【死のつかい】 決壊前に堤防を切れ

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月05日〜12月10日

リプレイ公開日:2006年12月14日

●オープニング

 王宮ですらようやく手に入れた神学者ノストラダムスの預言を記した写本。パリの街にその内容が広がった速度には、どう考えても何者かの作為が働いている。
 更にパリから見たセーヌ川下流域でのアルマン坑道崩壊とそれによって起こった鉄砲水。すでに多数の住民が土砂混じりの水に呑まれたと報告があるが、同時に腐乱死体のズゥンビの目撃情報も寄せられた。
 他に、上流域でも堤防が決壊して、村に被害が出たと報告も上がっていた。
 これがまたパリの街にも広まっていて、逃げ出す者も出始めている。
 折悪しく天候はここ数日雨続き、次はパリの街が水底に沈むのだとまことしやかに囁かれれば、逃げたくなるのも当然だろう。
 そうしてコンコルド城の御前会議では、現実に可能性の高いパリ水没の危機を逃れるために、上流域の堤防を人為的に切ることで、増水した水を近くの湿地帯に流す計画が国王の裁可を受けた。これとて失敗すれば近くの村々が沈むことになり、その万が一の被害を避けるために必要な行動は多岐に渡る。
 近隣住民を避難させ、堤防を切り、水がどう流れたかの確認をしつつ、緊急時には臨機応変に最善の策を取る。言えばたやすいが、それが一人で出来る者は神ならぬ身には存在しない。必要な人材を集めているが、実際に堤防を切るにはその設計などに詳しい者が必要だ。けれども職人達は事の大きさに怖気づき、大半が現地へ向かうことを忌避しているという。
 また現地に向かって住民を避難させる人手も十分とは言えず‥‥
「この際パリが空になっても構わない。月道管理塔からはどれほど出せる」
「そのような仰せであれば、動ける者は全て。ですが」
「その隙にパリに何事かあるかもしれないというのだろう。ブランシュ騎士団が数名おれば、私の周りは十分だ」
 修行中のブランシュ騎士団員や、近隣の領主の手勢も可能な限り呼び寄せた。騎士団員はともかく、領主の中には自領が手薄になるのを心中嫌がる者がいるかもしれないが、あいにくと細かい動向は追いきれない。
 そうして集めた人員の幾らかは、すでに被害が出た地域に向かい、残りはこれから事が起きる地域に出向く。国王ウィリアム三世が『近衛も出ろ』と言ったからには、まさに総動員だ。
「足りない分は、仕方ない、冒険者ギルドに」
 ウィリアム三世が言葉を切り、椅子の背もたれに体重を預けたところで、白いマントに正装の騎士団長ヨシュアス・レインが声を上げた。
「伝令!」
 矢継ぎ早に指示を与えられた複数の伝令の一人が、事あるを察していた冒険者ギルドの幹部達が集まる部屋に現れたのは、それから僅かの時間の後だった。

「エーミィ帰ったぞ」
 大雨の数日前、シルヴァは自宅に帰るなり妻であるエーミィの名を叫んだ。
「お帰りなさい」
 大きなお腹をしたエーミィが洗濯物を抱えて隣りの部屋から現れる。シルヴァは慌ててエーミィを椅子に座らせた。
「家のことはいいから静かに寝てろ。体も弱いし、それにお腹の子供のこともあるしな」
「今日は気分もいいし平気ですよ。それよりあなた、重たくありません?」
 エーミィはシルヴァが肩に乗せて持っている大きな木槌を見て笑う。シルヴァは石工であり、木槌は石を割る為に必要な仕事道具だ。
「いや、急いでいて、つい、持ってるの忘れてたんだ」
 シルヴァは照れながら木槌を壁に寄りかからせると屈む。そしてエーミィの大きなお腹に耳を当てた。
「おっ、蹴ったぞ。元気に出てこいよー。二人で待っているからな」
 仕事に出かける前と帰ってきたときの二回、シルヴァは妻エーミィのお腹にいる子供に声をかけるのだった。

「また雨か‥‥」
 シルヴァは昼間だというのに薄暗い空を見上げてため息をついた。地面を雨が強く叩きつけている。ここしばらく雨が降り続いていた。
 雨が吹き込まないように窓の戸を閉めてランタンの灯りに照らされた食卓につく。お祈りをした後で食事が始まった。
「こうも雨続きだと商売あがったりだ」
 シルヴァはスープを口に運ぶ。
「世間ではノストラダムスって人が預言をいっていて、それのせいじゃないかっていってたよ」
「どんなもんだかね。口からでまか‥‥エーミィ、食べないのか?」
 シルヴァの指摘通り、エーミィは食事に手を付けていなかった。
「‥‥後で食べるから気にしないで」
 シルヴァは椅子から立ち上がると、エーミィのおでこに手を当てる。
「熱あるな。‥‥おい!」
 エーミィが椅子から倒れ落ちそうになったのをシルヴァは支える。意識を失っているエーミィをベットへ横にさせるとシルヴァは雨の降る外へ飛びだした。
 薬草師に出産の話はつけてある。シルヴァは水浸しの道を全力で駆け抜けた。

「子供はまだまだじゃ。破水もしとらんし。だが母体がどうかじゃが‥‥」
 シルヴァの自宅に連れてこられた薬草師は言葉の最後を濁した。
「それに巷ではパリから逃げたす者もいるというのに、動かすのもままならんしの」
「それって‥‥何なんです?」
「知らんのか! セーヌ川沿いの村が一つ洪水で沈んだらしい。雨はまだまだ続いとるし、パリ近くでセーヌが溢れたら、ここらはお終いじゃて」
 シルヴァは驚いた後で、平常心を取り戻そうと深呼吸をする。
「俺がここにいても役に立たない。エーミィを頼みます。パリはなんとかします」
「なんとかするって、一人でどうこうできることじゃ――」
 シルヴァは喋る薬草師から離れてエーミィを見つめた。朦朧としていたエーミィもシルヴァを見つめかえす。
「‥‥わたしと子供の為にがんばってね」
 エーミィの言葉に、シルヴァは決意の雄叫びをあげた。

「まったく奴らときたら‥‥」
 シルヴァはずぶ濡れになってパリ市街をさまよっていた。石工仲間の所へ行き、一緒に洪水へ対処しようと頼んでも誰一人として動いてはくれなかった。
「それはそれで正しいか」
 シルヴァは考え直す。誰もが、がんばって生きてるのだから、どうこういうべきではないと。シルヴァ自身も動けない妻がいなければ、どうしているかわからなかった。
「――ギルドで洪水対策の為の募集をかけ――」
 通りすがりの男二人の会話にシルヴァは飛びついた。
「なんですそれ? 教えてくれ!」
「ああ、募集のことか? ほら、誰もがセーヌ川が溢れてパリが沈むって噂してるだろ。どうやら本当らしくてな。で、冒険者ギルドがお国からのお達しで人を集めているらしい。どこかの村で水を逃がすとかなんとか」
「すまなかった!」
 謝る前にシルヴァは走りだしていた。冒険者ギルドに着くとはたくさんの冒険者の姿がある。いくつもの依頼がすでに貼られていた。
「兄さん、これ読んでくれないか?」
 シルヴァは冒険者の一人を掴まえて依頼書を読んでもらう。
「――パリからセーヌ川上流に半日歩いた村で堤防を切って頂きます。特に低地に川の水を逃がす術を知る者求む。‥‥だ」
「兄さん、ありがとよ」
 シルヴァは受付のいる場所へと急いだ。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5985 マギー・フランシスカ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス(40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)
 ea7372 ナオミ・ファラーノ(33歳・♀・ウィザード・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea8026 汀 瑠璃(43歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5528 パトゥーシャ・ジルフィアード(33歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 椋木 亮祐(eb8882

●リプレイ本文

●奔走
「聖なる母がお守りくださいますように」
 雨の中、ウェルス・サルヴィウス(ea1787)はナオミ・ファラーノ(ea7372)に頼まれた食材を抱えながら馬車が待つ場所に急ぐ。
 事が急を要するので準備に時間がかけられなかった。とにかく教会に物資、薬類、食糧などを嘆願した書を残した。堤防、向かう村の知識は調べられなかったが、地図に関しては椋木がなんとかしてくれるそうである。
「おう、もう出発だ。急いで乗ってくれ」
 石工のシルヴァが馬車に載せられた資材の確認を行っていた。仲間からの要望の品も集め直していたので、既に予定の時間を過ぎていた。
「他の冒険者は馬などで急行している。俺達も急ごう」
 シルヴァが御者となり、ウェルスは馬車に乗る。資材運搬用の馬車はもう一両あったが、すでに護衛の冒険者達を乗せて出発していた。泥の道は慌てず、かつ急いで駆けなくてはならなかった。

 馬で向かった者達は一緒に目的の村へ到着していた。ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)、汀瑠璃(ea8026)の二人だ。
「よろしくお願いします。自分のできる事、しっかりやりたいと思います」
 先にセブンリーグブーツで村に着いていたパトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)が挨拶をする。
「国の一大事じゃ、ひと働きせねばな。なに、石の扱いはドワーフのお家芸じゃて」
 ヘラクレイオスは腕を組む。
「人へ課された試練なら越えてみするが黒の教えじゃて」
 汀は聞こえてくる濁流の音に向かって告げる。
 冒険者達は比較的高台にあり、かつ移動が楽そうな空き家を探すと本拠地とした。護衛してくれる者達の一部と挨拶を終えた後、驢馬で向かってきた者達が到着する。マギー・フランシスカ(ea5985)、ナオミ、十野間空(eb2456)だ。
 空はチサトのブーツが見当たらないので、急遽貸して自分は驢馬でやってきた。おかげで早めに着いたチサトは同じく空に借りたスクロールで堤防を透視済みだ。調査内容を設計の知識のあるナオミとマギーに告げてパリへと帰還する。
「ノルマンはあたしの故郷じゃからの。がんばらねば」
 チサトを見送りながらマギーは呟く。
「天よ。願いを届けたまえ」
 空は暗雲垂れ込む空を見上げた後、スクロールで雨が上がるのを願った。
 空き家での荷物の整理中、馬に乗った椋木が現れる。早くにパリへ避難していた村人から地図を頂いてきたのだ。健闘を祈ると椋木もパリにとんぼ返りする。
 今、村にいる者達で下調べをする事となった。地形の起伏、植生の把握の為、セーヌ川を上流に向かって進んでゆく。地元の者はすでに脱出し、誰一人として見かけない。
「随分あたし達向きな仕事よねぇ」
 チサトの情報が書き込まれた地図を見ながらナオミはヘラクレイオスに微笑みかける。ヘラクレイオスは気になる個所に即席で作った杭を打って目印とした。
 ナオミは堤防を築く石の『目』に注目していた。自分が組んだとしたら、どういう理屈で造り上げるかを考えながら調べてゆく。
「湿地帯が敵陣として‥‥必ずパリの街、守りきってみせようぞ」
 汀は主に周辺の状態に注視した。自身の得意とする水攻めを応用し、流水の誘導を考え続ける。
 全員は闇が訪れる前に本拠地へと戻った。雨はわずかに弱まったが、晴れるまでには至らない。何者かの思惑が働いている、と空は考えを巡らす。
 現場を見てきたナオミとマギーが地図上で起こりうる事柄を検討していると、資材を載せた馬車が到着する。今回の依頼を受けた全員が集まった。
「パリも近くの村も、沈ませないからね」
 懸命に思案するパトゥーシャが呟き、聴いた者達は頷く。現場の想定に強い汀とパトゥーシャは実際に何がどれくらい必要なのかを指示する。ヘラクレイオスはナオミと一緒に杭用に木を切りに出かけた。近くに防風林があったので、利用させてもらうことにする。
 シルヴァは資材として持ち込まれた藁で編まれた袋に土を詰めて土嚢にする作業を開始する。あまりに作り過ぎても運ぶのが大変なので、作る暇がない時の緊急用にだ。手のあいている者達はシルヴァを手伝った。
 ウェルスは薪で火を起こして湯を沸かした。煮沸した水の確保とナオミに頼まれたスープを作る為だ。調理道具は汀のを借りていた。
 甘い物は疲労回復に役立つといって、護衛のマクダレンが梨のワイン煮を大量に差入れしてくれる。明日からの作業休憩時に楽しみが一つ増えた。
 濡れた服は遠火で乾かされていた。明日からはシルヴァが用意した雨外套が全員にある。護衛の分も用意されていた。

●堤防切り
 前日の夜は早めに寝て、二日目は朝から作業を開始した。
 最初に手をつける堤防個所はセーヌ川が大きく曲がった周辺の上流だ。曲がった個所では堤防を越流した泥水が村人の住宅地に流れ込んでいる。このままだと家々が流されるまで増水するに違いない。曲がった部分の一部分が洗掘されて大きく削られているのも理由の一つだ。
 曲がった個所から少し上流に切る作業を開始する。セーヌ川に繋がる支流に水の一部を流すだけなので根本的な解決には繋がらないが、早急に手をつける必要があった。
 堤防を切る実作業はヘラクレイオス、ナオミとシルヴァが活躍する。三人とも命綱を腰に巻き、槌を駆使して石造りの堤防を切り崩した。
 空、汀、パトゥーシャは支流までの周囲を工夫する。水の勢いを見極めるのは専門家でも難しいが、少なくとも人家のある場所に流れてはいけない。出来るだけ自然の地形を利用し、流れる範囲を固定させる。
 汀は技を複合して使い、邪魔な岩を吹き飛ばす。パトゥーシャはブーツの速さを生かして丁寧な検証を行う。空はプラントコントロールで木を動かす。複雑な個所はよりスキルを持ったマギーが呼んで手伝ってもらった。それでも足りない個所には杭を打ち、驢馬を使って土嚢を運んで障害物を造る。
「はい。あなた」
 ナオミはウェルスから受け取った焼けた石をヘラクレイオスに渡す。指先がかじかんで作業が滞ってしまうのを防ぐ為だ。
「ほぅ、シルヴァ殿は奥方とまだ見ぬ我が子の為に志願されたか。その意気や良し。わしも負けておられぬわい」
 休憩の時、ヘラクレイオスとシルヴァは同じ石工の腕を持つ者、そして男として意気投合する。休憩は本拠地とは別の近くの空き家でとられた。ウェルスとマギーが火を絶やさず、かつ、いつでも体の中から温まるようにスープが用意されていた。体を拭く乾いた布もあった。
「お主も一杯どうじゃ?」
 ヘラクレイオスは体を温める為に用意した自前のワインをみんなにも振る舞った。
 夕方に差しかかろうとする時刻、準備が整う。
「今度こそみんなを救う為に!」
 ウェルスは安全を願い、グットラックをマギーに施す。マギーがウォールホールを使うと堤防に穴が空いて水が噴きだした。シルヴァが高台からマギーを抱き上げると、足元を濁った大量の水が流れてゆく。
 穴は想定した大きさまで広がる。例え魔法が終わっても塞がる事はないだろう。
 曲がった個所での越流はなくなり、洗掘の進行も穏やかになる。差し当たっての危機は回避されたのだった。

●湿地帯へ
 薄暗い三日目の朝、まだ雨は止む気配がない。
 冒険者達は石橋の上流へと向かう。橋という障害物があるせいで水の流れが悪くなり、水位が上がっている。普段なら問題にならない程度の上昇だが、今はそのわずかが大変な状態であった。
「うむぅ」
 汀は目的の杭が打たれた堤防の周辺を見て呻る。初日に確認した時より、状態が酷くなっていた。いつ破堤してもおかしくない状況だ。堤防が漏水している。
 丁度切る部分とはいえ、意図しない程大きく切れてしまえばかえって被害を大きくしてしまう。注意しながら全員がさっそく作業を開始する。
 役割は昨日と同じだったが、堤防に直接手を出すのは最後にする事にした。まず高い場所に安全地帯を確保し、周辺の整備を始める。
 本拠地とした場所からかなり離れているので、馬車で持ってきた藁の袋で土嚢を現場で造る。近くには畑近くに水を運ぶ水路があり、さらにその先に湿地帯が佇んでいた。元々窪地になっているので水を流すのに都合がよかった。休憩場所は低地にしか空き家がないので、雨が落ちてこない大きな木の下に用意する。
 周辺への準備は整い、堤防への作業が始まる。
 ヘラクレイオス、ナオミ、シルヴァは慎重に切り始めた。時折、堤防が振動する。内部では崩壊が始まっているらしい。
「あっ!」
 パトゥーシャは震える堤防を見上げながら声をあげた。ヘラクレイオスはナオミを抱き抱えると安全地帯に転がり込む。揺れで倒れてしまったシルヴァが立ち上がろうとした時、轟音と共に破堤した。
 真っ先にシルヴァの命綱を掴んだのは空だ。引きずられてゆく空に続いてみんなが命綱を掴む。引き上げられたシルヴァは泥を被りながらも無事であった。呼吸が整った後でみんなに礼をいうと、周囲を確認した。
 最低限の作業が済んでいたおかげで、大体の濁流は水路に向かっていた。まず湿地帯に流れ込むであろう。だが一部は意図しない方向に流れ、民家を飲み込んでいだ。
 命が助かった安堵と、一部とはいえ民家を壊してしまった後悔が、シルヴァのみでなく全員の心に刻まれるのだった。

 四日目になると全員が疲労に襲われていた。力が入らない体を奮わせて現場へと向かう。
 同時に二個所の堤防を切らなくてはならない難工事である。脆い堤防だが高低差がある個所と、頑丈だが高低差が少ない個所だ。頑丈で高低差があるなら理想の個所であったが、そうではなかった。それぞれの短所を緩和させる為、同時に切る必要があったのだ。
 二個所共、湿地帯に繋がる小川が近くに通っていた。もちろん一時は溢れるが、最後はほとんどが湿地帯へと流れてくれる事だろう。
 まずはわずかに上流にある頑丈な個所から取りかかった。それから下流の脆い個所を終わらせる。
 作業は順調に進んだ。ナオミはしみじみと最後になる槌を振り上げる。作業を通して過去に堤防を造り上げた先人達の偉業に感謝と尊敬の意を抱いていた。訪れるであろう平安に期待を込めて一撃を振り下ろす。成すべき仕事が終わったナオミはヘラクレイオスと目と目を合わせる。
 パトゥーシャによる最終チェックが行われて仕上げを残すのみとなった。上流の仕上げには汀、下流はマギーが行う。より危険なマギーにウェルスはグットラックをかけた。
 空が声をあげて汀に合図を出す。離れているマギーにはテレパシーを使って合図を出した。
 汀とマギーは技を繰りだし、それぞれの堤防個所に最後のきっかけを与えた。
 堤防が同時に切られて濁流が流れてゆく。徐々にセーヌ川の水位が下がっていった。
「――ありがとうー、ほんとありがとうなあ――」
 シルヴァは涙ながら冒険者全員の手を握った。
「誰にでも故郷はあるものじゃ。守るのは当然のことじゃて。そして心意気に惚れれば力を貸す者もあろう」
 マギーはしみじみと語ってみせた。

 予定されていた五日目、切った四個所の状態を確かめた上でシルヴァと冒険者達はパリへの帰路に着いた。
「ただいま」
 家に戻ったシルヴァは真っ先に寝室に向かった。
「おかえりなさい」
 ベットに座っているエーミィは微笑む。
「よかった。元気そ‥‥こいつはもしかして」
「もしかしなくても赤ちゃんですよ。わたしとあなたの」
 シルヴァのベットには赤ん坊がすやすやと寝ている。シルヴァが堤防と格闘している間に出産は終わっていた。
「あーやっと戻ってきたか。こやつめ」
 薬草師が現れるとシルヴァは抱きついて繰り返し礼をいう。
 突然、シルヴァがその場に倒れ込む。エーミィと薬草師は驚くが大事ではなかった。あまりの疲れで一気に眠気が襲って寝てしまったのだ。シルヴァは目が覚めた時、今までのは夢ではないかと周囲を見回した。
 赤ん坊の笑顔を目にしたシルヴァは未だ夢の中にいるのではないかと自分の頬をつねるのだった。