シャラーノとは 〜トレランツ運送社〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 46 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月11日〜08月18日

リプレイ公開日:2007年08月17日

●オープニング

 パリから北西、セーヌ川を下ってゆくと『ルーアン』がある。セーヌ川が繋ぐパリと港町ルアーブルの間に位置する大きな町だ。
 セーヌ川を使っての輸送により、商業が発展し、同時に工業の発達も目覚ましい。
 ルーアンに拠点を置く『トレランツ運送社』もそれらを担う中堅どころの海運会社である。新鮮な食料や加工品、貴重な品などを運ぶのが生業だ。

「グラシュー海運女社長シャラーノの完全なる素性‥‥。いくつかは目星がついたが、それらを調べてどう出るか。重要と思われる人物を冒険者に調べてもらおうかねぇ」
 トレランツ運送社の女社長カルメンは社長室で椅子に座りながら考える。
 いつもいる男性秘書ゲドゥルは調べに出かけていた。ルアーブルでグラシュー海運の張り込みである。
「しゃ、社長!」
 社長室に飛び込んできたのはルアーブルに行ったはずのゲドゥル秘書だ。
「ゲドゥル、なんでここにいる?」
「戻ってきたんです! なっなくなっていたので!」
「なくなったって、何が?」
「グラシュー海運がです! もちろんシャラーノもいませんでした!」
「いきなり廃業して雲隠れかい! 海運業者の風上にもおけないね」
「いや、それがその――」
 ゲドゥル秘書はルーアンに戻ってきた時に船着き場で船乗りに聞いた話をカルメン社長に伝える。
「なんだって! セーヌの向こう岸のパリに近い港町に引っ越ししたっていうのかい。グラシュー海運が」
「そうなんです。別領地ではありますが、ルーアンにあるトレランツ運送社の間近に引っ越して来たのです」
 いつの間にか椅子から立ち上がっていたカルメン社長が窓に近づいてセーヌ川を眺める。
「どういうつもりだい‥‥。セーヌを境にしてヴェルナー領と仲が悪い領主の地に引っ越しか‥‥」
 カルメン社長はしばらく考えるが、頭を切り換える。今は当初の調べを実行する時だと。
 ゲドゥル秘書にパリ冒険者ギルド行きの指示を出した。シャラーノを調べ上げる為の依頼であった。

●今回の参加者

 eb1964 護堂 熊夫(50歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec1713 リスティア・バルテス(31歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec1850 リンカ・ティニーブルー(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●ブリウス町
 二日目夕方、パリで冒険者を乗せて出航したトレランツ運送社中型帆船は、セーヌ川上流にあるブリウス町の船着き場近辺で碇泊していた。
「ここから見てもとても治安の悪いのがわかります」
 マスト上部の見張り台から降りてきた護堂熊夫(eb1964)は甲板にいた仲間に説明する。テレスコープで見た所、海賊の見間違えそうな船乗りばかりが、とても汚い船着き場にたむろっていたそうだ。
「そんなに恐いところなんだ‥‥」
 リスティア・バルテス(ec1713)は肩をすぼませる。
「フランシスカは上陸しない方がよさそうだな。人目に晒せばいろいろと問題が起こりそうだ」
 リンカ・ティニーブルー(ec1850)はアクセルと一緒にいるマーメイドのフランシスカに振り向いた。
「できれば連れて行って欲しいな」
「情報屋などからシャラーノの元にばれたら大変だ。ここは任せて欲しい」
 フランシスカをリンカが説得しようとする。
「船に残していくのも不安なのは確かなのだが」
 エメラルド・シルフィユ(eb7983)はアガリ船長を見つめる。
「俺達、船乗りが守ってやるさ。何、あんな整備もされていない船着き場に大事な船をつけるつもりはねえよ。冒険者には小舟で上陸してもらって、帆船は邪魔にならない所に碇泊させるさ。見張りは厳重にしてな」
 アガリ船長はいつもの調子で笑った。
「ただ残るわけではありません。フランシスカさんには退路の確保をお願いします。アクセルさん、彼女の護衛を頼みます」
 護堂は笑顔でフランシスカとアクセルの二人をくっつけるように両側から軽く叩いた。 上陸が明日からと決まり、仲間が船内に入ると、護堂はもう一度周囲を監視する。エックスレイビジョンでセイレーンなどの怪しい存在がいないか注意するのだった。

●上陸
 三日目、川面に霧が漂う中、2人の船乗りが櫂で漕ぐ小舟で冒険者はブリウス町に上陸した。4人を降ろすとすぐに小舟は帆船へと戻ってゆく。
「おい。そこの姉ちゃん!」
 いつの間にかそこらに散らばっていた人相の悪い船乗りであろう者達が冒険者達を取り囲んだ。
「朝からラッキーだぜ。こんなうまそうな姉ちゃん達とお友達になれるなんて、たまんねえな」
 誰かがいった言葉に下品な笑い声が飛び交う。
「フランシスカさんを連れて来なくてよかったです」
 護堂はこんな状況だが、胸を撫で下ろす。
「護堂はティアを守ってやってくれ。それと自分の操もな」
 リンカの言葉に護堂は疑問を持つ。操というのなら女性三人の方が心配だ。
「あ‥‥」
 ものすごくマッチョな男が化粧をして『おとこぉ〜』と何度も荒い息をしながら呟いた。護堂は背筋が寒くなる。
「みんな、がんばってね。怪我したらリカバーするから」
 リスティアは護堂の背中に隠れる。
「まったく下品なやつらだな。いくぞ!」
 エメラルドが剣を抜くと同時に戦いが始まった。
 護堂は近づく者を死にものぐるいになってスープレックスで血祭りにあげる。リンカは縄ひょうを投げつけながら愛犬の黒曜と共に敵を翻弄してゆく。
 人相の悪さだけが取り柄の、大した実力もない悪党であった。10人以上いたはずだが、3人が倒されると一斉に逃げだした。
「おい! 40歳代半ばのラーレという女性を知らないか?」
 倒した悪党の胸ぐらを掴んでエメラルドが訊ねる。
「ただで見逃して貰える‥なんて思っちゃいないだろ? 以前領主の娘の乳母をしてたって女性の所在を調べてるんだけどね。ラーレという」
 リンカもエメラルドの横で悪党をなだめすかせて情報を聞き出そうとする。残念ながら倒した3人から情報は得られなかった。
 エメラルドと護堂が少し怪我をしていたのでリスティアがリカバーで治療した。
 冒険者達はあまりの治安の悪さに相談する。完全に離れない方がいいという事になり、まとまって町中へと進むのであった。

(「はっきりいって落ち着かないな」)
 エメラルドはフランシスカに借りた服に着替え、仲間に武器防具を預けて1人道を歩く。
 情報を得る為に追い剥ぎを誘う囮役をエメラルドがやっていた。
 いつもの勇ましいエメラルドはどこかに消えて、お嬢様といわれそうな服装だ。仲間の3人は離れた場所でエメラルドを監視している。さしずめエメラルドが餌で仲間の3人が釣り人である。
「あ〜れぇ〜〜」
 エメラルドの悲鳴が聞こえる。建物の間にエメラルドが引きずり込まれた。
 すぐさまリンカが建物の間に飛び込んでエメラルドに剣を投げる。受け取ったエメラルドは自分の追い剥ぎしようとした盗人の首筋に刃を当てた。
「エメラルド、お嬢さんの役で『あ〜れぇ〜〜』はないと思うぞ」
「うん。あたしもそう思う」
「さすがに私もないかと‥‥」
 仲間3人に突っ込まれてエメラルドは赤い顔をした。
「うっ、うるさいな。今はそれどころじゃないだろ」
 誤魔化すようにエメラルドは声をあげる。
 護堂がシャドウバインディングを使い、しばらく動けなくしてから盗人を問いつめる。しかし、何も知らなかった。
「もしかして――」
 リスティアは船の中でフランシスカから聞いた話を思いだした。ラーレがこのブリウス町にいるという情報は、たまたま旧知の者が立ち寄った時に見かけたおかげでわかったのだという。
「つまりね。偽名を使っているかも知れないわ」
 リスティアの考えに習い、仲間は依頼書に書いてあったラーレの外見的特徴を一つも漏らさないように盗人へ尋ねる。
 引き続き3名程、追い剥ぎを捕まえて尋ねた。総合して判断すると、ある料理屋の女主人が怪しい事がわかる。
 冒険者達は料理屋に向かった。

 古びた建物のドアが開き、中から男が飛び出してくる。
「うちは食いもんを粗末にする奴は許さねぇんだよ! とっとと出ていきな!」
 続いて棍棒を持った中年女性が建物の中から現れる。男は鼻血を出しながら逃げていった。
 一部始終を観ていた冒険者達は互いに顔を見合わせる。
「どうやら、あの女性がラーレみたいですが‥‥」
 護堂が仲間に小声で話す。
「あんたら客かい?」
 中年女性が冒険者達に声をかけた。
「そうだ。四人頼めるか?」
「入んな」
 リンカが答えると中年女性はドアを開けたまま建物に入ってゆく。冒険者達も入り、テーブルについた。
「注文を取りに来ないね」
 リスティアがリンカに話しかける。
「今日の昼はこれだけだよ」
 やっと現れた中年女性は深皿に入った食事を運んでくる。この店にはメニューはないらしい。
「‥‥うまいぞ」
 エメラルドが食べて呟く。大きな川魚が入った煮込み料理だがなかなかいける。冒険者達は残らず平らげた。
「ラーレという、昔、乳母をしていた女性を探している。もしかして貴女がそうではないのか?」
 食事代を支払う時にエメラルドが中年女性に訊ねた。
「あたしゃ、マグノーリっていうんだ。知らないねぇ。そんな名前なんて」
 中年女性はジロッとエメラルドを睨んで店の奥に引っ込んだ。
「仕方がない。今夜相談して明日出直そう。どう思う?」
 リンカの意見に仲間は賛成する。冒険者達は船着き場に戻り、大きく手を振って合図をした。迎えの小舟がやってきて帆船に戻るのであった。

●なぜか試練
 四日目、冒険者達は再び料理店を訪れた。
 無愛想な中年女性が、注文も取らずに勝手に料理を持ってくる。手順は同じだが、料理は違っていた。主に薫製豚肉を使った料理であった。
 味に文句はなく、冒険者達は食べ終える。昨日と同じく支払いをする時にエメラルドが訊ねた。今回は食い下がるつもりであったが、エメラルドは拍子抜けする。
「ああ、ラーレって呼ばれていた頃もあったね」
 ラーレがあっさりとシャラーノの乳母であったのを認めたのだ。なぜ心境の変化があったのかはわからないが、とりあえず質問を続ける。
「訊きたい事があるのだがいいだろうか?」
「そういうと思ったよ。待ってな」
 エメラルドの言葉を合図に、店の奥へラーレは消えた。しばらく待つととてつもない大鍋を持って現れる。
「これを汁も残さず食べきったのなら話してやるよ。どうせ昔の事だからあたしにとっちゃどうでもいい事だが、なんも苦労せずに情報が手に入る程、世の中甘くはないからね」
 ラーレがテーブルに大鍋を置き、蓋が取られる。ムワッと湯気が立ち、室内に広がった。
 冬用のこってりとした鍋であった。
「食べたばかりなんだけど‥‥?」
「そんなの百も承知さ。いっとくけど、わたしゃ食べ物を残す奴は大嫌いさ。もし残したりしたら、二度と会いに来るんじゃないよ!」
 リスティアの言葉をラーレが笑い飛ばした。
 4人が真夏に真冬の料理を食べ始める。しかもすでに一食分食べたばかりで。
 皿に取って食べているがなかなか減らなかった。
「もうだめ‥‥」
 真っ先にリスティアが目を回してダウンした。
「後は頼んだ‥‥」
 次にギブアップしたのはリンカだ。
「ここまで来て、手ぶらで帰る訳には‥‥」
 エメラルドも食べられなくなり、残りは護堂だけとなる。
「がっがんばります‥‥」
 ジャイアントの護堂であってもきつい量であった。それでも汗だくだくになりながら護堂のおかげで完食した。
「4人がかりとはいえ、食べ終えるとはね。まあいいさ。明日もう一度おいで。これから仕込みの時間なんだよ」
 冒険者達は店の外に追い出される。しばらく動けなかった4人だが、二時間程休憩するとなんとかなる。幸いにこの間、物取りに出会わなかった。

●シャラーノの過去
 五日目、冒険者達は休みの札がかかる料理店を訪れる。
 店内にはラーレの姿があった。
「シャラーノか‥‥。懐かしいようで、思いだしたくはない名前だね」
 ラーレは冒険者達に過去を語り始めた。
 ラーレがシャラーノの乳母をやっていたのは、生まれてから10歳になった頃までである。復興戦争前のブロズが領主になる前の話だ。
 なかなか子宝に恵まれなかったブロズ夫妻は、ようやく授かったシャラーノをとても可愛がる。自分の乳で育てたかったブロズの妻エルザだが出が悪く、ラーレを乳母として迎えた。
 シャラーノが7歳の時に事件が起こる。エルザとシャラーノが移動中に盗賊に拉致される。絶望の中でシャラーノを救ってくれたのが、父親であるブロズと叔父であったメテオスであった。
 エルザはメテオスの妻であるロホースが助けようとしたが盗賊に大怪我をさせられる。残念ながらしばらくして亡くなった。対外的にエルザは病死とされているが、それは当時の失態を隠す為である。
 この事件で妻エルザを失ったブロズは正気を失った。その後回復するが、ラーレは奇妙なブロズの姿を見かけた事がある。妻を救う手だてを探していたときに耳にした不老不死になるマーメイドの肉の噂話を何度もブロズが呟いていたのを。
 以前からメテオスに懐いていたシャラーノであったが、命を助けられてからはべったりといっていいほど常に側にいた。
 メテオスは容姿の美しさで有名だった。既婚者であるのをを知ってるのに親密になろうと近づく女性はかなりいた。シャラーノが女性達を追い払おうとする姿をラーレは覚えている。
「ふー」
 ラーレはここまで話してしばらく黙り込んだ。
「もう止めたいんだけどね。ここまで話したらしょうがないか」
 ラーレはブロズ家を離れた理由を話す。
 シャラーノが10歳の時、メテオスの妻ロホースが殺される。隠れ家からナイフでメッタ刺しにされた死体が発見されたのである。
 ラーレはシャラーノが何かを森に捨てたのを偶然見かける。気になって探してみるとそれは血がべっとりとついたナイフであった。
 ラーレが問いつめたところ、小鳥を殺しただけだとシャラーノは答えたそうだ。
「笑いたければ笑うがいいさ。あの時のあたしはたった10歳の少女の冷笑に怯え、すべてを捨てて逃げだしたんだ。乳母として育てた子供なのにさ。少し経って復興戦争が起き、結果ブロズは領主となったみたいだが、それはあたしが与り知らぬ事さ」
 ラーレの知るシャラーノの話は終わった。
「どうして話してくれる気になったの?」
 リスティアが訊ねると、ラーレは美味そうに食事を全部食べてくれたからだと答えた。
 エメラルドとリンカは使う予定だった残りのお金で料理を作ってもらった。護堂はお礼として詩酒とコレドのコインをラーレにあげる。
 食事が終わり、仲間と店から立ち去る際にリスティアは祈った。ぶっきらぼうであったが、ちゃんと話してくれたラーレの幸福な未来を。
 冒険者達は船へと戻るのだった。

●帆船
「なぜそこまで思い込んだのかは本人にしかわからないが、シャラーノの趣味嗜好の原点がはっきりとした」
「あんな危険な場所に住んでいるのは、きっとシャラーノの存在に怯えているのだろう。一見、そうは見えない豪傑な女性だったが」
「シャラーノって恐い人なのね」
「鍋はしばらく食べたくありません‥‥。ではなくてメテオスという人物が怪しいと思うのですが」
 帆船に戻った冒険者達はフランシスカとアクセルに情報を伝えた。
「カルメン社長が、シャラーノに武器を流している人物の名は『メテオス』といっていたような気がします」
 アクセルの言葉で冒険者達はすべてが繋がったような気がした。父親の失脚で地位と財産を失ったシャラーノが、グラシュー海運を設立出来たのも、きっとメテオスのおかげであろう。
 グラシュー海運が新しい領地に引っ越したのにも何か理由があるはずだと、冒険者達は警戒を強めるのだった。

 六日目の朝に帆船はパリへと川を下り始めた。そして七日目の夕方にパリの船着き場へと入港する。
 ちょうどルーアンに戻ろうとするゲドゥル秘書に冒険者達は出会う。
「これが今回の報告書ですか」
 ゲドゥル秘書は冒険者が帰りの船で書いたトレランツ運送社向けの報告書を読んだ。
「カルメン社長も喜ばれるはずです。先にこちらを渡しておきます」
 ゲドゥル秘書が冒険者達に追加謝礼金を手渡した。
「少ない人数で大変だったでしょう。ご苦労様でした」
 ゲドゥル秘書は冒険者達に別れの挨拶をすると船へと乗り込んだ。
 冒険者達は報告の為にギルドへと急ぐのであった。