シュクレ堂ヘルプ 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:08月16日〜08月20日

リプレイ公開日:2007年08月25日

●オープニング

「これと、これとこれ。もう一つ買おうかな」
 冒険者ギルドの受付嬢シーナは出勤前にシュクレ堂で買い物をしていた。
 シュクレ堂とはシーナお気に入りの焼き菓子が売っているパン屋である。いつものようにシュクレ堂特製の子供用焼き菓子二袋と、食事用のパンをいくつかを買い込んだ。焼き菓子の一袋は先輩のゾフィー嬢に頼まれたものである。
「ちょっと‥‥、前に会話を小耳に挟んだのですが、冒険者ギルドに勤めているんですよね」
 支払いを済ませて店を出ていこうとしたシーナに中年男性店員が話しかける。
「そうですけど‥‥」
 シーナは驚きながら答える。長いことシュクレ堂に通っているが、挨拶以外の言葉を中年男性店員から聞いたのは初めてだ。
 普段は奥でパンを焼いている職人だが、極まれに店頭に立つようだ。たまたま人がいないのだろう。
「頼みたい事があるのですが‥‥、今日の午後はカウンターにいますか? この歳でお恥ずかしい話なのですが、知らない人だとあがってしまって。何度かギルドに行ったのですが、依頼を出せずじまいだったのです」
「今日の午後はカウンターに座っています〜。シーナの前にはなかなか依頼人が座ってくれないのできっと大丈夫なのです〜」
 シーナは笑顔で自虐的な事をさらりといった。深刻な内容の依頼が来ないだけで、それなりには受け付けているシーナである。そうでなければとっくにお払い箱だ。
 シーナはパン類が入ったカゴを抱えて冒険者ギルドに急ぐのであった。

 その日の午後、シーナが座るカウンターに中年男性店員が現れた。彼の名はオジフといい、シュクレ堂の経営者であるそうだ。
 シュクレ堂は家族経営で成り立っている。オジフは数年前、先代が亡くなってから店を受け継いだ。
「先代の遺言で店は休んではいけないといわれて続けてきましたが、そろそろ家族を労ってやりたいんです。何日かまとめての休みをあげたいと。パンの味を変える訳にはいかないので、わたしは残りますが、その他の手伝いをしてもらえる方を紹介してもらえませんでしょうか?」
「ふむふむ」
 オジフの言葉をシーナは書き留めてゆく。
「店頭でパンを売る方、裏方でパン作りをする方、契約した近くのレストランや酒場へのパン運びなど、結構やる事は多いのです。よろしくお願いします」
 オジフはシーナに礼をいうと店に戻っていった。

「へぇ〜。そんな事があったんだ」
 ゾフィーがシーナに相づちを打つ。ギルド奥の部屋でシーナとゾフィーは休憩をとっていた。
「一日ぐらいは休みを利用してわたしも手伝ってみようかなと思っているのです。ゾフィー先輩はどうですか?」
「わたしはいいわ。でもいつもシーナに頼んでいるけど、久しぶりに買いに行ってみようかしら」
 シーナとゾフィーは甘いシュクレ堂の焼き菓子を摘みながら会話を弾ませるのであった。

●今回の参加者

 ea2113 セシル・ディフィール(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea2334 ヒナ・ホウ(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb7706 リア・エンデ(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

梁 龍華(ea6446)/ 尾上 彬(eb8664)/ エフィー・ヴィスナ(ec0561)/ フィーレ・アルティース(ec2044

●リプレイ本文

●夜明け前のパン屋
 まだ日が昇らない夜のパリに灯るお店が一軒。窓から洩れた光が石畳を照らし、せわしく動く人影が落ちる。街が本格的に目覚める前に活動し始める仕事はいくつかある。今回の依頼人の仕事場、パン屋『シュクレ堂』もその一つだ。
「き、昨日の残りですけど、こんなパンを作っています‥‥」
 シュクレ堂の主人オジフは、材料を揃えた冒険者三人にパンと焼き菓子を渡した。人見知りをするオジフにとっては、勇気を振り絞った一日の始まりであった。
「あ‥‥」
 ヒナ・ホウ(ea2334)は口に手を当てる。一日経っているはずなのに、ふんわりと優しい味がする。
「とっても甘いんだね」
 明王院月与(eb3600)は焼き菓子をいくつも口に放り込み、笑顔で頬を膨らませた。
「なんだかんだ言っても数少ない男手ですし、やれる事をやらせて貰いましょう」
 十野間空(eb2456)はかじったパンの確かな味に、俄然やる気が出てきた。それはヒナも明王院も同じである。
 オジフは三人に仕事を振り分けた。ヒナには材料の計量。十野間にはパンを捏ねる作業。明王院には焼き菓子作りである。
 朝食の時間に間に合わせなくてはならない。これからがシュクレ堂にとってもっとも忙しい時間帯だ。
「これで計って下さぃ。それをここに並べて――」
 オジフが容器を取りだしながらヒナに説明する。ヒナが水や小麦粉を容器で量を計り、微妙な加減をオジフが行う。天候によっていろいろと変わるのがパン作りだ。
 オジフの目が届く範囲で十野間が薪を石釜にくべていた。オジフが時々、様子を見て火加減を決めてゆく。余熱が大切なので、かなり前から石釜は熱くする。
「で、では、パンを捏ねてみましょうか」
 オジフが十野間を大きな板が載る台まで呼んだ。ヒナが用意してくれた材料をオジフは捏ね合わせる。
 十野間は大切な指輪を指から外して首から吊す。すぐに作業はオジフから十野間へと引き継がれる。
 板の上でパン生地が踊った。ある程度捏ねられた状態で、昨日のパン作りでわざと残されたパン生地が混ぜられる。シュクレ堂では長年この方法でパン生地の発酵をさせてきた。
 オジフは十野間の手際に納得すると、焼き菓子作りを任せる明王院に近づいた。ここでもヒナが用意してくれた材料をオジフが捏ねる。
「こんな感じでいいのかな?」
 ある程度形になってから明王院に任される。エプロンをつけた明王院は生地を木棒で伸ばしてゆく。
 パンと焼き菓子の特徴的な違いは、発酵の有無と生地の種類である。シュクレ堂の焼き菓子はほとんど発酵させないが、その代わり中央に蜂蜜が混ぜられた生地を作り、両側から固めの生地で挟み込んであった。
(「食べてくれる人達が幸せになれますように‥」)
 明王院は優しく暖かな想いを込めながら、生地を広げていった。
 真っ先に手が空いたヒナが明王院を手伝う。十野間は生地を小分けにして発酵を待つ時間に、オジフから石釜の火加減について説明を受けた。
 石釜の蓋を開けた十野間が熱気に顔を逸らす。最初のパンと焼き菓子が石釜に入れられた。

「リアっていいますです〜、いい匂いがするのですよ〜」
 リア・エンデ(eb7706)はスキップをしながらシュクレ堂を訪れる。
「宜しくお願い致しますね。ほんとうにいい匂い」
 鳳双樹(eb8121)も入るなり、美味しそうな匂いに顔が綻んだ。
「良い香りがしますねぇ」
 セシル・ディフィール(ea2113)も店内に入ると同じような言葉を口にして、迎えたオジフは思わず笑ってしまった。
 朝日が昇る少し前に冒険者全員がシュクレ堂に集まる。
「出来上がりました。次をすぐ持ってきますので」
「おまちどおさま〜」
「焼き菓子も出来ました〜」
 十野間は一人で、明王院とヒナは二人がかりで、パンや焼き菓子が載せられた大きなトレイをフロアまで運んでくる。
 より鮮烈な焼きたての香りが販売フロアに広がった。
「一つずつ食べましょうか」
 オジフの言葉に興味津々の冒険者達は、焼きたてのパンと焼き菓子をすぐさま手に取る。誰かが食べる度、花が咲いたように笑顔が広がる。
「良かったら、この子を使って」
 明王院は配達をするセシルによく言い聞かせた愛馬金剛を貸した。
 パン作りの冒険者達は厨房に戻って作業を再開する。
「オジフさん。私、パン作りってとっても興味があるんです。時間がある時、見学させて貰っても宜しいですか?」
 鳳はパンを並べながら、通りがかったオジフに頼んだ。オジフは夕方のパン作りを見ればいいと快諾する。
「綺麗なお店で美味しいパンを買いましょ〜です〜♪」
 リアは店先で掃除しながら楽しく歌を口ずさむ。
「こちらのお店に運べばよろしいのですね。それと、パン作りの見学をしてよろしいでしょうか? 朝早めにお伺いするつもりだったのですが、初日ですので邪魔だと思い、やめておいたのです」
 セシルはオジフから配達先を聞いた時に、パン作りの見学について訊ねる。夕方のパン作りで鳳と一緒に作ってみたらどうかとオジフから提案された。
「ガンバリマス」
 セシルは楽しみを胸に抱いて、配達に出かけた。
 太陽が昇り、パリの街並みに光と影を創りだす。シュクレ堂の煙が立ちのぼる煙突を朝日が照らした。シュクレ堂開店の時間であった。

●応対
「はう〜って言っちゃ駄目ですか〜?」
「お客様の前で言っちゃ駄目よ。声は明るく大きくね」
 カウンター内に立つリアが涙目で友人のフィーレに問いかける。
 すでにお客がフロア内でパンを選んでいた。帰ろうとするフィーレに、フェアリーのファルがリアの代わりに手を振る。
「いらっしゃいませ」
 鳳が入ってきたお客に挨拶をし、リアがいるカウンター内へ戻る。
「ドキドキしてます」
「わたしもです」
 リアと鳳は視線を合わせずに小声で囁く。
「これより、もう一回り大きなパンがいつもあったと思うのだけど」
「少しお待ちください〜。んと、店でコロッサルと呼ばれているパンだと思うのです」
 リアが接客している間に鳳は厨房に向かった。オジフから焼き上がったばかりのコロッサルが載ったトレイを受け取るとフロアに急ぐ。
「こちらでよろしいですか〜?」
「ええ、二つ頂けるかしら」
 鳳はすでにパンが入っていたカゴにコロッサルを追加する。
「ありがとうございます〜」
 会計が終わり、第一号のお客が笑顔で去っていった。カウンターにはたくさんのお客が並び始めるのだった。

●配達
 セシルは明王院から借りた馬に荷車を牽かせて、お得意さま回りをしていた。
「おや、いつもの人じゃないね」
 酒場の主人がセシルを見た第一声がこれである。他のお得意さまも大抵がこんな調子だ。
「はい。数日間ですが、配達をさせて頂いています。注文はこちらでよろしいでしょうか?」
 セシルは箱にかけられた布を取り、パンを見せて確認をとる。
「ああ、パンはいつものようだな。ありがとうよ」
 セシルは酒場の主人に指定された場所に箱を置くと挨拶をして立ち去った。
「あと二軒ですね。兎に角配達洩れの無い様に」
 セシルは小さく脇を締めてガッツポーズをする。
 明王院がよく言い聞かせてくれたおかげで馬はとても従順だ。セシルは二軒を早めに回り、シュクレ堂へと戻るのであった。

●夕方のパン作り
「結構‥‥力が、いるもの‥‥です」
「はい。そうです‥‥。パン作りは‥大変‥‥」
 パン生地を鳳とセシルが捏ねていた。夕方用のパン作りである。
「ふう〜」
 発酵が終わるまで、しばしの休憩時間に入る。売り切れた販売フロアも一旦閉めて、全員が厨房横の休憩室に集まった。
「お茶がはいったよ」
 明王院が飲み物を全員に配る。
 焼き菓子を買ってみんなで食べようとしたリアであったが、売り切れてしまった。しょんぼり下を向くリアの前に焼き菓子が入った皿が置かれる。
「休憩用にとっておいたんです。食べてください」
 オジフの心づくしにリアだけでなく、冒険者全員が喜んだ。
「歌も美味しい物も人を幸せにするのです〜♪」
 泣き顔だったリアがすぐに円満の笑みになる。場は笑いで包まれるのであった。
 発酵の時間が終わり、夕方用のパンが石釜に入れられてゆく。
「魔法みたいなのですよ〜」
 発酵で膨らんだパン生地を見て、リアはとても不思議がる。
 朝とは違い、パンが焼き終わった時点で夕方の開店となる。パン作りの三人は朝が早かったので、ここで帰宅となった。
 販売フロアでは鳳とリアが売り子としてお客の応対をする。最後の配達をセシルが行い、シュクレ堂は夕日が沈んだ頃に閉店となるのだった。

●四日目の最終日
「いらっしゃいませ〜♪」
 店内に入ったゾフィーはいつもの声を聞く。冒険者のリアとシーナの二人が売り子をやっていた。
「ここの焼き菓子はとても甘くて美味しいわ」
「いつもありがとうございますなのですよ〜♪」
 ゾフィーはトレイに載せた焼き菓子の袋とパンをカウンターのリアに渡す。
「ゾフィー先輩、せっかくの休日、レウリーさんとは逢えたのですか?」
 シーナはニコニコとパンを数える。
「‥‥シーナ、わざといっているでしょ。もし逢えたのなら一緒に来るっていったでしょ。忙しいみたいだわ、黒分隊は」
 ゾフィーがため息をつきながら、リアに代金を支払った。
「ちゃんと二人が熱々になれるようにシーナが考えているのです〜。もう少しだけ待つのですよ☆」
 シーナはカゴにパンを入れてゾフィーに返す。
「あっ、お久し振りです。ゾフィーさん」
「あら、セシルさん。配達してるって聞いたわ。お元気そうね」
 午後の配達から帰ってきたセシルが販売フロアに顔を出した。
「ゾフィーさんも相変わらずお元気そうで、今日はお買い物ですか?」
 セシルの言葉にゾフィーがガクッと肩を落とす。
 リアがセシルに耳打ちをして教える。ゾフィーがレウリーにデートをすっぽかされた事を。
「‥‥あっそうだ。今日は双樹さんが手伝ってくれているので、大分楽なのですよ。まだ配達から戻ってないようですけど」
 セシルはとぼけてみせた。ゾフィーは肩を落としたまま、店を出てゆく。
「悪いこといいましたかね?」
「ゾフィー先輩はさっぱりとした性格なので平気なのですよ〜。シーナの方がよっぽど酷いことをいったので全然気にする必要はないのです」
 セシルにシーナは答える。リアは思わずツッコミそうになったが、やめておくのだった。

「こんにちわ! シュクレ堂の者ですけど、配達に来ました〜!」
 鳳はベゾムで配達を行っていた。シュクレ堂から一番遠い飲食店にパンのお届けである。
「助かったよ。追加を頼んで二度も運ばせちゃって悪かったね」
「いえいえ。これからもシュクレ堂をお願い致しますね」
 笑顔で挨拶をして空に舞い上がった。すべてが届け終わり、教会の塔の上に座る。
 鳳は昼食としてもらったパンを頂いた。ハトがいたので、ちぎって少しお裾分けしてあげる鳳であった。

●終わりの時間
「大切な人が日々激務に追われているので、お茶の一時だけでも幸せな時間を送らせて上げたいのです」
 十野間は休憩時間になると、オジフに焼き菓子の詳しい作り方を訊ねた。
「教えるのはいいのですが分量や時間などを聞いても、調理自体に詳しくないと‥‥作るのは無理だと思います。それでもいいのですか?」
 オジフに頷いた十野間は持っていた木片にメモをとるのだった。

 日が落ちてシュクレ堂出入り口のドアが閉められる。冒険者達の手伝いはここに終わった。
 販売フロアにオジフを中心にして冒険者達が集まる。おまけでシーナもちゃっかりと残っていた。
「外国人が来ても、ちゃんと注文が聞けましたです〜。エッヘン♪」
 リアは自分が外国人なのを忘れて胸を張る。
「こんなにもパリのレストランでシュクレ堂のパンが使われていたとは知りませんでした」
 セシルは配達の日々を思いだす。
「繁盛しているのは納得ですね」
「特に自分で作ったパンはとても美味しく感じられました。貴重な体験です」
 ヒナと鳳はオジフを見上げて頷く。
「ほとんど失敗がなくてよかったね」
「そうです。心配していましたが、うまくパンが作れて本当によかったと思います」
 明王院と十野間が互いの顔を笑顔で見交わす。
「みなさんありがとうございます。先程自宅の方に家族の者も戻ってました。ゆっくりとくつろいできたようです」
 人見知りするオジフだが、冒険者達との四日間はうち解けた楽しいものだった。最後にわずかだが、追加のお礼金を一人一人に声をかけながら手渡した。
「いいお仕事が出来ました〜 ありがとうございますです〜」
「ありがとうございました〜」
 リアに続いて冒険者達はお別れの挨拶をした。
「シュクレ堂には明日も焼き菓子を買いに行くのです☆ とっても甘くて美味しいのですよ〜」
 ギルドへ報告に向かう冒険者達にシーナもついてゆくのだった。