●リプレイ本文
●引っ越し
平地の道幅の広い道ではのんびりとした時間が流れていた。
馬や馬車などで移動する者達がすれ違う。歩いて旅をする者達も多数見受けられる。
そんな景色の中、騎乗する護衛を先乗りと殿に配した馬車と荷馬車が駆けてゆく。
ミラン・アレテューズ(eb7986)は愛馬ミラに跨って先頭を走っていた。
「この様子ならしばらくは平気なはずだね。出発前にした占いでも、今日は安全と出ていたからな」
ミランは広がる草原と遠くに見える森を馬上から眺める。
殿を務めていたセルシウス・エルダー(ec0222)は、愛馬ソレイアードで駆けながら目と耳に意識を集中させて周囲を警戒する。
「ついて来ているな」
セルシウスは一瞬だけ後方に振り向いて目を細めた。上空にリフィカ・レーヴェンフルス(ec1752)のペットである風精龍アイオロスの小さなシルエットが見える。一般の人達を驚かせないようにする為の配慮であった。
馬車の中では会話がされていた。
「弟のハンスがきっと皆様にご迷惑をかけているかと思いますが、どうか温かく見守ってやって下さい。よろしくお願いします」
ハンスの姉ミチュールが馬車内の冒険者達に弟ハンスの事を頼んでいた。
アーレアンは想像していたハンスの姉とイメージが違って少々戸惑う。ハンスのいっていた事が本当なのか、今のミチュールが猫を被っているのかはわからない。だがハンスが姉を心配していたように、ミチュールも弟を心配している。
「アーレアン君にもお姉さんがいたはずだよね」
「うちの姉ちゃんは相手もまだだけどね」
リフィカが訊ねるとアーレアンが頷く。
「この引っ越しはその為のものでしたね。ハンス様のお姉さま、御結婚おめでとう」
「ありがとう。とっても幸せなの」
屋根の上から御者の横に移動したミシェル・サラン(ec2332)がミチュールに微笑んだ。
「私にもいつかステキな相手が見つかるといいけど‥‥。それにしてもさすがにキエフよりずいぶん暑いわね」
ミシェルは正面を向いて遠くを監視しながら鼻歌を唄う。青空にわずかな雲が漂うだけの快晴であった。
しばらくして進行方向上空からシフールのジュエル・ランド(ec2472)が戻ってくる。空を飛びながら先頭と殿の二人に話しかけ、そして御者の横に座るミシェルの横に降り立った。
「かなり先まで見てきたけど、何もおらんかったわ。もうちょっと経ったらミシェルさん、次はお願いや」
先行偵察から戻ってきたジュエルは報告を終えるとそのまま座る。ミシェルは定位置である馬車の屋根の上に戻った。
「明日からの山中が大変になりそうです。今日は山の麓で野営をするはずですので、その際も注意しなければなりませんね」
壬護蒼樹(ea8341)は馬車内にいたが、足にはセブンリーグブーツを履いていた。もしもの時に役に立つかも知れないからだ。
一行は順調に進み、夕方までに山の麓に辿り着く。
冒険者達は周囲を探索したり、近寄る者を知る為に木の枝を撒き、簡素な鳴子をテントの周囲に用意する。そして見張りの順番を決めて万全の策をとった。
そのおかげで何事もなく、一日目の夜は過ぎるのであった。
●山の道
二日目、一行は初日と同じ体制で山道を登り始める。
転がる石ころは多く、馬車は平地の時より揺れたが大した事はない。道の両側には森があり、鬱蒼とした世界が広がっていた。
壬護は森の奥の暗闇を、垂れる髪の毛の隙間から覗く。依頼書によれば盗賊、ゴブリン、危険な野生動物がいてもおかしくない場所である。仲間が警戒をしてくれているが、いざという時、すぐに動けるような気構えを持とうと考えていた。
しかし、
「つべたくてけもちえぇ〜」
アーレアンが凍った像に抱きついて、だらしない声をあげる。馬車に載せられていた大きめの像にアイスコフィンをかけられていた。
「今日は特別に暑そうだからかけたのだけど」
ミシェルも日差しを避ける為に馬車内にいた。森に囲まれていて、昨日より涼しくていいはずの環境だがとても暑い。魔力温存の意味もあり、一日一回にしておこうと思ったミシェルだが、特別に二個の拳大の石を凍らせて馬に乗る二人に渡した。そうしないと気の毒な程、暑い日であった。
「三匹の野犬は見つけたが、他に危険そうなのはおらへんかったで」
偵察から戻ってきたジュエルが額の汗を拭いながら像の上に座って涼む。
「アーレアン君、女性もいることだし、少し自重した方がいいな」
「そ、そうだね、学者さん。あまりに暑いのでつい、ね‥‥」
リフィカにいわれてアーレアンは像から離れる。
夕方になり、道沿いにあった拓けた場所に馬車を停める。そして野営の準備を始めた。
「あれは‥‥?」
小枝を拾っていたミシェルは、遠くの特に高い木の上に人影らしきものを見つける。仲間に伝えるとさっそく偵察が始まった。
日が完全に暮れた頃、相談が行われる。わかった範囲でも六名程の盗賊らしき集団が一行の様子を窺っているようだ。
「今夜襲うつもりだろう」
ミランは葉っぱを使って簡単な占いをする。考えと同じく、悪い結果が出た。
「待っているのも芸がない。敵の状況がわかっている今なら討って出るのはどうだろう?」
セルシウスの意見を聞いて、リフィカがアーレアンに耳打ちする。
「又従兄弟の剣の腕は確かだよ」
「それなら問題ないね」
リフィカとアーレアンが納得すると、ジュエルがもう一つ提案した。
「全部倒すとなるとこちらの被害も考えなあかん。依頼人もおるしな。それに今捕まえても大変やろ? 討って出るのは賛成やけど、追い払う辺りですませへんやろか?」
ジュエルの言葉に同意する言葉が聞こえ、壬護は立ち上がる。
「僕はミチュールさんと御者さんを守りましょう」
「わたしくも馬車近くで待機しましょう。近づく者がいたらアイスコフィンで凍らせるわ」
壬護とミシェルは依頼人と御者、そして馬車と荷馬車の見張りを買ってでた。
深夜、冒険者の五人は森を潜行し、盗賊らしき集団に近づく。集団の会話から自分達を襲う事を確認する。これで盗賊だとはっきりとわかった。
先制としてアーレアンがファイヤーボムを空中で弾かせて、盗賊等の度肝を抜いた。
セルシウス、ミランが剣を手にして斬り込む。
空中ではジュエルがランタンによって周囲を照らした。ちなみに油はアーレアンがくれたものである。
リフィカは拾った小石をスリングで弾く。そしてペットのアイオロスを盗賊等の頭上で羽ばたかせて驚かせる。
五分もせずに、盗賊達は森の中へと敗走していった。置いていった盗賊の荷物は、たき火で燃やしておく。これでしばらくは盗賊の行動が制限されるはずである。
男性と女性に分かれて、テントで睡眠の時間となった。冒険者達はあらかじめ決めておいた組み合わせと順番で見張りを行った。何に襲われる事はなく、無事に一晩を過ごすのであった。
●山奥の村
三日目の昼過ぎに一行は村へ到着する。
「無事に到着出来ました。ありがとうございます」
ミチュールと村で待っていた夫グレップが冒険者達に深くお礼をいう。荷物の方は村人が総出で荷馬車から降ろしているので、冒険者達の出番はなかった。
「盗賊と一悶着あったのですか。ここらの敵はなんであれ、集団で行動すれば大抵ははね除けられる程度のものです。ですが、盗賊だけはやはり悪知恵が働くので、手を焼いていまして」
冒険者の報告を聞いて夫グレップが非常に困った表情をした。冒険者達は互いに顔を見合わせる。
「こちらに休んで頂く場所を用意していますので」
グレップが冒険者達を案内する。村長の屋敷に泊まって欲しいという。
「今夜は歓迎会を催しますので、楽しみにして下さいね」
グレップが立ち去り、広い一室には冒険者のみになる。
「やはり盗賊には困っているのか」
「退治できれば、村の為になりますね」
「手応えは大した事なかった」
「帰りは荷馬車も依頼人もいないし、守るのは馬車と御者さんだけになりますね」
「一気に押せばなんとかなるかもな」
「家に帰るまでが仕事。もし襲ってきたのなら、今度こそ叩かなアカンやろな。そうでなければ無理はする必要はないと思うんやけど」
「とっつかまえてやろうぜ!」
冒険者達は帰りの事を話し合うのだった。
「いい嫁もらってよかったのお〜」
村人の誰かが叫ぶ。
日が暮れた頃、歓迎会が始まる。
冒険者以外にもたくさんの村人が訪れていた。ミチュールとグレップ夫妻も出席し、もう一度結婚式が行われているような盛況であった。
「リフィカ、落ち着け。お前の場合はもう過ぎた事だろうが」
セルシウスが涙ぐむリフィカを慰めていた。どうやら妹の事を思いだしているらしい。
「セラ、呑もう。今夜は呑むぞ。アーレアン君も呑みたまえ!」
リフィカがアーレアンのカップにワインを注ぐ。
「学者さんもいろいろ大変なんだね‥‥」
アーレアンもリフィカにつき合ってあげる事にした。
「それではお二人を祝福させて頂きますわ」
礼服で決めたジュエルが詩を歌い始めると、話していた人達も耳を傾ける。
夫妻も目を閉じて聞く。
歌い終わると拍手が沸き起こった。
「つまらない物ですが私からのお祝いです」
「ありがとう。さっそくもらいましょう」
壬護は夫妻に近づいてお酒を二本手渡した。一本が開けられて冒険者達のカップに少しずつ注がれる。カップを手にお祝いの言葉を述べられてゆく。
「――共に励まし合う、二人の未来をここに」
最後にミシェルが祝福の言葉を投げかけた。
「酒も入った事だし、少しだけ余興だ」
ミランが無造作に踊り始める。最初はとても雑な印象を受けるが、見ているうちに村人と仲間は惹きつけられてゆく。ジュエルがアドリブで竪琴を奏でた。
歓迎会は夜遅くまで続くのだった。
四日目、冒険者達は村の様子を知る為に滞在していた。
アーレアンは夫婦の新居がちゃんとしているのを確認する。ハンスが気にしていると思ったからだ。
村の周囲には柵が立てられ、そして堀もある。ちょっとやそっとでは外部からの侵入は不可能だろう。盗賊の事が頭の隅にあった冒険者達は安心する。
「明日は早く出られると聞いたので、先にこちらをお渡しします。どうか受け取って下さいませ」
ハンスの姉ミチュールが持ってきたのはファー・マフラーであった。この村で作られたものらしい。まだ暑いが、寒くなった時期に使って欲しいそうだ。
冒険者達は感謝しながら受け取るのであった。
●盗賊
五日目の朝、冒険者達を乗せた馬車は出発する。
リフィカのアイオロスは村の外に待機させていたが元気なようだ。行きと同じく馬車の後方を飛んでついてきていた。
順調に馬車は進み、夕方に野営を始める。用意が終わると冒険者達は話し合いを始めた。
「こりん奴らや。犬をつこうてこっちを監視しとるで」
「わたしも獣道を馬で走る盗賊を確認しました」
偵察してきたシフールのジュエルとミシェルが仲間に報告する。
「また襲撃するつもりなのか。これはやはり‥‥」
ミランは仲間の瞳を順に眺める。どの瞳も覚悟を決めた光をまとっていた。
六日目の夕方、わざと完全に森を出ない場所で冒険者達は野営をした。
深夜になって静まりかえる中、何者かが踏んで小枝が折れる音が聞こえる。
「これを食らえ!」
アーレアンのファイヤーボムを合図に、馬車周辺で潜んでいた冒険者達が一斉に飛びだす。見張りのダミー人形はリフィカが即席で作ったものである。
「この前の借りを返すぞ。叩け!」
ボムの炎に怯むことなく盗賊等が剣を手に飛びだしてくる。
「あいつだ!」
「あいよ!」
セルシウスはオーラショットを放ち、盗賊の一人に当てて標的を定めた。ミランと一緒に近づき、一気に盗賊のリーダー格らしき男を倒す。
「ふん!」
壬護は六尺棒を振り回す。両足を広げ、腰を入った強い一撃でまず盗賊の剣を破壊した。
「無益な殺生は好みませんが逃げるのであれば容赦はしません」
壬護は一言かけ、返事が出来る間をあけてから盗賊に攻撃をくわえた。
「逃げようとするやつがおるで!」
ジュエルはランタンを手にして逃げようとする盗賊を飛んで追いかける。ミシェルがすぐに追いついて太い木の枝に両足をつけた。
「夜だけどまだ暑いでしょ。凍っちゃいなさい、アイスコフィン!」
瞬く間に逃げようとしていた盗賊が凍りつく。
「痛っ!」
リフィカの飛ばした小石が盗賊の右目に当たる。
ミランが顔に手を当てていた盗賊に剣を振り下ろす。壬護も手伝い、また一人倒される。
リフィカが口笛を吹くとアイオロスがウインドスラッシュを放つ。見事、盗賊の一人に衝撃を与え、仲間が相対するまでの時間を稼いだ。
セルシウスが最後の盗賊にオーラパワーを込めた一撃を打ち込む。大地に倒れ込んだ盗賊は動かなくなる。
ジュエルが逃げおおせた盗賊はいないと仲間に報告した。
「もし仲間がどこかに潜んでいても、こいつを憲兵に引き渡せば捕まえてくれるわ」
ミランは凍った盗賊の空中をぐるりと回るのであった。
●パリ
七日目の宵の口に馬車はパリに到着した。
村が属する領地の憲兵に引き渡す為に、ある町に立ち寄ったのが予定より少し遅れた理由である。
「急ごうぜ」
馬車は冒険者ギルド前に停められる。真っ先にアーレアンがギルドに飛び込んだ。
「お、ハンス。まだいたのか」
アーレアンはハンスに声をかけた。冒険者達の姿を見て、明るい表情になったハンスである。
「まあ、あんな姉貴でもほんのすこ〜しだけ心配だったんでね。で、俺が報告を聞いてもいい事になったんだ。教えてくれよ」
ハンスが冒険者達をテーブルの席につかせた。
冒険者達が報告を話し始める。
アーレアンはふと振り向いた。そして遠くの女性がハンスを気にしているのを目撃する。よくハンスを叱っている受付の女性であった。
(「おばさんなんていって悪かったな。きっとハンスの事を気にかけてくれているんだろう。報告をハンスが聞けるのも、きっとあの人のおかげか‥‥」)
「どうしたんだ、アーレアン」
「いやなんでもないんだ。ミチュールさんは元気だったよ。旦那さんもいい人っぽかったよ。ね、みんな」
アーレアンが話題を振ると仲間は同意してくれた。
ハンスはとても真剣な顔をして報告を聞いた。話し終わるまで、今しばらく冒険の時間は続くのであった。