彩色絵師 〜画家の卵モーリス〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月03日〜09月11日

リプレイ公開日:2007年09月10日

●オープニング

「モーリス、もう出かけないと」
 村娘ローズが畑仕事を手伝っていた恋人の青年画家モーリスに声をかける。
「ありがとう、ローズ。早めに行かないとな。師匠に会うのは久しぶりだ」
 モーリスは手伝っていた畑仕事の手を止めた。
 一週間前、師匠ブリウからの手紙が森のアトリエに届いて、モーリスの生活に変化が訪れた。飼っていた雌鳥は農家であるローズの家で引き取ってもらい、森のアトリエは戸締まりをして立ち去った。
 師匠ブリウとの再会までパリの宿で過ごそうとしていたモーリスだが、強い勧めでローズの家へと世話になる。
「荷馬車で送るわ。乗って」
 ローズと一緒にモーリスは御者台に座った。荷馬車には飲食店に卸す為のキャベツが大量に載せられていた。
「モーリスさんや、はえーとこ、ローズもらってくれんかの?」
 農作業用の鎌を持ったローズの父、アペールがモーリスを見上げる。
「えーと、もらいたんですが、まだ半人前なので‥‥。もう少し待って頂けませんか?」
「父さんったら!」
 モーリスとローズの姿にアペールは大きく口を開けて笑った。

「ブリウ師匠、お久しぶりです」
「大変だったようじゃの」
 約束のパリの教会で待っていたモーリスは師匠ブリウと再会する。ローズはキャベツを卸しに回っていて、この場にはいない。
「少し前、カトナ教会に来る前に立ち寄ってきた。いいマリア様の絵じゃった。‥‥ローズさんの一件は伝え聞いたぞ。がんばったな」
「いえ、冒険者に助けられたんです。ぼくは何も出来なかった」
 師匠ブリウの話しを聞きながらモーリスは思いだす。ローズが治ってすぐにモーリスは二人でルーアンのカトナ教会を訪れて、注文の絵を自ら届けられなかった事を謝罪した。
 司教はやさしく対応してくれたが、次の絵画注文はなかった。他の者への示しもあるので特別扱いは出来ないのだろう。モーリスは深く謝るだけで立ち去ったのだ。
「カトナの司教様は高く評価しておったぞ。ただ口うるさいのはどこにもいるので、司教といっても無視はできん。なあに、絵を観た信者達が話題にすれば、口うるさい教会の誰かの意見など吹き飛ぼう。わしもそうやって仕事をとってきたのじゃからな」
「そういってもらえますと‥‥」
「そうそう、ここに来る前に冒険者ギルドで頼んで来た依頼がある。お前の為の依頼だぞ」
 師匠ブリウはモーリスに説明した。
 山頂に寺院があり、そこに飾られている絵をモーリスに観て欲しいという。そして、その絵をモチーフにし、聖書の表紙絵を描いてもらいたいそうだ。
「ぼくに写本の彩色絵師をやれと?」
「そういう事になるな。何事も経験だと思ってやりなさい。ずっとなどとはいわぬ。今回だけでよい。作業場はヴェルナー領にあるポーム町に用意されておる。寺院でよく絵を鑑賞したら向かうがいい」
 モーリスは突然の師匠ブリウの指示に戸惑っていた。
「もう一つ大切な事があった。あの山はとても景色がよい。脳裏に焼き付ける意味でも、行きの麓から山頂の寺院までは自分の足で歩く事を厳命するぞ。鳥の視点も綺麗じゃろうが、それはそれ。その為のフォローをしてもらう為、冒険者に頼んだのじゃからな」
 師匠ブリウはモーリスに何らかの方法で空を飛んだりして楽をする事を禁止した。
 師匠ブリウもしばらくしたら、ポーム町に顔を出すという。モーリスは旅の準備を始めるのであった。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

アニエス・グラン・クリュ(eb2949

●リプレイ本文

●出発
「これって何ですか?」
 揺れる荷馬車の柱に結ばれた人形を見てモーリスは首をひねる。
「それはお天気を祈願するてるてる坊主なのだぁ〜」
 玄間北斗(eb2905)がニコニコ顔で答えた。
「ジャパンでは子供がよく作るんだよ」
 明王院月与(eb3600)が人差し指でてるてる坊主をチョンとつつく。
 一行は荷馬車に乗り、まずは山の麓を目指していた。
「モーリスさん、防寒具は持ってきましたですか? 最近山みたいな所でいろいろ経験してきたのです。今の時期でも、山だととても冷えるのですよ」
「あの、毛布は持ってきたのですが」
 クリス・ラインハルト(ea2004)は荷物の中から寝袋を取りだしてモーリスに貸した。
「山登りには杖がある方が楽なんだって。それに絵描きさんの手がかじかんじゃったら御仕事にならないものね。寒くなったら使ってね」
 明王院も巡礼者の杖と毛糸の手袋をモーリスに貸しだす。
「山の気候は変わり易いのだぁ〜。これなら脱ぎ着が楽だから使うと良いのだ」
 玄間は綿入り半纏を手渡した。
「アタシちゃんからのレンタルはこれ〜」
 ポーレット・モラン(ea9589)は毛糸の靴下と聖なるパンをモーリスに渡すと、御者をしているローズの横に移動する。
「ローズちゃんにお願いがあるのん」
「なんです?」
「モーリスちゃん達が登っている間、二人、麓でお留守番でしょ? その間、モデルになって欲しいわけ。モーリスちゃん専属っていうならあきらめるけどぉ〜」
 ポーレットはいぢわるそうな微笑みでローズを見つめた。
「か、構いませんよ。あたしでよかったら」
「そお。悪いわねぇ〜。その代わりモーリスちゃんを手伝えるように筆とか道具のこと教えるわねぇ〜」
 ポーレットはローズにウインクをした。

●山登り
 一晩の野営を過ごし、二日目の昼頃に荷馬車は山の麓に到着する。
「他の子達と一緒に、頼んだよ」
 明王院は鷹の玄牙と馬の金剛に麓でのローズの護衛を言い聞かせる。自身は山登りに向かうつもりである。今回はギリギリの人数だからとモーリスをサポートする方を選んだのだ。
「留守番、頼んだのだぁ〜」
 玄間は愛犬のぷる2号と五行に残る人達の守りを明王院と同じように言い含めた。
「わんこにもお願いしましたですし、準備完了です☆」
 クリスはアスクレピオスの杖の手に山の頂上を見上げる。なだらかな丘陵の山であった。愛犬コーラスも仲間のペットと同じようにテレパシーで麓の護衛をお願いした。これで万全のはずだ。
 明王院と玄間の荷物を一部入れ替えて、山登りは開始された。
「モーリス、がんばってね」
「またあとでね〜」
 ローズとポーレットは仲間を見送る。
「それではさっそくモデルをお願い。描きたいのはイサクの妻となるリベカなの。まずはその岩を井戸に見立てていろいろとポーズをとってもらえるかしら〜?」
 ローズはポーレットにいわれたまま、様々なポーズをとるのだった。

「思っていたより‥‥、結構キツイものなんだ‥‥」
 登り始めて一時間も経たずにモーリスは弱音を吐く。足は止めずに登り続けてはいたのだが。
「こうやって坂を登っていると、ジーザス様が十字架を背負って髑髏の丘まで歩んだ話を思いだすのです。ブリウ師匠もモーリスさんに追体験させたかったのかも知れないですね」
「おいらのような忍者の祖と言われる修験者達も、険しい山々を掛ける中で八百万の神々の御心に触れたと伝え聞くのだ。山は一つの聖域だから、苦しみを乗り越えて登る者達を祝福して、俗世の穢れを清め、新たな境地を見せてくれるのかもしれないのだ」
 クリスと玄間がモーリスを励ます。そういいながらクリスも結構いっぱいいっぱいである。
「あと一時間くらい歩いたら、休もうか?」
 最後尾の明王院は元気よく歩いていた。そして準備の際に交わした言葉を思いだす。
(「モーリスお兄ちゃんの分‥行きは駄目なの?」)
 玄間に耳打ちすると首を横に振られる。モーリスの荷物も運ぼうと考えていたのだが、どうやらそれは師匠ブリウが依頼を出した願いに反するようだ。
 下山の時にはモーリスの荷物を持ってあげようと明王院は考えていた。
 一時間が過ぎ、休憩時間が訪れる。玄間が用意した蜂蜜と水をみんなで飲む。モーリスは額の汗を拭い、履いていた靴を脱ぎ、大木に寄りかかった。
「あ‥‥」
 モーリスは気がつく。眼下に広がる麓。木漏れ日が落ちる、まだ夏の深緑。
 なぜ師匠ブリウが山登りをさせたかったのかを理解する。
 クリスや玄間がいう、神聖なる世界への尊敬を思いだす為。
 好きな絵を仕事にしたとしても楽しい事ばかりではなく、苦しみもつきまとう。今はたまたまその時だという提示。
 そして風景画が好きなモーリスにこの景色を見せてやろうという思い遣り。
「ブリウ師匠‥‥」
 あまり山登りを積極的に考えられなかったモーリスは思い直した。
「絶景の景色ですね。いい詩が浮かびそうです。あっ、メモメモ」
 モーリスの隣りに座っていたクリスが、いい言葉が浮かんだようで書き留める。
「クリスさん、山頂はまだまだですががんばろうと思います」
「その意気です。モーリスさん」
 休憩が終わって全員が再び登り始める。野営の準備をする夕方までの間、モーリスは黙々と登った。

「どう?」
「こんな所で、シチューが食べられるなんて思いませんでした」
 夜、明王院が作ったシチューを山登りの仲間はたき火を囲んで食べていた。
「おかわりなのだぁ〜」
 ちょっとした罠を作り、玄間が野鳥の肉を用意してくれたので、シチューはより美味しくなったようだ。
 夕食を食べ終え、明王院は毛布を敷いてモーリスとクリスを寝かせる。
「いくよ〜」
 腕まくりをした明王院は張っている腿の筋肉などをもみほぐす。
「明日はしっかり絵を見るんでしょ? 疲れなんか残していられないよ」
「ああ、早く登らないと‥‥いけないし‥‥痛っ!」
 明王院は励ましながらモーリスのマッサージをする。一通りが終わり、次はクリスである。
「クリスお姉ちゃんも逃げちゃ駄目だよ」
「ぐはっ‥‥!」
「始めは痛くても、徐々に気持ちよくなるからね」
「モーリスさんも、ボクもかなりの筋肉痛のようです‥‥」
 一瞬の気絶をしたクリスだが、アスクレピオスの杖は離さなかった。明王院のいう通り、しばらくすると楽になってゆく。
 テントの用意は玄間がやってくれた。
「明日は大変そうなのだ‥‥」
 今日は細い坂道ではあったが危険な場所は少なく、ロープでみんなを繋げる必要はなかった。しかし夕方に望んだ景色からすれば、明日は切り立った場所に作られた道を通らなくてはならない。なだらかな場所も続きそうもないので、セブンリーグブーツも役に立たなそうだ。
 冒険者達が想像した通り、夜の山は寒かった。モーリスは冒険者達から借りた防寒具を着込む。そして早めに就寝するのだった。

●危険を越えて
「ゆっくりと進むのだぁ」
 三日目、玄間を先頭にしてモーリス、クリスと続き、最後が明王院の隊列で進む。道幅はそれなりにあるが、お気楽な気分ではいられなかった。
 強い風が足下から吹いて髪を揺らせる。たまに上から小石が転がってくる。
 この状態で休憩を言い出す者は誰もいない。危険とは裏腹に順調に進んでお昼過ぎには山頂の寺院に辿り着いた。
「こちらを読んで頂けますか?」
 モーリスは師匠ブリウから預かった手紙を寺院の責任者に渡した。許可が出て、絵が飾られている礼拝場まで案内される。
「この絵ですね」
 飾られていたのは十字架に磔刑されたジーザスである。他にも小さな絵は飾られていたが、訴えかけてくる印象からいっても師匠ブリウが見せたかったのはこの絵だとモーリスは感じた。
 山登りをした冒険者達は寺院の者に連れられて空き部屋に通される。何日かなら泊まっても構わないといいと残して寺院の者は立ち去った。
「モーリスさんは、しばらく絵と対話するといっていたのだ」
「よくわからないけど、うまくいくといいね」
「きっとモーリスさんなら平気なはずです。という事で☆‥‥」
 クリスは側にあったベットに倒れ込む。余程疲れたのであろう。すぐに寝息を立て始めた。
「マッサージしてから寝たほうがいいけど‥‥。このまま寝かせてあげたほうがいいね」
 クリスへ毛布をかけてあげる明王院に玄間が頷く。
「モーリスさんが、満足するまでここで待つのだ」
 玄間も明王院も疲れは溜まっていた。それぞれのベットに潜り込み、一時の休息をとるのであった。

 四日目もモーリスはジーザスの絵を見続ける。
 五日目になって道具を取りだし、模写をした。
 その間にモーリスの中でどう変化が起きたのかは誰にも分からなかった。だが、六日目の朝に見せたモーリスの笑顔で何かを掴んだのだと山登りをした冒険者達は安心する。
 朝早くに寺院を出て、日が暮れた頃に麓へと辿り着いた。
「モーリス、お帰りなさい」
「ローズ、なんとかなりそうだよ」
 再会したモーリスとローズの姿を、ポーレットは遠くから眺めた。
 宗教画家の道は険しい。理解してくれる者がいなければより辛い道だ。だからこそローズには理解して欲しいとポーレットは思っていた。
「少しは役に立てたかしら」
 ポーレットは三人の仲間に山登りの話しを聞きに行くのだった。

●ポーム町
 七日目の朝に一行は荷馬車で麓を出発する。
「どんな人なんだろ?」
 モーリスは出発前にアニエスから紹介状をもらっていた。シスターニーナという写字生へのものだ。またの名をアウラシアともいうらしい。
 夕方に荷馬車はポーム町に到着する。さっそく修道院に向かい、モーリスはシスターニーナと会う。
「アニエスさんなら知っています〜。へぇ〜、この近くで聖書の表紙絵を描くのですか」
 シスターニーナは、モーリスとその隣りにいるローズを順番に眺めた。
「わたしでよかったら、わからない事を訊いて下さいね。これでも本作りの世界では少しは名が通っているのですよ。まっ、かせてください」
 シスターニーナは自分の胸を強く叩きすぎてむせる。
 今日は挨拶だけにして、モーリスとローズ、冒険者達は師匠ブリウが用意してくれた作業場兼住処に向かう。小さな家屋だが、しばらく絵を描いて住むのに足りない物はないようだ。
「それでは、ボク達は宿で休むのです」
 冒険者達はモーリスの住処ではなく宿に泊まる事にした。モーリスとローズは引き留めるが、冒険者も大人である。オジャマなのはわかっていた。それならばといってモーリスが宿代を冒険者達に持たせる。
「周囲の城壁造りといい、これからの町なのだ」
 玄間は周囲を観察しながら、宿までの道のりを歩いた。

●パリへ
「もし、必要な物があったら遠慮なく連絡して欲しいのです。特急で駆けつけるですよ」
 八日目、まだ夜が明けない出発前、クリスはモーリスに告げて手を振る。モーリスをポーム町に残し、荷馬車は出発した。
 帰りの旅は順調に進み、お昼時を迎える。このまま何事もなければ、夕方にはパリに着くはずだ。
「せっかく聖なるパンを渡したのに、食べなかったからといって返されちゃったわ。もらっておけばいいのにぃ〜」
 ポーレットが何気なく呟いた言葉に玄間と明王院は顔を見合わせる。
「百鬼夜行絵図を渡そうと思っていたら忘れていたのだぁ〜。山登りは大変だから、その後と思っていたらすっかりと‥‥なのだ」
「みんなで山が寒かったら日本酒を呑むつもりだったのに、マッサージに気を取られて‥‥」
 玄間と明王院はため息をつく。
「次の機会にすればいいのですよ。みんな頑張ったのでつい忘れてしまっただけなのです☆」
 クリスは御者をするローズに微笑んだ。
「みなさん、モーリスの事を心配してくれてありがとう。荷馬車に積んである予備の保存食はお持ちになって下さいね。少しは使った分を補充できるはずです」
 ローズは冒険者達に感謝する。
「クリスさん、よかったら何か曲を聴かせて頂けませんか?」
「キレイなものはすべて心を磨くわ。ワタシちゃん、賛成〜」
「クリスお姉ちゃん、あたいも聴きたいな」
「そういう気分なのだぁ〜」
「お安いご用なのです☆」
 クリスは横笛を取りだして、奏でる。
 大地を叩く蹄の音。風にそよぐ花や草木の葉。ゆっくりと流れてゆく雲。
 その場にあるすべてが演奏を盛り上げる。
 荷馬車に揺られながら、全員がクリスの笛の音色に耳を傾けるのだった。

 順調に荷馬車は進み、夕方にはパリに到着した。
「お天気にしてくれて、ありがとうね」
 明王院は感謝しながら荷馬車からてるてる坊主を外す。そして玄間に手渡した。
 冒険者達はどんな表紙絵の聖書が出来上がるのか話しながら、冒険者ギルドに報告へ向かうのであった。