エリファス・ブロリアの断罪
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:やや易
成功報酬:5 G 1 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月15日〜08月21日
リプレイ公開日:2007年08月22日
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●オープニング
パリのどこかに罪人が投獄されている場所があった。罪の種類は様々であったが、重要犯罪人も厳重に管理されている。
かつての領主、エリファス・ブロリアも最深部の一室でまだ命を長らえていた。
「ふ〜」
椅子に座って中年女性が煙草を吹かす。窓から見える枝と緑の葉が夏を思わせずにはいられない。もうすぐ休みがもらえて、この陰気な施設から一時的にでも出られる事をとても楽しみにしていた。
中年女性の仕事は給仕である。囚人達が食べる食事を作るのが仕事であった。今はやっと作り終えて、監視兵達に配ってもらっている最中だ。
「ねえ、知ってます? 奥の504号の囚人の事」
まだ入ったばかりの新人女性が中年女性に話しかける。
「エリファスとかいったか、元領主だろ。この間の戦いで反乱を起こした貴族様が続々とお入りになられているが、あいつはなぜかまだ生きているね」
「王宮で侍女をしている親戚から聞いたんですけど、奴の処刑はパリから離れた場所でやるらしいんです」
「尋問が終わっているのに、ルーアンからわざわざパリに運んできたって聞いたよ。それなら、とっとと、ルーアンでやっとけばよかったんじゃないか?」
「それが奴にゆかりのある貴族が、まだ財宝の隠し場所とか、ブランシュ鉱の鉱床をエリファスが知っているとかいって、ルーアンからパリに連れてくるように画策したようなんです。交換条件にして罪の軽減させようと。本当かどうかとても怪しいですけどね。ルーアンの領主でもあるブランシュ騎士団黒分隊長は嫌がったけど、命令で仕方なかったようです。しかし王宮には通らずに処刑が決定。せめてものお情けでさらし者にされる事なく、ひっそりと処刑されるのが決まったそうで、それでまた移送みたい」
「偉い人の世界はいろいろと面倒なもんだねえ。それとあんた、あんまり話さない方がいいよ。噂話なのはわかっているけど、事実だとすれば機密もなにもあったもんじゃない」
二人の会話は休憩時間が終わるまで続けられるのだった。
ある日の午後、冒険者ギルドの個室にはブランシュ騎士団黒分隊エフォール副長の姿があった。
受付の女性に依頼を行っていたが、その表情は苦悶に満ちていた。
「前にエリファス・ブロリアの移送を頼み、そして冒険者達には無事にやり遂げて頂いた。今回はヴェルナー領東部にある処刑場にエリファスを移送する内容なのだが、問題がある」
エフォール副長は奥歯を噛んだ。
「前回は冒険者にすべてを任せたのだが、今回はネーミ騎士団の6名が移送を受け持つ事となった。冒険者はネーミ騎士団を護衛。問題はネーミ騎士団の素性だ」
「どのような?」
受付の女性がエフォール副長に訊ねる。
「ネーミ騎士団はエリファスの助命嘆願をしていた貴族が所有する。当初黒分隊が任されるはずの任務に無理矢理ねじ込まれてしまった。預言での戦いに時間をとられたとはいえ、わたしの不覚。護衛の追加を承諾させたが、条件をつけられた。黒分隊隊員以外を用意しろと」
「つまり、エリファス・ブロリアの移送そのものはネーミ騎士団が行い、冒険者は同行して護衛を行う依頼と考えてよろしいですか?」
「その通り。表向きにはネーミ騎士団に同行しての移送の護衛。ただ実際にはネーミ騎士団が策を弄してエリファスを逃がさないかの監視を願いたい」
依頼の間、エフォール副長は一度も表情を緩ませる事はなかった。
●リプレイ本文
●朝焼け
「そう。ネーミ騎士団を所有する貴族はフレデリック・ゼルマ侯。彼も領主であり、様々な面でラルフ黒分隊長と対立している」
一日目、パリの投獄施設でブランシュ騎士団黒分隊エフォール副長が話す。まだ日が昇らない、かがり火が照らす門前に冒険者達と黒分隊の一部が集まっていた。
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)はエフォール副長に訊ねて、ネーミ騎士団の紋章、そして領地の位置を知る。
「フレデリック領は‥‥ヴェルナー領とセーヌ川を挟んで隣接しているのですね」
アニエスは地図で確かめて驚いた。その他にもエリファスの親族についても話しを聞いた。復興戦争で一人息子を亡くし、以後、妻以外の間にも子供はいない。妻は三年前に他界。エリファスとフレデリックは戦友である。
「来たぞ」
愛馬エクレイルに跨るデュランダル・アウローラ(ea8820)は奥からやってくる一両の馬車を見据えた。
元領主エリファスを乗せたネーミ騎士団の馬車であった。挨拶も何もせず、ネーミ側の馬車は通り過ぎてゆく。
冒険者達は自分達に用意された馬車に乗り込んだ。黒分隊は同行すると軋轢が生じるので、冒険者達を見送る事しか残っていなかった。
「それでは」
水無月冷華(ea8284)は馬車を走らせて、ネーミ側の馬車の後ろにつく。本来なら前に出るべきだが、勝手に進路を変えられた時に問題があるので後方を選択した。その代わり、単独で愛馬に騎乗するデュランダルがネーミ側の馬車より先を走る。
「襲撃があるのは確かだろう」
先頭を走るデュランダルが呟く。愛馬で移動するのは、いざというときにエリファスを追跡する機動力確保の為である。エフォール副長の不安は当たるとデュランダルも考えていた。パリで使い捨ての傭兵をネーミ騎士団が雇わないか、友人のアヴァロンが調べてくれるという。初日の間に可能なら知らせてくれるそうだ。
パリ郊外に出たとき、太陽が昇り始めて朝焼けの景色が広がる。紫から赤へと変わる世界で、一騎と馬車二両が長い影を地面に落とすのであった。
「さっさと処刑するなり、牢屋に押し込めとくなりしておけばいいのにな。何かをあぶりだそうとしてんのかな」
ラーバルト・バトルハンマー(eb0206)がハンマーを抱えながら馬車の中で呟いた。
「地図によれば、フレデリック領を通過する事はありません。ただ、ヴェルナー領に入れば何かと不都合があるので、その前に行動する可能性が高いはずです」
「アニエス殿のいう通りだ。影響力が及ぶギリギリの外縁部で行動を起こす可能性が高い」
アニエスの言葉に御者台にいる水無月が同意する。
「俺にはやつらがどのように動いてくるかわからん。ただ、どんなに目を覆いたくなるような状況が起きたとしても、エリファスの監視は注意するつもりだ」
アレックス・ミンツ(eb3781)はネーミ側の馬車を前方の窓から見つめていた。
「あ〜考えたって、俺の頭じゃわかんね〜‥‥」
ラーバルトは顎髭を触りながら、ずっーと座席に深くもたれる。
アニエスはエリファスと同じ馬車に乗れるかと考えていたが当てが外れる。毛布を敷いて楽な体勢をとり、いざという時に元気であるように心がけるアニエスであった。
●罠
午後になり、一行は崖上で停まっていた。
通る予定であった橋が落ちていたので急遽進路変更を行う。日程を可能な限り遅らせないようにネーミ側が山岳部を通るルートを選択した。
冒険者達はネーミ側に『はめられた』と感じた。ネーミ側の息がかかった者が橋を壊し、選択の自由を狭めたに違いない。低い山岳部なら領主の力は届きにくいはずだ。
「わざとですね」
「ああ、わざとだな」
「違いありません」
冒険者達は口々に呟いた。
アニエスはフライングブルームで空からの警戒をしようとも考えたが踏みとどまる。もしもエリファスが逃げた時、追跡の奥の手としてとっておきたかった。手の内を今から見せるのは得策ではない。
夕方になり、野営となる。それほど木々が密集していない森の中だ。
それまで頑なだったネーミ側が、少しは話しかけてくる。不自然に思いながら、冒険者達からも質問をする。
「それは無理というものだ。そちらはあくまで我々の護衛が任務であり、エリファス・ブロリアの移送は我らの仕事であるのだから」
無邪気な子供を装って話しかけたアニエスだが、ネーミ側の代表にエリファスとの面会は拒否される。
エリファスはネーミ側の馬車に閉じこめられたまま、下ろされるのは生理現象の時のみである。暑さの為、窓は開いているので時折頬の痩けたエリファスの姿は冒険者達からも窺える。しかし常に周囲をネーミ騎士団が監視していて近づけなかった。
「敵らしき姿は見あたらない」
デュランダルが愛馬での偵察から帰ってきた。追跡用として愛犬のドライにエリファスの臭いを覚えさせたいデュランダルだが、馬車から出されないとなると、どうする事も出来ない。ネーミ側もしたたかである。
「一筋縄ではいかないようですね‥‥」
水無月が馬の世話をしながら、ネーミ側の馬車の様子を観察した。少なくとも2方向の道にいつでも発車出来るように停められている。繋がっている馬達の毛艶もよく、かなり良い馬がそろっていた。全速力で追いかけるとなると、かなりの苦戦が考えられる。
「野ウサギの一匹でもいれば、腹の足しになったのにな」
ハンマーを手にしてラーバルトが野営地に戻ってくる。食料を探すといって小一時間いなかったラーバルトだが、その間に簡素な仕掛けを周囲に作っておいた。蔓と小枝を使った鳴子もどき。そして地面の草を結んでおき、知らない者が転倒しやすいようにする。大体の位置を仲間には知らせておいた。
アレックスはネーミ側から話しかけられても、何も応じず、じっとエリファスがいる馬車を見つめていた。槍を肩に乗せて、いつ戦いが起きても対処できるようにしてある。
「これをもらったのですが‥‥」
「こんなに見え透いた事をして感づかれないと思われているのか?」
アニエスがネーミ側からもらってきたパンを見て、水無月は疑問の声をあげた。どう考えても今の状況だと毒入りである可能性が高い。致死性があるのかどうかは定かではないが。
「つまりバカにされているわけだな」
「好都合だろう。その方が何かとやりやすい」
ラーバルトとデュランダルがパンを手にして、あきれた表情をする。
「パンか‥‥。やつらに食わせてやればいいだろう。『毒』は入ってないはずなのだから」
アレックスが見つめる先はネーミ側の馬車。そこには馬車に繋がれたままの馬達がいた。ネーミの騎士達はエリファスに集中しすぎて、間近にいる馬まで注意が向いていないようだった。
真夜中、馬達が激しくいなないて見張り以外の者も目を覚ます。
暴れていたのはネーミ側の馬車の馬だ。約二時間前に冒険者達はこっそりとパンを食べさせた。やはりパンには毒が盛られていたようだ。
「いるぞ」
ラーバルトが何かが倒れる音を聞いて、ハンマーを大きく構える。
仲間はそれぞれに戦いの準備を行う。事前に魔法をかける者。監視を強める者。馬車に乗り込む者。
あまりに馬が暴れるので、エリファスがネーミ側の馬車から下りる。両手には枷がはめられていた。
すかさずデュランダルは愛犬を近づかせてエリファスの臭いを覚えさせる。
アニエスが小枝などをたき火に放り込み、より強く辺りを照らす。視力のいい者が冒険者には多いものの、それでもいきなり暗くなったのなら、闇に慣れた敵に有利である。それはさけるべきであった。
「どけ! 邪魔だ」
ネーミの騎士達に何をいわれようと、アレックスはエリファスに近づいた。
「刃を俺に向けてどうする? それとも俺達冒険者が敵だというのか?」
アレックスの言葉にネーミの騎士達が黙り込んだ。
物影から敵が襲う。敵は複数いて、何人いるかはわからない。
真っ先に敵の襲撃を受けたのはラーバルトであった。
「ふん!」
ラーバルトは敵の攻撃を盾で受け止めた。そしてそのまま、相手を押し返す。
「埋まっておきな!」
高く掲げたハンマーを倒れた敵へとラーバルトは振り下ろした。倒れた敵を一瞬だが観察する。変装しているのかも知れないが、野盗といった風体だ。戦った感触からすれば、大した敵ではない。すかさずラーバルトは次の敵と対峙する。
デュランダルは目を瞑り、技を繰りだして一人を地にはいずらせた。
「ラーバルト殿、この場は任せた!」
「おー!」
デュランダルはラーバルトに声をかけると愛馬に跨り、エリファスを連れて逃げるネーミ騎士団を追う。愛犬ドライがエリファスを追いかけているのが見える。
「そちらの馬車が使えないのなら、エリファスを乗せなさい!」
水無月が操る馬車も自らの足で逃げるネーミ騎士団に追いついていた。何度もエリファスを馬車に乗せるようにネーミ騎士団に言葉を投げかけるが、水無月は無視されていた。
馬車では通れない入り組んだ道をネーミ側が進もうとした時、アレックスが力ずくでエリファスを馬車に乗せようとした。すると再びネーミの騎士達はアレックスに刃を向ける。
「余計な事をするな! エリファスは我らに任されたのだ!」
ネーミ騎士団の一人が叫ぶと同時に、フライングブルームで追いついたアニエスも叫ぶ。
「空飛ぶデビルがいました!」
アニエスは地面に下りるとすぐさま聖剣を抜く。残念ながら聖なる釘を発動させる時間はなかった。
アレックスはネーミの騎士達の隙を見て、冒険者側の馬車内にエリファスを押し込めた。そして引き続き監視を行う。
「あれはグレムリン!」
デュランダルが魔剣を手にして空を見上げた。
「氷雪よ、唸れ!!」
水無月が停まった馬車からアイスブリザードを唱える。巻き込まれたグレムリン共が次々と地面へと落下する。
「なぜあなた方は戦わないのです!」
グレムリンの爪攻撃を避けたアニエスがネーミの騎士達を怒鳴りつけた。ネーミの騎士達は漫然とただ、剣を構えているだけである。
「心眼‥‥」
デュランダルは目を瞑ったまま、次々とバックアタックをグレムリンに決めてゆく。その勢いはすさまじい。
「待たせたな!」
ラーバルトも追いつき、冒険者達は一気にグレムリンを倒してゆく。正確にはわからないが、約12匹のグレムリンがこの世界から消え去る。
「エリファスを引き渡せ」
ネーミ騎士団の代表が冒険者達に要求する。だが冒険者達はエリファスを引き渡さなかった。
徐々に白んできた夜空の下、押し問答が続く。
愛馬に乗ったデュランダルが、ラーバルトが捕まえて縛っておいた野盗を連れてくる。
「私達では無理ですが、この者をブランシュ騎士団黒分隊に任せれば、魔法なり様々な尋問する方法があるでしょう。お困りになられるのはどなたでしょうか?」
アニエスはネーミの騎士達に詰め寄る。
「あのパンは馬達に食べさせました。どうして苦しんでいるのか説明して頂きたい」
水無月も詰め寄った。
「一つ提案をしよう。エリファスは俺達が移送する。この野盗はそちらに引き渡す。この交換条件でどうだ」
「そんな条件を‥‥」
デュランダルの提案にネーミ騎士団の代表が考え込んだ。
野盗が黒分隊の手に渡ればネーミ騎士団の企みが明るみになるだろうが、決定的な証拠にはなり得ない。出来るならすべてを白日のもとにさらしたいデュランダルであった。だが、冒険者側の意見だけを押し通せば、ネーミ騎士団と一戦交える展開になるはずだ。
冒険者側の正当性を証明し、黒分隊に迷惑をかけない意味でも、ネーミ側との交戦は避けるべきと考えたデュランダルである。
「わかった。移送を頼む‥‥」
ネーミ騎士団の代表が折れた。
二日目の朝になり、冒険者達は馬車にエリファスを乗せて出発する。毒入りのパンを食べたネーミ側の馬達も一日か二日程度休めば回復する程度らしい。
「何故、悪魔に魂を売り渡したのですか?」
アニエスは馬車内でエリファスに問うた。
「ご家族が亡くなられたとはいえ、以前は良き夫に父親であったはず。優れた領主と称えられる以上に得たいモノは何だったのですか?」
アニエスが何度か訊ねてやっとエリファスは口を開く。
「‥‥この国を手に入れたい野望はあったが、理想とするものが実現するのなら上に立つのは私以外の誰でもよかった。私のまだ語られてもいない理想が拒否された。それだけだ。私がデビルに加担して傾国に向かったかも知れないノルマンの未来も、長い目でみればどう評価されるかわからないものだ。もっともデビルはどこまでいっても人間の敵であるのは間違いないがね‥‥」
それ以上、エリファスは語ることはなかった。
●帰路
三日目の暮れなずむ頃、冒険者達の馬車は目的の処刑場にたどり着いた。
冒険者達は処刑場の責任者に事情を説明し、エリファス・ブロリアを引き渡す。
処刑は見ずに翌日の四日目の朝にパリへの帰路についた。
六日目の昼にパリへ到着すると、エフォール副長が冒険者ギルド前で出迎えてくれた。
「デビルが現れてもネーミ騎士団は動じませんでした。その他にも怪しい点がたくさんあります」
アニエスはエフォール副長に知った限りの事を報告した。
「これでエリファス・ブロリアの事で誰かしらを煩わせる事はないだろう。ありがとう、とても助かった」
エフォール副長はリカバーポーションを渡す。途中の戦闘で治療に使った分を上回る数である。
「エフォール副長!」
一騎の騎士が冒険者ギルドを通り過ぎようとする。
「ラルフ黒分隊長、どうなされたのですか?」
エフォール副長は突然現れたラルフ黒分隊長に驚く。
「これから向かう場所の途中だったので立ち寄ったのだ」
ラルフ黒分隊長は馬から下りる。
「冒険者の方々、エリファス・ブロリアを送り届けてくれたおかげで、様々な事で黒分隊は助かったのだ。エリファスは確かに断罪されたと連絡があった。感謝する、ありがとう」
ラルフ黒分隊長は冒険者達に礼をいうとすぐに馬に乗って立ち去った。
「それでは」
エフォール副長も馬に乗り、ラルフ黒分隊長についてゆく。
「忙しそうだな。預言が終わったのに、まだなにかあるのか?」
ラーバルトは呟く。
冒険者達は姿が消えるまでラルフ黒分隊長を見送り、そして報告の為にギルドへと入るのだった。