●リプレイ本文
●出発
朝早いパリの市場近くに馬車が一両停まっていた。依頼人デュカスの馬車である。
「村長さんみずからお出迎えとはご丁寧痛み入ります♪」
「スズカさん、やめて下さいよ」
スズカ・アークライト(eb8113)は笑顔でデュカスをからかう。
「村の方はどう? 最近は村がだんだん形になっていくのが楽しみでね〜」
「仲間が増えたおかげで、いろいろと進んでいます。家も増えてますよ」
デュカスとスズカが話していると、どこからか声がして会話をやめる。
「デュカス、宜しくぅ〜」
レシーア・アルティアス(eb9782)の声だ。しかし本人はどこにも見あたらなかった。
「うわぁ!」
デュカスは声をあげて飛び上がる。馬車の裏に隠れていたレシーアがこっそりと服と背中の間に水を垂らしたのだ。
「あそこにある井戸の水、冷たくて美味しいわぁ〜。ど〜ぞ」
レシーアはデュカスにウインクしながら水の入ったカップを渡した。
「ありがとうございます。私にとっては何よりの贈り物です」
「自分なりにアレンジして、『お母さんの味』に仕立ててね」
柊冬霞(ec0037)はセレストからパンを始めとする料理レシピをもらった。大事に懐へしまうと、建物の影から手招きされる。ちらっと覗いた顔はアイシャ・オルテンシア(ec2418)のものだ。
「ちょうどいいタイミングだったから今渡しますね。これなんですけど‥デュカスさんにどうですか?」
建物の影でアイシャが冬霞に渡したのは銀のバックルである。
「似合うかどうか冬霞さんが判断してくださいね。それと! くれぐれも冬霞さんからって話であげるんですよ? 私の名前は出しちゃダメです」
アイシャは冬霞に約束をさせる。
「村までの道は聞いたのだぁ〜。先に行って水車の周辺について調べておくのだ。ナオミさん、よろしくなのだ」
「わかったわ。壊れるということだから、どこかに不備があるのよね。前もって調べてもらえればすぐに手を打てるし」
玄間北斗(eb2905)とナオミ・ファラーノ(ea7372)は依頼に書かれていた水車の修理に関心があった。
さっそく玄間はセブンリーグブーツでエテルネル村へと先行する。
「ここしばらくは剣を持つ依頼が多くて、穏やかな気分になれそうなのは久しぶりです」
馬車に乗り込む前にブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)は御者台に座っていたデュカスに話しかける。
「ぼくも昔、冒険者をしていたんだ。こういうのもいいものですよ‥‥依頼人がいうと変かも知れないけど」
デュカスとブリジットは笑う。
「力仕事は任せてくれ」
「とっても助かるよ。そういう仕事はたくさんあるからね」
ロラン・コースト(ec3596)もデュカスに声をかけてから馬車に乗り込む。
「あなた達は余程その村に思い入れがあるのね」
見送りに来たシフールのフィーレがスズカと冬霞にイギリス語で話しかけた。スズカが冬霞に通訳をする。
「デュカスさんとエテルネル村に祝福がありますよう」
クレリックフィーレの祈りが終わると馬車は発車する。スズカはベゾムに跨って大空に舞い上がる。
「こーゆーの一度やってみたかったのよね〜。セブンリーグブーツも履いたし、空も地上もオーケーよ♪」
スズカは先行しようか悩んだが、馬車に繋いだ愛馬の事もある。御者台に座るデュカスと冬霞をからかいながら、空中を散歩するのだった。
●麦畑
「旦那様、とても綺麗です」
冬霞はデュカスに話しかけながら広がる麦畑を眺めていた。
二日目の夕方、馬車はエテルネル村内を走る。
馬車内でも、夕日に照らされる麦畑に心奪われている者が多かった。ベゾムに跨るスズカは、低空飛行をして麦の穂を揺らす。
一部の刈り取りが終わっただけで、麦畑のほとんどが手つかずである。やりがいがあると冒険者達は覚悟を決めた。
「待っていたのだぁ〜」
玄間とフェルナール、ワンバが馬車を出迎える。馬車が戻ると、一日の作業が終わった村人も集まってきた。
新たな一軒の空き家が冒険者達に提供される。用水路の一部に囲いがあり、水浴びが出来るようになっていた。汗を流した後で冒険者達は用意されていた夕食を頂いた。
夜になり、たいまつを手にしたナオミ、玄間、フェルナールは水車小屋に向かった。
「‥‥フェルナール君、水車部分の製作は一人で頑張ったの? 十二分にすごいと思うわ、お疲れ様」
水車小屋内に入ったナオミが驚く。粉ひきの部分と脱穀用の叩く仕掛けがある。二つの仕掛けが切り替えられる構造になっていた。
ナオミは設計図と実物を見比べる。そして玄間が調べてくれた用水路約一日の水深、流速の変化などを参考にする。季節によって変わるはずだが、それはまた別の話だ。
「主軸は‥‥まっすぐね。臼部分は遊びがありすぎる感じね」
ナオミは一つずつ調べてゆく。原因の洗い出しが終わったのなら水車小屋を直すだけでなく、フェルナールの勉強の為にも設計図に手を入れるつもりだ。
「やっぱり専門家はすごいのだぁ〜」
玄間は関心しながらフェルナールに話しかける。フェルナールもナオミの一言一言に頷いていた。
●麦刈り
三日目の朝から麦刈りは始まった。
「けっこう‥‥難しいです」
「本当に‥‥慣れないと難しいですね」
「こうすれば‥‥あっ、だめみたい」
アイシャ、ブリジット、スズカは並んで麦を刈る。
麦はまとまって育っていないので、周囲のかなり広い範囲をうまく鎌で手繰り寄せながら、まとめて刈り取らなくてはならない。単純そうに見えて、とても難しい作業であった。
「こうやるといいよ」
デュカスが鎌を手に見本をみせる。
ブリジットは手袋をし、頭にはウィンプルを被り、水で濡らしたブルースカーフを首に巻いていた。暑さ対策である。
レシーアは少し離れた場所でマイペースに麦刈りをしていた。
「あっついねぇ〜、けど、がまんがまん」
先程レシーアはウェザーコントロールで天候を曇りにしようとしたが、刈った麦の穂を乾燥させなくてはいけないと村人から聞いて取りやめる。ここは暑いのを我慢して作業した方がよさそうだ。
ロランは荷車にすでに干されていた麦束を積んだ。そして馬に牽かせて水車小屋の横にある倉庫におろしていった。
「旦那様、そろそろお昼になさったら如何ですか?」
冬霞がお弁当を届けに麦畑にやって来た。
「冬霞、料理うまくなったわ」
「私などは村の皆様に教わってばかりです」
スズカに褒められて冬霞は笑顔で頷いた。
レシーアは食事が終わると休憩時間が終わらない間に、以前植えた豆を確かめに行く。あの豆はエンドウ豆であった。すでに成長して枯れかかっていたので収穫する。これだけだと、食べても大したことはない。デュカスにあげて、さらに増やしてもらおうとレシーアは考えた。
ブリジットは休憩時間に美麗の絵筆を使って麦畑の風景を板の上に写しとってゆく。すぐには描き終わらないが、麦刈りが終わる前には出来上がるだろう。
休憩時間も終わり、冒険者達が刈った麦を束ねて干す。冒険者が鎌の扱いに慣れてきたおかげで、畑の土があらわになってゆく。
暑い最中、身体に注意しながら麦刈りは続くのであった。
「そう、そこの部分は新しく作り直したほうがいいわね」
ナオミが指揮して水車小屋の改修は行われていた。玄間、フェルナールの他にも小屋造りを手伝った村人も参加している。多くの者が補修方法や調整を知っていれば、いろいろな場合に対処できると考えたからだ。
「これでうまくいくのだ。フェルナールさん、よかったのだぁ〜」
玄間とフェルナールは新たな部品を木材から削りだしていた。
「うん。なんとかなりそうだよ」
フェルナールはほっとした表情で答えるのだった。
●子供達
四日目の夕方、麦刈りが終わって冒険者達は畑から戻っていた。
「何これ?」
「うわぁ、かっこいいぞ」
「これ、かわいいよ」
スズカとアイシャを取り囲むように村の子供達が集まる。二人が持ってきた様々なおもちゃを手にして遊ぶ。
「あ・げ・る。こんな所じゃ玩具も手に入り難いでしょ?」
「わたしのヘアバンドもあげます。でも、みんなで遊んで下さいね」
スズカとアイシャの言葉に子供達は喜んだ。あげたのはマトリョーシカ人形、武者人形、獣耳ヘアバンドが3である。
「みんなよかったな」
デュカスが現れて子供達の頭を撫でた。アイシャはデュカスが銀のバックルをしているのを知る。冬霞が気に入って渡したのだと安心した。
「そうだ。まだまだ家具とか足りないんじゃないかな〜って思って持ってきたんです」
アイシャは愛馬を連れきて、デュカスに家具を見せる。
「友人達に声をかけて集めたんですが‥‥変な物ばかりになっちゃいました‥」
アイシャがちらりとデュカスの表情を確認した。笑顔ながらどこか顔を引きつらせているように感じられる。
「あ、これをもらおうかな」
デュカスは若木のツリーをもらった。その他に種や豆、そしてサムポの破片を受け取る。
「農業が一層捗る様に寄付します。こちらの絵も」
馬小屋の掃除から戻ってきたブリジットは、ポレヴィークのつち人形と自分が書いた板絵をデュカスに渡す。
「みんなありがとう。とっても助かるよ」
デュカスがお礼をいうとワンバが通りかかった。
「お疲れさま、がんばってるみたいね?」
「とてもやりがいがありますわ。冬になったら、ゆっくりしますよってに」
スズカはワンバとしばらく立ち話をする。
「豆、ありがとう。来年にはたくさんに増やします」
レシーアがやって来てデュカスから話しかけた。
「用水路で壊れた個所、見つけたんだけどねぇ〜。あたしじゃ無理だし」
「そうなんですか。大きく壊れないうちに直さないとまずいですね」
レシーアとデュカスが唸っていると、玄間がやって来た。
「おいら水車で手伝えることがなくなったのだぁ〜。他にお手伝いがあるなら、声を掛けて欲しいのだぁ〜。‥‥どうかしたのだ?」
唸っている二人に玄間が訊ねる。
「それなら任せるのだ。なのだぁ〜」
玄間はレシーアに場所を教えてもらうと元気に用水路を見学に行った。作業は明日するとして下見をするそうだ。
レシーアは冬霞に頼まれたので、子供達に簡単な踊りを見せる。子供達がまねて、一緒に夕食までの時間を過ごす。
夕食の時間になるが、ナオミとフェルナール、ロランが戻ってこない。冒険者達はデュカス、ワンバと一緒に水車小屋へ向かった。
「これでいいわね」
みんなが水車小屋を訪れた時、ちょうど修理が終わった瞬間であった。
ロランが隣りの倉庫から麦束の一部を運んできた。動かしてみると、見事に水車が回り、そして小屋内部の仕掛けが動く。麦束を使って作業を試してみると成功だ。
しばらく眺めているが、順調に動き続ける。
「ありがとう。ナオミさん。フェルナールやったな!」
デュカスがナオミにお礼をいうと、弟フェルナールに近づいてお互いの手を叩く。
「ありがとうございます、専門家の方に来て頂けて幸いでした」
冬霞もナオミに深く礼をいう。
「どう? ナオミさんについて勉強になった? 物を作ったり直したりするのは壊すよりずっと大変なのよ」
微笑んだスズカがやり遂げたフェルナールに声をかけるのだった。
●パン
五日目、ナオミはフェルナールの荷馬車作りを手伝う。何も問題はなかったが、より長持ちするように車軸の部分にわずかな改良を加える。
玄間は午前に用水路を直し終わり、午後には麦刈りを手伝った。最後の追い込みに冒険者達のテンションはあがる。
麦刈りは終わって、干された麦束の搬送作業は残される。こればかりは時間が必要なのでどうにもならない。後は村人だけでもなんとかなるはずだ。
「ふぅ、これぐらいでいいですか?」
お昼過ぎにブリジットは炊事場でパンの生地を練っていた。隣で冬霞もレシピを頼りに腕によりをかけた夕食を作る。
「はい。後は少し膨らむまで待ってから窯で焼きます。石窯をあらかじめ熱くしておいて火を落とし、余熱で焼き上げるとよいと書いてあります」
「それでは石窯に火を点けてきます。生地をどこまで膨らませるかの判断はお任せしますね」
ブリジットは初めてのパン作りを楽しんでいた。
夕食の時間になり、エテルネル村で育った麦で作られたパンがテーブルに並べられた。
「上手く出来てるといいのですけれど‥‥どうでしょうか?」
冬霞はデュカスの横でドキドキしていた。
「‥‥なんか格別だね。なんでだろ」
デュカスは涙をこぼしそうで、それでいて笑顔でパンを食べる。
全員がおいしく食事を食べる中、スズカがデュカスに近づく。
「そろそろ村の自衛手段が必要かも? ‥‥何か考えてる?」
「柵ぐらいは作りたいんですが、まだそこまで手が回っていません。早いところ、手をつけるつもりです。盗賊に襲われたら‥‥もうあんな事にはなりたくないですし‥‥」
デュカスは亡くなった両親を思いだした。
「冬霞、こっちにおいで。別にエッチなことはしないからさぁ〜」
レシーアが糸を用意して冬霞を呼んだ。そして冬霞の身体を計ってゆく。
「レシーア様、何をしているのでしょうか?」
「まあ、お楽しみにねぇ」
レシーアは将来の為に何かを画策していた。
「美人さんが一杯だと、とっても幸せな気分になれるのだぁ〜〜」
玄間がのほほ〜んと嬉しそうに夕食を食べていた。両隣にはアイシャとブリジットの姿がある。
夕食が終わってもしばらく談笑の時間は続くのであった。
●パリへ
六日目の朝、冒険者を乗せた馬車はパリに向けて出発した。行きと同じくデュカスが御者である。
もう一両、新たに出来た荷馬車はワンバが御者をする。パリの市場で行商をする為、村で出来た野菜を載せて一緒に向かう。
レシーアは出発の直前、ウェザーコントロールで快晴にする。早く麦が乾燥するのを祈りながら。
帰りの道中では保存食とは別にエテルネル村で出来たパンもある。素っ気ない味の保存食だが、パンのおかげでみんなは笑顔で食事をした。
七日目の夕方に馬車と荷馬車はパリに到着する。
デュカスは、村近くの森からの恵みで得たたいまつをお礼として冒険者達に渡すと、別れの言葉と共に立ち去った。
冒険者達はかなりの食料がエテルネル村に備蓄された事に安心する。そして一緒にギルドまで報告に向かうのであった。