●リプレイ本文
●7日
「ティア、行って来る」
「みんながんばってね〜」
馬車に乗ったツィーネは見送りに来たリスティアに手を振る。出発前にレイスの知識を改めて説明してくれたリスティアがだんだんと遠ざかってゆく。
一日目の朝、冒険者達は馬車に乗って目的のコールス町へと出発した。馬車を牽くのはすべて冒険者達の愛馬である。
「なぜ依頼人は今年に限ってレイスが現れると考えているのでしょうか?」
「わたしも接触した時にそれを訊いたのだが、確証がないといって答えてはくれなかった」
ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)の疑問に答えられず、ツィーネが歯がゆい表情をする。
「ハインツさんは殺害されそうな人の検討はついているのですか?」
「それについてははっきりとわからないと答えていたよ。現地の町で調べるしかないようだ」
御者をするブリード・クロス(eb7358)の背中をツィーネが眺める。
「相変わらず面倒な依頼が舞い込んでくることだな、と。ま、よく会う顔ばかりで気楽でいいけどな、と」
ヤード・ロック(eb0339)は馬車後部の空いた場所に毛布を敷いて寝転がってきた。
「まずは被害者を出さない事だ。それには」
エイジ・シドリ(eb1875)は道具を組み合わせる作業を行っていた。
「とにかく着いたら街の古老などに、過去のレイスによる事件の聞き込みをしよう」
リンカ・ティニーブルー(ec1850)は馬車の後部の一番隅に座っていた。隣にはツィーネ、向かい合わせの椅子にはブリジットがいる。
コールス町までの途中で、リンカは保存食が足りない事に気がつく。ヤードが余分に持っていた一つを、パリで買った値段そのままで譲るのであった。
●8日
二日目の昼頃、馬車は目的のコールス町に到着した。野営が出来そうな広い空き地を見つけ、そこを拠点にする。
伝承の編纂をしにきたという共通の理由を用意し、さっそく調べが始まった。
ヤードは酒場に向かって聞き込みをする。
ブリジットは酒場をヤードに任せて、教会関係をあたる事にした。
エイジは現在の町の様子と伝承のある地域などを調べる。
ブリードは町の自警団で資料があるか訊ねる。
リンカは初日にいっていた通り、町の古老達を回る。
ツィーネは調査が苦手な為、馬車を見張る留守番役となった。
●9日
三日目の宵の口、今まで調べた事を持ち寄り、全員がたき火の近くにいた。
「若いねーちゃんは諦めて、老人に聞いたのだが――」
喋るヤードはどことなく頬が痩けていた。そんなに嫌だったのかと仲間が苦笑いする程に。
「ウーバスという名前は誰に聞いても出てこなかったな。大昔殺されたのは見かけ20歳前後のエルフの男ばかりだったと聞いたぞ、と。なんでかはよくわからないが」
ヤードは話し終えると岩の上に横になる。
「教会で聞いたのも同じでした。エルフの男性ばかりが一年に一回殺されていたそうです。ですが依頼書にあった通り、ここしばらく‥‥約30年の間は何事もなかったようです」
ブリジットが口にした約30年という言葉に、多くの冒険者が引っかかる。それは以前の依頼に現れた鞍職人レイスがウーバスと会った時期と近いからだ。
「特定の場所で殺された事はなかったみたいだ。といっても知っている者は少なく、断定は無理だな」
エイジはまだ食べていなかった保存食で胃を満たす。水を渡してくれたブリジットに心の中で感謝して。
「自警団によれば一番古い記録は100年以上前、一番最後と思われるのが32年前です。これはブリジットさんの調べと一致します。種族に関しては記録がなかったのでこちらではわかりませんでした」
ブリードはたき火の近くで馬達の世話をしながら会話に参加する。
「古老の話しによれば、かなりの長い間、同じ日に毎年繰り返される連続殺人だとは誰も気がつかなかったそうだ。40年程前に町の誰かが気づき、そこから記録が調べられて事件が発覚した。今はそうでもないが、かつては治安の悪い町だったようだ」
リンカは愛犬を膝に乗せて頭を撫でる。
「犯人がレイスだとわかったのはなぜ?」
「教会で聞きましたが、ある時、町にお金持ちのエルフの男性が現れて犯人としてレイスを捕まえたそうです。銀製の檻に入れたまま持ち去ったそうで、その男性の名も、その後の事もわかりません」
「自警団の記録には、レイスが捕獲されたのは28年前の9月10日とありました。つまり、一年に一回のチャンスに捕まえたのでしょう」
ツィーネの質問にブリジットとブリードが答えてくれる。たき火にくべた木片が弾け、ブリードの言葉の最後にかかった。
「明日‥‥だぞ、と」
星空を観ながらヤードが呟いた。
●10日
四日目の朝から冒険者達は町に住むエルフで20歳前後の男性を探した。
未だ依頼人ハインツが今年から殺人が復活すると考えたのか、冒険者達にはわからなかった。だが、該当するであろう人物達を保護すれば、レイスが現れても対処できるはずである。
エイジが既に手に入れていた町の資料が役に立つ。完全なものではないが、町民の名簿であった。記されていない者も全員の聞き込みで調べ上げる。
約30年前から何事もなかったとはいえ、エルフはこの町を避けてきたようだ。該当するのは三名のみであった。
冒険者達は三名を説得して一時的にコールス町から出てもらう。もしもを考え、ハーフエルフではあるが特徴が似通ったヤードに耳を隠して三人の護衛をしてもらった。依頼人ハインツによれば、かなり強力なレイスだという前情報があったからだ。
殺人が起きるのは深夜と決まっていた。昼間に準備を整え、冒険者達は待機した。
輝ける太陽は大地に沈み、ヤード以外の冒険者達は町の各所で息を潜めた。
戦う必要がなかったとしても、ウーバスが現れたのならせめて姿を脳裏に焼き付ける必要がある。今後に役立つはずだからだ。それにもしもであるが、他の町民を狙うようならば守らなければならない。
コールス町は静かであった。町民で出歩く者も誰もいない。家々のもれる灯りもほとんどなく、寝静まっていた。
長い時間が過ぎ去る。たかる虫と格闘しながら冒険者達はひたすらに待った。
誰もがウーバスは現れないと考えだした頃、空を横切る一筋の青白い炎をリンカが目撃する。
(「レイス!」)
リンカは持っていた弓を引き、そのままの姿勢を保つ。
仲間が集まるまでに、誰かに危害がありそうならば迷わずに撃つつもりであった。射程はギリギリだが届く範囲である。
夜空をさまよう青白い炎を見つけたようで、町に残った冒険者達はリンカの近くにすぐ集まる。
「あれか」
エイジはシルバーナイフに縄をつけた縄ひょうを持つ。
「出来れば何事もなく‥‥」
ブリジットはいつでも魔法が唱えられるように体勢をとる。
「この槍で」
ブリードは物影で自らに魔法をかけて槍を持ち、待機する。
「あれは‥‥」
ツィーネは魔剣を手に、鋭い視線で遠くのレイスを見つめた。
(「若い女性のレイス? ウーバスは中年の男性の姿だという情報のはず‥‥」)
近づいたレイスを目視したツィーネは疑問で頭が一杯になる。他の冒険者も同じような困惑の表情を浮かべていた。
「エリク‥‥」
長くうめき声しかあげなかったレイスが一言、『エリク』と叫んだ途端に暴れだす。夜空を縦横無尽に飛び回る。このままだと、どこかの家屋に入り込むと判断した冒険者達は動き始めた。
「やはり仲間で囮になるしかありませんか」
ブリードは呟きながら何度目かのレジストデビルを自分にかけ直す。
夜空はわずかに白み始めていた。あと30分弱で夜が明ける。町の伝承が確かなら朝日が昇ればレイスは退散するはずである。
リンカが魔力を帯びた矢をレイスに命中させた。
周囲を見渡したレイスがランタンを手にした冒険者達を見つけた。目立つように全員が灯したのである。
レイスは咆哮をあげ、一直線に飛来する。
全員が一斉に散らばるが、わざとエイジは遅れてレイスを引きつける。
エイジは走った。仲間と監視している間、ロープや縄はしごを仕掛け、逃げ道を用意しておいた。塀を登り、木の枝を次々と伝ってゆく。レイスの接触を避ける時はサイドステップが有効であった。
少々の隠密の技と優れた回避が役に立ち、レイスに捕まることはない。ただ、それは仲間の支援もあったおかげだ。
リンカの矢による支援。ブリジットのレジストデビル。時々レイスの標的を引き受けてくれたブリード。逃げ道の確保に奔走してくれたツィーネ。
「しまった!」
夜明けがもうすぐという時、エイジは袋小路に入り込む。戦う覚悟を決めた時、どこからか飛来した輝く矢がレイスの背中に突き刺さる。ムーンアローである。
「俺に用事があるんじゃないのかな、と」
誰かの声にレイスが振り向く。レイスを挟んでエイジの反対側に立っていたのはスクロールを手にしたヤードであった。
遠目ではエルフとハーフエルフの耳を判別しにくい。勘違いしたレイスがヤードに襲いかかろうとした瞬間、太陽が昇り始めた。
レイスは朝日の光に紛れたかと思うと、いつの間にかどこかに姿を消していた。日の光に弱い訳ではない。あの若い女の姿をしたレイスには何か理由があるのだろう。
「やっかいな奴の相手はしたくないな、と。でも、何もしないのもそれはそれでいやだな、と」
ヤードはエルフの男三人といるのが鬱陶しかったのは内緒にしておく。それに三人は安全な場所に隠れさせてある。
ヤードの言葉に、疲れた様子ながら仲間は笑うのであった。
●11日 12日
五日目、冒険者達はしばらく休んだ後でコールス町を後にする。
リンカが使用した矢は無事に回収し、エルフの男三人もコールス町に戻した。わずかに負っていたエイジのダメージもブリードのリカバーで完治してある。
増えてしまった謎を話題にしながら冒険者達は六日目の夕方にパリへと戻った。
「ま、たいしたことじゃなかったしな、と」
「どうかしたのか?」
「なんでもないぞ」
冒険者ギルドへ向かう途中、ヤードの様子にツィーネは首を傾げる。
コールス町でエルフ三人を護衛した際、ヤードはフォーノリッヂでレイスとツィーネの二つの単語で未来を調べた。その時に見えたのは怪我をしたツィーネの姿である。必ずしも当たる未来ではないのでヤードは黙っておく事にした。
冒険者ギルドを訪れると前回と同様、エルフの少年ハインツが護衛と共に待っていた。
「今回はちゃんと答えろ。そうでなければこれ以上の協力は断るからな」
ツィーネはブリジットの勧めで作った資料をハインツに手渡しながら詰め寄る。
「‥‥わかりました。ではこちらでお話しましょう」
冒険者達はハインツとともに個室のテーブルについた。資料を手渡したが、口頭でもハインツに今回の出来事を話す。
「――エリクと叫んだ。女性の姿をしたレイスがだ。‥‥どうしたんだ?」
ツィーネの話しを聞いたハインツは目を泳がせた後、深く俯いた。
「あ‥‥いや、本当にそうなのですか?」
「嘘をいってどうする。‥‥エリクという名に心当たりがあるんだな?」
「はい。エリクというのはわたしの父の名。そして9月10日は父の誕生日です‥‥」
冒険者達はハインツの次の言葉を待つ。だがなかなか喋らない。
「‥‥そこまではわたしも想像はついていたのです。ただ女性の姿をしたレイスだとは‥‥。そんな事は知らない。たしかにウーバスは男だったのです。それは間違いないんです」
ハインツは困惑の表情を深める。
「そのレイスは何に反応するだろうか?」
エイジの質問にハインツはしばらく黙ったままでいた。
「本当にその女性レイスについてはわからないのです。すみません。気分が優れないのです。今度会う時、もう少し詳しいお話が出来ると思いますので、今回はご勘弁頂けませんか? 必ず、必ずお話しますので」
護衛の者がやってきてハインツは個室を立ち去る。分配して欲しいと追加の謝礼金の入った革袋をテーブルに残して。
「ウーバスのレイスが必ずどこかにいるなら、コールス町で遭遇したあの女性レイスはなんなんだ‥‥」
ツィーネも冒険者の誰も答えはまだ見つからなかった。