●リプレイ本文
●挨拶
「ここがジョワーズか。なかなかに楽しそうぢゃの。閃や、待っておれ」
青柳燕(eb1165)は愛犬を隣の空き地に待たせる。
冒険者達はギルドで待ち合わせし、徒歩でジョワーズ前に来ていた。
「チサトちゃん、はいりましょ」
「はい♪」
スズカ・アークライト(eb8113)とチサト・ミョウオウイン(eb3601)が入り口のドアを開けて、店内に一歩を踏みだす。
「いらっしゃい〜ませ〜♪」
黄色い声の挨拶に、店内に入った冒険者達は面食らう。開店は二日後のはずなので、ウェイトレス達の予行練習なのだろう。
「こ・れ・は‥‥」
エイジ・シドリ(eb1875)は驚きと同時に喜びの表情を浮かべた。仲間に気づかれないようにすぐに取り繕ってはいたが。
ウェイトレスが動く度にフリルが軽やかに揺れていた。笑顔のウェイトレスによって冒険者達はフロアの奥に案内される。
「この度、パリ支店の開店にあたりよろしくお願いします」
マスターが冒険者達を正面にして丁寧に挨拶をする。
「まさかパリまでやって来るとはね。あっはっはっはっは‥‥」
「以前手伝ってくれた方ですね。その節は助かりました」
パリで料理人をしているエグゼ・クエーサー(ea7191)の心中は複雑であった。
「安めで美味しい店がパリに出来るなら大歓迎です」
「ジョワーズはそういうお店を目指しています」
ガイアス・タンベル(ea7780)は厨房からほのかに漂ってくるいい匂いに興味を持つ。
「マスター、まずは試食を出来ると嬉しいね。味も知らないで宣伝もないからね」
「そっ、そうですね。試しに作ってみたものがあります。召し上がって下さい」
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)はマスターの顎を触るか触らないかの微妙さでそっと撫でた。
「食材の仕入先の細かいものをリストアップしてもらえるかな。ちょっと考えてきたことがあるんだ」
「わかりました。試食が終わった頃にはお渡し出来ますよ」
カンター・フスク(ea5283)とマスターの横をウェイトレスが料理をトレイにのせて通り過ぎてゆく。
冒険者全員がテーブルにつき、試食が始まった。
「これはうまいのお。これのイメージはどんな色ぢゃろ」
青柳は感心しながらインゲン豆を煮込んだスープをスプーンで口に運ぶ。
冒険者達は試食が終わると、さっそく行動を開始するのだった。
●フリフリ
「へぇー、お兄さん、ものすごく上手なのね」
カンターが座るテーブルの回りにはウェイトレス達が取り巻いていた。何名かのウェイトレスは他の服に着替え、フリル付きの衣装を見てもらう。瞬く間にほころびを直す手際のよさに拍手まで沸き起こった。
「イメージカラーはあるのかな? どの衣装も丁寧に作られているけど、同じ色の細いリボンを縫いつければ統一感が出てもっといいかもしれない」
「どうなんだろ。マスターに訊いてきますね」
何人かのウェイトレスが店の奥にいるマスターに会いに行く。すぐに戻ってくると淡い青色だと教えてくれた。
「ふむ。わしもイメージカラーについては訊きたかったのぢゃ」
近くで内装の構想をしていた青柳は再びフロア内をゆっくりと歩く。考えが固まった所でマスターと相談するつもりの青柳だった。
「今晩から明日の昼頃までは衣装に手を加えるので、店に置いてってくれるかな?」
カンターに明るい返事をしてからウェイトレス達は移動する。スズカに呼ばれたようだ。入れ替わるようにシルフィリアがカンターに近づく。
「あたいもウェイトレスをやるし、仲間もするだろうから用意をお願いできる?」
シルフィリアはカンターにウインクを投げかけるのだった。
明王院月与はテーブルに座り、シルフィリアから預かったサンタクロース人形に手を加えていた。
ウェイトレスの服を参考にしてかわいらしく仕上げるつもりである。たたでさえ小さい人形に細かなフリルはとても大変であった。
「どう? 間に合う?」
テーブルに立ち寄ったシルフィリアに、明王院月与は笑顔で頷いた。
「そうぢゃ。居心地のいい店ちゅうのは、口コミで客が増えるモンぢゃ。ま‥良すぎると今度は回転が悪くなってしまうがの」
青柳は考えた店内装飾を話した。周囲にはマスターと仲間の姿がある。
マスターは青柳とイメージのやり取り。
エイジとガイアスは装飾に工作が必要なものがあれば受け持つ用意。
カンター、エグゼは仕入先などの店先に宣伝の羊皮紙を貼ってもらうつもりでいた。その為の宣伝文を考える為に居合わせる。
シルフィリアは口コミで宣伝する為だ。情報が多い程、噂は広めやすい。
チサトは店の紋章をワッペンにして配布する事を考えていた。相談が終われば、青柳にデザインしてもらう。エイジに型を作ってもらい、なるべくたくさん作れるようにする考えだ。自らはスズカと一緒に彩色するつもりであった。
「そうそう、ちゃんとできたじゃない」
スズカは仲間の邪魔にならないように給仕達を店内の一個所に集め、接客の練習をしていた。笑顔を絶やさず、明るい雰囲気でロールプレイを続けてゆく。
チサトも途中から参加し、ウェイトレスと客の立場を入れ替えたりする。
訊くと本店から移動してきた慣れた者は女性二名。残りの男女合わせた四名はパリで採用されたようだ。
明るい笑顔と大きな声については、何も問題はない。面接の時点でマスターが適切な人材を選んだのだろう。
「後は細かいお掃除が残っているのよね。仕事が終わったらみんなで少し呑みにいきましょうか?」
スズカは提案に給仕達は喜んだ。
「あ、マスターにお願いすることがあったわ」
スズカはマスターを探して相談をするのだった。
「デザートはカンター君に任すとして‥‥」
厨房のエグゼはオーブンの前でタイミングを計る。
さっとオーブンから皿を取りだして、さらに時間を数えた。厨房からテーブルに運ばれるまでの時間である。
コック達もスプーンを手にしてエグゼの周囲に集まっていた。
「よし!」
エグゼに続いてコック達も試食する。食べたのはエグゼの考えたシチューにチーズを乗せてオーブンで焼く新メニューだ。
「もう少し、熱い方がいいのかな」
「冬場ならそうだが、今の季節ならこのぐらいがいい」
「ちょっと味が濃すぎないかな。一口だけならいいけど、一皿食べるとなればヘビーのような」
「パンにつけたり、口休めをする事を考えればこれでもいいと思うが。気になるなら少しだけ塩を控えた方がいい」
細かい意見は出るが、それは好評の証でもある。
「日々の忙しさにかまけて、新メニューを手がけていないことが恥ずかしい」
エグゼもよく知っているコック長が呟いた。
「マスターにも話すつもりだけど、日替わりメニューなんてどうだろう? リピーター獲得には結構有効だと思うけどな」
「今は本店と同じ味を出すだけで精一杯なんだ。チーズに関しては取り寄せているので問題ないが、その他はパリで手に入れているからな。水も変わったし、まだ食材のクセを把握しきれていない」
「残念だが、それでは仕方ないな」
「だがオープンの忙しさが過ぎたら、すぐに新メニューに取りかかるつもりだ。数が多く出来たらなら日替わりメニューにしよう。何、こんなうまいもの作られたら、こっちの料理人魂も疼くってもんだよ」
コック長はもう一口、焼きシチューを食べてニヤリと笑った。
●開店前日
二日目も全員が明日のオープンに向けて忙しく動いていた。
宣伝の羊皮紙配りは昨日の間に終わっている。
エグゼは焼きシチューを完成させ、明日に備える為に下拵えに忙しい。
カンターはウェイトレスの服装を早めに終えて、デザート作りを始めた。羊皮紙配りの際に市場を回った所、洋梨が手に入る。小さいサイズの洋梨入りタルトなどを自由な組み合わせで注文できるようにする予定だ。
「がんばってね〜」
スズカは仕上げの手順を教えた上で友人にジョワーズの料理を手渡した。なんでもパリを守ってくれる人の為に食事会を開くそうである。
「こんなものでいいか」
昨日の内に、エイジはガイアスと一緒にワッペン用の型を作り終えていた。今はテーブルに設置するメニュー板を作る。文字と絵は仲間に任せるが、デザインに気をつかって作り上げてゆく。
「すご〜い。これならお客様も注文しやすいわ。絵も描いてあるから字が読めなくてもなんとなくわかるし。冒険者さん、ありがとね」
ウェイトレスの一人がエイジに声をかけて去ってゆく。
「エイジよ。看板はどうなっとるのぢゃ?」
青柳に声をかけられてエイジはハッとする。
「もう、出来て外に飾ってある。こっちだ」
エイジは青柳を連れて店の外に出た。屋根の上にある店名の看板とは別に、入り口近くに案内的な図案がされた看板が立っていた。デザインは青柳で、制作はエイジである。
「なかなかの出来ぢゃ。それではわしはテーブルクロスを始めとするいろいろを取りにいってくるぞい」
青柳は愛馬に跨り、出かけるのだった。
「結構大変ね〜」
「はい。大人用と子供用の二種類がありますし」
スズカとチサトは店内のテーブルでワッペン作りに励んでいた。出来るだけ数を作って配らないと、店の宣伝には繋がらない。
「手伝いましょう」
何名かの給仕達がやってきてワッペン作りを手伝ってくれる。
「開店前の宣伝はガイアスお兄ちゃんとシルフィリアお姉ちゃんに任せます‥‥。今日はたくさん作らないといけないので」
「そうね。開店後でもいいんじゃない? それにせっかくだからウェイトレスもやってみましょ☆ ‥‥シルフィリアさんはどんな感じになるのかしら?」
スズカとチサト、そして給仕達のワッペン作りは夜まで続くのであった。
「さあ、みなさ〜ん。狼も大好きなヤギのチーズと豆の味♪ 明日開店するジョワーズをよろしくね。がお〜〜!」
人通りの多い場所で、ガイアスは『まるごとオオカミさん』を着込んで宣伝をしていた。周囲を子供達が取り囲み、おねだりをする。手品をもっと見せて欲しいと。
ちょっと暑いが、そこは我慢のガイアスである。
ちょちょいと道化棒から花を取りだし、女の子にあげる。喜んだ女の子は両親の元に走っていった。
「オオカミならチーズより、ヤギそのものを食べたいんじゃないの?」
生意気そうな男の子がツッコミを入れる。ガイアスは動じずに笑顔で返す。オオカミもヤギそっちのけで食べたくなるほど美味しいのがジョワーズの料理だと。
ふと振り向くと、ミーラティオも宣伝を行っていた。
ガイアスはミーラティオの者と目が合うと丁寧に挨拶をする。ミーラティオの者は不思議そうな顔をしていた。
美味しい物を食べに両店のある周辺にお客が足を運ぶ。両店が近いのは好ましい事だとガイアスは考えていた。
「ああ、これかい? 可愛いだろ?」
呼び止められたシルフィリアは胸元に挟んだウェイトレス人形の説明をする。
「今度開店するお店の制服を着たちまなんだってさ。開店前の試食に誘われてね。記念に譲って貰ったんだよ」
シルフィリアは市場を散策しながら噂を流していた。昨日と今日、そして明日の夕方頃まではこうやってジョワーズを宣伝をするつもりだ。
男性には愛らしいウェイトレスをプッシュ。女性客にはウェイターとコックにハンサムが『居た』事をプッシュしまくる。既に家族を持ってそうな人達には、アットホームさを強く強調した。
「気になる子が居るなら、誘って行って見たらどうだい?」
最後には投げキッスをして、次のターゲットを探すシルフィリアであった。
●開店日
「はーい。こちらをどうぞ〜」
魔法少女のローブを着たチサトは出来上がったワッペンを配っていた。
「どうぞ。よろしくね〜」
スズカもチサトから借りた『まるごとヤギさん』を着込んでワッペン配りをする。
「今日はヤギさんも一緒ですけど、仲良しですよ〜」
ガイアスも昨日と同じく『まるごとオオカミさん』を着込んで店内の子供達にワッペンを配った。
お客は青柳が用意したテーブルクロスがかけられた席につき、エイジが作ったメニュー板を見て注文する。多く注文されたのはエグゼが考えた焼きシチューと、カンター特製の洋梨のデザートである。
「これは大変だがありがたい」
マスターがミーラティオの様子を見て店に戻る。どうやらミーラティオもすごい盛況のようだ。もちろんジョワーズも開店と同時にすべてのテーブルがお客で一杯である。
「注文をどうぞ」
エイジはウェイター姿で店内を動き回る。さりげないウェイトレスとの会話がとても楽しい。しかし表情には出さないエイジである。
「五人前、あがったよ」
「こっちは四人分!」
エグゼとカンターは厨房の中で、コック達と一緒に戦争状態であった。次々と舞い込む注文をさばいてゆく。
用意していたワッペンもすぐになくなる。スズカ、チサトはフリフリのウェイトレス姿に、ガイアスはウェイター姿に変身した。
あっという間に時は過ぎ去る。窓から夕日が差し込む時間となっていた。
宣伝から帰ってきたシルフィリアがウェイトレス姿に着替える。
「わぁ〜、すごいです」
チサトは目を丸くしてシルフィリアを眺める。カンターに用意してもらったシルフィリアのウェイトレス姿は、それはそれはセクシー全開であった。エイジとガイアスが顔を赤くして背ける程に。
「う〜ん。流石、負けたわ」
スズカはシルフィリアと自分と見比べる。
「夕方からなら平気と思ったが‥‥」
シルフィリアは少し胸元を隠すようにしてフロア内に出た。それでも艶やかなのは間違いない。
盛況の内に閉店になる。誰もが心地よい疲れを感じていた。
「こういうときは」
両手を思いっきり広げてからスズカがチサトをぎゅーっと抱きしめる。
「やっぱコレをしないとね〜、ん〜癒される〜」
スズカなりの疲労回復法らしい。
まかないが出され、全員が満腹になる。そして明日の準備を終えてオープン初日は終わった。
●そして
四日目、五日目とオープンに負けない程のお客でジョワーズは溢れた。
閉店時間となり、フロア内に全員が集まった。
「冒険者のみなさん、助かりました。従業員一同感謝します。ありがとうございました」
マスターの言葉に続いてすべての従業員が冒険者達にお礼をいう。
「ささやかなものですが、もらって下さい」
マスターが冒険者達に手渡したのはハーブワインと幸福の銀のスプーンである。
「これ、マスコットとして飾っておくからね」
シルフィリアはウェイトレス人形を従業員達がよく通る廊下の棚に飾った。
「これはいい。今日という日の記念になる」
マスターは満足げに人形を見上げる。
「もう時間も遅いですし、ギルドまで馬車で送らせます」
冒険者達が店の外に出ると馬車が用意されていた。ギルドまで歩いていける距離だが、せめてものお礼のようだ。好意を受け取り、冒険者達はギルドまで馬車に乗って向かうのであった。