性に司祭は頷く。
「推測するに大切な書物なのですね? そこで何故、冒険者ギルドでの依頼なのでしょうか?」
「わたくしの立場では詳しく知らないのですが、どうやら、別ルートであのブランシュ騎士団も運ぶらしいのです。冒険者にはたくさん用意されている内の一つのルートをお任せしたい」
「ならば冒険者は囮なのですね」
「いえいえ。そうとは限りません。敵の裏をかくというのもあり得ます」
「襲ってくる可能性がある敵とはなんなのですか?」
「野盗は、まずあり得ないでしょう。一番危惧しているのはデビルです。奴らにも価値がある書物だと教会では考えております」
 フードの隙間から見えた司祭の瞳に受付の女性は息を飲む。強い意志が込められた光をまとわせていた。
 受付の女性は渡された書類と口頭での説明を纏める。内容に細心の注意をはらって依頼を張り出すのだった。

●今回の参加者

 ea1987 ベイン・ヴァル(38歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea4107 ラシュディア・バルトン(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5796 キサラ・ブレンファード(32歳・♀・ナイト・人間・エジプト)
 ea8284 水無月 冷華(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0828 ディグニス・ヘリオドール(36歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●地底
 鍾乳洞に至る道中は蹄の音を聞くのが仕事であった。もちろん冒険者達は自らに課した任務を遂行していたが何事もなく二日が過ぎる。
 しかしいくつかの村を通り抜けて森へと入り、鍾乳洞に近づくにつれて雰囲気が変わってゆく。変哲もないはずの森の木々から感じるのは畏怖ではなく荘厳さである。
 鍾乳洞付近には警備の者達で陣営が組まれていた。付近の村人を集めた急拵えを感じさせる警護だが、真面目な者達であった。
 ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は冒険者達の先頭に立って鍾乳洞を進む。万が一の不意打ちを警戒する為だ。
 司祭が祈りを捧げている空間には半透明の白と青の鍾乳石柱が輝いていた。地上の太陽光が石柱を通って地下を照らしているのである。
「パリ教会まで運ぶ任を承りました」
 フランシア・ド・フルール(ea3047)は長きに渡った主の御加護に感謝の祈りを捧げると司祭に挨拶をした。
「遠路はるばるご苦労様です」
 司祭は訪れた冒険者達を歓迎する。
「すでに他の道筋で運んで頂く者達はこの場を離れました。大人数で運ぶ為に比較的広めの道を行くようなのでパリまでは少々時間がかかるようです」
 司祭は話しながら書物をうやうやしく扱った。
「これが運んで頂く『サッカノの手稿』で御座います」
 司祭が差しだした手稿は放置されていたせいか非常に汚れていた。破損もかなりある。
 フランシアは手稿を丁重に受け取る。
「悪魔が紛れていないか、一応確認させてください」
 シクル・ザーン(ea2350)はデティクトライフフォースで司祭を調べると生命反応がでた。シクルの持つ聖遺物箱に手稿が収められる。様子をラシュディア・バルトン(ea4107)は真剣な眼差しで見つめていた。考古学者である彼にとって興味がある書物だからだ。
 シクルの横で水無月冷華(ea8284)が持つ聖遺物箱は空の囮である。前もって用意させた鎖を本物と囮それぞれに捲いて施錠する。頑丈さを増すのと盗られた場合、重量で運びにくくする用意であった。

 冒険者達は鍾乳洞で一晩を過ごして早朝に出立するのを決めていた。各々に緊張感を保ちながらも体を休める。
 キサラ・ブレンファード(ea5796)はデュランダル・アウローラ(ea8820)に視線をやった。全員にデュランダルは多量の血を見ると狂化すると注意を促しておいたが、戦闘となれば悠長なことはいっていられない。いざとなれば馬車とフランシアを守る覚悟でいた。
「知っているのは――」
 フランシアはベイン・ヴァル(ea1987)が気まぐれに訊いたサッカノ司教についての質問に答える。
 当時、サッカノ司教のいた教会での出来事だ。手稿の内容が教会の大司教に伝わると、サッカノ司教は破門寸前の沙汰を言い渡されてしまう。その日から二週間、サッカノ司教は水を一滴すら飲まずに祈りを捧げ続ける。敬虔な姿に大司教はサッカノ司教を許しはしたが、手稿は封印する約束をさせた。
「気に入らないのなら燃やしてしまえばいいだろう」
 ベインの言葉にフランシアは首を横に振る。例えデビルや悪魔崇拝者が記したとしても、神の名があるモノは燃やしたり壊してはいけない古い考え方がある。当時の大司教はそういう考えを持った人であったのだろう。
 話が終わると、冒険者達は集まって明日からの作戦を再度確認する。サッカノの手稿を承ったこれからこそが依頼の本番であった。

●出立
 翌日の早朝、冒険者達は細心の注意を払いながら馬車で出立した。デビルの影は感じられなかったが、それぞれの役割において警戒する。
 馬車を御するのは水無月だ。馬車前方には駿馬に乗るディグニス。ベインとシルクはセブンリーグブーツを履き、馬車の両側を併走して警護する。
 フランシアとラシュディアは馬車の中で手稿を守った。
 キサラはセブンリーグブーツを履き、斥候役として先行する。上空ではヒポグリフに騎乗したデュランダルが警戒を行う。
 緊張が続く中、刻々と時が過ぎてゆく。森を抜けて拓けた草原を進む。
「あれは?」
 暮れなずむ頃、キサラは声をもらした。道の真ん中で倒れる老人を発見すると知らせに戻る。フランシアはホーリーフィールドを顕現させ、他の冒険者も警戒を強めた。虫に変化、透明化などの姑息な手でデビルが襲来する可能性もある。
「助けて」
 老人が呟く。一人で近づいたシクルはデティクトライフフォースを発動させたが、生命を感じない。シクルがデビルと叫び、一気に近づいたベインは魔剣を振り下ろした。
 消えゆくグレムリンの横を、馬車は砂煙を上げながら通り過ぎる。遠くで何匹かのインプが飛び去ってゆく。何を画策していたのかはわからないが、はっきりとデビルの魔の手が伸びているのを冒険者達は実感した。

●襲来
 日が暮れる前、見はらしののいい場所で野営の準備をする。食事が終わると見張りを除いて早々に睡眠をとった。デュランダルは呼子笛を持っていない者に手渡すと、次の見張りに渡してくれと伝える。
 一番手のディグニスとシクルには何事もない。二番手はベインと水無月が警戒し、三番手のフランシアとキサラに任した。四番手のデュランダルとラシュディアの番は、もうすぐ朝になろうとしていた頃だ。
 デュランダルが遠くで地面を這う蠢く影に気がつく。呼子笛が鳴り響き、飛び起きた冒険者達は戦闘体勢を整える。
「来たぞ!」
 ラシュディアが叫ぶと同時に水無月が馬の手綱を波打たせる。騎乗したディグニスと連なり、馬車がいななきと共に走りだした。
 馬車の両側面から襲ってきたのはオーガの群れであった。ベインとシクルは近づくオーガを斬り捨ててゆく。すでにデュランダルは空中で警戒していた。
 進む先の道でオーガの伏兵が姿を現す。先行したキサラはシュライクEXを放ち、オーガの頭数を一気に減らす。続いて騎乗のディグニスと共に残りを一掃した。
 馬車の中ではフランシアが聖遺物箱に手を置き、ホーリーフィールドを張っていた。横には染料と灰を混ぜた水樽がある。ラシュディアは時々上空を見上げた。空で待ちかまえているデュランダルに何かあれば加勢するつもりだった。

 辺りが朝焼けに染まり、赤と紫の混じる世界が広がる。後方には空を飛んでついてくるデビルの群れがあった。
 太陽が高く昇っても状況に変化は起きなかった。懲りずにオーガの伏兵が何度も襲ってきたが、大した被害は受けずにどちらの聖遺物箱も無事である。
「前方で怪しい動きがある」
 デュランダルが低空を飛び、馬車を御している水無月に注意を促した。
「危ない!」
 水無月は遙か前方にいるはずのキサラを確認した。大量の倒れようとする木々を必死に避けている。このままでは馬車も危ない。仕方なく手綱を引いて速度をゆるめた。急いで進路を変えて馬車を走らせようとしても勢いがない。
 馬車の中ではフランシアはホーリーフィールドを張り直し、ラシュディアはいつでも魔法が使えるように身構える。予め使っておいたヘキサグラム・タリスマンの効果はまだ余裕があった。ブレスセンサーも残っていた。
 シクルはミミクリーをかけて空の敵に備え、ベインは意識を集中した。軽傷で済んだキサラと一緒にディグニスも馬車に近づいて警戒を強める。
 空ではデュランダルが接近してくるインプ他を待ちかまえた。
 隠れていた敵がここぞとばかりに襲いかかってくる。ゴブリンやオークなどのデビルに操られた格下の敵は造作もないが、多勢となるとやっかいであった。
「凍れ!!」
 水無月はオークに混じり馬に襲い来るグザファンにアイスコフィンを唱える。馬車は小石と土塊を弾かせながら地面に弧を描く。
 フランシアは気配を感じ、水樽から飛沫を飛ばした。姿を消した何かに色つき水がまとわりついて形を成す。刹那、ホーリーフィールドが散開する。馬車の扉が弾け飛び、ラシュディアは咄嗟に手稿が入っていない聖遺物箱を胸に抱いた。
 見えない敵から数回の打撃を受けたラシュディアは馬車の後部に飛ばされた。しかし立て直すと、本物の手稿が入った聖遺物箱を持って伏せるフランシアの横を目がけてウインドスラッシュを放った。色のついたデビルであろう何かが吹き飛んでゆく。
「分断されるないよう、馬車に近づけ!」
 ベインの声に冒険者達は従う。馬車は速度を取り戻して倒木の道をそれて進む。
 馬車の外で戦う冒険者達は追ってくるオークやデビルをあしらった。次第に近づく敵もいなくなり、再び馬車はパリを目指すのだった。

●決断
 パリはもうすぐではあったが、冒険者達はどの進路をとろうか迷っていた。道は三方に分かれているが、どれを通ってもパリには到着する。だが、先程のようにデビルの一団が待ち伏せている可能性が高い。
 地上はキサラ、空中はデュランダルによる斥候の報告が行われた。二人の意見をまとめると、どのルートにも敵は待ち伏せているが、真ん中のルートが一番手薄らしい。
 一度は真ん中に決める冒険者達だが、ベインが異論を唱えた。朝方の襲来や木を倒して道を塞いで足留めするなど、デビルはそれなりの戦術を持って動いている。手薄にしているのはわざとで、我々を引き込もうとする作戦ではないかと。
「俺がもう一度見てこよう」
 デュランダルがヒポグリフのミストラルと共に舞い上がる。一直線に真ん中のルートへと天駆けた。上空からみる限り、片手の指にも足りない数のオーガと数匹の下級デビルがいるだけだ。
「何かが?」
 デュランダルは崖の間に潜んでいる何かに気がついた。覚悟を決めたデュランダルはオーラエリベイションをかけて突っ込む。地上すれすれを飛び、視力にすべての意識を集中させる。
 ベインの考えは正しかった。大量の敵が隠れていたのだ。それだけではなく見たこともないデビルも三体確認する。
 デビル達は通り過ぎようとするデュランダルを攻撃した。ひたすら耐えたデュランダルは急上昇すると、すぐに馬車へと戻った。
 馬車は左側のルートを選択し、待ちかまえていたデビルを含む敵を苦戦しながらも撃ち払って突き進む。パリの街が望めるようになる頃には、デビル達の姿はなくなっていた。

●真実
「皆様、ありがとうございしました。わずかですが、お礼を増やす所存です」
 祈りの場で聖遺物箱から取りだしたサッカノの手稿を司祭が受け取る。冒険者達はパリの教会に無事着いていた。
「俺達が運んだのは本物なのか?」
 ラシュディアが司祭に訊ねる。
「巧妙に作られてはいますが偽物です。既に本物は他の者達によって無事届けられております」
 聞いてやはりと思う者や気を落とす者など、冒険者達の態度もそれぞれであった。
「聖遺物箱に入れられて運ばれましたが、そうでない場合はデビルが襲わない可能性もありました。囮ですからそれでは困るのです。そこで本物と一緒に発見された羊皮紙を一枚挟んでおいたと聞き及んでおります」
 司祭は書物に挟まっていた羊皮紙を摘んだ。
「失礼します。司祭様。おーそれですそれ」
 三人の助祭が現れて司祭の持っていた羊皮紙を奪うように手に取る。
「これを待っていたのです。では」
 無礼な三人の助祭は礼をすると祈りの場からそそくさと立ち去った。
「あの者達はサッカノの手稿を調べる命を受けたのですが、あのような物をなぜ? 手違いがあったのでしょうか。ともあれご苦労様でした」
 司祭が腑に落ちない表情をする。どうやら大切な物を運んでいた事がわかると、冒険者達はさらなる充足を感じるのであった。