●リプレイ本文
●パリ近郊の集落
出発前、馬を持つ冒険者は背中の重い荷物を移した。仲間の荷物も一部載せて、全体の歩みを合わせる。荷物は前もって整理した方がいざというときに役に立つ。
冒険者の一人が来られなくなり、アーレアンは残念がった。一つの行動でもあれば一緒に来られたのにと。
パリから歩いて3時間後、冒険者達は目的地である集落の柵前までたどり着く。
「おーここかぁ〜。あっちが門のようだぞ」
アーレアンがロバと馬を引き連れて門に向かう。
「もう平気や。おおきに」
シフールのジュエル・ランド(ec2472)がアーレアンの目の前で空中停止する。アーレアンは手綱を馬の鞍に絡めた。ジュエルに馬を返したのである。
「俺の方こそありがとな」
アーレアンは大きく口を開けて照れる。ここに来るまでの間、ジュエルは馬の背中に座り、竪琴を奏でていた。アーレアンがリクエストをしたからだ。
「アーレアン君、今回もよろしく頼むよ」
リフィカ・レーヴェンフルス(ec1752)は小枝などを抱えながらアーレアンに話しかける。
「こちらこそ、学者のリフィカさん。また知恵を貸してくれよな」
アーレアンはニカッと笑顔で答えた。
「今回は食事つきで楽しみだよな。あ、ジャパンの僧は肉とか魚、食べられなかったっけ? でもこの前も食べていたような‥‥」
アーレアンが小さな声で壬護蒼樹(ea8341)に話しかける。
「僕は命を分けて頂く感謝はしますが、肉も魚も頂きます」
壬護は答えながら米の飯に思いをはせた。ノルマンでは、あまりに高すぎて食べる事はままならない。
「クルトー、ジャンプ!」
ピエール・キュラック(ec3313)は愛犬のボーダーコリー、クルトーに柵を登らせてみた。見事に引っかかりへ足を乗せ、集落の中に飛び込む。受付から聞いた通り、この柵を越えるのは難しい事ではないようだ。
「クルトーはいい子だねえ‥‥僕も見習いたいくらいさ」
ピエールは門から戻ってきたクルトーを撫でながら褒めてあげる。
冒険者達が門から集落に入ると、青年が立っていた。
「わたしがこの集落の長で、依頼人になります。どうかよろしく。さっそくですが、冒険者のみなさんが泊まる小屋を案内させて頂きます」
青年の後を冒険者達はついてゆく。アーレアンは髭を生やした長老を想像していたので、面食らっていた。自分と大して変わらない歳の青年が集落の長を務めているなんて想像もしてなかったからだ。
「日に二度程、集落の者が食事を運びます。お口に合うといいのですが。少しだけですが置いてある油はご自由にお使いになって構いません。集落の中央にわたしの住む家がありますので、何かあればそちらに」
集落の長は立ち去り、さっそく行動開始となる。
「この前と同じ鳴子もどきを取り付けようと思う」
「学者さん、柵に全部つけるとなると大変じゃないのか?」
元々、リフィカも鳴子もどきの取り付けは出来る限りにするつもりであった。門など外部との出入り口となる周囲だけに仕掛ける事が決まり、アーレアンが手伝う事となる。
「準備が整うまでは僕が監視しよう」
ピエールがスルスルっと慣れた様子で屋根まで登る。愛犬のクルトーには夜に備えて休ませた。
「うちはまず集落の人達に話しを聞いてくるわ。細かい事はその後や」
ジュエルが小屋の窓から飛んでゆく。
「僕は集落内を巡回してきます」
壬護は見回りをするのと同時に、明るい間に集落を把握するつもりでいた。
リフィカとアーレアンは集落からロープを借りて、さっそく鳴子もどきの取り付けを始めるのだった。
日が暮れて、もうすぐ夜が訪れようとしていた。
ジュエルが村人から聞いてきた情報によると、盗みが横行する時間帯は深夜である。盗まれるのは食べられる物ばかりだ。
村人の目撃例は、野犬の群れと大人の集団に分かれる。ゴブリンなどのモンスターは今の所、目撃されていない。
冒険者達はこれから2班の交代で警備を行う事にした。
1班は壬護、ピエール、アーレアン。
2班はジュエル、リフィカ。
敵が現れた時には休んでいる者も参加して敵を撃退、又は捕まえる用意だ。その為にいろいろな対策も練っていた。
夕食も終わり、まずは1班が暗い集落の警戒を受け持つ。交代は魔力の回復を考えて6時間ごとである。
壬護はランタンを灯しながら柵の周囲を警戒する。長い前髪の隙間から周囲を見回した。
アーレアンは正門近くで隠れながら監視する。夜間は閉じられているが、もし他から侵入した賊に中から開けられたら大変である。
ピエールは壬護が外側を回ると聞いて愛犬のクルトーと一緒に柵の内側に沿って巡回した。不審者を見つけたら吼えるようクルトーに言い聞かせて。
その後、夜の警備は何事もなく2班に引き継がれる。
ランタンを灯してジュエルは夜空を飛ぶ。
監視の能力に関してシフールのジュエルは仲間の中でもずば抜けていた。ただ、捕まえるなどの荒事は無理な場合があるので、すぐに仲間に知らせる心づもりのジュエルであった。
リフィカは集落内の畑と飼育小屋近くの何カ所かを自分の拠点としていた。スリングに使えそうな小石はすでに集めてある。もし盗人が現れたのなら、小石以外に集めてあった臭いがきつい植物の実も当てるつもりだ。これで犯人が特定しやすい。
初日の夜は何事もなく過ぎ去る。
昼間の比較的安全なので、冒険者達は警備を交代で続行しながらも身体を休めながら見張るのだった。
●野犬
「出たで! 野犬の群れや!」
三日目の深夜、ジュエルが小屋で寝ていた1班を起こした。
壬護、アーレアン、ピエールと愛犬はランタンを手にして飛ぶジュエルの後についてゆく。向かうは畑である。
「こっちだ!」
すでにリフィカが木の上からスリングで野犬共を攻撃していた。
「よっと、オジャマするよ」
ピエールもリフィカが登っていた木の上に登ると、野犬共にかすらせるように矢を放つ。
「この高さでいいやろか」
ジュエルは空を飛びながらランタンで出来るだけ明るくなるように野犬の群れを照らした。
「ピエールさんとジュエルさん、野犬を畑の中から離せるかい?」
アーレアンの言葉に答えるように、二人は遠隔で野犬共の動きを牽制する。犬のクルトーも野犬の誘導に一役買う。
野犬共が畑の中から出て一個所に集まると、アーレアンはファイヤーボムを唱えた。
火球が野犬共を包み込む。
2匹の野犬が逃げだす。しかし、畑近くにはまだたくさんの野犬が残っていた。
「えっ? やっぱ俺がやったってわかる?」
唸る野犬共はアーレアンに牙を向けて涎を垂らす。アーレアンは魔法攻撃を躊躇した。野犬が急に近づいてきたのでファイヤーボムを放つと自分自身も巻き添えになる。
「任せて下さい。いきます!」
壬護はアーレアンの前に立って壁となる。そして六尺棒をぐるりと回し、野犬の群れへと飛び込んだ。
壬護の一撃が当たると、大抵の野犬は逃げだす。ピエールとリフィカが援護し、最後には野犬はすべて逃げていった。
「‥‥ついこの間まで飼い犬やったかも知れへんし。最近パリではごたごたが続いたからな。これに懲りて来ないとええけど。次来たら、覚悟してもらわんなあかんけどな」
ジュエルは仲間の元まで降りてきて呟いた。
集落に着くまでの道のりで、アーレアンが仲間に頼んでいた事がある。ペットだった動物が盗人の正体なら、それは戦いの被害者なので、殺さずに一度はチャンスを与えてあげて欲しいと。捕まえれば裁く事が出来る人とは違うので、今回は追い払ったのである。
「クルトーと僕のように仲良くした方がいいのさ」
犬を飼うピエールも同じ考えのようだ。
「全部は無理でもまだ幼いうちの何匹かを飼ってやれば、番犬になっていいかも知れないな」
アーレアンがなにげにいった言葉にリフィカが感心する。
「それはいい考えだ。何匹かには臭いのする実を当ててある。あの中には子犬もいたはずだ。集落の長に話して許可をもらったら、昼間にでも探してみないか」
リフィカは仲間に提案した。
「無闇な殺生はせずに、出来るだけ平和に暮らせることを考えましょう」
真っ先に壬護が賛成し、誰も反対はいなかった。
四日目の昼、冒険者達は集落の長に話を通し、2匹の幼い犬を拾ってくる。ピエールは集落の子供達に犬の買い方を教えるのであった。
●盗人
七日目の太陽が昇る3時間程前、人影に気がついたのはアーレアンであった。
正門近くで見張りをしていたアーレアンは、見知らぬ者が集落内に侵入し、門を内側から開けようとしていたのを見かける。
鳴子もどきが仕掛けてあったはずだが、何事も起きていない。よほど侵入に慣れているのだとアーレアンは考えた。
アーレアンはファイヤーボムを唱え、夜空に火球を出現させると小屋へと走る。3分とかからない場所に小屋はあり、アーレアンは2班の仲間を起こした。
1班の仲間達は火球の合図で、正門近くに集まってくれているはずだ。
「先にいくで!」
ジュエルがランタンを手にして夜空に飛んでゆく。リフィカとアーレアンも急いで正門に向かった。
「門が開いている。ばれても逃げずに侵入したようだ」
リフィカが正門の前で仲間に振り向く。
「羊や! 家畜小屋の羊を盗もうとしているで!」
飛んできたジュエルが盗人の居場所を教える。冒険者全員が家畜小屋に向かった。
「何をしているのです!」
壬護が六尺棒で突進する。家畜小屋の前にいる盗人の数は4人。ジュエルが照らしてくれているおかげで、なんとなくだが周囲が把握出来る。
壬護はバーストアタックを使い、敵の武器破壊を狙った。丸腰にして戦意喪失させる考えだ。
リフィカのスリングで弾かれた小石、ピエールの鋭い矢が壬護の戦闘を援護する。
結果、盗人3人を地べたにはいずらせるが、1人が逃げだした。ジュエルがランタンで照らすが隠密に長けているのか、どこにいるのかわからない。
「アーレアン、うちの後でファイヤーボムをもう一発、派手に打ち上げてや!」
ジュエルは家畜小屋の屋根に降りてランタンを置いた。そしてさっき見た特徴を脳裏に浮かべながらムーンアローを放つ。
輝く矢が夜空に飛んでゆく。アーレアンが矢の向かった方向にファイヤーボムを唱える。
少しの間だけ、周囲が明るくなった。ムーンアローが当たったようで、よろけている盗人がはっきりと闇から浮かぶ。
ピエールの矢、リフィカの小石が命中し、盗人は倒れた。
「大丈夫か?」
「これくらいはなんでもありません」
アーレアンは攻撃を受けた壬護を心配するが、大事はなくて安心する。
盗人は怪我こそしているが4人とも命に別状はなさそうであった。
●そして
太陽が昇り、朝が訪れる。
冒険者達は捕まえた盗人4人を連れて、集落の長の家を訪ねた。
「捕まえて頂いたのですか!」
集落の長は驚く。盗人は狡猾でとても捕まえられないと考えていた。そこでせめて追い払って欲しいと依頼を出したからだ。
「殺したのなら問題ですが、命をとらずに捕まえて頂いたのはこちらとしても願ったりです」
集落の長は責任を持って領主に盗人を引き渡すと冒険者達に約束する。
「こんな物しかないのですが、気持ちなので受け取って下さい」
集落の長は冒険者達にいくつかの保存食を渡した。
「最終日ですし、これから用意する食事を召し上がったら、お帰りになって構いません。しばらくは何事もないでしょう。ありがとうございます」
集落の長は冒険者達に深く礼をいった。
昼頃、食事が冒険者達に振る舞われる。この4日間で一番豪勢な食事であった。
アーレアンはたくさんの肉を頬張った。
まだ日が高いうちに冒険者達はパリへの帰路に着く。
「まさか、あんな若い長とは思わなかったよ。俺と大して違わないのにさ。もっとしっかりしないといけないと思ったよ」
アーレアンがロバの手綱を持って歩く。
「アーレアン君はかなりがんばったと思うぞ。胸を張りたまえ」
リフィカがアーレアンに元気づける。
「賊なんて危なっかしくてやってられないよね、全く‥‥。クルトーもそう思うだろ?」
ピエールの言葉にクルトーが『ワン』と答え、仲間と共に笑った。
「相手にもやむにやまれぬ事情もあるかもしれないけれど、人の物を盗っても良い事にはならないからね」
壬護は青空を見上げる。
「ジュエルさんの機転で助かったよ。そうでなければ1人は逃げられていたかも知れないな」
「そない褒められてもな。なんもでえへんで」
アーレアンの言葉に、ジュエルが愛馬ナヴィの背中に座りながら照れていた。
丘を越えると、パリの城壁も見えてくる。
「最後に一曲や」
ジュエルがアーレアンに愛馬を任せると竪琴を奏でた。
もうすぐパリの周辺も完全に落ち着くだろうと、アーレアンは竪琴を聴きながら思った。